黄金の監視者 55
「休み!いい加減休暇くらい下さい、兄上!」
「この場では宰相閣下と呼びなさい、」
穏やかな顔でをたしなめるのはシュナイゼル。
ここはエリア5の行政区、国交関係の為にここに来ていたシュナイゼルの警護としては一緒に来ていた。
(……宰相閣下って呼ぶと怒るくせに)
むぅっとしながら、シュナイゼルを睨む。
外では小規模なテロがぽつぽつ。
安定していた筈のこのエリアが、どうも外部国の援助を得てテロ活動が様々な地区で始まったらしいとの事でシュナイゼルが赴いたのだ。
「まだ、ここのエリアの状況がはっきりしないからね。もう少しの辛抱だよ」
「もう少しってどのくらいですか?」
「1ヵ月くらいあれば、どうにかなるよ」
「遅い!遅すぎます!大体、なんでここのエリアの兵はテロ殲滅に1ヵ月もかかるんですか!手際悪い!下手!弱い!」
「自分の能力を平均と考えては駄目だよ、」
ますます、むっとなる。
今の文句はただのやつあたりにしか過ぎない。
「そうだね。それならロイドもそろそろ新しいデータが欲しいって言っていたから、クルルギ君でも呼ぼうか」
「スザクはユフィの騎士ですよ?」
「代わりに私の騎士を貸すということでどうかな」
「自分の騎士をそうひょいひょいレンタルする皇族がどこにいるんですか!」
「ここにいるね」
どこか楽しそうにな笑みを浮かべるシュナイゼルに、は疲れたような溜息をつくしかない。
テロ殲滅を命じられた方がどんなに楽だろうとすら思ってしまう。
(ま、ロールパン直属になれって言われるよりマシか)
再び大きなため息をつく。
今はただ、このエリアがとっとと平穏な状況になってくれることを願うだけだ。
*
結局ブリタニアに戻らざるを得ない状況になってしまっただったが、ルルーシュはそれに対して特に不満そうではなかった。
それはそれでちょっと寂しかったのだが、黒の騎士団のゼロとして考えがあるとのこと。
「スパイ?ブリタニアを探るの?」
てっきり黒の騎士団から追い出されるかと思っていたは、ゼロ番隊副隊長の籍はそのままにしておくと言われたのだ。
「外からの情報というのは限界がある。内部から探り、それを報告しろ」
「構わないけど…」
「諜報員関係の経験はない、か?」
「なくはないけど、大体正面突破力任せが多かったから苦手と言えば苦手で、1人でやるには限界もあるし、もう1人くらい絶対的な信用が置ける連絡係みたいな人がいると嬉しいんだけどな」
「考慮しよう。だが、暫くは1人でやってみろ。ブリタニアへ行く予定を変えることもできまい?」
「う〜ん…、一応頑張ってはみる」
「期待はしないでおく」
「あ、それって酷いよ!」
そんなやりとりが、幹部の前でされ、反対はあったもののは黒の騎士団の一員として留まることはできた。
が皇族である事、それを知るのはラクシャータと藤堂、キョウトの桐原、ナオトと要、そしてその場にたカレンの6人。
ラクシャータは元々ロイド経由で面識があり、桐原はルルーシュの事も知っているので気づいてはいただろう、藤堂とは昔面識があったので知っている、そしてナオトと要は口が堅いのでが自分で話した。
「それにしても、がブリタニアの皇族か…」
「なんかへん?」
「色々変だが、妙に納得。シュナイゼルの映像を見たとき似ているな〜とは思ったんだよ」
「………やっぱり、僕の顔立ちって兄上に似てる?」
「兄弟だって分かるくらいにはな。…って、何でそんなに嫌なんだ?」
「似てるのは色々な理由で嬉しくないから」
「兄弟が仲いいのはいい事だぞ」
「…あんまし仲良くしたくない」
「同じ”兄”の立場として、シュナイゼルには少し同情したくなるな」
「しなくていいよ!」
ナオトの態度は全く変わらなかった。
どうやらブリタニア人でも一般人ではない事は気づいていたらしい。
ガサツな所もあるが、所々のしぐさが品のあるものだったからという事だ。
