― 朧月 41
これからは定期的に元の世界に戻り、両親に会えばいい。
そして家の近くの公園から、人気がない瞬間にが念を発動させて、世界を渡った。
今度はクロロの存在も認識して念をコントロールしたので倒れることはなかった。
着いた先は森の中の屋敷の前である。
ふぅ…と小さく息をつく。
倒れることはなかったものの、念の消費はかなり激しかった。
「マスター、今日はこちらに泊まりましょう。お疲れでしょう?」
「うん」
そうしたい所だ。
この屋敷から『朧月』まではそんなに遠くはないが、今のは念での移動をしようと思うほど余力がない。
かと言って歩きで向かうには遠いし、こんな山の中、公共の交通機関などあるはずもない。
「ルシルフルさんも泊まっていきます?」
「そうだな。と同じ部屋で頼むよ」
「っ…!クロロ!」
「添い寝だけで済むようでしたら構いませんけど?」
「ミスティ!」
同じ部屋など冗談じゃない。
今日はゆっくりぐっすり眠りたいのだ。
クロロがいたら、緊張してそれどころではないだろう。
「冗談ですよ、マスター。流石にマスターがお疲れなのにそんなことさせませんよ」
「そ、そうだよね…」
「マスターが万全の時になら構いませんからね、ルシルフルさん」
「そうだな、今回はやめておこうか」
今回は?
今回はってことは、次回があるってことなの?!
がミスティとクロロを交互に見ると、2人はくすりっと笑う。
2人の言葉は半分は本気なのだろうが、恐らく半分は冗談だ。
か、からかわれた〜!
ミスティがの嫌がることをするはずもないだろうし、クロロも本気でが嫌がれば同室など望まないはずである。
それは少し考えれば分かることだろうが、疲れているにはそんなことは思いつきもしなかったのであった。
はこの屋敷にいた頃に使っていた部屋のベッドにぼすんっと倒れる。
身体全体が本当にダルい。
世界を渡ることは、予想以上に念を消費するようだ。
しかも、ミスティとクロロの同行があったから尚更だろう。
もうちょっと効率考えないと。
念を他から補充することができるようになるか、回復系の念を新しく作るかしないとな。
朧月の念でちゃんと使えるものは全部使えるし、その中に回復系は1個もないし。
と同様平和主義だった朧月にしては珍しいことだが、回復系の念がひとつもないのである。
致命傷を負う前に念で逃げたりしているので回復系の念が必要なかったと言えば、それまでなのだが、やっぱり回復系の念はあったほうがいい。
朧月の念の中でも、不完全で使えなさそうなものならばいくかあるのだが、それは理由あって開発をやめたものばかりだ。
新しい念能力。
でも、その前に基礎を最初からやり直そう。
感覚的には分かるけど、3年程度じゃ付け焼刃みたいなもんだし…。
そんなことを考えているうちに、まぶたが自然と下りてくる。
新しい念を開発しないと、と思いつつの意識はだんだんと深く沈む。
今は身体が休息を必要としているのだろう。
夢の中では”朧月”になっていた。
よりも頭1つ分くらい高い身長、そして黒い髪に黒い瞳。
髪の長さはその時々で変わり、が今なっている朧月の姿は髪が短い時のものだった。
東洋系の顔立ち、こちらの世界で言えばジャポン人とでも言うのだろうか。
『そう、俺はいつの間にか1人だった…』
そこは何もない灰色の空間。
何が切欠で念を覚えたのかは忘れてしまったが、朧月が念を覚え始めた頃は、まだ念の概念が曖昧で使える者が本当に今よりも極少数だった。
念の系統などはっきりしたものは示されず、なんとなくで使い始めた念能力。
『初めまして、マスター』
初めて作り出した念は、寂しいと思っていた朧月の心を満たしてくれた。
『君の名前はミスティ。俺が朧月だから君は霞、ミスティだよ』
それから1人ではなくなった。
ミスティと一緒に仕事をして、色々世界を回りたくさんの経験をした。
普通の人よりかなり長き時を生きてきた。
それでも人である限り、寿命というものは存在し、自分の身体が病魔に蝕まれ治すことが出来ない状態だと分かった時に決めたのだ。
ミスティの念をかけなおすことに。
ミスティは元々念だ。
作り直すということは、今までのミスティがなくなってしまう可能性が高かった。
