黄金の監視者 55
医療施設の中にも客人を出迎えるための部屋と言うのはある。
は今その場に座っていた。
正面にはコーネリアの姿。
部屋の隅には、コーネリアの騎士と思われる軍人が数名。
「考えなしに名乗るとは…もう少し頭を使え」
それはそれは大きなため息をつくコーネリア。
それには「はあ…」と返すだけである。
医療施設の連絡の出来る場所に行こうとしていただったが、途中ですれ違ったこの施設の人に呼び止められてこの部屋に通された。
どう連絡がいったのか分からないが、そこには憮然とした表情のコーネリアがいたのだ。
ルルーシュを運び込んだのが昨日なので、コーネリアがここにいることは時間的に考えておかしい事ではない。
「私の前でならばともかく、クルセルスの前で堂々と名乗ったとなると、ブリタニアに戻らざるを得ないぞ」
「…分かってます」
「戻る気はなかったんじゃないのか?」
「勿論、全然なかったです。けど、仕方ないじゃないですか…」
あの場でが名乗らなければ、ルルーシュの治療はできなかった。
あの場から移動するにしても、それまでルルーシュがもったかどうか分からない。
がブリタニアに戻ることで、ナナリーとルルーシュが被害をこうむるわけではない。
「緘口令はしいた」
はっとしてはコーネリアを見る。
「2人共、生きていた…ようだな」
撃たれたのがゼロであり、そのゼロが”誰”であるかも報告がいっているのだろう。
コーネリアはどこか複雑そうな表情になる。
ユフィはルルーシュとナナリーが生きていた事を純粋に喜んだ。
だが、コーネリアは複雑だろう。
生きていたルルーシュはゼロであり、国家反逆者なのだ。
「だが、ゼロとなれば別だ」
すぅっと目を細めるコーネリア。
皇女でありながらも、ブリタニアでは認められる程の実績を挙げてきた生粋の軍人。
ゼロを見逃すわけにはいかないだろう。
「しかし、だ。意識のない国家反逆者をどうこうするつもりはない。医師に聞けば、明日には意識を取り戻すだろうという事だ。ゼロを牢獄にたたき込むのはそれからだろうな」
は驚きで目を開く。
コーネリアらしくもない甘い処遇に驚いたのだ。
意識が戻り次第問答無用で牢獄行きかと思っていた。
(それって、猶予をくれるってこと?)
ブリタニアの医療技術ならばひどい怪我だったとはいえ、今日にも意識を取り戻かもしれない。
それでも明日まで待つとコーネリアは言っている。
「、お前は一度ブリタニアへ戻れ。父上からそう命が出ている」
盛大に顔をしかめる。
「何でもうあの人に伝わっているんですか…」
「そう、嫌そうな顔をするな」
「だって、あれと顔合わせるのがすごく嫌ですから」
ブリタニアに戻る事になるだろう事は分かっていた。
けれども、父と顔は出来るかぎり会わせたくない。
顔を見るのも嫌なほどに、は父の事が嫌いなのだ。
「ちなみにそれって、今すぐにってことですか?」
「いや、明日エリア11から発てば十分だろう」
「明日…ですか」
ここから行政区までは数時間。
ブリタニア本国に戻るとすれば、トウキョウ租界の行政区から戻ることになるだろう。
まだ時間はある。
「分かりました」
は頷く。
時間の猶予を与えた事が、コーネリアにとって最大の譲歩なのだろう。
コーネリアとルルーシュは昔から特に多く交流があったわけではない。
だが、ユフィとルルーシュ、ナナリーは良く一緒に遊んでいたので、コーネリアはルルーシュに良い印象を持っていたはずだ。
だからこその譲歩なのだろう。
*
日が暮れ始め、周囲が薄暗くなってきた頃、はルルーシュの寝ている部屋に戻ってきた。
どうやら寝ているらしいユフィとその隣で目をつむっているスザク。
目を開いていたのはカレンだけだった。
が戻ってきて口を開こうとしたカレンに、しっと人差し指をたてて静かにするように示す。
はルルーシュが寝ているベッドに近づく。
「…義兄上」
「なんだ?」
小さく名を呼べば、答えが返ってきたことにホッとする。
気配で起きているだろうという事は分かっていたが、声を出せるほど回復していなかったらどうしようかと思っていたのだ。
ルルーシュが意識を取り戻していた事に、カレンが驚いているのが分かった。
「義兄上の今の状態で動くのは良くないんだけど…」
「分かっている。ここで大人しくて寝ている場合ではないのだろう?」
ゆっくりと頷くを見て、ルルーシュはつらそうにだが上半身をゆっくり起こす。
ふらついているルルーシュを支え、はカレンを見る。
カレンもここにいるわけにはいかない状況が分かったのか、こくりっと頷く。
は傷に響かないように、ルルーシュをゆっくりと抱きあげる。
(義兄上って、成人男子の割には軽い方だよね…)
ルルーシュとでは、の方が少々身長が低いくらいだが、力は圧倒的にの方が上だろう。
抱き上げてみて、ルルーシュをあまり重いとは感じないのは、の感覚が普通と違うのか、ルルーシュが軽いだけなのかは分からない。
「カレンさん、通信機の類はとられてない?」
「大丈夫、あるわ」
「じゃあ、施設を抜けたらすぐに連絡をして」
「ええ」
静かに足音を立てずに部屋をでていく達。
スザクとユフィは、その間ぴくりっとも動かなかった。
部屋を出てすぐに外に向かって走りだす。
少し揺れるが、ルルーシュには我慢してもらわなければならないだろう。
(あ、しまった。仮面とかないけどいいのかな?)
