賢者の石編 28
夜のホグワーツをひたひたと歩く。
その後ろをついていくのは黒猫のヴォルだ。
の足音もヴォルの足音もしない。
ここを誰かが通ったのならば、の存在もヴォルの存在も気付くことはないだろう。
そういう『力』をかけた。
「罰則です!!」
突然響いた大きな声にびくりっとなる。
自分の姿が見えないはずだと分かっていても驚くものは仕方ない。
「さらにスリザリンから20点減点します!こんな夜中に校内をうろつくなんて校則破りもいいところです!」
「せ、先生、違います!ポッターが…!」
「言い訳など聞きません!貴方がここにいたことは事実ですからね!」
がこそっと声の響いた方を覗いてみれば、そこにはマクゴナガル先生とドラコがいた。
マクゴナガル先生に叱られているドラコ。
自分以外、マクゴナガル先生の姿しかない事に顔を悔しそうに歪めている。
「明日、私の教室まで来なさい、マルフォイ!スネイプ先生と今日のこのことについてきっちりお話させていただきますよ!今日の所はもう遅いから寮に早く戻りなさい」
「で、ですが、先生!」
「まだ言い訳を言うつもりですか?!減点を増やしますよ!」
「…!」
苦々しそうに顔を歪めながらも、ドラコは大人しく寮がある方向へと向かっていった。
マクゴナガル先生は念のためだろうか、周囲を見回して他に誰かがいないか確かめる。
そしてかつかつと足音を響かせてこの場を去っていった。
の姿は目に入っていたはずなのに、の力のために姿は見れなかったようでほっとする。
「マルフォイが罰則を受けて減点もされたなんて、歌でも歌いたい気分だわ!」
「気持ちは分かるけど、静かにね、ハーマイオニー」
ハーマイオニーとハリーの声が暗い中で響いてくる。
思わずくすりっと笑ってしまう。
透明マントを被っているだろう2人は、に気付かずにそのまま先へと行ってしまう様だ。
には姿は見えないので、こそこそと聞こえる声が遠ざかっていくのでそれが分かる。
「どうするつもりだ、」
「とりあえずこのまま待機かな?無事にあの2人が寮に戻るのを見届けたら、私も戻るよ」
この分では心配なさそうである。
ほっとしているとカツカツと足音が聞こえてくる。
ハリー達が向かった方向とは反対から、フィルチが明かりを持って歩いてくるのが見えた。
フィルチはの姿を明かりに照らしても、やはり気付かずにそのまま歩き去っていく。
自分の姿が見えないだろうことは分かっていても、やはりどきっとしてしまう。
*
どれくらい待っていただろうか、ほっとした様子のハリーとハーマイオニーの姿が見えた。
帰りは透明マントをつけていないようだ。
「無事にノーバードを渡せてよかったわ」
「まったくだ。ハグリッドのドラゴン好きにも困ったものだけど、終わってよかったよ」
「そうね。あの小屋でドラゴンを育てるのかと思うと…色々、そう色々危険なのよね」
「危険で済めばいいほうだと僕は思うけど」
「ハリー、そこまで言っちゃ駄目よ」
気が抜けているのか、ハリーとハーマイオニーは周囲にまるっきり気を配っていない。
行く時被っていた透明マントを忘れている事すら気付いていないようだ。
それはそれで構わない。
小声で話し込みながらグリフィンドール寮へと戻っていくハリーとハーマイオニー。
「さて、私も戻らないと。抜け出した事、ばれないようにはしてきたつもりだけどね。早めに寝ないと明日が大変だから」
「俺からすれば、あれでばれない方が不思議だ」
は自分のベッドの布団の中に大量の教科書を詰め込んできた。
暗がりでは、普通に誰かがベッドの中で布団を被って寝ているように見える。
布団をはがされたらバレてしまうのだが、そうそうバレることもないだろう。
「先入観と思い込みってのは、結構大きな目隠しになるからね」
「あれで騙されるほうが馬鹿だがな」
呆れたようなヴォルの口調。
とヴォルの会話は全て小声だ。
そのままもさっさとグリフィンドール寮に戻ろうと思っていた。
姿を見えないようにしているため、フィルチが通っても別に見つかる事はないのだが、ドラゴンの引渡しが終わったのだから、これ以上ここにいる必要もない。
だが、ぴたりっとの足が止まる。
「?」
グリフィンドール寮とは別方向のスリザリン寮の方向が何故か気になった。
地下にあるスリザリン寮に向かうには階段を一番下まで下りなければならない。
「ん、ちょっとなんか気になって…」
方向転換して階段を下りていく。
動く階段でもなければ、普通の階段だが、踊り場あたりには窓があり、その窓は普段いつも開いている。
階段を下りている途中のひとつの踊り場でぴたりっと足を止める。
この世界に来てからは、どうも勘のようなものは冴えている。
気になったときは自分の勘にそって動いた方がいいと思ったは、こちらにきたのだ。
…手?」
踊り場の窓には手が2つ。
暗がりの中、窓からぶら下がるようにつかんでいる手は結構怖い。
「く…そっ!」
窓の外から少年の声が聞こえてくる。
この窓からはハリー達がノーバードを引き渡した塔が良く見える。
嫌な予感が大当たりのようで、はばっと窓に駆け寄る。
