賢者の石編 18





ふっとが目を開けると、そこは自分の寮の天井とは違った見知らぬ天井。
右腕に何か違和感があると思って見れば、右肩から腕にかけて固定させられていた。
痛みはない。

「目が覚めたか?」

はぼんやりと声の聞こえた方に顔を向ける。
そちらには相変わらずの不機嫌そうな表情のセブルスの姿。

「スネイプ教授?あれ?どうして?」
「覚えてないのか?貴様は無謀にもトロールに向かっていって怪我をしたんだ」

そういえば、と思う。
右肩をトロールの棍棒が掠って、そして気を失った。
そして、白い空間であった先代の時の代行者。
はふっと悲しげな表情になる。

「どうした、?傷が痛むか?」
「…いえ、大丈夫ですよ」
「何が大丈夫だ。あの時平気そうな顔をしていたから大したことないと思っていたが、完全に骨が折れてた」
「ああ、折れていたんですか。道理で痛かったと…」
「全然痛そうには見えなかったがな」

それは、セブルス達が来る頃、はすでに痛覚を消していたので痛みなど感じてなかったからだ。
肩の骨が無理やり折られたのだから、普通なら平気で立っていられるようなものではない。

「それで、教授が治療してくださったんですか?」
「我輩以外に誰がいる?1ヶ月は絶対安静だ」
「ええ?!1ヶ月も?!!」

1ヶ月もの間ベッドの中で大人しくしていろということなのだろうか。

(絶対無理!飽きるし、とてつもなく暇)

「その程度のこと我慢しろ、魔法では治せないのだからな」
「…教授、そのこと誰に聞きました?」

気を失う前に、セブルスは魔法薬のアレルギーがどうとか言っていたのを思い出す。
ダンブルドアに何か聞いたのだろう事は想像つくが、どこまで聞いたのかが分からない。

「校長からだ。は魔法薬のアレルギーがあるから命に関わらない限り魔法は使わずにマグル式の治療で頼むと言っていた」
「…あ、成程」
「何だ?その言い方だと違うのか?」
「あ、いえいえ、ほぼ合ってますよ。それで、なんでマダム・ポンフリーじゃなくて教授が?」

別にマダム・ポンフリーでもいいのではないかと思う。
セブルスである必要はない。

「マダムはマグル式の治療法が不得手らしくてな」
「ということは、教授はマグル式の治療法が得意という訳ですね」
「得意という訳ではない。ただ、我輩が多少なりともマグルの治療法を知っていただけだ」
「は?教授がですか?」

スリザリンは純血を誇りとする寮生が多い。
セブルスも、マグル出身の魔法使いを頭からバカにはしなかっただろうとは思うが、それなりに純血である誇りはあるのではないのだろうか。
大抵、純血のものはマグルの者を見下す。

「何だね?我輩がマグル式の治療法を知っているが可笑しいかね?」

(可笑しいっていうか、不思議でたまりません)

にしてみれば、セブルスはやはり典型的な純血主義の魔法使いであり、マグルに関わるなど思えない。

「大した理由はない。魔法薬の材料とマグルの薬の材料の共通のものがある。ただそれだけだ」
「へぇ、ただ、それだけと」
「何が言いたいんだ、貴様は」

眉間のしわを深くするセブルス。
はくすくす笑う。
しかし、その笑いもすぐ消えてしまう。

「ところで教授、1ヶ月安静というとずっとここにいなければならないんですか?」
「寮に戻って質問責めに合いたいのなら戻っても構わんが?但し、その場合は安静期間が延びるだけだろうがな」
「いや、今はちょと寮には戻りたくないですからいいです」

ハリーには今は、会いたくない。
会っても普通に接することが出来ないかもしれない、普通に接する事が出来る自信がない。
何故ならは、この先ハリーがどれだけ辛い目に合うかを、知っているから。
そして、それを知っていながらも何も助けられない。
シアンに会う前まで、は「時の代行者」の役目をもっと軽いものだと考えていた。
ただ、本の通りに進めればいいのなら簡単だと。
しかし、犠牲になるはずの人を助ける事はできない。
あるべき未来を変えてしまったシアンの代償は大きすぎた。
それはシアンのあの悲しみの表情が物語っている。
見ているだけで痛々しいあの表情。

「今、会えば、普通に接する自信がないんです」

もし、今後が、ハリーが5年生以降の未来を知ってしまって、その未来に彼の大切な人が犠牲になることがあれば?
それを黙って見ていなければならないのだろうか。
ヴォルデモートが復活して、犠牲が全くなく終わることなんて理想でしかありえない。
何かしらの犠牲があることなど、今の桜花でも想像がつく。
どれだけ抜けている悪役でも、彼は魔法界で恐れられる事だけのことをしてきた魔法使いなのだから。

「世界は時折、憎らしいほどに残酷ですね」
?」

セブルスにはが泣いている様に見えた。
何か大きなものを背負っているように見える。
それが何かは分からない。
けれど、はどこか普通の生徒とは違っていた。
いろんな意味で。

「世界が憎らしいほど残酷でも、それが現実だ。現実である以上はそれから逃れる事はできん」
「…そうですね」

慰めの言葉のつもりなのだろうか。
の事情など何も知らないのに、律儀にの言葉に答えてくれるのはセブルスなりの優しさなのかもしれない。

「ところで、教授?足に怪我とかはしてませんよね?」
「何を言っている?」
「フラッフィーですね、クィレル先生は失敗しましたか?」
「どうして貴様がそれを知っている?」

