変わりゆく未来 6
あれから7年が経った。
世間ではヴォルデモート卿はハリーに倒されたと言う事が広まり、闇の陣営の動きは完全に水面下の動きになったとも言っていいだろう。
魔法界ではハリーは英雄扱いである。
しかし、幼い頃から英雄扱いされて育つのも良くないと思い、ジェームズ達はハリーには魔法とはあまり関わりがない生活をさせていた。
マグルの学校に通わせ、家ではジェームズもリリーも魔法を一切使わないでマグルの生活をしている。
ハリーは、自分には不思議な力があるということしか自覚していなかった。
”魔法界”という存在を知らないで育っていた。
「つ、疲れた……」
べたっと居間でバテているハリー。
それを平然と見ながら、すでに慣れているようにポッター家の居間に居座っているのは、60過ぎの老人のはずなのに青年にしか見えないヴォルデモートだ。
その横には、あまり成長していない少女のままのもいる。
「あの程度で疲れてどうする?今度の長期休暇はルーマニアの奥地でドラゴンと対峙してもらうからな」
「げ……、師匠、それって本気?」
「本気も本気だ。その次はバジリスクだな」
「師匠!バジリスクなんて無理だって!」
「折角のパーセルマウスを生かさないでどうする?」
「生かさなくてもいいから…バジリスクは無理だよ〜。ねぇ、さんも何か言って」
「う〜ん…。大丈夫、ハリーならできるよ」
にこっと微笑むに、ハリーはがくっとなる。
魔法界の存在を知らないハリーだが、この世には常識外と思われている生き物、例えばドラゴンがいる事は知っている。
魔法使いが管理していない魔法生物も探せば結構いるものだ。
元闇の帝王であるヴォルデモートは、そういう関係はとても詳しい。
ハリーに魔法界の存在を悟らせずに、”魔法”の使い方を教え、あらゆるものへの対処方法を教えている。
パーセルマウスもその1つだ。
「師匠の鬼〜〜」
「お前に何言われても、痛くも痒くもないな」
「師匠は絶対に常識外れだよ。もうちょっと、愛弟子をいたわろうって気持ちはないの?」
「十分労わっているだろう?」
「どこが?!だって、さんと全然態度違うよ!」
「は私の大切な伴侶だが、ハリーは弟子だろ。違って当たり前だ」
ヴォルデモートはの腰に手をまわして引き寄せる。
むぅっと顔を顰めるハリー。
はくすくすっと笑っている。
「いいもん、別に…。あと3年の辛抱だし…」
ぽつんっと呟くハリー。
ハリーに魔法を教える際、ヴォルデモートはハリーに言ったのだ。
11歳になるまでだ、という事を。
ハリーは11歳になれば、この修行が完全に終わると思っているのだがそれは違う。
11歳になると、ホグワーツからの入学許可が来る為、自然と修行の方も止まってしまうからだ。
それならば、11歳までにヴォルデモートの持ちうる限りの知識や経験を全て教え込めばいい。
それが実行されているのだ。
「あと3年しかないのか…。もっとスピードアップしなければ終わらないかもな」
「……師匠、僕をそんなに強くさせて何させる気なの?」
「ああ、言ってなかったか?」
「聞いたこともないよ」
ハリーは今のままでも十分強い。
それでもヴォルデモートには全然敵わないのは、彼が桁外れに強いからだけだ。
師匠に全く敵わないハリーとしては、自分が強いとは思っていなかったりする。
「単なるゴミ掃除だ」
「は…ゴミ?」
どんな答えが返ってくるかと思いきや、返ってきた返事は単なる”ゴミ掃除”。
「ヴォルデモートさん、その”ゴミ”って…」
「ああ、あれの事だ。放置しっぱなしだからな。あれを利用して復活するんじゃないかと思ってる」
「放置しておいてよかったの…?」
「探す手間と時間を考えれば、放置しておいて表に出るのを待っていた方が早い」
分かったような会話をするとヴォルデモート。
ハリーは師匠が”ヴォルデモート”という名を持っていることは知っている。
そして、世間では”モーフィン・ゴーント”と名乗っている事も。
ただ、ハリーは魔法界で”ヴォルデモート”という名がどういうものかを知らないだけだ。
「自分の尻拭いを弟子にさせる気なわけ、師匠?」
「お前の修行が終わったら、私はとゆっくり過ごすつもりだからな」
「うあ…、それって自分だけ平和な生活送るつもりってこと?」
「悪いか?」
「悪いよ!」
ヴォルデモートの修行は容赦なく厳しい。
それでもハリーがめげたりしないのは、ただ厳しいだけじゃないからだ。
確実にハリーに身につく教え方をしている。
「僕だって、修行が終わったら平和にのんびりすごしてやる!」
「ああ、そうだな。適当に頑張ってみろ」
全く心が篭っていない言葉を返すヴォルデモート。
ハリーはヴォルデモートが今までどのような生き方をしてきたか知らない。
両親とどのような関係なのかも知らない。
それでも、今、こうして何のわだかまりもなく会話できる事はとても良い事なんだろう。
は、今の状況を嬉しく思っていた。
そして、更に3年の月日が流れる。
ハリーが11歳になる。
とヴォルデモートは、とある森の奥深くの屋敷に隠れるように住んでいる。
それは駆け落ちもどきをしてから見つけた最初の住まいであり、そこから動いてはいない。
この場所を知っていて尚且つ来る事ができるのは、ダンブルドアとハリーだけだ。
「ヴォルデモートさん…」
「ああ…。馬鹿が馬鹿やって動き出しているようだ」
ため息をつくヴォルデモート。
ばさっとテーブルに日刊預言者新聞を投げ出す。
その新聞の一面記事にこうある。
―闇の魔法による魔法使いの殺害か?