そこには、身を乗り出して窓から落ちそうになったのだろうドラコがぶら下がっていた。
の姿は勿論ドラコには見えない。
どれくらいの間ここにぶら下がっていたのだろうか。
このまま放っておくわけにもいかない。
(やけに気になったのはマルフォイ君のせいか。そう言えば、本来ならマクゴナガル先生に連れられて今日スネイプ先生の所へ話をしにいくはずだったもんね。それが明日になったから…)
とにかく助けなければとは手を伸ばす。
がドラコの腕に触れる瞬間、ドラコの力が尽きたのか、ドラコの手が窓からぱっと離れる。
急いでその手をつかむ。
がしっとつかんだはいいが、の肩にドラコの全体重がかかる。
「っ!!」
「…?!な、なんだ?!だ、誰かいるのか?!」
(根性なしのお坊ちゃんめ!もうちょっと耐えてぶら下がっていて欲しかったよ)
の姿が見えないため、正体不明の何かにつかまれているドラコは慌てる。
わたわたと身体を動かすが、それが余計の負担になる。
「大人しくして!マルフォイ君!」
「?!そ、その声はか?!」
「今から引き上げるから!」
「よ、余計な事はするな!グリフィンドールに借りを作る気はない!」
「いいから大人しくしててよ!借りだなんて、思わないから!」
手に汗がにじみ出て、滑りそうになる。
こういうときに限って手に汗をかいてしまうのだ。
は気持ちを落ち着かせるために、一度軽く息を吐く。
ここで力を使えば姿を見えなくさせている力の効果はなくなってしまうだろう。
だが、もう声でドラコにはばれているのだから全然構わない。
『引き上げる!浮け、軽くなれ!』
ぐいっとは自分の腕に力をいれて一気にドラコを引っ張り上げる。
その瞬間ドラコにはの姿がぱっと現われたように見えただろう。
力加減が分からず、ドラコがふわりっと一瞬浮き、そのまま重量にしたがっての上へとどさりっと倒れこむ。
自分にかかるドラコの重みにどこかほっとする。
「大丈夫?マルフォイ君」
ドラコはの声にはっとしたようにばっと身体を起こす。
「れ、礼など言わないからな!君が勝手にしたことなんだからな!」
「分かってるよ。別にお礼なんて期待していないって」
「大体あの状況なら僕が自分でなんとかできた!」
「余計な手を出して悪かったよ。でもね、マルフォイ君」
すっとはドラコを真っ直ぐ見る。
その視線にぎくりっとなるドラコ。
助けられたと言う自覚がある分、気まずいのだろう。
「僕は君が危なくなったら、君が自分でなんとかできるって言っても助けるからね」
それが原作の枠に外れない限りは。
「は?」
ドラコは一瞬何を言われたのか分からないような呆気にとられた表情をした。
はすぐ側にいた黒猫のヴォルが盛大にため息をつくのが聞こえた。
完全に呆れられているのは分かるが、仕方ない。
(自分の役目もあるけど、放っておけないしね)
生意気でグリフィンドールが嫌いで、純血主義を誇りまくって混血やマグル出身を見下すようなお坊ちゃんでも、は見捨てられない。
は”穢れた血”と言われても別に気にしないし、子供相手に怒る気にもならない。
「何を言っているんだ、君は。そういうのを大きなお世話と言うんだ」
「大きなお世話でもいいから、できれば危なくなったら声を出してもらえると助かるよ」
「誰が君のようなグリフィンドールに助けを求めるか!」
「はいはい、マルフォイ君のグリフィンドール嫌いは分かっているよ」
はすくっと立ち上がる。
そこではふとこのあとのドラコの罰則を思い出す。
それは確かハリーと一緒に禁じられた森に行くことだった。
禁じられた森で、ハリーとドラコはヴォルデモート卿がユニコーンの血をすすっているのを目撃してしまう。
「罰則でもなんでも、今は色々危険な時期だから、危ないと思ったらちゃんと逃げないと駄目だよ」
「何を訳のわからない事言っているんだ!大体なんて僕が逃げなきゃならないんだ!」
一応は忠告をするが、ドラコには訳が確かに訳が分からないだろう。
でも、は自分の言葉を頭の片隅置いておいてもらえればいいと思っただけだ。
生徒を危険にさらすようなことは、いくらなんでもないだろう。
「とにかく寮に戻った方がいい。もう、夜遅いしね」
「言われなくても戻るところだ!」
ふいっと顔を逸らすドラコ。
子供っぽい仕草にくすりっと思わず笑ってしまう。
にとって、やはりドラコ程度は可愛いものだ。
「気をつけてね、マルフォイ君」
「余計なお世話だ!!」
さらにくすくすっと笑う。
ドラコはをキッと睨んでからスリザリン寮の方へと歩いていった。
(やっぱりこの年の子供はこんなでも可愛いものだよね)
はドラコとは反対方向に歩き出す。
どちらにしろスリザリン寮とグリフィンドール寮は方向が違うので逆方向になってしまう。
フィルチや他の教師に見つかるのはまずいとおもい、はちゃんと力で自分の姿を見えなくさせてから寮に向かった。
寮についてからは、こっそりと物音を立てずに自分のベッドにもぐりこむ。
ロンはまだ医務室だ。
ハリーとネビルはもうすでに寝てしまっていたようでほっとする。
(今学期が終わるまで、あと少し。あとは何事もなければいいけど…)