開き直りは大切 02
ここに来てしまった原因が分からないまま、孤児院で2年。
は今、7歳になっている。
英語は十分会話できるようになっていた。
慣れは怖いものである。
「ミスター、ミスタ〜」
は孤児院の庭を歩き回って、リドルを探す。
リドルに英語を教わっていたせいか、この孤児院で年が同じなせいか、ひょっこりいなくなるリドルを探しに行く役目がのものになってしまっていた。
どうも、最近気づいたことだが、リドルは周囲の人達に怖がられているらしい。
周囲というのは同じ孤児院に暮らす子供たちと、この孤児院の子の世話をしている大人達のことだ。
「ミサキ?」
「あ、ミスター、こんな所にいたんだ」
ひょこっと少年が顔を出してきたのは、大きな木の上からである。
黒い髪に深紅の瞳の顔立ちの、年々綺麗になっていく少年。
「そろそろ夕食の時間。今日は私とミスターが当番だからさ」
「当番…ね」
はリドルが全く怖いと思えなかった。
周囲の人達がリドルを怖がるのは、リドルが魔法を使っているからだ。
リドルはそれと意識して魔法を使っているわけではないだろうが、普通の人達から見れば未知の力程恐ろしいものないだろう。
はリドルが魔法を使えるのは当たり前…というより使えないほうが驚く、ので別に怖いもなにもない。
「ちょっと待ってて」
「何かやってた途中?私、先に準備しておこうか?」
「いや、すぐ終わるよ」
リドルはまた木の上に体を戻して、何かを話しているように聞こえる。
がさっと音がして、しゅるりっと木の上からリドルより先に何かが降りてくる。
それは蛇だった。
そんなに大きな蛇ではなく、この孤児院の外で蛇を見る事は多いわけではないがあるにはある。
しかし、蛇という存在に慣れていないはちょっぴり驚く。
ふっと蛇がぴたりっと動きを止め、リドルがいる上の方を見る。
『次は3日後にな』
蛇がそう言った”声”が聞こえた気がして、はぴたりっと動きを止める。
の反応に気づいたのか、蛇はの方を見る。
『小娘、まさか貴様も…』
「ちょ、ま…!違っ!ありえないって!」
私はごくごく普通の一般人だってば!
そりゃ、日本の普通の一般社会人が10歳以上若返ってこんな所にいることになった事は普通じゃないけどさ!
私は分別するなら絶対にマグルのはずなんだってば!
「ミサキ?」
「み、ミスター、いつの間に隣に?!」
いつの間にか木の下に下りてきたリドルがの隣にいた。
「ミサキ、もしかして、その蛇の言葉分かる?」
『パーセルマウスでなければ、蛇に話しかける者はいないだろうな』
「いや、そこはちょっと待って、蛇さん。案外動物大好き、爬虫類大好きな人からすれば、蛇にだってフレンドリーに話しかけることだってあると思うのよ」
「そう言ってる時点で肯定しているってことになるんだけどね、ミサキ」
「はっ……!」
リドルに突っ込まれて気づく。
墓穴を掘ってしまったことで頭を抱える。
「ミサキも僕と同じってことかな?」
『そうなるな』
「いやいや、待って待って。同じってことありえないから」
「何?ミサキは僕と同じってことが嫌?怖い?気持ち悪い?」
ふっと浮かべたリドルの表情はどこか嘲るようなもので、少しだけ悲しそうに見えた。
は自分が否定したことでリドルを傷つけてしまったのだろうかと思う。
魔法を否定するつもりはにはない。
リドルが魔法を使える以上、魔法界は存在し、魔法は確かにあるのだろう。
「そうじゃなくて!ミスターがそういう力持ってるのはともかく、私が同じ力持っているってのは信じられないんだって。私、平々凡々の自覚あるよ」
「それは確かに。勉強も運動も並だからね」
「……いや、そこはちょっと否定してほしかったかも」
きっぱりさっぱり肯定されてちょっと悲しくなる。
孤児院の中でも勉強というのはある。
貧しくて学校は優秀な子しか通えないが、基本的なことは院長が教えてくれる。
は言葉を覚えるのでいっぱいいっぱいで、あとは家事を手伝うので精一杯だ。
ぶっちゃけ、算数とか見ると簡単すぎて馬鹿馬鹿しかっただけというのもある。
いくらなんでも短大卒のに算数の足し算引き算は虚しくなるだけだろう。
運動神経は言うまでもない、ただ単に運動神経の繋がりが悪かったに過ぎないだけだ。
「でも、その年で家事はちゃんとこなせるのはすごいと思うよ」
「家庭的って言って頂戴。良ければ、ミスターを将来養ってあげてもいいよ〜」
は軽い気持ちで言っただけだった。
料理はこの年(7歳)にしては、かなり上手な方だろう。
このまま料理に専念すればどこかで料理人として雇ってもらえる程度には。
「そうだね。それもいいかも…」
リドルはじっと真剣に考え込み始めた。
「え?あの、ミスター。そんな真剣に考え込まなくても…」
どうせ、ミスターは将来魔法界で過ごすだろうから、料理なんて屋敷しもべ妖精あたりにまかせればいいだろうし。
私なんか必要なくなるだろうし…。
そう考えてくるとちょっと落ち込んでくる。
この孤児院の中では親しくなれたほうかな、と思うだけに、あと4年ほどでリドルとはお別れしなければならないのだ。
11歳になればリドルはホグワーツへ、は孤児院でお留守番。
『どうでもいいが、私は行くぞ。次は3日後だ』
