賢者の石編 30
”入院”場所は、地下にあるセブルスのすぐ隣の空き部屋だ。
ダンブルドアがいそいそと色々用意してくれたようで、結構快適に過ごせている。
だが、かなり暇だ。
は暇をもてあましてかなり月日が経った。
途中ヴォルが来て暇つぶしに付き合ってくれたり、部屋を抜け出したことがばれて散々叱られたりしたことはあったが…。
は不注意で階段から落ち、大怪我をしたと言う事になっているようだ。
特殊な体質で治りが遅いため、今期いっぱいは入院という形になるかもしれないとグリフィンドールの方には通達されているらしい。
ヴォルやセブルスから聞く世間話が唯一の情報源である。
セブルスはヴォルのことをただの猫だと思っていて、言葉を話せることは知らない。
ハリー達の罰則の件はどうなったのか気になる所だが、セブルスがあわてていないところを見ると、大事にはなっていないのだろうと判断する。
バタバタ……バタンッ!!
慌てたような足音とともにセブルスが突然部屋に戻ってきた。
何か焦っているような表情で…。
のんびりと黒猫姿のヴォルとお茶をしていたは首を傾げる。
「教授。どうしたんですか?そんなに慌てて…」
に今気付いたようにはっとするセブルス。
自分を落ちつかせようとふぅっと息を吐く。
「何でもない。それより我輩はこれから用があるからくれぐれも大人しくしていろ。いいか、絶対この部屋を出ようとするな!」
そう言ったきり、また急ぐように部屋を出て行った。
(怪しすぎますって教授。それじゃあ、何かありましたって言ってるようなものですよ)
しばらく考え込んでいただが、すくっと立ち上がりヴォルを見る。
「さて、ヴォルさん。そろそろ私も動かないといけないみたいだから行こうか」
「何処にだ?」
「それはもちろん、賢者の石を横取りしに…まずは4階へ」
にっこり笑う。
あれだけ慌てていたセブルスを見たのは初めてだ。
おそらくクィレルが賢者の石を取りに行った事に気付いたのだろう。
はヴォルを抱きかかえ急いで4階へと向かった。
(ハリーとヴォルデモートの対面には間に合いますように)
少年の姿のと猫の姿のヴォルはクィレル、いやヴォルデモートから賢者の石を横取りする為に動いた。
*
フラッフィーは力で動けなくして、『悪魔の罠』は魔法の効かないには無効だった為にヴォルを抱きかかえて通り抜けた。
鍵に羽根のはえたものが沢山いる部屋。
もちろんには鍵などなくても「力」で簡単に扉を開けていった。
「には魔法の罠なんて完全無意味だな」
「今の状況だと無意味で助かるよ。…けれど、1年生に突破できるような罠なんて意味ないんじゃないのかな?」
「いや、普通の1年になら突破できるはずない罠だ。もちろん3年でも7年でもな」
「彼ら3人が力を合わせる事によって一人前の魔法使いの力になるわけってことだね」
知識ならば誰にも負けないハーマイオニー。
勇気とそして箒の天才的な才能のハリー。
チェスの天才、魔法界に詳しいロン。
様々な分野に優れている彼らが集まってこそこれら罠が突破できる。
「しかし、たとえ一人前の魔法使いとはいえヤツの相手は無理だろう。それこそ、あの”英雄”ハリー・ポッターでさえな」
「ううん。ハリーだけなら大丈夫だよ、クィレル、ううんヴォルデモート卿は、きっとハリーに触れることすら出来ないから」
「それはハリー・ポッターがあの呪文を撥ね返したことと関係があるのか?」
「まぁ…ね。人の想いは何ものにも変えがたい力であるってことの証明だよ」
話をしている間にチェスの罠の部屋に出た。
