― 朧月 06




「う〜〜ん」

は『朧月』の中のひとつの部屋の中で唸っていた。
目の前に広がるの世界地図である。
世界地図の海にあたる場所に3箇所ほど赤いバツ印がついている所がある。

「マスター、どうしました?」

ひょこっと後ろから覗き込んでくるミスティ。

「探してるリーディスの候補地が特定できたからどうしようかなって思って」
「別にお店はわたくしが預かりますよ?」
「うん、そうじゃなくてね。リーディスの情報を教えるって約束した人がいるもんで、どうしようかな、と」

情報を教える約束をした人というのは、言うまでもなくクロロのことである。
ミスティが調べてくれた…勿論もできる限りの手伝いはした…情報から割り出した結果、候補地は3箇所。
地図上では海の上である。
海の中に沈んでいる可能性もあるし、何かしらの念能力で島を確認できない状態になっているのかもしれない。

「約束した方というのは、クロロ・ルシルフルの事ですか?」
「うん、そう……って、何で知っているの?!」

地図をじっと見ていたがばっと顔を上げる。
ミスティにはクロロと会ったことは言っていない。

「マスターの交友関係は把握しておきたいので、この間少しだけ調べさせていただきました。もしかして、ご迷惑でしたか?」
「う…」

しょぼんっとした表情でに問うミスティ。
そういう表情をされると、は怒るにも怒れない。
ミスティは分かっていてやっているのだろうが、やっぱりこの手の表情に弱いのは仕方ないだろう。

「別に調べるくらいなら構わないけど…」

の行動には支障はない。
ミスティのことだから、の邪魔になるようなことはしないだろう。

「ですが、マスター。クロロ・ルシルフルはご存知ないかもしれないですが、A級首の…」
「知っている」

ミスティの言いたいことが分かって、は頷く。
知っているのだ。
ただ、クロロの方はが知っている事を知らないはずだ。

「ご存知ならば、あまり深く係わり合いをもたない事をお勧めしますよ。マスターの能力でしたら彼らにどうにかされる事もないでしょうけど」
「いや、それはミスティの買いかぶりすぎだって。いくらなんでも私は幻影旅団相手できるほど強く…」
「マスターは自己評価が低すぎます!マスターが本気を出せば幻影旅団の1つや2つ、ひょひょいのひょいです!」
「いやいや、無理だってば」

絶対無理。
どうやればあんな規格外な方々の相手を、ひょひょいのひょいなんてできるのか。
ミスティの基準ってやっぱり高すぎるよ。

とかなんとか思っているだが、自身の基準も十分高いことを、本人はさっぱり自覚していない。

「それよりもですね、マスター。もし、クロロ・ルシルフルにリーディスの候補地を教えるようでしたら、3箇所全て調べてもらったらどうですか?」
「調べてもらうって…」
「現在では島すら確認できない位置が候補地なんですから、何かしらの念能力で防衛はされているはずです。仮にも幻影旅団の団長をやっているんですからその程度の念の防御を無効にする事くらいできるでしょう」

ね?とにっこり笑顔を浮かべるミスティ。

「ミスティ、それってクロロさんを利用するって事じゃ…」
「いえ、マスター。こちらは貴重なリーディスの情報を与えてあげているんですから、これくらいの事はやっていただかなくては」

現状何も確認できない状況のところじゃ、かなり強い念で守られているって事だから、それを突破するのはかなり大変なんじゃないかと。

そんな事は口に出せない
表情にはその考えが思いっきり出ているのだが、ミスティは気づかないふりをしている。
そのままにっこりとのケータイを差し出す。
この条件なら連絡しても構いませんよ、とでも言うかのように。

「いいのかな?」

なんだかんだとケータイを受け取る
ぴぴっと操作してクロロの番号にかける。

「マスターも必要以上の労力を使わない方がいいでしょう?」

確かにそうだ。
相手はA級首の盗賊団の団長。
古の幻とも言われる図書館の防御の念とはいえ、600年前の念にそうそうやられるはずがないだろう。
そう自分を納得させてクロロに連絡を取る

「でも、マスターの交渉のやり方では、あちらにこちらの目論見が完全にバレますね」

提案したミスティは、緊張しながら電話をかけるを見て、そんなことを呟きながら苦笑していたのだった。
は感情が表情に出やすい。
何かを隠して説明するなど最初から無理なのである。



がクロロにリーディスの情報の説明をする場所に選んだのは、アイジエン大陸にあるとある都市だった。
候補地のひとつがアイジエン大陸の近くだから丁度いいと思ったのだ。
待ち合わせたのは、小さなホテルにあるロビー。
はそのホテルに宿泊を予約してある。

「こんにちは、クロロさん」

待ち合わせ場所に現われたクロロに、にこりっと挨拶する
内心ちょっと緊張でドキドキなのだが、きっと相手にはそれはバレバレだろう。
顔に緊張してます、と思いっきりでている。