『ああ、頼むよ』
蛇がリドルに話しかけ、リドルも同じ言葉で返した。
双方の言葉の意味が分かってしまった。
自分がパーセルマウスであることは否定できないかもしれない。
少なくとも、話せずとも言ってる言葉は理解できるのは本当らしい。
「ミサキって、今まで周囲で変な現象起きたこととかある?」
「は?それってポルターガイストとか?」
「いや、そういうのじゃなく…もう、それでもいいや。とにかく変だな?ってこと」
「う〜〜ん」
一応考えてみる。
とりあえず、今自分がここにいること以上に不思議なことにはお目にかかったことがない。
ここにいること自体がものすごく不思議で変だ。
「とりあえず、ない…かな?」
「全く?これっぽっちも?」
「…多分。自覚していないだけで、知らないだけかもしれないけど」
リドルはその答えに少しがっかりしたようだ。
ただ、にリドルと同じように魔力があったとして、は精神的に子供ではない。
子供のように感情をコントロールできずに魔力を暴走させることは殆どないだろう。
その為、魔力があったとしても、異変が起こることはきっと少ない。
魔力なんか、あったらあったで、ホグワーツとかお金かかりそうだから嫌だし。
勉強とか面倒そうだし。
「なんか、面倒そうだから隠しているって顔してる」
「え?そんなことないよ。とりあず、ないにはないし」
「ふ〜ん。僕の周囲ではたまにあるんだけどね〜」
「だって、ミスター普通じゃないし、変わってるし」
「ミサキに比べれば、僕は言動も十分普通だと思うけど?」
「ぬ、ミスターそれは酷い。私は十分普通だよ」
はなりに普通である。
精神年齢上、ちょっと子供にしては普通じゃない言動をすることはあるが、考え方はごくごく一般的である。
「ミサキは僕を怖いと思わないんだね」
「うん?何で?」
何を怖がる必要があるのだろう。
そんなことを思っているだが、リドルはすっと右手をの額に添えてくる。
パンッ!
額で何かはじけたような音がして、頭がくらっとなる。
額に少しだけ腫れているような痛み、そしてふらついた体を支えてくれたのはリドルだった。
は一瞬何が起こったのか分からなかったが、ぐらぐらする頭を動かしてリドルを見てみれば、リドルが笑みを浮かべているのが見えた。
間近で風船を割られたような感覚だったってことは、圧縮した空気を一気に開放したって所かな?
多分魔法なんだろうけど、いや、すごい。
さすが未来の闇の帝王。
「み、ミスター…」
「なんだい?」
「何かやるなら、次は予告をして欲しい」
頭を押さえながら、は自分の足で立つ。
「今日はこれから夕食の準備しなきゃならないのに、ちょっとこのダメージは厳しい。てか、回復系のそういう力ってのはない?」
「ミサキ…?」
そう言えば、が知る限りはこの世界の魔法に回復系の呪文というのはまだ出ていなかった気がする。
修復系ならばあったが、回復と修復では違うだろう。
眉間辺りをぐりぐりしながら、はそんなことを考えていた。
リドルはの反応に驚いたような表情をしていた。
「とりあえずひとつ忠告だよ、ミスター」
「ミサキ?」
「そういう力はいざという時の切り札として隠しておいた方がいいと思う」
そうひょいひょい使ってたら、怪しいと思われるのも道理だろう。
この孤児院でリドルはすでに孤立し始めている。
はそんなリドルをとても不器用だと思う。
「とにかく、夕食の準備しないと。ほら、行こう、ミスター」
はリドルの手をぎゅっと握って引っ張る。
リドルは更に驚いたように目を開き、に引っ張られるまま歩く。
「ミサキ」
「うん?」
ざくざくっと先を歩くにリドルは声をかける。
にとって2年間一緒にいたリドルは弟のような存在だ。
ちょっと生意気だが、一番一緒にいてくれた子。
「ミサキは、時々僕を見透かしたようなことを言うね」
それはそうだろう。
きっとはリドルよりもリドルの出生のことを知っている。
「ほほ、千里眼を持っていると言ってもいいよ〜」
そんなことは言えないので、冗談を交えて誤魔化す。
その辺りを悟られないように冗談を交えられるのは、精神年齢の高さゆえだ。
きっとは今のリドルよりも、仮面を被るのが上手い。
大人になると誰だって上っ面というものができるのだ。
「千里眼?」
「全てを見通す瞳って事」
「いや、それはあり得ないから。ミサキ、時々ものすごく鈍いし」
さっくり綺麗に否定してくれる。
「ものすごく鈍いって、それはただ単に言葉を聞き取りきれなかっただけの時だと思うよ、ミスター」
「え?まだ、英語に慣れてないの?!」
「…いや、何、その心底驚きましたって表情」
「だって、2年だよ?」
「2年経っても、慣れない時は慣れないんだって。母国語の方が馴染みあるし」
20年以上日本語使ってたしね。
そうそう慣れるものじゃないでしょ。
一応忘れないように、独り言言ってるときあるから。
ものすごく虚しくなるけどね!
はリドルの手をとって調理場へ向かう。
リドルの手はまだ小さい。
この小さな手が大きくなるまで、側にいることが出来たらいいな、と今は思う。
それでも、きっとどんなに長くても、あと4年しか側にいることはできないだろうとは思っていた。