チェスの駒はいくつかが壊れ、真ん中あたりにロンが倒れ、ハーマイオニーがロンの頬をペシペシ遠慮なく叩いていた。
ロンは気絶しているだけのようである。
(しかし、ハーマイオニー、容赦なさすぎ…。その叩き方は、ちょっと痛いと思うけどな)
「ロン!ロン!!しっかりして!!ダンブルドア先生を呼びにいかないと!!」
「…ん。ハー…マイオニー?」
「ハリーは先に進んだわ!私達はダンブルドア先生を呼びに行くわよ!」
「…う、うん、分かった」
まだぼぅっとする頭を振りながらロンは立ち上がる。
そして、何故か頬がひりひりするのに首を傾げる。
先ほどハーマイオニーが遠慮なく叩いた為なのだが、それはロンには分からない。
ロンを心配するハーマイオニーだが、ダンブルドアに知らせるのが遅れれば危なくなるのはハリーの命なのだ。
ふらつくロンを支えながらハーマイオニーは出口へと向かう。
は二人に見つからないようにチェスの陰に隠れ、二人が見えなくなるまで見ていた。
ロンの手によって壊されたチェスの駒はには意味を成さなかった。
先に進むべく歩みだしたの前には黒い炎が立ちふさがっていた。
はその中に躊躇いもなく、ヴォルを抱えて飛び込む。
その先にはテーブルの上に空のビンが2つとまだ液体の入っているビンが5つ。
正解のビンの中身はもうない。
しかしは慌てることなく、さらに先に立ちふさがる紫色の炎に飛び込んでいった。
魔法の炎などにとっては無意味である。
*
「あああああああああ!!」
先を進んでいって、唐突に聞こえたのは誰かの叫び声。
は慌てて駆け出す。
そこで見たのはクィレルにしがみついているハリー。
ハリーが触れた部分からクィレルの体は溶けるようにただれていく。
必死でしがみつくハリーの顔は顰められていた。
クィレルはハリーを突き飛ばした。
情けない悲鳴をあげながら。
かつん…
突き飛ばされた勢いでハリーの手の中にあった紅い石―賢者の石が転げ落ちる。
輝くその石の色に力を感じる。
「ご、ご主人様!!私の!私の腕がぁぁ!!」
『貴様の腕などどうでもいい!はやく石を!!』
「駄目、だ!石は渡せない!!」
クィレルが石に近づこうとする。
ハリーは先に自分が石を取ろうとするが、額の傷が痛みだす。
額の傷を押さえ、痛みをこらえるので精一杯。
「駄目だ!!」
クィレルは石までもう少しのところまで近づいていた。
しかし、その石を拾う別の者の手。
紅いその石を手の中で弄ぶようにして拾い上げる。
「残念でしたね。クィレル先生?賢者の石は僕がもらいますよ」
そこに立つのは。
にっこりと笑みを浮かべ賢者の石を握り締めていた。
『貴様!それをよこせ!!』
襲い掛かるクィレル。
ハリーによって弱りきった彼の攻撃など避けるに容易い。
ひょいっと避ける。
顔を歪ませながらもに遅いかかるクィレルにハリーが飛びついた。
「ぐぁぁあああぁぁあぁ!!」
ハリーが触れるその場所からクィレルの体が崩れていく。
ハリーを振り払おうとするが必死にしがみつくハリーは離れない。
「!それを持って逃げて!!」
クィレルにしがみつきながら、ハリー叫ぶ。
は驚く。
どうやら、自分はまだハリーに信用されているらしいと。
あんな状況で現われるなんて怪しいことこの上ないと言うのに。
ざらっ
クィレルの体が完全に砂となる。
ハリーはがくんっとその場に倒れそうになるがなんとか膝をつくだけにする。
クィレルの体からできた灰色の影。
「、逃げて…!」
ハリーはその影、ヴォルでモートを視界におさめてすぐに気を失った。