「何かを企んでますってのがまるわかりの表情だな」
「う……」

ぎくりっとなる
その反応にクロロはくくくっと肩を震わせて笑う。
どうでもいいが、ものすごく失礼である。

「それよりも場所は移動するか?」
「あ、はい。ちょっと地図を広げられる広い場所がいいので、このホテルの2階にある喫茶店に行きましょう。結構時間を気にせずゆっくりできるところみたいなので、丁度いいと思うんです」

ミスティに頼んでこの辺りのホテルを下調べしてもらってある。
地図を広げるので元々広い場所が必要だと思ったのだ。
説明はそう長くはならないとは思うが、念のため多少長居できるような喫茶店が近くにある所を、と思ってこのホテルとなった。
喫茶店で席をとって飲み物だけを頼むと、は地図を広げた。

「この3箇所赤いバツ印がついている所が候補地です。私が聞いた情報によると…」

はミスティから聞いた情報をかいつまんで話す。
噂話程度のものから、600年前に生きていた人の日記などを漁ってみて分かった事など。
かなり前の事だが、朧月も調べていたらしいのでその記録を漁ればそう難しい事ではなかった。

「この候補地も全部ハズレかもしれないんですが、世界の大陸内にあるならばもう見つけられているはずですから、やっぱり大海の中に潜んでいる可能性が高いと思うんですね」
「そうだな。大陸内ならばプロのハンターあたりにとっくに見つけられているはずだ。だが、海か…」
「恐らくその海にも何かしらの保護膜か何かがあるんでしょう。600年も見つからずに保てる程のものなのでかなりの力なんでしょうね」

はちらりっとクロロを見る。
ミスティが言ったようにクロロに先にこの候補地に行ってもらえばいい。
でも、それはものすごく罪悪感がある。

強いって言っても、本人が望んでいても、やっぱり私が行きたいところなんだから、私がちゃんと動くべきなんだよね。
幸いなんとかなりそうな能力はあるわけだから、クロロさんがやってくれなくてもいいって言えばいいんだろうけど…。

ミスティがクロロを先にと言ったのは、恐らくの安全の為だろう。
600年も保ち続けた保護の力は、もしかしたらに害をもたらすものかもしれない。
その可能性を捨てきれない限り、ミスティはの安全を第一に考えただけだ。

はこの候補地のどこかには行ってみたか?」
「え?…あ、う……」

困ったように視線を彷徨わせる
こういう所が正直すぎる。

「なるほど、企みごとはそれか」

笑みを浮かべながらクロロはとんっと地図を指で示す。

「オレに先に行かせて、どうなっているか様子を見ようという所か」

ミスティが思っていた通り、クロロには思いっきりバレている。
正直すぎるの性格のせいだろう。
あれだけあからさまな反応をすれば、少し鋭い人ならすぐ分かるはずだ。

「ご、ごめんなさい…。で、でもですね!やっぱり、リーディスを探しているのは私も一緒だから、私もちゃんと動くべきだと思うのですよ!」

とりあえず言い訳らしき言葉を並べて訴えてみるが、クロロを真っ直ぐ見る自信がない。

「お、怒ってます?」

ちらりっとクロロを見れば、クロロはテーブルに突っ伏して盛大に笑いを堪えていた。
肩まで震えている。
は一瞬きょとんっとしたが、すぐにむっとした表情になる。
自分が騙そうとしたとはいえ、笑われて気分が良くなる人などいないだろう。

「クロロさん」

の声にクロロは顔を上げたが、口元に手を当てて笑いをおさめようとしている。
何がそんなにツボだったのかには分からない。

「謝罪は必要ないさ。この世界ではその程度のことなんでごろごろしている、謝る方が珍しい」
「でも、やっぱり、気分的になんか嫌なんです。自分の趣味だから最後まで自分でやりたいっていうのもあるんですけど…」

の本集めの趣味の妙な拘り。
本を借りずに買って読むこと、そして自分の手で集める事。
他の人の手を一切借りないというわけではないが、リーディスを最初に見つけるのは自分でありたいという思いがないわけでもないのだ。

「ならばこうしよう」

クロロは地図にあるひとつの赤いバツ印の所を指で示す。
その場所はここから一番近い所。

とオレが一緒に行けばいい」

クロロが一緒ならば心強い。
も自分の能力にはそれなりの自信はあるが、圧倒的に経験が少ない。
その点、危険な事の経験ならば無数にありそうなクロロがいるならば、気分的に楽だろう。

ただ、クロロさんの前で念は使いたくないけど…。

「そうですね、クロロさんが一緒だと心強いですし」
「オレも1人より2人方が何かあった時に心強いからね」

にこりっと笑みを浮かべるクロロ。
はそのクロロをじっと見る。

「どうかした?」
「いえ…」

首を横に振る。
クロロが何を考えているのかはには分からない。
約束をしてくれた以上、腹の中で何を考えているにせよ、入り口までは一緒に行ってくれるだろう。

なんか、正体が正体なだけに、親切すぎるのがすごく不気味というか…。
こんなこと流石に本人の前じゃ言えないけど。

ほんの少しだけ警戒心を抱きながらも、はクロロと共にリーディスの候補地に向かう事になるのであった。