賢者の石編 16





楽しい楽しいハロウィン。
やはりというか、大広間にハーマイオニーは見えなかった。
ロンとハリーは目の前のご馳走に夢中でハーマイオニーのことなど忘れてしまったかのようだ。
も普通のハロウィンだったら、純粋に楽しめたのだろう。
しかし、ハーマイオニーの一件とそしてこれから起こるであろう事に、とてもではないが楽しい気分にはなれなかった。

?食べないの?」

ネビルが心配そうに聞いてくる。
目の前の食べ物をつついているだけで口に運ばない
ネビルはお皿に沢山料理をとって嬉しそうに食べている。

「うん。ちょっと食欲ないんだ」
「でも、ちゃんと食べないと大きくなれないよ?」

ネビルの言葉に目をぱちくりさせてしまう。
次の瞬間、はくすくす笑い出す。

「お母さんみたいなこと言わないで」
「あ、ごめん。…?」

くすくす笑っていたはずのはすぐに笑いをやめて悲しそうな表情になった。
不思議に思うネビル。
自分の言葉では思い出してしまった。
ちょうどこちらの世界にきた頃は、大学に入ってからの1人暮らしにも慣れてきた頃だった。
両親とはなれて暮らす事に慣れてきた所だったから、今両親と離れていても寂しくはないのだが…。
やはりこんなにも離れている状態では、いつ会えるか分からないから寂しくもなる。
しかし、そんなのしんみりした気持ちを吹き飛ばす時間がやってきた。


ばたんっ


大広間の扉が大きな音をたてて勢いよく開く。
紫ターバンのクィレル先生が真っ青な顔で震えたように立っている。

「ト、トロールが、地下室に…お知らせ、し、しなくてはと思い…」

その場にばたりっと倒れたクィレル先生を見て、生徒達が慌てだす。
クィレル先生の言葉は妙に響いた。
クィレル先生の言葉の内容を理解した途端生徒達は悲鳴をあげてどこかに逃げようとするもの、それを宥めようとするもの、どうしたらいいのか分からずに呆然としているもの様々になる。
だけはそれを冷静に見ていた。
結局、ダンブルドアが皆を落ちつかせ、監督生に引率を頼み、皆を寮に戻らせるようにした。
ダンブルドアのお陰で、たいした混乱は見られずに大人しく寮に向かう生徒達。
はちらっと倒れたままのクィレルを見る。

(あれが…演技。それなりに上手いものだし、誰一人疑いもしないだろうね、ダンブルドアを除いては…。しかし、ムーディーの時もワームテールの時もそうだけど、ヴォルデモートさんの部下は演技上手じゃないとやっていけないのかな?こう、演技を求められる事がかなり多いような気がするし…もしや、死喰い人採用演技オーディションでもあるとか?!後でヴォルさんに聞いて…、みたら絶対に馬鹿にされそうな気がする。いや、でも、こう客観的に考えるとやっぱり…)

という感じで、はその場にそぐわないことを考えてた。
その疑問を聞けば、ヴォルなら「馬鹿か?お前?」と呆れた視線つきで即答してくれるだろう。





寮に向かう途中の階段で、ハリーとロンがこっそり別方向に行くのが見えた。
ハーマイオニーがいないことに気付いたようだ。
はそれを見てほっとする。

「トロールだなんて、怖いよね」

の隣でネビルが青ざめた顔色で震えている。
トロールと聞いて、恐怖で顔色を変えた生徒は沢山いた。

「でも、大丈夫だよ。先生方がどうにかしてくれるよ」
「…う、うん。でも、クィレル先生はトロールが一匹だったなんて言ってなかったし…」
「ネビル?」

このホグワーツにトロールがそうそう何匹も進入するはずがない。
話の内容の通りなら、一匹だけのはずなのだから。
しかし、その話の内容と違っていたら?

「何か気になることでも?」
「あ、ううん。僕の気のせいかもしれないんだけど…、聞こえた変な声は一つじゃなかった気がするんだ、ふたつあったような…。僕の聞き間違いかもしれないけど…」

(二つ…?)

嫌な予感がする。
ネビルはどんな声でも聞き取ることの出来る『リズ・イヤー』だとヴォルは言っていた。
それならば、聞き間違いなどないはずだ。

?」

ぴたりっと歩みを止めたを不思議そうに見るネビル。
は難しそうな顔で顎に手をあてていた。
きゅっと唇を噛み、顔を上げる。
そして、すぐに皆とは反対方向に走り出した。

?!!」
「ネビル!悪いけど、部屋のヴォルさんにさっきのこと知らせといて!!」

走りながらネビルにそう叫び…は階段をいちいち下りていくのも面倒臭いとでも言うように、ひょいっと階段から飛び降りた。
周りから小さな悲鳴が聞こえたが、は綺麗にスタンっと着地を決める。
階段から一番下までは10メートルはあった筈なのに、だ。
勿論『力』を使ったからこそ、綺麗に着地を決めて下りる事ができたのだ。
向かう先はハーマイオニーがいる女子トイレ。

しかし、はまたしても自分が墓穴をほっていることに気づかなかった。
階段から飛び降りれば嫌でも注目を浴びる。
何しろグリフィンドール生が殆どその場にいたのだから。
しかも途中まで方向の一緒だったハッフルパフ生も何人かの姿を目撃していた。
勿論、ウィーズリーの双子も例外ではない。

