ゴドリックの谷 01





そこは古びた、しかし立派な屋敷だった。
外装だけでなく内装も、そこに住んでいるだろう者が見栄を張るかのような立派過ぎる屋敷。
居間には、だらけた格好をした初老とも言える小太り男がふんぞり返っていた。
そして、そのすぐ横で、優雅に紅茶を飲んでいる初老の女。
最後にこれまた偉そうに、初老の男を少し若くした顔立ちの男。

バタンッ

何の前触れもなく扉が開く。
中にいた3人ははっと振り返る。
扉を開けたのはまだ20にもならない少年。
黒いサラサラの髪に深紅の瞳。
顔立ちの整ったその少年が浮かべる笑みは美しいがどこか冷たいものを思わせる。

「誰だ?!貴様は!!」

少年に対して睨み、叫んだのは初老の男だった。
無礼者、と言い放つ。

「無断でウチに入るなんて!警察を呼ぶわ!!」
「貴様、何の権利があって不法侵入をしている?!」

わめくここの住人達をふっと見下すように笑う少年。
すっと隠していた杖を取り出す。

「はっ…!!なんだその棒切れは?!」
「そんな枝のようなもので何をするつもりなのかしら?」

馬鹿にしたのは初老の男と女。
もう1人の男は何か気づいたようにはっと顔色を変えた。
この少年の紅い瞳と杖を構える仕草をどこかでみたことがあるような気がしたのだ。
それは忌まわしいと言えほどの記憶。

「お、お前、まさか!」

顔色を変えた男は何か心当たりがあるようである。
その反応に少年は満足したように微笑む。

「はじめまして、僕の父と祖父と祖母にあたる薄汚いマグルの方々」

ぞっとするような笑みで少年は彼らを見る、
少年の言葉にわめいていた二人の男女は驚き目を開く。

「そして、さようなら」

少年の紅い瞳が輝きを増す。
その輝きは期待に満ちたもの。
目の前の薄汚いマグルを滅する事が出来るという期待。

「お前!やっぱり、あの化け物女の…!」

男の言葉は最後まで言われる事がなかった。


『アバダ・ケダブラ』


少年の杖から緑色の光があふれ出す。
彼らは見たこともない未知なるものに恐怖を抱き逃げようとする。
しかし、魔法使いである少年の使った魔法からは決して逃げられない。
恐怖の表情を顔に貼り付けたまま、その命を落としていった。
少年は彼らを静かに見る。

「…汚らわしい、マグルがっ!」

はき捨てるような言葉。
殺された彼らははっきりと知る事はできなかった。
彼が何者なのかを。

彼の名は、「トム=マールヴォロ=リドル」。
父である男の名トムと、そして殺された彼らの家名であるリドルの姓を持つ者。
後の闇の帝王、ヴォルデモートである。





はがばっと勢いよくベッドから飛び起きた。
息が荒く、冷や汗さえもかいている。
顔色も真っ青になっている。

「…今のは、夢?」

掠れた声で呟く。
3人のマグルを殺す少年の夢。
にはそれがリドルであると何故か分かった。
その姿はが知っているヴォルの人の姿にとてもよく似たものだったから。

ここはホグズミード外れの森の中の古びた屋敷。
ホグワーツでの試験を終えたは、ヴォルと一緒にここに戻っていた。
もうすぐ、この世界に来て1年が経とうとしている。
だと言うのに、の頭の中には物語の内容がはっきりと思い出せる。
むしろ、ここに来てからの方が細かく鮮明に思い出せる気がする。
まるで何かの意図でもあるかのように、記憶の中に刻み付けるように残っている。
その光景すらたまに夢で見る事もあった。
そう、先ほどのリドルの夢のように。

「さっきのって、まさか…リドルが、父親を殺した?」

緑色の魔法の光はマグルである彼らの命を消しただろう。

「俺が何だ?」

考え込もうとしていたに声が掛けられる。
驚いて顔を上げてみれば、そこには少年の姿のヴォル。
17−8歳の姿で安定しているか、人の姿の時はいつものその年代である。
だが、ホグワーツの制服ではなく、黒いローブに上下とも黒い服。
ももちろんホグワーツにいる時のような服ではない。
少女の姿で、ローブはどうも慣れないのでマグルの服装を着ていることが多い。
しかし、イギリスの人は日本人に比べれば大きいので子供服で間に合ってしまう自分が悲しい今日この頃。

「あ、いや、うん。なんでもないよ、ヴォルさん」

なんとか笑みをつくる
本の内容を反芻するように夢に見る事はあった。
けれど、今回のように本以外のこと、過去のことを夢に見るのは初めてだ。
それもよりによって、リドルの過去である。

(あれ?でも確かヴォルさんって、20歳くらいまでのリドルだって言ってたよね。初めて直接人を手にかけるまでのリドルで、それが20歳くらいってことは、ちょっとズレる?夢のリドルはどう見ても今のヴォルさんの姿とそう年が変わらないくらいだったし…)

先ほどのリドルはどう見ても20歳に見えない。
日本人のからすれば20歳に見えないこともないのだが、今のヴォルの姿が17−8歳として、20歳に見えるものではない。
それに、まだ幼さが残った顔立ちだった。

