賢者の石編 17
「あなた方は一体何を考えているんですか」
マクゴナガル先生は冷静にそう言っていたが、怒りと心配している様子が分かる。
は怪我などしていないように平然とその場に立っていた。
ちらっとクィレル先生を見れば、真っ青な顔で震えている。
「殺されなかったのは運が良かっただけですよ。ですが、何故寮にいるはずのあなた方がここにいるのですか?」
マクゴナガル先生は4人を見回す。
セブルスがハリーの方に視線を向けた。
マクゴナガル先生と同じように怒りと心配していたというのが分かる。
それがほんの少し嬉しくて内心笑みを浮かべる。
「マクゴナガル先生、聞いてください。…3人とも私を探しに来てくれたんです」
「グレンジャー?」
「私、色々本を読んでて、トロールについて知ってましたから自分でやっつけられると思っていたんです。それで、トロールを探してました」
ハリーとロンが驚く。
そんなのはハーマイオニーの嘘だ。
ハーマイオニーは嘘をついてハリー達を庇おうとしている。
「もし、3人が来てくれなかったら、私、今頃死んでいたかもしれません。ハリーもロンもトロールに必死で立ち向かってくれました。も…」
ハーマイオニーはちらっとを見て泣きそうな表情になる。
マクゴナガル先生はの右肩から血が流れているのに気付く。
最も、その血は黒いローブのせいであまり目立たないが…。
「?怪我をしたのですか?!」
「いえ、ちょっとしたかすり傷ですよ」
「早く医務室へ…!ミス・グレンジャー、グリフィンドールからは5点減点です。しかし、トロールを倒せる一年生などそういないでしょう。ポッター、ウィーズリー、には5点ずつあげましょう」
マクゴナガル先生は、の傷を見る。
傷の酷さに顔色を真っ青にする。
この傷でよく平気そうな顔をしていられるものだと思う。
「さぁ、グレンジャー、ポッター、ウィーズリーは寮に戻りなさい。さっき中断したパーティーの続きをやっていますから」
ハリー達はちらっとを気にしながらも、グリフィンドール寮の方に向かっていった。
ひと段落の様子でほっとするが、その瞬間にくらりっと眩暈がする。
ふらっと傾きかけたの体をセブルスが支える。
「は医務室より我輩の部屋の方がいいだろう。魔法薬のアレルギーがあるらしいとダンブルドアから聞いているからな」
「そうなのですか?」
(魔法薬のアレルギー?まさか、教授、ダンブルドアから私に魔法が効かないことを聞いた?)
魔法薬とて魔法の一種である。
魔法の効かないには効果のない薬もあるだろう。
勿論、魔法薬の材料に普通の一般的な薬草も入っているのだから、全く効かない訳ではないのだろうが、試す事が出来るその体質の人は殆どいないだろうからなんとも言えない。
「ついて来い、。我輩の部屋で治療を…」
ぽすんっ
「?」
は完全にセブルスにもたれかかっていた。
もたれかかっていたというより倒れこんでいると言った方が正しいのだろうか…。
その瞳は完全に閉じられていた。
「?!」
周囲の自分を心配そうに呼ぶ声を最後にの意識は沈んでいった。
いくら痛覚を消してあるからといっても、傷が治ったわけではないのだ。
傷から来る負担はかなりモノである。
自覚のなかったは、結局意識を失ったのだった。
*
真っ白い空間の中、は1人立っていた。
その姿は少女のものへと戻っていた。
きょろきょろと周りを見回す。
この空間は初めてハリポタ世界に来る前にいた空間と似てるような気がする。
「誰もいないの?」
のつぶやきが妙に響く。
「貴方が…?」
後ろの方から落ち着いたの名前を呼ぶ声がした。
ふっと振り返ってみれば、30前後の金髪に緑色の瞳の女性が1人。
ローブを着ているところから見て魔女なのだろう。
「貴方は誰ですか?」
の言葉に彼女は悲しげな笑みを浮かべる。
「あたしは、シアン。シアン=レイブンクローよ」
「…先代の、時の代行者?」
「ええ」
(そうか彼女が先代、私と同じ役目を担っていた人。けれど、何故彼女がここに?その前にここはどこ?!)
