秘密の部屋後日談1
かちゃかちゃとお茶の準備をする。
息子同然のヴォルデモートの愛弟子であるハリーは今年で2年を終了した。
この間フクロウ便で友達を連れてくるとあったので、今日はその準備である。
ここの場所は特定の人以外がこれないようになっている。
ただハリーだけは別だ。
ハリーが同行していれば子供ならば入れるように結界の設定をつい最近変えてもらった。
「こんにちは〜」
屋敷の玄関口から声がして、は笑顔でそこまでぱたぱたと走る。
それを横目で本を開きながら見ているのはヴォルデモートである。
彼にとっては、愛弟子の友人などどうでもいいのかもしれない。
「いらっしゃい、ハリー。そちらがお友達ね」
「こんにちは、さん。うん、そう、親友のロンとハーマイオニー」
ハリーの一歩後ろのいたのは赤い髪のひょろっと背の高い男の子と栗色のふわふわの髪の毛の女の子だった。
は2人ににこりっと笑みを浮かべる。
「どうぞ、入って。お茶とお菓子を用意してあるの。部屋にはあの人がいるけどいいかな?」
「うん、構わないよ。どうせ師匠に用があるんだし…」
「…あの人に、用があるの?」
「確認したいことっていうか、聞きたいことがあるんだ」
は人前で迂闊にヴォルデモートのことを”ヴォルデモートさん”と呼ばないように気をつけている。
どうしても名前を呼ぶ必要があるときは、”ゴーントさん”と呼ぶ。
世間ではその名を呼ぶことすら恐れられている闇の帝王であることになっているヴォルデモート卿の名をそう簡単に口にするわけにはいかない。
は居間に向かうハリーたちとは別の方向に向かい、用意してあったお茶とお菓子を取りに行く。
話だけは聞いていたハリーの友人。
”ハリー・ポッター”の中でだけならば知っているロンとハーマイオニー。
ロンは思ったよりも背が大きいし、ハーマイオニーはすごく可愛いよね。
上機嫌で居間にお茶とお菓子を運んでみれば、ロンとハーマイオニーがじっとヴォルデモートを見ていた。
はちょこんっと首をかしげながらお茶を彼らの前に置く。
ハーマイオニーがにこりっと笑顔でお礼を言ってくれたのがすごく嬉しかった。
ぱたんっ
ヴォルデモートが読んでいた本を閉じて顔を上げる。
「で?それを私にどうしろと言いたいんだ?ハリー」
それって何だろうと思いつつも、はヴォルデモートの隣にすとんっと座る。
ここがの定位置だ。
ハリーからは丁度斜め前で、ハーマイオニーと向かい合うような形になる。
「やっぱり師匠には分かるんだ」
ハリーはそう言ってテーブルの上にことんっと小さな赤い石を置く。
綺麗な輝きのある小さな赤い石だが魔力を感じる。
「師匠……」
はその石がすごく気になった。
なんだか懐かしい気持ちになってくる。
ハリーが何かを言っているのも聞こえないほどに…。
「なんで2年も連続で師匠のゴミを相手にしなきゃならないのさ!!」
「私が仕掛けたわけじゃない」
「大体師匠の名前って”モーフィン・ゴーント”じゃなかったの?!」
「今はそうだな」
「今はって…じゃあ、前は”トム・マールヴォロ・リドル”って名前だったってことは認めるんだね!」
ハリーの言葉にロンとハーマイオニーがびくりっとなった。
にはその言葉が聞こえていないかのように、石に集中している。
― …?