幼い頃から自然と身につけさせられたものが、そう簡単に変わるはずもないので仕方ないだろう。
黒の騎士団で、そうゆっくりと話は出来なかった。
ブリタニアを探ること、このエリアに戻ってくる時に報告をする事。
そしてナオトと少しだけ話をしたら、トウキョウ租界の行政区へ向かわなければならない時間になってしまった。
「お前が死んだ時には見捨てる。だから、生きて帰ってこい、」
ブリタニアへ発つ為に行政区へ向かったが、ルルーシュに言われた言葉がそれだった。
その言葉には満面の笑顔で大きく頷いた。
受け入れてくれたのだと心から思えたのだ。
駒扱いでもなんでも、ナナリーとルルーシュが幸せならばそれでいいとは思っていた。
それでも、自分という存在を受け入れてくれるのはとても嬉しい事だ。
*
行政区からブリタニアに向かう空港では、ユフィとスザクが見送りに来ていた。
いつの間に特区から行政区に移動してきたのだろう。
「特区にいなくていいの?」
「お姉様が警備施設を見直すからって、2〜3日はこっちにいる事になったの」
「それって建前かな?」
「だと思うわ。警備施設を見直しても2〜3日で改善なんてされないでしょう?」
それはそうだ。
2〜3日に警備施設が厳重なものへと変えられるのならば、そう簡単に襲撃などされないし、しようと思う者も減るだろう。
は、どこかぼぅっとしているスザクを見る。
何か考え事でもしているのだろうか、知りたいとは思わないがここまでぼぅっとしているスザクは初めて見た気がする。
「やっほー、スザク〜?目見えている?」
「見えてるよ…」
「あれ、返事が返ってきた。大丈夫?現実逃避とかしてないよね?」
「してないよ」
「昔っからそうだったけど、溜め込み過ぎるの良くないよ。言いたいことあるならユフィにでも聞いてもらったら?」
スザクは苦笑するだけだ。
「よし、ユフィ!こうなったら脱ボケボケスザクの為にも、スザクを脅迫して悩みを聞きだすんだ!」
「はい!脅迫します!」
「ナナリーならスザクの昔懐かし恥ずかし話をたくさん知っているはずだから、それを脅迫のネタにしてね…」
「あのね、。ユフィに変なこと吹き込まないでよ」
スザクに大きなため息をつかれてしまった。
ルルーシュがゼロであることに対して、色々ぐるぐると考えているのだろう。
まだ説得すれば元の生活に戻ってくれるのではないか、黒の騎士団を辞めてくれるのではないか、などという淡い希望でも持っているのか。
「ずいぶんと賑やかな見送りだな」
「お姉様!」
ぱっとユフィの表情が笑顔になる。
もコーネリアの方へと視線を向けるが、一緒にこちらに向かってくる人物を見て、内心げっとなる。
どうしてシュナイゼルがここにいるのだろう。
というより、まだこのエリアにいたのが不思議でたまらない。
「なんでいるんですか…」
思わず呟いてしまう。
「丁度私も本国に戻る予定だったからね」
「…そうですか」
笑みを浮かべているシュナイゼルがなんとなく気に入らない。
全部分かっていて今ここにいるのではないのだろうか。
コーネリアは緘口令をしいたと言っていたので、シュナイゼルにすらゼロの正体を報告していないだろう。
父である皇帝に対しては恐らく知っているだろうから、報告してもしなくても一緒のはずだ。
「休みが取れれば、ここに戻ってくるのだろう?」
「へ?あ、はい。ナナリーに会いたいですし」
コーネリアの問いかけに普通に答える。
ブリタニアに戻るにしても、休暇全くなしという非道な事はないだろう。
「部屋を行政区に用意させておこう」
「え、いいですよ…。別に普通に今まで通りで」
「特区の方がいいか?」
「だから、必要ないですって。気持ちだけ頂いておきますよ、コーネリア姉上」
実際、このエリアに戻ってきた時には黒の騎士団にこもりっきりになるだろうから住居は必要ない。
ルルーシュの気分次第でナナリーには会わせてくれるだろう。
(…ん?)
