序章 02
「この娘が最も適していると言うわけか」
ふっと意識を浮上させたの耳に最初に聞こえてきた声。
寒さを少し感じ、身を震わせる。
夢の続きか、それとも現実なのか。
半分覚醒しながら、ゆっくりと身を起こす。
「目が覚めたようだな」
どこか見下すような視線の目の前の相手。
その視線はどこまでも冷たい。
そして、極めつけは紫色のターバン。
(ん?紫のターバン…?)
は一気に覚醒する。
ぱちりっと瞬きをして、目の前の人物を見る。
周りに目をやれば、どこか古びた部屋の床に自分は寝ていたらしい。
「起きたか…、小娘」
人を見下すかのような口調と、そして瞳。
だが、その瞳は僅かながらにごっているような印象を受ける。
「…誰?」
紫色のターバン、黒いローブ。
とくれば、どうしてもハリポタ世界に結び付けたくなってしまうである。
先ほど夢でホグワーツ城を見てしまったからだろうか。
(そうか、夢の続きだよね。さっきの白い空間みたいなところでも、ホグワーツとか出てきたし。この人がクィレル先生だったら、完全に夢決定。ハリポタの夢に間違いなし。じゃあ、この目の前の紫ターバンは…)
「クィレル…先生?」
はその相手に聞く。
彼は驚いたように目を開く。
「……ただのマグルではないようだな」
(おお!やっぱり夢決定。マグルとか言ってるってことは、完全にハリポタの夢だ、うん)
「ご主人様、本当によろしいのですか?こんなマグルに…」
『構わん。渡すのはどうせ欠片だ、必要もない…な』
クィレルとは別のしわがれたような声。
どこから聞こえてくる声なのか…。
は知っている。
(ヴォルデモートさんの声だ。にしても、夢なのに声の感じがすごくリアルだよね。ところでターバン巻いたままじゃあ、ヴォルデモートさんって酸欠にならないのかな?確かあのターバンの中に顔があったよね?あ、でもそれは映画版の設定で原作では違ったっけ?それとも、実体じゃないからいいのかな?)
「分かりました。それでは…」
クィレルが杖をすぅっと振り、何か呪文を呟いたように聞こえた。
『いらぬ欠片だ…。受け取れ、小娘…』
「はへ…?」
クィレルから青白い何かが抜き出る。
その何かはに襲い掛かる。
否、吸い込まれる。
(何?!何か入ってくる?!)
その時叫び声を上げなかった自分を褒めてやりたい気分である。
ナニカが自分の体に入って来る。
背筋がぞっとするような何か。
(嫌だ!)
心の中で大きく叫ぶ。
だが、それは現実声にはならない。
嫌だと拒否したいのに、拒否できない。
(嫌だ!!気持ち悪い……!!)
入り込んでくる何かは、の意志など関係なくするりっと入り込んでくる。
その感覚がとてつもなく気持ち悪い。
(やだ…!)
そして、の意識は再び暗転。
その場に倒れる。
それを静かに見ていたクィレルはそれを見届け、を見下すような視線は変わらぬまま
冷めた眼差しでその場を去っていった。
*
静かな古びた屋敷。
誰も来ないような森の中にある、忘れられた屋敷。
そこは、ホグズミードに近い森である。
「んっ」
床に眠り込んだままの少女、。
彼女はまだ、自分がこの世界に来てしまったことを自覚していない。
がばっ
突然目が覚めたように飛び上がる。
きょろきょろ周りを見回すが…。
「まだ夢から覚めないんだ」
はぁ〜とため息をつく。
そう、ここはが先ほど気を失った場所。
気を失うまではクィレルが一緒にいたのだが、勿論彼はもうここにはいない。
『夢ではない』
「いや、夢でしょ。だって私、昨日はちゃんとベッドで寝たし」
『現実だ。貴様は俺様の器になるために呼び寄せられただけだ』
「器って、何…」
と、そこまで言ってようやく気がつく。
周りには誰もいないはずだ。
しかも、その『声』は、直接頭に響いているように聞こえる。
「……私、頭がおかしいのかな?変な声が聞こえる」
『変な声、だと?』
「あ、また。いや、声的には結構格好いい声だから不気味ではないんだけどさ」
そんなことを言っている場合ではない。
は、少し考える。
気を失う前に、クィレル(らしき人物)が「欠片」がどうのとか言ってたし、しかも何かが入り込んだような気もした。
「ねぇ…」
『…』
「あのさ、もしかして、私の体の中にいるとかなの?」
『そうだ。貴様は俺様の器だからな』
声の一人称にちょっと顔を顰める。
とりあえず、その一人称は気になるが、置いておくことにする。
「名前は?」
『ヴォルデモート卿…否、トム=マールヴォロ=リドルが正しいのかもな』
その声の主は、実に嫌そうに自分の名前を名乗った。
その言葉にぴたりっと固まる。