それは嫌だったから、今のミスティに新しい能力を付け加えた。
”俺”という魂が存在する限り、その念と薄い繋がりを作り、その姿を保つことが出来る。
それはどんなに離れても、どんなに繋がりが薄くなっても変わらないものであり、”俺”という魂が何度転生しても彼女は消えないように。
良く考えればなんて傲慢な願いなのだろうと思う。
自分は死ぬのに、彼女には永遠とも言える長い時を生きろという事だ。
『俺が馬鹿だった』
朧月の声で、は夢の中で呟く。
『今度は間違えないよ』
は強く決意する。
朧月として過ごしてきた日と、として過ごしてきた日をよき経験として、これからを過ごす。
『朧月……そうか』
はふっと思いつく。
夢の中に入る前に考えていたこと。
新しい念。
『回復系じゃないけど、これは使いようによってはもしかしたら』
朧月の姿になって思ったこと。
かなり特質よりの念になるだろうし、念のコントロールがかなり要求されるだろうが、使えるようになればとても便利だ。
特に隠れる時などにはばっちりだと思う。
は朧月の姿のまま、うんっと頷いたのだった。
がばりっとベッドから起き上がる。
先ほど夢の中で考えたことはちゃんと覚えている。
身体の疲れもだいぶ取れた。
窓の方を見れば、丁度日が昇るところ。
「あ…、結構寝てたんだ」
疲れてベッドに倒れこんでそのまま寝てしまったが、一晩ばっちりぐっすり眠っていたらしい。
どうりで身体が軽いわけだ。
ぱたんっと窓を開き、は外を見る。
が寝ていた部屋は2階だ。
自分の服をパジャマでないことを確認して…どうやら昨日の服装のまま寝てしまったらしい…、外に誰もいないことを確認。
窓に足をかけて、ぱっと飛び降りる。
すとんっと綺麗に着地して、少し開けたところまで移動する。
「すぅ…はぁ…」
声に出して1度深呼吸。
そしてばっと右手を横に伸ばして具現化したのは”空間を創る賢者の杖”。
基本的にどの能力もこれが基本になってる。
朧月の念能力はミスティを含めると全部で4つ。
念能力者にしては、制約もないように見えるためすごく優秀だろうと思える。
だが、が使うこの能力には一応制約がある。
がこれを使えるのは朧月であったという過去があるからだ。
そう、つまり、この能力は”前世が朧月である”という制約の元にある能力だ。
空間を歪ませるのがこの杖の能力。
これを応用すれば…。
ヴンっと耳に空気が揺れる音が聞こえる。
集中しようとしたその時、1つ気配を感じ取った。
は集中するのをやめ”空間を創る賢者の杖”を消す。
気配は2階にあるの隣の部屋からだ。
その部屋の窓から、クロロが飛び降りてくる。
「おはよう、」
「うん、おはよう、クロロ」
結局クロロはここに泊まったらしい。
寝起きのようでいつも額に巻いているバンダナがない。
額の十字が見えたクロロは、は1度しか見たことがない。
以前幻影旅団とばったり遭遇してしまった時くらいだ。
なんか、バンダナしてないと、クロロって雰囲気変わるよね。
オールバックにすると更に雰囲気変わるけど。
思わずクロロをじっと見てしまう。
バンダナをしていると童顔が目立ち実年齢より幼く見えるのだが、それを取ると雰囲気が変わってくる。
「見惚れた?」
「はえ?」
考え事をしていたので何を言われたのか分からなかった為、奇妙な声を出してしまう。
クロロの腕が伸びて、ぐいっと腰を引き寄せられる。
片手が頬に添えられくいっと上を向かされる。
「ク、ロロ?!」
「解除」
「へ?」
「念の解除してやろうか?」
クロロがにかけた念の拘束はそのままだ。
クロロとが離れることがないので、今の所問題はないのだが、解除してくれるならば解除して欲しい。
だが、その解除の方法はその念で拘束したときと同じ方法を取るのだ。
「がそのままでいいなら、オレはずっとそのままでいてくれたほうがいいけど?」
「それは困る!」
「それなら」
クロロはに顔を近づけてくる。
唇がゆっくりと重なり合う。
目を閉じると、触れ合った唇の感覚が余計リアルに感じる。
少し口を開けば、クロロの舌が口内にもぐりこんで来て、の舌に絡めてくる。
びくりっとの身体が震える。
の舌に刻まれた印をなぞるかのように、クロロの舌が絡まってくる。
は、早く終わって…!
