序章 03





はこの春大学生になったばかりの18歳である。
初めての慣れない1人暮らし。
いつものようにベッドで寝たと思ったら、長い夢を見ているようである。

「っていうか、夢じゃないみたいだね」
「夢じゃないと言っているだろうが」

黒猫の姿をした、ヴォルデモートに捨てられた彼の一部が突っ込む。
は考える。
どうやら、ここはハリポタ世界である。
どうしてこうなったか、自分は知っている。
知っているはずのない知識が自分の中にある事が分かる。

「ちょっと、整理したいから聞いてくれる?ヴォルさん」
「ヴォル?」
「いや、だって、ヴォルデモートって長いからさ」

一つ一つ整理していくべきだろう。

(しかし、面倒そうになんで知識を一気に詰め込むのかな?丁寧に説明してくれる案内人がいてもいいのに…)


「私は、18歳。ごくごく普通の大学生。うん」
「18なのか?13−4歳くらいだと思った」


ごめすっ


の肘が黒猫の体にめり込む。
とっても痛そうである。
しかも全く容赦していない。

「日本人は総じて幼く見られがちだからね」
「き、貴様この俺様に何を…」
「煩いな、捨てられた分際で偉そうなこと言わないで。しかも一人称「俺様」って三流悪役みたいよ?」
「三流…」
「せめて、「俺」か「私」にしなよ。…で、いつものように寝たら突然白い空間に行って…」

夢に現われた…今となっては夢ではないかもしれないが、その青年が教えてくれたことは少ない。
に知識と指輪を授けること、この世界を正しく導くこと。

「指輪はこれだよね」

右手に嵌められた銀色の指輪。
これの使い方も知識としてある。
魔力は時がたてば自動的に溜まる。
それもかなりの量が。

「そして、知識。そう、私は魔法が使えない」
「ほぉ、使えないのか」
「そう、生粋のマグルだからね。というか魔力そのものが全くないんだよ、珍しいことに」
「魔力が、ない?」
「マグルとはいえ、魔力が全くない人間なんていないはずなんだってさ。だから魔法は誰にでも作用する。でも、魔力の全くない私には魔法は効かないけど、魔法も使えない、と。ただ、間接的には魔法の作用も効くみたいだけどね」
「つまり、直接的な攻撃魔法や補助魔法などは効かなくても、魔法によって起きた事象には干渉されるってことか?」
「…難しい説明をありがとう、ヴォルさん」

怪我した時などは、魔法を使って治すことができないのだからこの点は気をつけなければならない。
せっかく魔法が使える世界だというのに魔法が使えないなんて、少しつまらないと思う。
魔法といえば小さい頃からの憧れのようなもの。
使える世界に来て使いたいと思うってしまうのは仕方ないだろう。

「ただ、私には『魔法』とは別の力が使えるみたいなんだけど…」
「別の力?」
「ほら、ヴォルさんのその猫の体もその力だよ」
「俺さ…いや、俺のこの体が?」

どうやら三流悪役と言われたのがかなり嫌だったらしく、一人称を直すヴォル。
名前はヴォルに決定のようである。

「『力ある言葉』。想いを込めた言葉は現実となるってことか」

そう、それがの力。
『力ある言葉』を知識として知っていれば誰でも使える力。
しかし、その言葉はそう簡単に使えるものではなく、この世界では浸透していない。

「まぁ、長い呪文要らずで楽なんだけどね」

できることは魔法とあまり変わらない。
ただ、魔力を使用するわけではないので制限がないだけである。

「それから、この世界を正しく導くこと、か」

が知るのはハリポタの4巻まで。
つまり、自分に本の通りになるようにしろとでもいうのだろうか?
別にほっといても大丈夫なような気もするが。


―否、歯車は僅かに狂いが生じ始めた、だれかが正さねばならない


そう、聞こえた気がした。
ははぁ〜と大きなため息をつく。

「じゃあ、ヴォルさん行こうか」

は黒猫をひょいっと抱き上げる。
自分が知っている話は1巻から4巻までの話。
ならば、今の時間軸はそのどれかのはずだろう。
自分の知っている時間軸でなければ、道を正せないはずだから。
どちらにしてもホグワーツに行かなくてはならない。
となると、当然お金は必要になる。

「ねぇ、ヴォルさん。闇の帝王なんてやっていたくらいだから一朝一夕で大金手に入れる方法とか知ってるでしょ?」
「強盗でもすればいいだろう」
「あ、ヴォルさん冷たい。なんかキャラ違うよ?」
「誰のせいだ、誰の」
「私のせいではないね、うん。…もしかして、ヴォルデモートさんに捨てられて拗ねてる?」
「誰が拗ねてるか!!」
「まぁ、拗ねない、拗ねない。私が思うにちょっとどころじゃなく抜けたところがあるあの闇の帝王なんてどうでもいいじゃない?大体私が知る限りは詰めが甘いと思うんだよね、やるならもっと徹底的に悪役っぽくやれ!って思うんだよね」

はとりあえず、自分の思っていたヴォルデモート像を言葉にしてみる。
ハリポタを読んだ時思ったのだ。
ヴォルデモート卿は絶対どこか抜けている。
極めつけは、4巻の「俺様」
あの一人称で、シリアスシーンがちょっぴり壊れた気がしたのだ。

「言いたい放題だな、貴様」
「貴様、じゃないよ。ってちゃんと呼んでね」
「…
「あら?意外と素直だね。ね、ヴォルさん、そんなに闇の帝王になりたかったら、あのヴォルデモートに代わって第二の闇の帝王になってみる?」
にはやることがあるんだろう?」
「いや、それやりながらでもいいからさ。私は別に、世界中の皆さんが皆幸せに…なんて考え持ってないし、闇の魔術が悪いとは思わないし、そういう存在が必要だとされる時もあるってことは頭では分かってるつもりだしね。反対はしないよ」

人は、共通の敵がいて、初めて共感できる性格の人もいる。
倒さねばならない、敵だと認識する相手。
それがいなくなった時、本当に平和で幸せな時が訪れるのだろうか。

「無意味な殺戮さえしなければいいんじゃないかな?」
は変わっているな」

彼が、苦笑した気がした。
まだ、この彼には、優しさが残っている。
笑い合うことも、信じ合うことも忘れていない、闇の帝王になりきる前の彼。

「あ、そういえばさ。ヴォルさんって、いつまでのヴォルさん?」
「ああ、それは、初めてこの手で直接人を殺すまで、だな」
「直接ってことは、秘密の部屋の時より後?」
「お前、いろいろ知っているようだな。どこまで知っているんだ?」
「いやいや、そんな知ってるって程じゃないけど。ねぇ、いつまでの?」
「20歳くらいまでだな。初めて人を手にかけて、そして、そこから人を殺すことに躊躇いを覚えなくなった、寧ろ楽しくなった。それ以降の記憶もあるが、今の俺には感情は理解できないな」
「そっか…」

おそらく彼は、ヴォルデモートの中に残っていた良心の欠片。
闇の帝王となった彼に人を思いやる心など必要ない。
しかし、消し去る事はできない。
だから、捨てたのだろう。
環境さえ良ければ、悪い人じゃあなかったんだろうな…。
まぁ、大切な人を失っていない私だから、こう客観的に思えるんだろうけど…。

歯車はまだ正常に動いている。
狂い始めるのはこれから。

しかし、その予兆の一つとしてありえないはずのことが一つ。
それは、ヴォルデモートが過去を捨てたということ。