小さな自分を呼ぶ声がには聞こえた。
とても懐かしい、でも知っているよりも大人な声。
絶対に会えるからと言った紅い瞳の寂しい少年。
「リドル…?」
半分疑問を持ってその名を呼ぶ。
紅い石からふわりっと何かが浮き上がる。
それが何か認識する前に、はそれに抱きしめられていた。
透けている手と身体、でもほんのりと温かい。
それは、の知らない大人になりきっていないリドルの姿。
『…!』
「リドル?え?どうして…?」
日記のリドルはハリーに倒されたんじゃなかったんだろうか。
ここでもが知る話と変わってしまったのだろうか。
それは分からない。
でも、リドルはここにいる。
『、…!ずっとずっと会いたかった!』
ぎゅっと力の限り抱きしめられる。
込められた力はあまり感じられないけれども、リドルの寂しい声がの心に響く。
「おい、離れろ」
低く機嫌が悪そうな声がリドルに向けられる。
『嫌だね。君は散々と一緒だったじゃないか。今くらい僕が独り占めしても構わないだろう?』
「今くらい…だと?今現在もこれからも、を独り占めしていいのは私だけだ。貴様…消すぞ」
ぴりぴりっと殺気が放たれる。
部屋の温度が3度ほど一気に下がったような気がする。
「もう、そんなに怒らないで!大体同じ人じゃない。どうしてそんなに仲が悪いの?」
「にひっついているからだ」
『の側にずっといたからだよ』
は大きなため息をつく。
2人とも同じようなお互いが同じような理由だと言う事に気付いているだろうか。
「元々は一緒だったんだから戻れば一緒でしょ?違うの?」
ね、リドル?とはリドルに笑みを向ける。
そうなるとリドルは反論できない。
のちの闇の帝王といえ、だけにはまるっきり逆らえないのだ。
「ねぇ、さん」
突然口を挟んできたのはハリーだ。
「ん?何?」
「さんって、やっぱり学生時代の師匠と知り合いなの?」
「え?えっと…、知り合いというか、知り合いなのはもうちょっと前の小さいリドルかな?」
が過去であったリドルがいくつの時のリドルなのかは知らない。
見た目から言えば1年生か2年生の頃のリドルなのだろうと思う。
「でも、さん。このリドルって秘密の部屋のバジリスク使ってマグル出身狙うような人だよ?さんそういうの嫌いじゃなかったっけ?」
ハリーはリドルににやりっと笑みを向ける。
リドルが大層気にいらない様子だ。
びくりっと反応したリドルは、びくびくした様子でを見る。
「うん、知ってるよ。50年前に同じことをしてマートルを殺してしまったのも、今年も同じようなことをしようとしていたのも」
「え…?さん、知っているの?」
「知ってるよ。この人はたくさんの人を殺してきたの。それこそ誰にでも恨まれてもおかしくないほどに…。でも、私はこの人がとても大切なんだよ。リドルも闇の帝王と呼ばれてしまった残虐者でも、その存在そのものを愛しているの」
『…』
リドルがぎゅっとしがみつくように抱きついてくる。
は笑みを浮かべてその身体にそっと腕をまわす。
「お邪魔するようで悪いんだけどね、さん」
「ん?」
「僕の親友達はそのリドルが”ヴォルデモート卿”の学生時代ってことを知っているんだ」
「うん」
「だから、師匠のこと、ちゃんと紹介しようと思ってさ…」
「ヴォルデモートさんのことを?」
「うん、そう。僕の師匠こと偽名大王ヴォルデモート卿のことを」
ロンとハーマイオニーは怯えが混ざった目でこちらを見ている。
それはそうだろう、目の前に座る紅い瞳の男が誰なのか分かってしまったからだ。
ハリーは慣れているし、はヴォルデモートに恐怖を感じたことなどない。
「ロン、ハーマイオニー、紹介するよ。僕の魔法の師匠で世間では”モーフィン・ゴーント”っていう大層な偽名を名乗っている本物の闇の帝王ヴォルデモート卿。ちなみに世間でうようよしているヴォルデモート卿は偽者だから」
ぴしりっと固まるロンとハーマイオニー。
名前を呼ぶことすら恐れられる闇の帝王が今目の前にいる。
しかし、ハーマイオニーは思ったよりも早く我にかえった。
「モーフィン・ゴーントって聞いた事があるわ」
ぽつりっとそう呟く。
何かを思い出すかのようにぶつぶつと呟く。
「確か…『闇と魔法の基礎魔術書』『闇の防衛術〜基礎編〜』『毒と魔法薬とその効果』」
「その本を読んだのか?」
目線を向けられてびくりっとなるハーマイオニーだが、こくりっと頷く。
「とてもわかりやすかったです」
「そういってもらえると何よりだ」
ふっとわずかだが笑みを浮かべるヴォルデモート。
その表情に驚いたのはハリー。
「うわ、うわ、うわ…!師匠がさん以外に笑みを浮かべた!すっごい貴重!」
「ハリー、そんなことないよ?昔ハリーにも笑ったことあるし、リリーさんにも笑みは見せるし」