その場にがくりっと倒れ落ちる。
は手の中の賢者の石を見る。
『それを、寄越せ小僧!』
「悪いけど…」
は左足を一歩後ろに。
ヴォルがひょいひょいっとの肩まで登ってくる。
手にしている賢者の石を、はヴォルの身体にぴたりっと当てる。
「悪いがこれは俺のものだ」
黒猫姿のヴォルはヴォルデモートを見て笑みを浮かべる。
賢者の石が紅く輝き出し、熱を持つ。
強大な魔力が込められた石。
はぽつりっと呟く。
『石の力のみをヴォルさんに…』
の手の中の賢者の石が砂になり…さらさらっと崩れ去る。
その砂は粒になり、もっと細かくなったように消えていく。
ふわりっと柔らかな紅い光がヴォルの身体を包み込む。
光はの手を離れて地面へと下り、そのまま人の形をとる。
石の力を取り込んで人の形となったヴォルの姿は、一時的に人の形をなったときよりも存在感が増していた。
にはよくわからないが、魔力が満ちたと言う事なのだろう。
『貴様、は…』
ヴォルデモートの声は驚きの感情が込められていた。
それはそうだろう、現われたヴォルの姿はかつての過去の自分の姿。
学生時代の自分の姿そのままなのだから。
「…ようやく気づいたか。俺は、お前に捨てられた記憶だ」
『まさか、マグルの女に憑依させたはずだ!何故自らの肉体を持っている?!』
「俺に体を与えてくれた奇特な奴がいてな。賢者の石のお陰で全盛期までとはいかないまでも、学生時代程度の力は戻ったな」
『そうか…』
ヴォルデモートはゆっくりと、だが、見下すようにヴォルを見る。
まるで自分が上位のものであるかのように。
『……今なら俺様に戻ることを許そう』
その言葉に嫌そうに顔を歪めるヴォル。
は無言でヴォルに自分の杖を差し出した。
ヴォルはヴォルデモートを見たままその杖を受け取る。
杖は本来はヴォルのものとして選ばれたものだ。
使うのに支障はないだろう。
「今更何を、悪いが俺はお前を必要としない。いや、寧ろ邪魔だ。元々お前と同じモノだったなんて吐き気がするほどだ」
すっと杖をヴォルデモートに向けるヴォル。
『……所詮は甘さを残した過去か。下らん、そいつは貴様がその姿に戻る為に利用されたと言うわけか。その小僧を利用したという点は俺様の過去らしいが、詰めが甘い。考え方もどこでそんな反吐が出る甘さに成り下がった?俺様が覚えている限りの過去ではそんなに甘い考えはなかったはずだ。その小僧に情でも移ったか?』
ヴォルデモートはの方をちらりっと見る。
は僅かに顔を引きつらせながら、後ろへと2歩ほど下がって、ヴォルの後ろに隠れるようにする。
ぎゅっとヴォルの服の袖をつかみ、俯く。
『所詮はただの小僧、恐怖で震えているではないか…。こんな小僧を利用し、そしてたぶらかされたか?下らないな、実に下らないな。そして、愚かだ』
ヴォルデモートはが俯いているのを自分が怖いのだと思い込んでいるようだ。
はそれに何も言わずに俯いたまま、唇をかみ締めている。
ヴォルはすぅっと目を細める。
「言いたい事はそれだけか?ヴォルデモート。残骸の分際で何が出来る?」
かつんっとヴォルは一歩前に出る。
杖をヴォルデモートに向けたまま、それを真っ直ぐ見る。
「今度はあのお気に入りのナギニでも乗り移ればいいさ、お似合いだぞ。さっさと消え去れ!!!」
ヴォルはびゅっと杖を振る。
何の呪文も唱えてはないが、強風が吹き影となったヴォルデモートを吹き飛ばした。
これが、学生時代の彼の力。
普通の学生など足元にも及ばないほどの魔力。
ヴォルはヴォルデモートが吹き飛んだ方を暫く見ていたのだった。