ゴドリックの谷 02
その有様はまるで荒れ果てた岬に建つ、古びた家である。
昔は綺麗で温かい家であったのだろう。
玄関の扉は辛うじて残っている程度であり、中の様子が少し伺える。
所々がボロボロで傷つき、もう何年も人が入っていないようで埃っぽい。
は意を決して中に入ろうとする。
ヴォルも後に続く。
ぎぃぃ…
否な音をたてて玄関の扉が開く。
そっと中に踏み出すだが、床の感触がない。
「え?!ええ、ちょ…嘘っ?!!」
床がすっぽ抜けたように真っ暗な穴のようなものが玄関入ってすぐにあった。
その穴にまっ逆さまに落ちていこうとするの腕をヴォルは慌てて掴む。
しかし、ぐんっと引っ張られるようにヴォルもその穴に落ちていった。
ヴォルはそれでもの手を離さない。
を抱き寄せようとした瞬間
ぽんっ
軽快な音とともにヴォルの姿が黒猫の姿に変わる。
ぎょっとしたのはとヴォル。
「ちょっ?!ヴォルさん何こんな時に猫になってるのさ?!!」
「俺が知るか!」
ヴォル自身が意図してやったことではない。
いきなり戻ってしまったのだ。
今度はが慌ててヴォルを抱き寄せる。
「なんか落ち続けてるけど、なかなか最下層まで行かないね」
「相当深いんだろうな」
「…そんなに深いんじゃあ」
「地面を見たとたんにあの世行きだな」
「冷静に言わないでよー!」
叫び続けるだが、なすすべもない。
しかし、忘れているようだが…恐らくの力を使えばどうにかなるだろう。
それを思いつかないのは二人とも相当混乱しているということなのだろう。
*
ぎゅっとヴォルを抱きしめて、目を瞑り来るべき衝撃を覚悟していただった。
しかし、なかなか覚悟していた衝撃が来ない。
それどころか気がつけば、地面に座っているような気がする。
そっと目を開けてみる。
広がるのはほんわかな雰囲気の部屋。
温かい光が部屋の中に差し込み、とても優しい感じがする。
はどうやらその部屋の中に座り込んでいる形になっている。
ふっと視線を上げてみれば、を見てる青年が1人。
「リリー!来てくれ!!どうやら成功したようだ!」
嬉しそうに隣の部屋に向かって叫んでいるその青年。
くしゃくしゃの黒髪にダークブルーの瞳。
20代前半の丸眼鏡を掛けた顔立ちの整った青年。
「あら?本当に成功したのね。さすが、ジェームズね」
同じく嬉しそうにパタパタと音をたてて隣の部屋からやってきた赤ん坊を抱えた女性。
サラサラな金髪に近い赤毛、エメラルドグリーンの綺麗な瞳。
彼らの言葉からでてきた名前に驚く。
(ちょっと待って、リリーとジェームズって、ものすごく聞き覚えがある名前なんだけど…)
その名前から思い浮かぶのはもちろんあの二人である。
のいたはずの時代にはすでにいないはずの二人。
「ようこそ、僕達のメッセンジャー。まずはお茶でも飲みながら話でもしようか?」
「そうね、大切なお客様ですもの。私、お茶を入れてくるわ。ジェームズ、ハリーをお願いね」
腕の中の赤ん坊のハリーをジェームズにそっと渡すリリー。
そのまま、隣の部屋―恐らくキッチンなのだろう―へ行く。
「まぁ、とにかく、こっちに掛けて。そこに座り込んだままじゃあなんだしね」
ジェームズに引きずられるようにすぐ近くにあったソファに腰掛ける。
ヴォルはに抱きかかえられたままである。
呆然としているに対してヴォルは落ちついた表情をしていた。
さて、っとジェームズは改めてに向き直る。
丁度向かい合った形でジェームズとは座っていた。
「僕の名前は、ジェームズ・ポッター。恐らくここは君がいたところより過去になるはずなんだけど、あってるかな?」
「は、はぁ」
「随分、曖昧な返事だね。君は未来の”ここ”、つまりゴドリックの谷から来たはずなんだけど?」
「え?何で分かるんですか?!」
「そりゃぁ、僕がそういう魔法を掛けたからだよ」
(…はい?)