はそういうが、ハリーが物心ついたころにはもうこの師匠の笑みというのはの前以外では見たことがない。
ちなみにヴォルデモートが笑みを向けるのは女子供相手だけだ。
に”女性と子供には優しくしないと駄目!”といつだか言われたかららしい。
闇の帝王はだけには敵わない。
「本当に、貴方はヴォルデ…モート卿なんですか?」
つっかえながらも『例のあの人』でなく、ヴォルデモート卿と呼ぶハーマイオニー。
「ああ」
「でも、どの魔法の本にも魔法史の教科書にも、貴方はハリーに倒されたって…」
「そういうことにしてあるからな。面倒になって放り投げたはいいが、そのままじゃ駄目だとダンブルドアが言って、ポッターと話をしてそういうことにしてもらってある」
「え?師匠、ダンブルドアって師匠のこと知ってるの?!」
ダンブルドアの名前に驚くハリー達。
ハリーは魔法のレベルはかなり高いし、魔法に関しての知識も高い。
だが魔法界の歴史や常識などは全然知らない。
ホグワーツに通うようになるまで、魔法を使っていた知り合いにすら会ったことがない。
ちなみにジェームズやりりーはもとより、その友人のシリウスやピーター、リーマスはどはよくポッター家に遊びに来ていたものの、魔法は一切使っていなかった。
「ポッター夫妻とブラック、ペティグリュー、ルーピン、ダンブルドアが事情を知っているな」
「ええー!だって、ダンブルドア先生って去年も今年もすごく神妙にヴォルデモート卿のこと話すから、知らないと思ってた…。それって演技だったってことなの?!」
「無駄に長くは生きていない爺だ、演技くらいもお手のものだろ。大体魔法省と魔法界全体を騙そうと提案してきたのもあの爺だぞ」
「嘘?!!さん、それ本当?!」
ハリーはに問う。
はこくりっと頷く。
「ヴォルデモートさんと一緒に闇の陣営から逃げてきてすぐダンブルドア先生が来てね、色々提案してくれたの」
「だ、ダンブルドアまでグルだったなんて…。騙された気分だ…」
むすっと顔をしかめるハリー。
こういうところはまだ年相応だ。
ヴォルデモートの修行で精神面でもかなり鍛えられたとはいえ。
「ねぇ、リドルを助けてくれたのはどうしてなの?ハリー」
は気になっていたことを聞いてみる。
にしがみついたままの透けた姿のリドル。
どうしてここにいるのだろうか。
「今年、秘密の部屋が開かれてバジリスクが動き出したんだけど、別に危険性なさそうだったから僕は関わりたくなくて放っておいたんだよ」
「危険性がないって、ハリー!あれのどこが危険性がないんだよ!」
「はいはい、確かに僕が甘かったよ、ロン」
「ハリーってば私とロンが原因を調べているのに、面倒だからって全然手伝わなかったのよ。バジリスクだってことは教えてくれたけど、それだけじゃ何がなんだか全然分からないし、石にされていく犠牲者は増えていくし…」
「石化ならマンドレイクで戻るし」
ハリーはつくづく面倒が嫌いになってしまったようだ。
師匠が師匠だからなのか、無駄な正義感は持ち合わせていなく、自分と自分の大切な人がよければ十分という考えらしい。
自分の手に余るほどのものを守ろうとすれば、必ず何かしらの犠牲が出ることになると言う事をこの年で知っているからなのかもしれない。
「でも、よりによってハーマイオニーに手を出してきたから許せなくてさ。ロンと一緒に行ったんだけど…。そう言えば、師匠も昔あそこから秘密の部屋に行ったんだよね?」
「そうだが?」
「師匠の頃もあそこって女子トイレだったの?」
「…ああ」
「よく平気で入れたね」
それにはヴォルデモートは答えない。
ハリーもそれ以上は突っ込まなかった。
これ以上突っ込むと次には確実に魔法で攻撃してくるはずだ。
「まぁ、それで秘密の部屋に行ったんだけど、そしたらロンの妹とそのリドルがいたんだよ。ロンの妹のジニーは顔色悪そうな状態で倒れているし、リドルに話しかけてみれば僕に興味があるって言って…、もう、変な趣味があるのかとちょっと疑っちゃったよ」
『興味があるっていう言葉をそんな風に解釈されたのは初めてだったよ。僕が愛しているのはだけだからね』
ハリーが精神的に余裕があったからこそそんな掛け合いができたのだろう。
でなければそんな発想は出てこない。
「それで、リドルは自分はヴォルデモート卿の過去だとか言うし、でも師匠の名前って”モーフィン・ゴーント”のはずだし。でも、本当にリドルが師匠の過去ならさんには絶対に弱いって思ったんだよね。学生時代の師匠がさんと面識があるってのは一種賭けだったんだけど…」
『の名前を聞いたときは一瞬嘘かと思ったよ。僕はのことは誰にも話していなかったから、知っているわけがないし。今の僕がそんな話を吹聴しているはずもないしね』
「とりあえず手っ取り早くバジリスクをぷち倒して、リドルに話し合いを持ちかけたんだ」