ヴォルデモートが闇の陣営から離れて10年ほどが経つ。
すでに勢いが完全に衰えたと思われる闇の陣営だったが、ヴォルデモートとはいずれ彼らがかつての勢いを取り戻そうとするだろうと思っている。
それは、”ヴォルデモート卿”の復活がありえるからだ。
「ヴォルデモートさんも厄介な魔法残して…」
「仕方ないだろう。いつ会えるか分からない以上、不老不死になるためのあらゆる手段を打っておいたんだからな」
「おかげで、ヴォルデモート卿が復活するかもしれないんだよ?」
「そうだな。しかし、大丈夫だろう?中身のない闇の帝王の”人形”など、ハリー1人で十分だ」
「ハリー、大変そう…」
は心配そうに呟く。
ヴォルデモートは、をぐいっと引き寄せる。
「ヴォルデモートさん?」
「、あまりハリーばかりに構うなよ?」
「え?何で?」
きょとんっとする。
にとってハリーは可愛い弟のようなものだ。
赤ん坊の頃から近くで育つのを見てきたのだから。
「私が嫉妬しないとでも思っているのか?」
一瞬驚くだが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべる。
「大丈夫、私はヴォルデモートさん一筋だもん」
ヴォルデモートはの頬に手を添えて、ゆっくりと唇を近づける。
は目を閉じ、2人の唇が合わさる。
重なる唇は愛しさが込められたもの。
は、最初の頃は恥ずかしがっていたものだったが今は慣れたものだ。
触れるだけのキスからだんだん深いものになっていく。
しかし、その雰囲気をぶち壊すかのように……
「師匠!!これってどういうこと?!!」
ぱちんっとはじけるような音と共にハリーが屋敷の中に突然現われる。
姿現しを使ってきたのだろう。
「……え?」
ハリーが現われたのは丁度とヴォルデモートが一度唇を離したところだった。
は少し慌てるが、ヴォルデモートは堂々としたものでハリーのほうをゆっくりと見る。
「何がどういうことだ?」
「あ、……いや」
気まずそうに、ははっと笑うハリー。
どうやら邪魔をしてしまったらしい事を悟る。
この師匠は、との2人きりの時間を邪魔されることを酷く嫌う。
「邪魔してごめん、出直すね」
「いや、構わない」
「は?」
「大方、ホグワーツから入学許可証でも来たんだろう?」
「え?」
ハリーが握り締めているのは羊皮紙だろう。
ヴォルデモートの言葉に驚くハリー。
「とりあえず座れ」
「座れって……、師匠なんでホグワーツのこと知っているの?」
「ああ、お前には入学許可が来るってのは知っていたからな」
「はあ?って、ちょっと待って。もしかして師匠が修行を11歳までって言ってたのって…!」
「ホグワーツに入学したらロクな修行ができなくなるからに決まってるだろ」
「やっぱり……」
がっくりなるハリー。
せっかく自由にのんびり過ごせるかと思っていたというのに、この状況だ。
多少は予想はしていたものの、なんとなく虚しくなってしまう。
「お母さんから聞いたんだけど、僕が師匠から習ったことって、普通の”魔法使い”なら学校で11歳になってから学ぶことだって本当?」
「ああ、本当だ。私もホグワーツで学んだからな」
「へ……?」
「それで、ハリー。お前、どこまで聞いた?」
説明を色々しなければならないだろう。
魔法界のこともあるが、ヴォルデモートのことも”ヴォルデモート卿”のことも。
ヴォルデモートが残してしまった”ヴォルデモート卿”になるだろう欠片の事も。
「師匠が魔法界で恐れられる”闇の帝王”だった事、僕がそれを倒したことになっているって事、僕が師匠から習ったものは全て”魔法”で、魔法界っていうものがあって、”魔法”を使える人は思ったよりも沢山いるって事」
ハリーは自分の力が異質なもので世界でも極一握りの人物しか使えない危険なものだと思っていた。
しかしホグワーツから入学許可証が来て状況が一変した。
両親は笑って、”実は魔法界があって、僕らもハリーと同じ魔法使いなんだv”と言ってきた。
ハリーが怒鳴ったのは言うまでもないだろう。
「お前、英雄になってるからな。魔法界とは関わりない生活の方がいいだろうってことで、今まで何も言わなかったんだ」
「うん、それはお父さんにも聞いた。でも、なんで師匠が僕の師匠してるの?別に魔法教えなくても良かったんじゃない?」
「それについては色々事情はあるが、ひとつはハリーの魔力が予想以上に高いうえに別の附加能力もあった事と、あとは私の都合だな」
