賢者の石編 09
―飛行訓練は木曜日に始まります。グリフィンドールとスリザリンの合同授業です。
グリフィンドールの談話室のお知らせを見て、はほぅ…と感心したように見ていた。
ついに来たか。
それにしても…。
「参ったな」
はなるべくならこの「力」をあまり使いたくない。
こんな力を持っていると知られれば、ややこしいことになるに違いないからだ。
そう思いながらも、面白半分で「変身術」の授業に使っていたりしたのだが。
「何が「参った」なの?」
自分の隣からの声に横を向けば、「クィディッチ今昔」の本を抱えたハーマイオニー。
本を大事そうに抱えているハーマイオニーに苦笑をする。
「飛行訓練」に関しては知識だけではどうにもならない。
「いや、僕、飛行訓練だけは多分駄目なんだよね」
「駄目って、そんなことないわよ」
「いやいや、これはホグワーツに行くことが決まってからは分かってたんだけど…、やっぱ、7年間全く飛べないってのはまずいよね?グレンジャー」
「全く飛べないなんてそんなこと絶対無いわよ!ホグワーツ卒業生で飛べずに卒業していった生徒がいたなんて聞いた事ないもの!」
「じゃあ、僕が最初で最後の、飛行訓練劣等生かな?」
くすくす笑うだが、ハーマイオニーは一生懸命そんなことない!と言ってくれる。
過去にそういう人は全くいなかったとか、魔法使いで全く飛べない人はいないとか。
にしてもさすがハーマイオニー、そんなことまで知っているとは…。
「グレンジャーは可愛いね」
「なっ!いきなり何言うのよ!」
の言葉に顔を真っ赤にするハーマイオニー。
ふわふわの栗色の髪も、真面目に勉強する姿も、飛行術が不安で教科書を読まずにはいられないところも、とても可愛いと思う。
「ほんとだよ?勉強に熱心で一生懸命なところとか、間違っている人に正しいことを教える優しさとかね」
「…そんなんじゃないわ、ただのガリ勉よ」
「そんな自分を卑下するもんじゃないよ。グレンジャーは優しくて賢いから、自信もって。大丈夫、飛行術でもすぐにクィディッチが出来るようなるまでに飛べるよ」
「そうだといいわね」
「グレンジャーなら、大丈夫だよ」
ぽんぽんっと、ハーマイオニーの頭を軽く叩く。
(やっぱ、可愛いよね〜、…と、そうだ)
「そういえば、スネイプ教授の所に行かないと」
「あら?どうして?」
「ん、最初の魔法薬学の授業の途中で医務室に行っちゃったから、後で来なさいって言われたんだよね」
「…そういえば、体は大丈夫なの?」
「平気平気。ダンブルドアのお墨付きだから。じゃ、行ってくるね」
「気をつけてね」
「ありがと。やっぱグレンジャーは優しいね」
ひらひらっと手を振って談話室から出て行く。
そのを見ながら、ハーマイオニーは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
この時点でハーマイオニーに友人と呼べる人はいなかった。
同室の子達と話はしても、いつも1人で勉強ばかりしているのだ。
どこかぎこちなくなってしまう同学年の子との付き合い。
それでも、とだけは、何故か普通に接することが出来るのが嬉しいのだろう。
*
こんこん
「スネイプ教授、グリフィンドール一年、=です」
薄暗い地下室。
何か出てきそうである。
しかし、よく平気でこんな場所で寝泊りできるよね、スネイプ教授。
「入りたまえ」
部屋の中から声がして、は一応そぉっと扉を開ける。
部屋の中が目に入ってきて、思わず「うっ」と声をあげてしまう。
気味の悪いホルマリン漬けが沢山…と、薬草類の独特の臭い。
「ここに座りたまえ」
スネイプ教授が示した椅子に大人しく腰掛ける。
ちょうどお茶にするところだったのか、お茶の準備が用意されていた。
きょろきょろと見回せば沢山の資料と魔法薬学の本。