はゆっくりと身を起こす。
そして、セブルスをまっすぐ見た。

「それは言えませんが、僕はハリーの敵ではありません。だからこそではないですが、アレがあの人の手に渡る事は阻止しなければなりません」

セブルスはじっとを見る。
ふぅ…と深いため息をつく。
諦めたようなため息だ。

「確かに足に怪我はしている、アレは今のところは無事だ。一つ聞いていいか?」
「まぁ、質問にもよりますけど…」
「ポッター達は、どのあたりまで知っている?」

ハリーの動向を探る言葉なのか、ハリーを心配しての言葉なのか。
後者であるとは思っている。

「そうですね、グリンゴッツからアレがホグワーツに持ち出されたこと。まぁ、少なくともアレが何なのかは知らないようですけどね。あとは、4階にフラッフィーがいて何かを守っていること。……くらいですかね」
「もう、そこまで知っているのか?」
「のようです。ハリーは元々頭がいいんでしょうね、少ない情報でそこまで分かったんですから。それに加えて今回のトロールの一件でハーマイオニーも仲間に加わりましたから真相にはいずれたどり着く可能性は高いですよ」
「グレンジャーか。確かに彼女は忌々しいほどに優秀だ」

苦々しそうに言うセブルス。
しかし、意外だと思う。

(ハーマイオニーが優秀だとちゃんと認めていたんだ…)

セブルスがじっとを見る。

「何ですか?教授?」
「いや、ダンブルドアが、分からないことがあったらに聞けば大抵の情報は得られるだろうと言っていたからな…」
「は?!ダンブルドアが?!」

(何か勘違いしてないか?!ダンブルドア!「時の代行者」はあくまで僅かな未来を知っているだけで、百科事典じゃないんだよ?!)

「心配するな、知識で貴様に頼ろうとは思わん」
「あ、そうですか。まぁ、知識を問われても僕はきっと教授より知らないこと多いですからね。可能性と情報に関しては、教授にならいつでも教えますよ。僕で分かる範囲でならばね」

セブルスは信用してもいいと思う。
ハリーを律儀にも守ろうとしている事もそうだが、不器用な優しさを感じるから。
こうして話していると、さっきまでの沈んでいた気持ちが少し軽くなった気がする。

「ほぉ、それなら一つ答えてもらおうか…」
「何です?」

ニヤリとセブルスは笑みを浮かべる。
その笑みから冗談っぽい質問でも来るのだろうと思う

「ヴォルデモート卿はいつ蘇る?」

は目を瞬かせる。
その質問が来るとは…。
正確な答えを出していいのだろうか?

「いや、冗談だ。いくら何でもそこまで分かるはずないだろう」

答えなどもらうつもりで言った訳ではない。
ヴォルデモートはまだ生きているだろう事は、腕に刻まれた闇の印が消えないことから分かる。
知ることができるものなら。

「…4年、いえ、3年半後くらいですよ」
?」
「このままいけば、3年半後にヴォルデモート卿は復活しますよ」

の言葉にセブルスは驚く。
まさか返事が返ってくるとは思ってなかった。
は冗談ではないと言うように真剣な表情でセブルスを見ていた。

「そうか、それならアレがやつの手に渡ることはないのか」
「だからと言って、安心して傍観者にならないで下さいよ?」
「我輩はそんな間抜けではない」
「分かっていますよ」

むっとを睨むセブルス。
それと知られないようにハリーを守ろうとするセブルスは優しいと思う。
ハリーもそのうち、そのセブルスの優しさに気付いてくれるといいと思うが、授業中のあの態度では到底無理かもしれない。

「…は何でも知ってるのか?」
「いや、そういう訳じゃないですよ?教授の学生時代なんて知りませんし。…あ、そういえば気になってたんですけど、今度は僕が聞いてもいいですか?」
「何だね?」
「教授って年いくつなんですか?」

そう、ハリポタを読んでいた時もちょっと気になっていたことである。
親世代の年。
40歳まではいってないだろう。
ハリーくらいの年の子がいてもおかしくない年齢と言うとやはり30は確実に越えているのだろう。

「…32だ」

ぼそっとセブルスは呟くように答えた。

(32歳か。ということは、32から11を引くと21だから…)

「ジェームズさんとリリーさんは20歳くらいで結婚したことになるんですかね?」
「何故そうなる」
「え?計算違いますか?」
「そうではない。何故ポッターの両親の話題になるんだ」
「だって、教授とジェームズさん達って同級生で親友だったんでしょう?」
「誰と誰が親友だ!!!」
「セブルス・スネイプ教授とジェームズ・ポッターさんが」
「違う!!」
「じゃあ、悪友でしょうか?」
「少なくとも、ヤツとは友と呼べるような間柄ではない!」
「そんな力いっぱい否定しなくてもいいじゃないですか…」

くすくすっと笑いながら、は気持ちが軽くなるのを感じていた。
怪我を治す1ヶ月間で気持ちにある程度整理をつければいいのだ。
丁度ここは、セブルスの部屋。
グリフィンドール生は近寄らないだろう。
気持ちに整理をつけるのはもってこいの場所なのだから…。