一瞬頭が真っ白になる。
ジェームズはニコニコ嬉しそうにを見ている。
「あ、あの?つまりどういうことなんですか?」
がこの過去に来てしまったのはどうやらこのジェームズが魔法を使ったからしい。
らしいが、何の為に?
「その前に君の名前を聞かせてもらえるかい?」
「あ、はい。私は。・といいます」
「?」
の名前にほんの少し驚いた表情をするジェームズ。
「あの?」
「ああ、なんでもないよ。そう、って言うんだね」
意味ありげな笑みを浮かべるジェームズ。
その表情にはちょっと顔を引きつらせる。
(な、何?!別に変な名前じゃないよね?普通の日本人の名前だよね?それとも日本人の名前だから珍しいとかなの?)
「ところで、は僕とは知り合いなのかい?」
「へ?違いますけど、どうしてですか?」
「いや、僕のこと全然警戒してないみたいだからさ。普通なら警戒するだろ?」
確かにそうだろう。
しかし、にしてみればジェームズの事は知っている。
勿論これから起こるであろうことも。
ふっとの表情が暗くなる。
それに気付いたジェームズはふぅんっと密かに頷いていた。
「でも、それを言うなら、ジェームズさんの方もそうでしょう?いきなり現われた何処の誰とも知らぬ私を警戒しないんですか?」
今は、ヴォルデモートがいる時代。
命を狙われているであろうポッター夫妻は、見も知らぬ相手ならば警戒をするはず。
たとえ、自分の魔法で呼び出した相手であろうとも…。
「こう見えても僕は人を見る目はあるつもりなんだ。それに、悪意があるような人間は弾かれるようにしたし、何かの魔法がかかっているような人だったら来る前にその魔法が強制的に解除されるはずだから」
(ああ、それでヴォルさんが猫の姿に戻ったんだ。人の姿になれるとはいえ、結局もとの姿は猫なんだし)
「大丈夫さ、君は悪い子じゃない。僕にはそう見えるよ」
「甘いですね」
「そうかい?」
「…そんなことじゃあ、いつか」
はじっとジェームズを見る。
そう、いつか、そう近くないうちに。
「その甘さに足元をすくわれますよ?」
の言葉は忠告めいたものなのだが、ジェームズはその言葉を笑みを浮かべて受け止めている。
その覚悟ができているかのように、何かを分かっているかのような笑みを浮かべている。
かちゃり
「とりあえず、お茶でもどうぞ。私はリリー・ポッターよ、それからジェームズの腕の中にいるのがハリーよ」
タイミングよくとでも言うのか、お茶をに差し出すリリー。
は「ありがとうございます」と笑顔を見せて会釈する。
こくりっと紅茶を口に運ぶ。
「あ、おいしい…」
ほんのりと口の中に広がる味がとてもおいしい。
紅茶をよく飲む方ではないのだが、この紅茶はとてもおいしいと感じる。
「当たり前だろう!リリーが入れたんだから」
「あら、ジェームズ。そんなこと言っても何もでないわよ」
「いや、僕はリリーの愛があればそれで十分さ」
「愛なら毎日溢れるほど捧げているわ」
「それもそうだね」
「私とジェームズの愛に敵う相手なんていないわ」
「勿論だとも。僕のリリーへの想いは誰にも負けない。永遠に不滅さ」
「嬉しいわ、ジェームズ」
「リリー…」
互いを見詰め合うジェームズとリリー。
どこか芝居じみたその仕草も、台詞も、この2人が言うと普通に感じてしまう。
とても似合っているというのか、それが日常とでも言うのだろうか。
「……」
(こ、これが噂に聞くバカップルっていうものなんだろうか?いや、イメージ的にこの二人はバカップルってイメージだったけど、実際目にすると、…なんか、いろんな意味で凄いと思う)
がジェームズとリリーの様子をどこか呆然としたように見ている間、ヴォルは飽きた様にの膝の上で丸くなっていたりしたのであった。