「手っ取り早くバジリスクを倒すハリーを改めてすごいと思ったよ…」
『僕もあんなにあっさり倒されると思っていなかったよ…』
さすが師匠をヴォルデモートに持つだけはある。
怪物とも言われるバジリスクをあっさりぷちっと倒したようだ。
学生時代のリドルでもできない芸当だろう。
今のヴォルデモートにならばあっさりできるだろうが…。
「さんの名前で反応するリドルは面白かったんだけど、その隙をついて、さくっと倒しちゃおうと思っていたんだけどね…」
「今やっても構わん。塵も残さず消してやれ」
「ヴォルデモートさん!どうして、そう意地悪のなの?!」
いくら昔の自分とはいえ、にひっついているのが気に入らないのだ。
たとえ過去の自分でも今の自分以外が側にいるのは気に入らない、嫉妬深い男、ヴォルデモートである。
「うん、本当に消そうと思っていたんだけどね。でも、そうしたらさんが悲しむかなって思ったら、せっかくだから持って帰ろうと思ったんだ。消すことはいつでもできるし、迷っている時はそれを実行に移さないほうがいいし」
『そうしてくれて今は感謝しているよ。こうしてに会えたから…』
ハリーはとてもつもなく複雑そうな表情をした。
かつての学生時代の師匠に感謝の言葉を向けられるほど奇妙なことはない。
喜ぶべきなのかもしれないが、師匠が師匠なので素直に喜べない。
「うん、ありがとう、ハリー。私もリドルに会えて嬉しい」
『僕もすごく嬉しいよ』
リドルはの頬に唇を落とす。
すけた姿のままなので感触があるようでないような感じなのだが、少しだけくすぐったい。
ぴしっ
何かが割れるような音が聞こえた。
ぴたりっと透けたリドルに杖がぴたりっと向けられる。
「うげ…、師匠が怒った」
ぽつりっと呟いたハリーの声はもはやヴォルデモートには届かない。
「貴様、よほど消えたいらしいな…」
『年寄りのひがみは醜いよ。大体僕の方が若いからの隣にたっても違和感がない』
「未熟者の学生時代の貴様がの何を守れる?」
『僕は君でもある、力なんてすぐにおいつくよ』
「すぐ?そんな時間なんてあると思うか?」
『大丈夫だよ、お人よしのダンブルドアがいる以上、そのくらいの時間をかせていでくれるさ』
「ダンブルドアに頼るのか、未熟者」
『言い方を変えて欲しいね。利用するだけだよ』
「もう!どうしてそう仲が悪いの?!」
この状況をよくわかっていないのはだけかもしれない。
としては元々同じ人なのだから、そんなに反発する理由はないはずだと思っている。
だが、闇の帝王はそんなに寛容ではない。
昔から自分の唯一の支えであり、自分にとって唯一の大切な存在を他に譲れるはずがないのだ。
「なぁ、ハリー…。あの人達って本当に『例のあの人』…?」
ヴォルデモート、リドル、をちらりっと見ながら呟くのはロン。
確かに雰囲気や殺気を放っているところを見る限りは怖い。
でも原因がたった一人の少女を取り合っているだけ。
なんて規模の小さい理由だろう。
「師匠にとってさんが全てだから…。なんか、魔法界で恐れられるほどに力を求めたのも、元はさんのためだったとかなんとかって聞いたことあるよ。」
「それってものすごくどうかと思うんだけど…」
「僕もそう思う。でも、師匠ってさんにちょっかい出されなければ、普通の愛想が悪い人なだけだから」
「普通…か?」
「普通ということにしておいて」
にちょっかいを出さない限りはヴォルデモートは特に害はない。
だが反対を言えば、に手を出そうものならどこまでも冷酷になれる一面を持っている。
ハリーは両親にちょこっと聞いた事があるのだが、一度に手を出そうとした魔法省に対して、ヴォルデモートは皆殺しにすると脅しをかけたことがあるらしい。
本当かどうかは分からないが、あの師匠のことだから本当にそれくらいはしそうである。
「ハーマイオニーはあの人達を見てどう思った?」
ロンがハーマイオニーを見ると、ハーマイオニーはうっとりとした表情でとヴォルデモートとリドルを見ていた。
「ハーマイオニー…?」
「愛している人の為に世界全てを敵にまわすほどのことをするなんて、ロマンチックだわ…」
ハーマイオニーは乙女な世界に旅立っていた。
ロンとハリーは疲れたようなため息をつく。
確かにとヴォルデモートはロマンチックな関係かもしれない。
やだ、ロマンチックで済まされるほど犠牲者が多いのは大変問題だ。
そのあたりは今のハーマイオニーには突っ込めない。
夢は夢のままでいいのである。
この後、ロンとハーマイオニーもヴォルデモートに師事してもらうことになるのだが、それは又別のお話。
「ハリーポッター」シリーズの英雄達は、こうして想定外の強さを身につけていく。
残されている死喰い人の未来はかなり厳しいものとなりつつあるのが現状である。