「あ、ねぇ、ヴォルさん」
「何だ?」
「変なこと聞く様だけどね、ヴォルさんが、というかこの場合リドルっていうのかヴォルデモートって言うのか分からないけど、父親と祖父母を殺したのっていつ?」

普通ならさらっと聞く様な事ではないかもしれない。
けど、なんとなく気になった。
案の定、ヴォルは驚いた表情をしている。

「思い出したくもないが、あれらを殺めたのが初めて自分が手を下した時だからな。ホグワーツ卒業してから2年位後、つまり20歳の時だ」
「20歳?」
「そうだが?どうした?」
「ううん、別に…」

これも、ズレだ。
がこの世界に来る前から少しずついろんなことがズレて来ている。
先ほどの夢は、最良の未来、つまりの知る本の中の話になるのだろう。
このズレによって何か変わっているのかもしれない。
いや、この一年間にかなりのズレはあったのだから、過去の違いが今に響いているいうことになるのか。
もしかしたら、の知っている過去とすでに他にもズレがあるのかもしれない。

「いや、でも、大まかなところは合ってる、はずだよね。確認してないけど…」
?お前何を言ってるんだ?」
「あ、ヴォルさん。もうちょっと変な質問していい?」
「別に構わないが…」

この際だからヴォルに分かる事だけでも確認とって見よう。
は自分の知る過去を挙げてみる。

「リドルが秘密の部屋を初めて開いたのは、えっと確か5年の時?」
「そうだ」
「16歳、だったかな?の自分の記憶を日記に保存した?」
「したが、よく知ってるな」
「えっと、えっと…」

(あとヴォルさん関係と言えば何があるんだろ?秘密の部屋と日記のことくらいしか分からないかも。スリザリンの末裔というのが違うってことは有り得ないし)

よくよく考えれば、の知ってるリドルのことは極僅かである。
あとはヴォルにはあまり関係がない過去のことになってしまう為、ヴォルに聞いても分からないだろう。
1年間ホグワーツに通っていた上で、特に過去に関しての違和感はなかったのだからそうそう違いはないのかもしれない。

「気付いた時に対処すればいいかな?」

今のところ知る方法もない上に、現在分かっている事だけで考えれば特に支障はないだろう。
ちらっとヴォルを見る。
このヴォルの存在を生み出すようなズレが過去にあるのかもしれない。
少し調べてみる必要があるかもしれない。

「よし、ヴォルさん!今日はでかけよう!!」
「別に構わないが…」
「構わないが、何?」
「出かける気があるならさっさと支度しろよ?」

はたと気付く
今のの姿はパジャマだ。
そして、良く考えればここはの寝室である。

ひ、人の寝室に許可なく入るなぁぁー!!

顔を真っ赤にして枕をヴォルに投げつける。
ぽすんっと投げられた枕を受け止めるヴォル。

「何を今更。ホグワーツじゃあ、散々一緒に寝てただろ?」
「ご、誤解を招くような発言しないでよ!!あの時のヴォルさんは猫だったじゃん!」
「誰も誤解するようなやつなんてここにはいないから安心しろ」

何しろこの屋敷にはとヴォルしかいない。
パジャマ姿を見られて恥ずかしがる前に、二人っきりで住む危険性というものをはまったく考えていなかったのだろうか?
年頃の男女が一つ屋根の下なのだから。
最も、その1人は年頃というか、本体の年齢は60過ぎなのだが。





「よっし!」

薄水色の半そでのシャツにジーパン。
寒くないように薄手のカーディガンを羽織った
右手には箒。

「じゃあ行こうか、ヴォルさん。…はい」

右手に持ったヴォルに箒を渡す。
素直に箒を受け取るヴォルだがどうしろという意味なのか。

「で?何処に行くんだ?」
「あ、言ってなかったっけ?ゴドリックの谷。私場所知らないから、ヴォルさんに連れてってもらわないと分からないんだ」

ゴドリックの谷。
そこは、ヴォルデモートがハリーに倒された場所であり、ジェームズとリリーがヴォルデモートに殺された場所。
今はもう恐らく人が住んでいないだろう場所である。
ヴォルは渡された箒に跨る。

「ほら、前に乗れ、
「え?前なの?」
「後ろだと、お前の場合ぼぅっとしてて落ちそうで怖いからな」
落ちないよ!

失礼な、と文句を言いつつもヴォルの前の方に乗る。
ヴォルの手が後ろから回され丁度抱きしめられるような格好になってドキッとする。
普段ならなんとも思わないのだが、こうやって近づいた時にヴォルのことを意識してしまうことがある。
しかし、その意識もすぐに吹き飛ぶ。
ふわっと足が大地を離れる。

「う、わぁ…」

どんどんと遠のく大地を見て、怖いと言うより感動する。
始めて箒で飛んだ時はハリーを助けようと無我夢中だった。
それ以降は、力をあまり使わなかったので箒で飛ぶことなどなかった。
吹きぬける風、過ぎ去る風景。
飛んでいるのが自分の力でなくても気持ちがいい。
人間は大空に憧れ、空飛ぶことに昔から憧れていた。
だから、飛行機という空飛ぶものを作ったのだと聞いたことがる。
分かる気がする。
飛ぶ事は気持ちがいいものだ。
見下ろした大地はちっぽけで、そのちっぽけな中に生きている自分。
心の中にある悩みなどどうでもよくなってくる。