「教授は教育熱心なのですね」
「何故そうなる?」
にお茶を出しながらセブルスは顔を顰める。
その表情にくすくす笑う。
この人はやっぱり優しい人だ。
ただそれをあらわすのが苦手で誤解されやすいだけなのだろう。
「もう、体は大丈夫なのか?」
「はい。教授こそ、腕の方は大丈夫ですか?」
「?!」
の言葉に驚きを隠せないセブルス。
ふぅっと落ちつくように息を吐く。
「やはり、気付いていたのか」
「…まぁ、気付いていたというより、知っていた、と言う方が正しいですけどね」
苦笑する。
ハリポタ4巻の最後で、セブルスはデス・イーターの証である「闇の印」を見せる。
どんな理由があってデス・イーターになったのかは知らない。
けれど、今のセブルスがデス・イーターでないことは知っている。
「教授は素直じゃないんですね。ハリーが心配なら、あんな風に厳しく言わなくても普通に注意を促せばいいだけなのに」
ハリーがに近づいたこと。
あの時、ハリーには危険を知らせる傷の痛みがあったはずだ。
セブルスはそれに気付いたからそこ、ハリーをから遠ざけた。
「それは、貴様にも言えるだろう?」
「?僕にも、ですか?」
きょとんっと首を傾げる。
はセブルスほど厳しく優しくはない。
憎まれてでも守ろうという強さもない。
「ポッターを心配しながらも、避けているのは誰だ?」
「…避けているように見えます?」
「寮が同室のもの相手にファミリーネームで呼ぶのは、避けているとは言わないのか?」
「いや、ファミリーネームで呼ぶのは一種のケジメみたいなものなんですけど…、ファミリーネームで呼ぶのはそんなに違和感ありますか?」
「グリフィンドールでは貴様くらいじゃないか?ポッターをファーストネームで呼ばないのは」
「あらま…」
(困ったなぁ。このままじゃあ、グリフィンドールで浮いちゃう?)
「それで、貴様は何者だ?」
すっと真剣な表情でセブルスが問う。
は考える。
言っていいものか。
セブルスを信用できない訳ではない。
しかし、彼はダンブルドアのように受け止めてくれるだろうか?
ヴォルのことも含めて。
「そうですね。教授のことを信用しないわけじゃないんですが、言えません」
今はまだ。
いつか話すときが来るかもしれない。
でも、今はまだこのままでいいだろう。
「そうか」
ため息のようにこぼれた言葉。
残念そうな、それでいて答えが分かっていたような。
「それで、教授?それだけですか?授業受けなかった代わりに何かあるんじゃないんですか?」
「勿論だ。アコナイトについてのレポートを羊皮紙3巻きだ」
「アコナイト、トリカブトですね。確か脱狼薬の材料にも使われている」
「ほぉ、詳しいな。その分なら、レポートは期待してもいいと言うわけだな?」
「ええ、期待していてください」
はにっこりと笑みで答えた。
脱狼薬に作り方は3年になるまでには覚えたいと思っている。
丁度いい機会だから、とことん調べてやろうではないか。
「…文句の一つもないのだな」
「は?何がですか?」
「授業を受けなかったからと言ってレポートを書くなど、愚痴の一つでもでるかと思っていたが?」
「まぁ、苦手教科なら愚痴りたいですけどね。魔法薬学は嫌いじゃないですし、受けなかった授業の分としてレポートの提出は当たり前でしょう?ホグワーツは義務教育じゃないですし、学びたいと思ってきているんですからそれを自ら放棄してどうするんですか。普通なら、教授に言われずともレポートを提出するべきなんでしょうけど。教授は優しいんですね」
「…そんなことを言うのは貴様くらいだ」
仕方ないとも思う。
セブルスの優しさが見える人は少ないだろう。
理解されにくい優しさなのだから。
「ま、ガンバリますよ、レポート」はそう言って、部屋を出て行った。