頭の中が真っ白になりそうで、何が起こっているのか分からなくなりそうになる。
この手の経験が少ないはされるがままで、クロロに縋りつくように身体をまかせる方になってしまう。
舌にぴりっとした感覚がして、クロロの唇が離れた時、はぺたんっとその場に座り込んでしまいそうになる。
「」
「……あ、足」
足に力が入らない、とは言いたかったが、身体の力が抜けてしまったような感じである。
顔は恥ずかしいのか何なのか分からないが、真っ赤である。
「このくらいは慣れてもらわないと困るんだけどな」
「このくらいって…!」
「1週間にしただけだから」
はクロロの顔をばっと見る。
「1週間って?」
「解除するのも勿体無いし、3日を1週間に変えただけだよ」
「な…!」
クロロは自分の足で立てないを支えるように、の腰を引き寄せて自分にぴったりと寄せる。
足に力が入らないというよりも、腰が抜けたと言った方が正しいかもしれない。
「は口実がないとキスもさせてもらえなさそうだからな」
「う…。だって!クロロのはちょっと…」
顔を赤くしてクロロから目を逸らす。
触れるだけのキスだけの付き合いでいたい、などという純情なことを言うつもりはない。
けれども、慣れないうちはあまり激しいのは勘弁してもらいたいのが本音である。
「口だけじゃ物足りない。本当は、ベッドに組み敷いての全てを眺めて、舐めて、感じさせたい」
「クロロ…!」
「オレはかなり我慢しているんだけど?」
は自分の腰に何か硬いものが当たっているのに気づき、ぎくりっとなる。
赤かった顔が更に真っ赤になる。
クロロが故意にの腰をそこに引き寄せたのだろうが、それが何か分かった。
「無理にヤるつもりはない」
「クロロ…」
「けれど、オレにも我慢の限界があることを忘れるなよ、」
クロロはの頬に唇を落とし、にこりっと何か楽しむかのような笑みを浮かべる。
本当に嫌ならば、念能力をもって全力で逃げ切ればいい。
クロロもかなりの実力を持つ念能力者だが、自慢ではないが逃げることにおいては朧月の記憶もあるの方が有利だろう。
朧月は逃げることに関しては超一流だ。
本当に自慢ではないことだが…。
嫌じゃないって思うこと自体、それだけクロロが大事ってことなんだと思うけど…。
は小さくため息をつく。
この世界で生きると決めた。
元の世界を全て捨てるわけではないけれども、朧月がいたこの世界で生きていこうとは思う。
家族のような存在のミスティと、大切だと思えるクロロ。
一癖も二癖もありそうな2人が、にとってこの世界ではとても大切な存在で、元の世界で暮らせなくてもいいと思うほど大切で、この世界にいる。
なるようにしか、ならないかな。
大切な2人がどんなことをしてしまうかなど、には想像つかないけれども、が心底嫌がるようなことはしないだろう。
だから、この世界で生きていこう。
ミスティを幸せにする為に、クロロと一緒にいる為に。
私は、この世界で生きていくよ。
END.
あとがき