「師匠の都合って………あの、もしかして、昔言ってた”ゴミ掃除”とかと関係ある?」
「鋭いな、その通りだ」
自らの魂を分ける闇の魔法がある。
それは邪法とも言ってもいい方法で、人としてやってはいけないものだ。
半不老不死になれるものだが、危険で実際にその魔法を使うものは殆どいない。
その魔法の存在すらも闇に葬られている。
「ハリー、アレのことは教えてあったな」
「うん、覚えているけど…。別に僕使う気なんて全然ないよ」
「使う為に教えたんじゃない。処分をやってもらうために教えただけだ」
「処分…?」
はずっとその会話を見ているだけだったが、長くなりそうなのでお茶でも入れようと席を立つ。
ハリーはヴォルデモートと向かい合うように対等に話をしている。
は自分が僅かに覚えている『ハリー・ポッター』の話と違う展開になってきていることを嬉しく思っている。
大切なヴォルデモートと主人公であるはずのハリー・ポッターが対等に話をしている。
おかしな感じだが、嬉しいのは本当だ。
紅茶を3人分用意して持っていけば、ハリーは完全にうなだれていた。
はまずヴォルデモートに紅茶を置く。
次にハリーの前に置けば、ハリーは小さくため息をついて紅茶を口に運んだ。
「ねぇ、さん」
「ん、何?」
にこっと笑みを向ける。
「こんな無責任師匠のどこがよくて一緒にいるの?」
「どこって……えっと…」
は最初に会った時のヴォルデモートを思い出す。
とても優しい瞳と悲しい瞳。
どれに惹かれたかなんて今はどうでもいいくらい大切な存在。
「ヴォルデモートさん、優しかったから」
「優しい?!この師匠が?!………あ、そっか、さん限定の優しさなんだね、それって」
「そんなことないよ。ヴォルデモートさん、ハリーにもちゃんと優しいよ」
「ありえないよ、さん」
かちゃりっと音を立ててカップを置くハリー。
「だって、師匠が作り出したアレ使って”ヴォルデモート卿”を作り出そうとしている”死喰い人”達をなんとかしながら、適当に泳がせて”ヴォルデモート卿”をよみがえらせて二度と蘇らせない様に叩きのめせとか言うんだよ?!」
「大丈夫、ハリーならできるよ」
「出来る出来ないの問題じゃないよ!師匠本人じゃないとはいえ蘇った”ヴォルデモート卿”って師匠と同程度の実力者になるんでしょ?」
「同じなのは魔力と魔法の知識だけだ。一見まともそうに見えるだろうが、経験なしの無能が蘇るだけだろうからな。知略をめぐらせればハリーでも十分楽勝だ」
「そうなの?」
「魂の欠片とはいえ、本体と切り離されたいわば亡霊のような存在だからな」
魂を切り裂いて作り上げたソレは自分の分身のようなものになるのだが、ヴォルデモートはソレとは全て繋がりを断ち切っている。
そのままでは今の自分は魂が不完全の存在となってしまうが、自分で賢者の石もどきを作り上げ現状は問題なかったりする。
「…その”ヴォルデモート卿”をド突きまくってもオッケー?」
「気が済むまで存分にやって構わん」
「うん、それなら……引き受けるよ」
先ほどまでの嫌がりようが嘘のように態度を変えるハリー。
「…師匠じゃないけど師匠をド突ける……」
小声で言っているが聞こえている。
とても嬉しそうにこっそり笑っているハリー。
そんなにヴォルデモートをド突きたかったのだろうか。
「やる気なのはいいけど、いいのかな?ヴォルデモートさん」
「放っておけばいいだろう。散々ストレスためてきたんだろうからな、発散させてやれ」
「”ヴォルデモート卿”相手に?」
「アレに八つ当たりしても誰も文句言わないだろ」
それはそうだろう。
いいのかな〜と思いつつも、はいいや、と思う。
魔法使い達にとって脅威だろう”ヴォルデモート卿”は、今のハリーにとっては決して脅威ではないだろうと思うからだ。
「さくっとド突いて、絶対に僕は平穏な生活を手に入れる!」
ぐっと握りこぶしを作って決意を固めるハリー。
果たしてそれは上手くいくのだろうか。
ハリーの存在はただでさえ注目されてしまう。
しかし、ハリーはヴォルデモートを師匠としてあらゆる面で鍛えられてきた。
魔法だけでなく、精神面でも同年代の子供とは全く違うだろう。
ドラコ・マルフォイの挑発など軽く流してしまうくらいに。
寧ろ、ルシウス・マルフォイとすら対等に渡っていけるのではないのだろうか。
によって、大きく変わってしまった道は元に戻らない。
変わってしまった道は良いほうに進んでいると言えるだろう。
そして、『ハリー・ポッターと賢者の石』が違う未来となって今、始まる。