じっと向けられる視線を感じて、思わずその視線の主であるシュナイゼルを見る。
「何ですか?兄上」
「いや…、コーネリアと随分と打ち解けているものだと思ってね」
「だって昔、ルルーシュ義兄上とナナリーを除けば、一番一緒にいた時間が多かったのってコーネリア姉上ですから。僕、コーネリア姉上との手合わせは結構好きだったんですよ」
ユフィの事が絡まなければ、コーネリアは結構優しかったので好感がある。
生粋の軍人らしく、敵同士になれば割り切って全力で挑んでくるだろう所も、にとっては好感が持てる1つのポイントだ。
慣れ合いというのが嫌いだとは言い切らないが、敵になったら敵としてはっきり認識してもらった方がやりやすい。
シュナイゼルは困ったような笑みを浮かべてを見る。
コーネリアとユフィは、シュナイゼルの表情にくすくすっと笑う。
「シュナイゼル兄上?」
コーネリアとの約束で”姉上”と呼んだのだが、それが何なのだというのだろう。
呼び方一つ程度気にする必要もないだろうに、とは思ってしまう。
「何でもないよ」
いつもの穏やかな笑みに戻るシュナイゼル。
がコーネリアを”姉上”と呼んだ事がちょっと気に入らないかったなどとは、には思いつきもしないだろう。
その昔、が”あにうえ”と呼ぶのはシュナイゼルとルルーシュだけだった。
シュナイゼルはルルーシュの事を確かに優秀だと思い、その能力への評価は高かった。
だが、ひとつだけ少し気に入らないと思える事があった。
それはルルーシュはに”あにうえ”と呼ばれている事だ。
はそれを知らずに、コーネリアはそれに気づいていた。
そして恐らくルルーシュもそれを知っていた為、あの時の2人だけが分かりあったような会話が成り立ったのだ。
*
ブリタニアに戻ったは、シュナイゼル付きとして各地を回る仕事が多かった。
昔のようにいち軍人として働くとしても抵抗感など全くないだろうにとって、シュナイゼル付きになるという事は、少し意外だった。
白いロールパンとの久しぶりの対面は、が一方的に敵意バリバリで何事もなく終わった。
エリア5は、まだナイトメアが戦場に投下される前に落されたエリアだ。
シュナイゼルにくっついてきて、それまでは大人しくしていただったが、流石に時間がかかり過ぎるのでキレた。
「1ヵ月ですよ、兄上!休み下さい!休暇欲しいです!!」
「何度も言っているけれど、このエリアの状況が良くならない限りは難しいね」
「だったら、僕に指揮をとらせて下さい!見てるだけなんてストレス溜まっちゃいます!」
「失敗は許されないよ?」
「失敗なんてしません!大体、よく見れば相手の動きなんて丸見えなのに、なんでこの軍の指揮官はそれが分からないのかなぁ」
ぶつぶつ呟く。
今までのテロの動きを見てみれば、流れがあることが分かる。
それだけでも現状打破の切欠にはなるだろうし、が指揮をとるとなると”目”を十分に使う事が出来る。
現状を相手に知られずに把握できる能力は、戦場ではかなりの強みだ。
盗聴器で把握しているわけではないので、相手は絶対にこちらが視ていることには気付かない。
「のお手並みを拝見しようかな」
「これ終わったら休暇下さいね!」
「いいよ。暫く休暇をあげよう」
「絶対ですからね!」
びしりっとシュナイゼルを指さす。
そう簡単にテロが収まるものではないのだが、シュナイゼルはが出来ないとは思っていない。
もう少し懐いてくれると嬉しい、と口にしないのは自分の立場があるからだ。
個人の強さで言うのならば、に勝てる人の方が少ないだろう程には強い。
弱味にはなれないほどに強いだろう実弟であるの存在は、シュナイゼルにとって唯一の”弱点”とも言えるかもしれない。
*
さっぱりさっくり、エリア5では結構残酷な事をしたきたのだが、どうにかこうにかテロを収め、関わっていらしい他国の証拠をそこそこ…だが、あれが完全な証拠になるのは難しいだろう…掴んで、は休暇をもぎ取る事ができた。
ブリタニア軍内で、を尊敬する人が増えてきたのは本人はさっぱり知らないこと。
「義兄上、ただいまー!」
「随分と遅かったな。それで、何か成果はあるのか?」
「あ………」
黒の騎士団の本拠地で、ゼロの私室に笑顔で入っただったが、言われた言葉に自分は何の役目を与えられていたのかを思い出した。
ゼロは大きなため息をつく。
「期待しないで正解だったな」
「う…、ごめんなさい、ごめんなさい、義兄上」
「まあ、いい。大きな動きがあるという情報がこちらに来ないという事は、近く、何かがあるということはないだろう」
現状は驚くほどに落ち着いてる。