「ちょっと、待ってよ!ヴォルデモートって、あのハリポタに出てくる俺様口調の人?!しかもリドルってのも確か…!」
『俺様口調……』
「夢だよ!これ、絶対夢だ!」
『夢ではない。現実だ』
「そう!夢だよ!大体なんで、私があの俺様卿に体貸さなきゃならないの!」
『それは、貴様が器に選ばれたからだ…』
「嫌な夢だな〜。どうせ夢なら、もうちょっと願望が現れたような内容がよかったんだけど…」
『おい、聴いているのか?』
「あ、でも夢なら願えばそうなるのかな?」
『おい!聞け!!』
―汝に、知識を授けよう、そして、この指輪を…
思い浮かんだ言葉。
は右手の薬指を見る。
そこに光るのは銀色の細い指輪。
これは、周りに溢れる魔力を少しずつ吸い取り溜めていくもの。
そして…
『光よ』
ぱちんっ
は知っているはずのない言葉を紡ぎ、軽く指を鳴らした。
薄暗かった室内がぱっと明るくなる。
部屋自信が光っているような、何かに照らされているようなちょうど良い明るさ。
―それでは頼んだぞ。時の代行者よ、正しき導きを…。
は自分の右手を見つめる。
白い空間で会った銀髪の青年の言葉。
知らないはずの知識がの中にあった。
しかし、それは魔法ではなく、『力ある言葉』で発動するモノ。
魔力とは別の『言霊』の力。
現代では失われてしまったモノ。
『おい!貴様何者だ?!!』
頭に響いてきた、驚いたような声にはっとする。
聞こえる声も感じる空気も見える視界も現実に感じる。
「夢、じゃないの?」
『だから、先ほどから言っているだろう』
「貴方、誰?」
『さっきも言ったが、俺様はヴォルデモート…の一部だったものだ。正確には、トム=マールヴォロ=リドル…つまり、ヴォルデモートの捨てられた過去の記憶と想いだな』
「捨てられた?」
『邪魔だったようだ。まだ幼き頃…そして学生時代に持っていた、優しさ、罪悪感、良心という名の感情がな…。トム=リドルという存在を抹消したかった』
「闇の帝王になるためには、優しさは必要ない…か」
『消すことはできない、だから捨てられたのさ。その器として貴様が選ばれた訳だ』
「へぇ」
はふと思う。
今話しているヴォルデモート卿の一部だった相手に、そんな禍々しさは感じられない。
的、ヴォルデモートのイメージとも違う。
「つまり、リドルとして生きてきた記憶ってこと?」
『似ているが、トム=リドルの人生のそのものだ』
「じゃあ、ヴォルデモートが二人いるって事?」
『そうなるな。しかし俺様の方はヤツラには認められないだろうがな』
「奴らっていうと、デス・イーター達?」
『……貴様、本当にマグルか?』
ヴォルデモートの恐ろしさをしらないから名前を気軽に口に出せるのだと思うが、デス・イーターなど、魔法界の者でなければ知らないはずだ。
「いやいや、生粋のマグルだって?…にしても話しにくいなぁ、相手の顔見えないとなんか変だよね」
『マグルが何故、デス・イーターを知っている?』
「…イメージ的には猫、だよね。できるかな?まぁ、でも多分大丈夫だろうし。人でなければ、勢いがあれば何とかなりそうな気がする、うん」
『…おい、聞いてるのか?』
はぶつぶつ呟きながら、頭にイメージを浮かべる。
彼のイメージは黒い猫。
何故猫かといわれると、ぱっと思いついたのが猫であったにすぎない。
決してが猫好きであったりとか、意味は全くない。
道路の片隅で見かけたりする黒いすらりっとした上品な猫を思い浮かべる。
形だけは思い浮かぶが、それを維持するのは憑依する本人次第になるだろう。
『猫に移れ!』
ぱちんっ
ちなみに指を鳴らしたのは、ただ力を使うのになにか合図があったほうがイメージしやすいからだけだ。
ぶわっとの体から青白い何かが出る。
それは光に包まれ、形になる。
ふわっと風が舞い…、現われたのは、黒い毛に紅い瞳の猫。
突然だったからなのか、相手も体が欲しいと思ったからなのか、受け入れてくれたようだ。
は猫の前にしゃがみこみ、ひらひらと手を振る。
「どう?成功した?ヴォルデモートさん」
「……」
「やっぱ話をするなら相手が見えた方がしやすいでしょ?」
「…俺様か?」
猫の口からこぼれる人の言葉。
どうやら成功したらしい様子には満足そうに微笑む。
は、猫の肉体を作りだし、自分に乗り移っていたヴォルデモートをそれに移したのだ。
魔法で考えれば高度なんてモンじゃないくらい高度な魔法である。
が、こんなことが出来るのは知識を授かったからである。
猫の体をイメージして形を作り上げる。
そこに彼の意識を入れて生きるものとする。
形だけならば、そんなに大きなものではない限り大丈夫だろうと思ってやったのだ。
しかし、この猫くらいの大きさが限界だろうな、と思ったのだった。