ルルーシュは静かに目を閉じたままじっと、自分の身体を回復させようとしているようだ。
(ま、なるようにしかならないか)
今はここを抜けだす事が先決である。
顔を隠すのは後で考えればいいし、ルルーシュならばどうにかする方法をもう思いついているかもしれない。
「それにしても、スザクが起きてなくてよかったわね」
「起きてなくてというか、わざと起きてこなかったと思うよ」
「どういうこと?」
「スザクは一応訓練されたブリタニア兵だから、僕が入ってきたことには気づいていたよ。起きてこなかったのは…色々理由はあるだろうけど、分かっていて動かなかったんだと思う」
スザクが起きていて何も言う事も、何かする事もなかった理由。
ひとつとして、ユフィを1人にしてはおけないという事、もうひとつの理由として逃げだす人達がスザクの友人達であるという事。
「とにかく急ご…」
前方に感じた気配に、はっとなり、は足を止める。
カレンも前方にある気配を感じたのか、ゆっくりと足を止めて警戒するように前を見る。
施設の外に出るまであと少しの距離の所で、誰かがいる。
かつん、かつんっと足音をたてて気配の主はゆっくりと近づいてくる。
距離が近ければ、気配の主が誰なのかその姿も見える。
「コーネリア…!」
カレンが忌々しそうに呟く。
「、降ろせ」
「義兄上…」
閉じていた瞳を開き、ルルーシュが命じる。
ルルーシュの傷を気にしながらも、はゆっくりとルルーシュの足を地に降ろす。
傷は一応ふさがってはいるものの、動けるような状態ではないのはルルーシュ自身も分かっているはずだ。
だが、ルルーシュは傷などないかのような表情で立つ。
「それが、お前の選んだ道か?ルルーシュ」
「ええ、そうです」
「引き返す気は」
「その問いかけが無意味な事は、分かっておられるでしょう?」
「…そうだな」
ゼロの存在はすでに確立されてしまっている。
今更なかったことになどできない事は、コーネリアも良く分かっているだろう。
ゼロはそれだけの事をしてしまったのだから。
「ブリタニアを潰す事など本気でできるとでも思っているのか?」
「必要なのはできるか、できないかではありませんよ。”成せる”と思えるか思えないか、です」
コーネリアは1つ息をつく。
ルルーシュに対して説得が無意味な事は分かっただろう。
「私は”敵”に手加減はせん」
「ええ、勿論です。手加減など必要ありませんよ、コーネリア姉上」
”姉上”と呼ばれて苦笑するコーネリア。
ルルーシュがまだ幼い頃、そう呼ばれていた時もあっただろう。
もう、その幼い頃に戻る事は出来ない。
状況と立場は大きく変わってしまっている。
「ブリタニアを潰したいというのならば、全力で来い。ルルーシュ」
「そうさせて頂きます」
双方挑むような視線を互いに向ける。
ひゅっとコーネリアが何かをルルーシュに投げてよこす。
それをぱしっと受け止めたルルーシュの手の中にあるのは、1つの鍵。
「この先に廃車予定だった移動用車が1つある。使うか使わないかは好きにしろ」
「気味が悪いくらい好待遇ですね」
「ユフィを助けてもらった借りを返したいだけだ。そんなにこの待遇が不満ならば、1つ私の頼みでも聞いてもらおうか?」
コーネリアの周囲に他の人間の気配はない。
これはコーネリアの独断ということだろうか。
「」
「へ?…あ、はい?」
「次からはシュナイゼル兄上の前では、私の事は”姉上”と呼べ」
「はい?」
思わず聞き返すような返答になってしまう。
「ああ、成程。それは楽しそうな考えですね」
「シュナイゼル兄上の困った顔と言うのを見てみたいものだからな」
何か分かったような表情で笑うのはルルーシュとコーエリアの2人。
状況が分かっていないカレンは首を傾げ、何故そうなるのかよく分からないも首を傾げる。
「まぁ、ここを見逃してくれるのならば、僕はそのくらいいいですけど…」
が”兄上”と呼ぶのはシュナイゼルのみで、ルルーシュはナナリーの兄だから”義兄上”、他の義兄弟たちを姉、兄と呼ぶ事はない。
義兄弟たちをそう呼ばない事に意味があるわけでもないので、構わないのだが、何が楽しいのかにはあまり良く分からない。
「コーネリア姉上、次に会う時には…」
「貴様を全力で叩き潰す」
「私も全力でお相手しましょう」
「…さっさと行け」
ルルーシュはふっと笑みを浮かべてゆっくりと歩きだす。
その後をとカレンが無言でついていく。
ここで自分の足で歩いて行こうとするルルーシュの根性はすごいものだとは思う。
だからこそ、ルルーシュはゼロという人物であり続ける事ができるのだろう。
その後、コーネリアが罠を張っていることもなく、ルルーシュはキョウトへ一時滞在し、黒の騎士団へ戻った。
ゼロがルルーシュであること、それは多くにバレる事もなく、口の堅い一部の黒の騎士団の幹部たちが知ることとなった。
そして、はブリタニアに戻る。