特区の警備の一部を黒の騎士団が引受け、大きな諍いもなく、ブリタニアとイレブン…日本人との関係は良いとはいえなくとも、最悪というわけでもない。
この状況がいつまで続くか分からないが、いつか崩れてしまうだろう。
「あ、でも一つだけ」
「何だ?」
ブリタニアに戻った時に皇帝に面会した。
ものすごく、それはそれはものすごく嫌そうな表情を隠さずに面会したわけだが、皇帝は幼い頃あった時と全く変わっていなかった。
「ロールパンが何かしでかすかも、というか何かしでかしそうな人がいるのを知っているのかも」
「ブリタニア皇帝か…」
「なんていうか、あのロールパンって昔っから戦乱引き起こすの好きそうな感じだったし。雰囲気全然変わってなかったから、今のエリア11の状況は好ましいとは思っていないと思うんだよね」
穏やかな状況のエリア11。
このエリアには今現在を含めて5人の皇族がいる。
内2人はブリタニアでは死亡扱いされているが、皇帝は2人が生きている事を知っているはずである。
「戦力強化は水面下で進めてはいるが、人材強化は必要だな」
「他のエリアで使えそうな人をスカウトするってのは?黒の騎士団って、一応人類皆平等精神でしょ?」
ゼロは考えこむ仕草をする。
「」
「うん?」
「お前、確かシュナイゼルと各エリアを回っているはずだな」
「何で知ってるの?」
「噂くらいは耳に入る。そこで、各エリアで使えそうなヤツがいたら拾ってこい」
「けど、シュナイゼル兄上をごまかすの難しいよ?」
「なんとかしろ」
うーん、と腕を組んで考え込む。
シュナイゼルとて移動する際に連れている人員全てを把握している…わけではないと思いたい。
どこにでも隙くらいはできるだろうし、まったく不可能ではないだろう。
「うん、頑張るね!それより、義兄上!僕、ナナリーに会いたい!」
「ああ、いいぞ。行ってこい」
「本当に?!」
あっさり出た許可に、はものすごく嬉しくなる。
今は危険もあまりないのでルルーシュの許可もあっさり出たのだろう。
久しぶりにナナリーに会える事に、は浮かれる。
「じゃあ、行ってくるね!」
ぱたぱたっと手を大きく振りながら、はゼロの私室を出る。
すれ違う団員達が、をいぶかしむように見る事もあるがそんな視線は全く気にならなかった。
黒の騎士団内でのは、長期単独任務を任されている事になっている。
の個人の強さを目の当たりにしている者は、それに十分納得し、知らない者はおかしいと思いながらも口には出さない。
黒の騎士団の上層部がの存在を認めている以上、の黒の騎士団での立場がなくなる事はないだろう。
*
アッシュフォード学園のクラブハウスは変わらずにそこにある。
温かな雰囲気と柔らかな日差しと気持ちのよい自然。
ナナリーにはとても過ごしやすい雰囲気だ。
例えここが箱庭であっても。
「ナナリー!」
クラブハウスの庭に出ているナナリーを見つけて声をかける。
の声に一瞬驚いたナナリーだったが、声で誰だが分かったらしく、すぐに笑顔になる。
「お久しぶりです、」
「うん!久しぶり!」
「しばらく会えなかったですが、忙しかったのですか?」
「生活がちょっと変わったりしてたからね」
「まあ、お引越しでもしたのですか?」
「そんなところ」
にこにこしながら、はナナリーと並ぶように立つ。
このほんわかした雰囲気がは大好きだ。
とても温かく、心が穏やかになる。
「この間はユフィお姉様が来て下さって、たくさんお話をしてくれたんです。もう1度会えるなんて思っていなかったのですごく嬉しかったです」
「ユフィが?」
「今度はコーネリアお姉様とも一緒にお茶しましょうって言ってくださったんです」
「え…、3人でってこと?」
「いえ、お兄様とスザクさん、もしも良ければ一緒に」
ものすごいメンバーでのお茶会になるのではないだろうか。
ユフィとナナリーはそのメンバーでのお茶会は嬉しいだろうが、コーネリアに宣戦布告したような立場のルルーシュとはちょっと複雑だ。
(まぁ、僕は参加できるか分からないから…。うん、頑張れ、ルルーシュ義兄上とコーネリア姉上!ついでにスザク!)
皇族の中でスザク一人だけ日本人という奇妙なメンバーでのお茶会。
果たしてそれが成り立つだろうか。
どうなるか分からないが、ナナリーが幸せそうに笑っているのでとしてはそれだけ十分だ。
この笑みがずっと曇らないでいて欲しい。
ちっぽけな願いかもしれないが、難しい願いでもある。
(笑顔で過ごせるといいよね、ナナリー)
それは、生まれる前にギアスを授かった少年の大切な願い。
は、王の力を持ちながら決して頂点に立とうとせずに、自分の心を救ってくれた人たちの幸せを願うのだった。