「「さ…流石、!!」」

感嘆のため息を漏らしていた。
しかし、の言っていた言葉もばっちり聞いていたわけで、ネビルをじっと見る。

はネビルだけファーストネームで呼んでいるんだね」
「ということは、僕達にもチャンスはあると」

何のチャンスというのだろうか、何の。
双子はニヤリっと笑みを浮かべる。

「まずは、ネビルに聞いてみようか」
を落とすコツを…」

『落とす』は何か違う。
しかし双子は止まらない。
結局ネビルは、自分の部屋につくまで双子に追いかけられる羽目になる。
しかし、双子のお陰でトロールへの恐怖は無くなったことには気付けなかったネビルであった。





「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!!」

が女子トイレについた時には、丁度ロンが魔法を使っているところだった。
トロールの暴れたあとで、女子トイレの様子は散々だった。
はハリー達に見つからないように扉の陰に隠れる。

ぼくっ

鈍い音がして、トロールに棍棒があたる。
トロールはその衝撃で目を回してばたりっと倒れた。
魔法を使ってそのトロールを倒したロン本人は、まだ杖を構えたままで呆然としていた。

「…死んだのかしら?」
「いや、気絶してるだけだと思うよ」

恐る恐るトロールを覗き込むハーマイオニーにハリーはほっとしたように答える。
ハリーはかがみこんでトロールの鼻に刺さっていた自分の杖を抜く。
汚れた杖を見て思わず顔を顰める。
ふとの横に気配がした。
はっと見れば、すぐ横にトロールがもう一匹いた。
そのトロールに気付かれなかったは運がいいのだろう。
ハリー達の騒ぎの方に気をとられて、もう一匹のトロールはに気付かなかったに違いない。
しかし、ほっとするはすぐに顔色を変える。
そのトロールは棍棒を振り上げていた。
ロンのすぐ後ろで…。
ハリーとハーマイオニーはそれに気付き、顔色を真っ青にする。
当のロンは首をかしげるだけである。

「…後ろ!!

ハリーがそう叫んだ時には、トロールの棍棒はロンに降ろされかけていた。
ばっと後ろを振り返ったロンの目にうつったのは自分に振り下ろされる棍棒と、大きなトロールの体。
は迷わずにロンに向かって走り出す。
ロンを抱きしめるように抱え込み…


がっ!!


棍棒はの右肩を掠り、とロンを吹っ飛ばす。
はロンが怪我をしないように、自分を盾にしてトイレの扉に思いっきり叩きつけられる。

「っ!!」

棍棒が掠った右肩に衝撃が走る。
おもわず唇を噛み締める。
トロールは再びに向かって棍棒を振り上げた。
このままじゃあ、ロンも巻き込んでしまう!
の腕の中のロンはまだ呆然としているようだ。
右肩が痛む中はちっと舌打ちして、早口で『痛覚は消えろ』と、痛覚を消す。
きっとトロールを睨みつけ…

『吹っ飛べ!!!!』

思いっきり言葉に力を込めた。
どんっと見えない何かに弾かれたようにトロールはトイレの外に吹っ飛ばされる。

どすんっ

重い音がして、トロールが廊下の壁に当たって倒れたのが分かった。
はふぅっと息をついて、肩の力を抜く。
痛覚は消してあるから痛みはないが、この怪我は治るのに時間掛かるだろうな、と思う。

「ウィーズリー君、大丈夫?」

ひらひらとロンの顔の前で怪我をしてない方の手をふってみる。
の言葉ではっとなるロン。
ばっとの腕の中から起き上がり、驚いたようにを見る。

「怪我はない?ウィーズリー君」
「っ!何で!!」
「…?」

の右肩の怪我に目がいったロンは顔を歪める。
肩のあたりはローブが裂けていて、血も出ている。

「何で僕を助けたんだよ!!」
「何でって、そりゃ危なかったから…」
「僕は君に対してあんなに酷いこと言ったんだぞ?!普通助けるか?!」
「酷いことって言われても、本当のことだし別に気にしてないよ。それに危ないところを助けるのは当然のことだと思うけどな」

はゆっくりと立ち上がり、ローブについた埃を払う。
右手を全く動かさないところさえなければ、酷い怪我をしてるようには見えない。
ぱんぱんっと埃を払う。

!!肩大丈夫なの?!!」

ハーマイオニーが駆け寄る。
痛々しそうにの右肩を見る。

「大丈夫だよ。グレンジャーは怪我ない?」
「私よりの方が心配よ!!」
「僕は大丈夫だって。それより、女の子に傷なんか残ったら大変だからね。本当に怪我ない?ポッター君も怪我ない?」

心配そうな表情でが聞くと、ハーマイオニーもハリーも泣きそうな表情になる。

「人の心配より、自分の心配してよ!」
「そうよ!の怪我が一番酷いのよ?!」

ハリーもハーマイオニーもロンも埃まみれではあるが、かすり傷が少しあるだけである。
は大丈夫だよ、と安心するように微笑む。
バタバタと足音が聞こえてきた。
騒ぎを聞きつけて先生方がやってくるらしい。
廊下にトロール、トイレにトロール。
しかも両方とも気絶している。

(さぞかし先生方は驚くだろうね。クィレル先生を除いては、だろうけど。っと、ダンブルドアならお見通しかな?)