「貴方に助言をしに来たの。あたしの知っていることを教えるわ」
シアンの真剣そうな表情には、ここはどこ?と突っ込みを入れることを躊躇った。
そんな事を言い出せるような雰囲気ではないようだ。
「『時の代行者』は、世界が闇に染まりきらない為に正しい道へと導く存在よ。その為、魔法とは別の力が授けられる」
「…はい」
「その力は魔法と反発するものだから魔力のないものにしか正しくは使えない。貴方にも魔力が全くないでしょう?」
「はい、そうです」
「魔法で気をつける事は、『闇の人形』だけね。アレだけは魔力だけの魔法じゃないの」
「ダンブルドアから聞きました。貴方は…」
「そう、あたしはそれを力で無理に壊したから寿命が縮んででしまったのよ。40にもならないうちに死んでしまった」
ふっと笑みを浮かべるシアン。
その時のことでも思い出しているのだろう。
後悔しているような表情。
シアンは軽く首を振りに向き直る。
「貴方も、多少なりとも未来を知っているでしょう」
は頷く。
但し、4巻までの内容に限る。
ハリーが4年になり、ヴォルデモート卿が復活するまでの話。
「あたしは夢で未来を知ったわ。貴方は違う?」
「私は少し違います」
「そう、けれど、その未来は変わることもある」
「ええ、現に少しずつですけど、私の知っている未来とは違うことが起きていますから…」
「もう?!」
の言葉に驚愕するシアン。
あまりのシアンの驚きようにの方もびっくりする。
シアンは何か考え込むように手を顎にあてる。
ふぅっと息をつき、顔を上げを見る。
「あたしの時よりも早いわ。それなら、もっと早くに貴方に言うべきだったかもしれないわね」
「どういうことですか?」
「貴方が知ってる未来は、世界が最良と判断した未来であって確定ではないの。けれど、その未来の通りに行かなければ世界が闇に呑まれる可能性は高くなる。この意味が分かる?」
「…つまり、少しでも違うことが起きれば、それだけ闇に呑まれる可能性が広がるということなのですか?」
「そうとも言えるわね。けれど、それだけじゃないのよ。、貴方の知ってる未来は誰かしらの犠牲は出る?」
びくりっとの肩が震える。
犠牲、それは死を意味する。
ハリー達が4年生になってから、何人かの犠牲が出ることをは知ってる。
「その様子だと、犠牲は出るのね」
「…はい」
「いい?よく聞いて、。貴方の知っている未来は最良の未来なの、その犠牲はあるべくしてあるもの。犠牲になる彼らを決して助けようとしては駄目よ」
「え…?」
「犠牲になるはずの者が助かった場合、新たな、そしてより大きな犠牲が出る可能性の方が高いの。そして、それは犠牲だけに言える事じゃないわ」
「シアン、さん?」
シアンの表情は苦渋のもので、言っている本人もかなり辛いだろうことが分かる。
それでも言うべきことなのだ。
のためにも…。
「助言するのは構わない。けれど、貴方自身が手を貸す事は駄目よ、予定外の出来事に関して処理するのは構わないけれど、知っている通りの未来が来たらその当事者達に必ず任せるのよ、全てを」
「…知っていても、どんなに辛いことになると知っていても、手を出すな、ということですか?」
少し震えた声で言うに頷くシアン。
自分が関わることで、未来に大きく関わるであろう彼らに影響を与えてはいけない。
それは自分の知る最良である未来を崩すことになりかねないからだ。
「たとえ、自分が全信頼を置いている相手が犠牲になると分かっていてもよ」
やけにシアンのその言葉が響いた気がする。
誰が犠牲になっても。
(身近で仲のいい相手が犠牲になっても?)
「あたしが見たあの時の最良の未来では、アルバスは、死んでいたわ!」
「え?!でも、ダンブルドアは今!」
「そうね、生きているわ。だってあたしが、彼の仲間にそのことを話して、アルバスを助けてくれるように言ったんですもの」
シアンの表情は泣きそうだった。
ぎゅっと拳を握り締め、何かに耐えているようだ。
「けれど、アルバスは助かったけれど!アルバスを助けた…、生き残るはずだった彼らは死んでしまった!!彼らにもきちんと気を配っていたわ、でも、あたしが予定外のことをしたために、グリンデルバルドもあたしの知らない予想外の行動を起こしたの」
知っているはずの未来以外の未来。
自分の全く知らない未来が来て、シアンは焦った。
だから、グリンデルバルドの行動を防げなかった。
「結局、グリンデルバルドは倒されたわ。けれど、アルバスは多くの仲間を失い、あたしは最後にグリンデルバルドにかけられた「闇の人形」の魔法のせいでそのあと数年しか生きられなかったわ」
ダンブルドアを助けた代償は大きすぎた。
生き残るはずだった彼の仲間の命は数十人にも及ぶ。
けれど、シアンにとってダンブルドアは誰よりも大切な仲間だったのだ。
「大切な人が犠牲になる未来を知った時、その未来を変えるな、とはあたしには言えないわ。けれど、その代わりに必ず別の犠牲が出ることを忘れないで」
「…は、い」
「それと、貴方の存在を決して闇の者に知られないようにしなさい。時の代行者は、少し未来を知っていること、魔法が効かない事、別の力が使えること、ただそれだけが特別で物理的な攻撃に関しては他の人たちと全く変わらないのよ」
「彼らにとってみれば、私の存在など消そうと思えば消せるということですね」
世界を闇で覆おうとしている彼らにとって、世界を闇から守る「時の代行者」は邪魔者以外の何でもないだろう。
魔法は効かなくても、消すことなら他にも方法はある。
「時の代行者」は1人しかいないのだから…。
「気をつけてね、。辛いかもしれないけれど、アルバスは知っているわ、「時の代行者」のことを。きっと力になってくれる」
「はい」
「心配でも、信じてあげてね。闇に向かう魔法使い達は決して弱くはないのよ」
「…はい」
「また、困ったことがあったら呼んで。力になるわ、あたしの後継者、今の時の代行者さん」
ふわっと微笑むシアン。
’また?何かあった時は相談に乗ってくれるのだろうか?この白い空間の中で)
は、先代の時の代行者の存在に感謝した。
もし、自分が最初の「時の代行者」だったら、大変なことになっていたかもしれないのだから。
(未来は当事者達に全て任せること…か)