― 朧月 05




クロロに関しては、は彼が幻影旅団の団長であることを知らないのだから、知らないふりして付き合っていけば何の問題もないのではないかと思ったのだ。
ヘタにボロを出す方が危ない。

あんな物騒な盗賊団と係わり合いになんかなりたくないしね!

なるべく連絡も必要最低限にしようとは誓った。
古の図書館リーディスの情報を教える約束はしたので、約束は守るものだが、その情報が手に入る事自体が少ない為、そうそう連絡を取ることもないだろう。

ぴぴぴぴ

「もしもし」

ケータイの受信音にはケータイを取る。

「え?本当ですか?!」

が持っているケータイの番号を知っている人はごくわずかだ。
仕事で親しくしている人数人とミスティ、それからクロロ。

「マスター、どうしたのですか?」
「『海底神話』があるところが分かったの!」
「それでしたら、わたくしが留守をあずかりますから、行って貰って構いませんよ」
「え?本当に?でもちょっと遠い所みたいだから1週間くらい空けるけど…」
「構いませんよ」

ぱぁっと顔を輝かせる
このとても分かりやすい反応にミスティは笑みを浮かべる。

「ありがとう!ミスティ!」

さっそく出かける支度をする
言うまでもなく先ほどの電話はクロロからである。
つい先ほどまで心に強く決めた、クロロにはあまり深く関わらない決意が吹っ飛んでしまっている。
所詮好物な本のためなら、そんな決意は小さなものなのかもしれない。




出かけた先は『朧月』のある町からだいぶ離れた所。
移動は公共の交通機関を使った。
その気になれば、念能力を使って一瞬で可能なのだが、それは必要最低限に留めたい所である。

「えっと、確か…」

きょときょとしながらが歩く街はかなり巨大な街だ。
都市と言った方がいいのかもしれない。
ここに大きな博物館があるらしい。
そこは主に古書の展示を行っており、販売も交渉次第ではしてくれるとの事。

「うっわぁ…、でっかい」

クロロが教えてくれた博物館は予想以上にでかかった。
そして外装もちらりと覗く限りの内装もすごい綺麗だ。
『海底神話』はかなり古い書物で、初版本などはかなり値が張る。
写本ならば出回っているようだが、は初版本とまではいかなくても本物が欲しかった。
このあたりはやっぱり拘りである。

ぽんっ

突然肩を叩かれてびくっとなり、慌てて後ろを振り向く。
振り向いてみれば、苦笑したクロロの姿。

「び、びっくりしましたよ、クロロさんも来ていたんですね」
「別の用がここにあってね。ここに『海底神話』の初版本があるって聞いたから連絡したんだ」
「はい、ありがとうございます」

かなり値がはるとしても、金銭面ではなんとかなるだろうと思う。
だが、は自分の格好を見つめる。
どこにでもあるようなシャツとジーパン。
果たしてこんな格好でかなりの値になるだろう書物の交渉をさせてもらえるだろうか。
の考えている事が分かったのか、クロロはくすくすっと笑う。

「確かにその服装じゃ、門前払いかもいしれないな」
「う…、ですよね」
「けれど着替えるにしても早くしたほうがいい」
「え?どうしてですか?」

きょとんっとする
この博物館の展示期間はまだ1ヶ月以上あるはずだ。
『海底神話』の初版本が誰かに買われてしまうにしろ、そんな高価なものでしかも写本も出回っているようなものをそうそう買う人はいないだろうとは思っている。
だが、実際はそうではないのかもしれない。

「他の誰かに買われてしまうという可能性もあるが、どうやらどこかの盗賊団が博物館の品を狙っている物騒な噂もあるようだからね」
「盗賊団?それって今日明日とかの予定なんでしょうか?」
「近い内らしいって噂だよ。詳しい事はオレには分からないけどね」

この都市の事や流れている噂はには分からないが、確かに早い分にはいいだろう。
だが、は着替えを持っているわけでもない。
今から買いに行くとしても少し時間がかかる。

どうでもいいけど、その噂の盗賊団がまさか幻影旅団ってオチじゃないよね…。

ふっとそんな事を思ったが、洒落にならないような気がするのでその考えは思考の奥に沈めておくことにする。

「服がない?」
「う、はい…。そこまで考えていなかったので…」
「服を買うつもりなら店くらい教える事はできるけど?」
「え?いいんですか?」

笑みを浮かべて頷くクロロ。
しかし、不思議に思うことがある。

「クロロさんは、どうして私にそこまでしてくれるんですか?」

初対面でケータイの番号を交換して情報のやりとり。
しかも今回はに助言もしてくれ、服の事までなんとかしてくれようとしている。
相手の正体があれなだけにちょっと不気味だが、不思議な気持ちの方が大きい。

「オレの前で、みたいに表情をころころ変えるような人がいないからかな?分かりやすすぎる反応も面白いしね」

何かを思い出したのかくくくっと笑うクロロ。
は思わずむっとなってしまう。
感情が表に表れてしまうのは仕方ないだろう。
ただ、の場合はものすごく分かりやすすぎて、嬉しいときなどは餌を与えた子犬がものすごく喜んだ純粋な表情に似ているので、見ている立場からだと結構面白いのかもしれない。

「分かりやすくて悪かったですね…」
「悪くなんてないよ。面白いって褒めただけ」
「…それ、あんまり褒め言葉じゃないです」

あまり面白くないとでも言いたげな表情を浮かべる
表情をコロコロ変えるにクロロは笑いを止めない。
かなり失礼である。

「それはいいから、ブティックに向かおうか?」
「……お願いします」

まだクロロはくすくす笑っているが、こちらはお願いする身である。
そうぶつぶつ文句を言える立場ではないのかもしれない。

「交渉は得意?」
「こういうのはちょっと初めてでよく分からないです」
「初めてなんだ。それなら、あまり吹っかけられないように気をつけたほうがいよ」

それは分かるがどうなるか分からない。
ミスティが言っていたが、朧月もこの手の交渉ごとは苦手だったらしい。
は交渉などしたことはないが、思っていることが顔に思いっきり出てしまうので得意とは言えないだろう。
仕事の交渉は殆どミスティがやってくれている。

「一応懐に多少は余裕があるので、多少ふっかけられても平気なんですけど…」

趣味に金をかけることに関して、ミスティは何も言わない。
そのお金を稼いだのはだし、しかお金を使わない。
ミスティは念なので食べるものも食べないし、服も必要ないためお金を必要としないのだ。
ただ、食べ物は食べようと思えば食べられるらしい。
自分の前世らしき人の念とはいえ、ものすごい高性能な念である。

「小さな書店を経営しているって言っていたよね?そんなに繁盛している?」
「あ、いえ、書店でなくて別の仕事もしているんです」
「別の仕事?」
「はい。迷子のペット探しとか」
「ペット探しね…」
「あ、ペット探しでそんなに儲かるものかって疑ってますね!ペットを侮ってはいけません!たとえ500メートル離れていない所でうろうろしているだけのペットを捕まえても、飼い主が資産家なら謝礼はものすごいんですよ!」

実際がしているペットは犬や猫の一般的なものではなかったりする。
依頼主が資産家である時もそうだが、謝礼の値がいい時はペットが珍しいものであったり、捕まえるのが難しいものだったりする時だ。
はっきり言って、恐竜もどきのペットを捕まえろと言われた時は顔が引きつりそうになったものだ。

でも、一番大変だったのは、希少価値が高い逃げた出したペットをどこかのハンターが捕まえようとして取り合いになったことだったかな…。
プロのハンターって念が使えるから厄介だったし。

ブティックまでの道のりの間、自分のことを話したのはばかりで、クロロは笑ってばかりいた。
何が面白いのだか分からないが、こういうのも悪くないかも、とは思った。
そう思ってしまう所が危機感が結構薄いのかもしれない。



『海底神話』の初版本を手にいれ、その日はその都市のホテルに泊まった。
博物館の初版本の所有者は思ったよりもいい人で、快く商談に応じてくれた。
商談中、背後に控えていたちょっと目つきの悪い念能力者と思われる2人のボディーガードを見ないふりをしていれば、いい人という印象で終わったのかもしれない。

やっぱり、こういう希少価値のものを手に入れる人がまともな人のはずないよね。

の場合は余計なトラブルもなく交渉が終わったからよかったものの、自分はこういう交渉ごとには本当に向かないと思ったものだ。

「ふっふっふ、帰ってゆっくりじっくり読もう」

大事そうに『開店神話』の本を抱えて、はこの都市を出ようと思ったが、その前にせっかくなので博物館の展示物を見ていこうと思い、博物館に向かう。
だが、ついた博物館の外観は昨日と変わっていた。
ぱらぱらと見えるのはポリスらしき人達。
テープが張られ、そこか中には入れないようになっている。
その周囲には人だかりができていた。

あれ?何かあったのかな…?

ひょこっと人だかりから覗き込もうとするが、の身長ではとてもではないが先は見えない。
少し待ってみようとも思ったが、別に重要な用事があるわけでもないし、目当ての者があったわけでもないので、はあきらめて博物館を後にした。

まさか、盗賊団が入ったとか?
でも、それなら昨日のうちに交渉しておいてよかった。
本当に、クロロさんの言うこと聞いて……ん?

盗賊団が狙っていると言ったのはクロロ。
早くしたほうがいいと言ったのもクロロ。

はは、まさか、まさか、ねぇ…。

顔がひきつりそうになりながらも、は帰路につくために都市を出るのだった。
嫌な予感ほど当たる…のかもしれない。
事実を知らないでいるほうが、きっと幸せだと思い、は博物館に入った盗賊団のことを調べようとはしなかったのだった。


ちなみに、言うまでもなく、博物館の作品を根こそぎ盗っていったのは幻影旅団である。