黄金の監視者 42
行政特区日本の中止部である行政区は、トウキョウ租界にある行政区ほどではないにしろ、過ごしやすい設備が整えられている。
とユーフェミアはその行政区の中でのんびりとお茶をしていた。
行政区の建物の中に小さな中庭がある。
そこに小さなテーブルと椅子を置いて、飲むのは紅茶である。
暖かな日差しとさわやかな風がとても気持ちがいい。
この周辺はとても過ごしやすい気候のようである。
「え?!皇位継承権放棄したの?!」
「これだけの事をするんだもの、それ相応の対価は必要でしょ?」
「そうだけど…、ブリタニアを変えたいんじゃなかったの?」
どこかすっきりした表情のユーフェミア。
「皇位継承権がなくてもブリタニアを変える事は出来る。だって、私は1人じゃないもの」
「スザクがいるから?」
「スザクだけじゃないわ。ルルーシュも、ナナリーも、だっていてくれるもの」
皇位継承権を持つ皇族でなく、ただのユーフェミアとして動こうとしているのだ。
けれど、それはそんなに簡単な事ではない。
特区として設立したここを、まず維持していくことを考えなければならない。
「でも、ユフィ。何かを変えるためには綺麗ごとじゃすまないよ?」
あの襲撃があったからその身を持って実感したはずだ。
ブリタニアにとって全面的に行政特区が受け入れられているわけではないことを。
シュナイゼルが許可を出し、コーネリアが黙認しているとしても、これをもっと広く適用するには綺麗ごとだけではやっていけない。
「分かっている」
「血をたくさん見ることになるよ?」
ユーフェミアの顔色が青白く変わる。
あの時の光景を思い出したのだろう。
だが、こくりっと頷く。
「最初から受け入れてもらえるだなんて思ってないの。けれど、私は、皆幸せがいい」
「スザクもゼロも?」
「それだけじゃない、もお姉様も、それからシュナイゼルお兄様も」
「欲張りすぎだよ、ユフィ」
「駄目かしら…?」
「さあ、どうだろう?」
にはなんとも言えない。
できるよ、と出来るかどうか分からない事を肯定することもしない。
それが、に出来るユーフェミアへの優しさ。
「ところで、ユフィ」
「?」
「スザクをゼロのところにやったのって、仲良くして欲しいとか思ってとか?」
スザクはゼロを否定している。
だが、ゼロはそれを知っていながらもスザクを友人だと思っている。
一方通行のルルーシュの思い。
「スザクって人を犠牲にして結果を出すのが嫌いになってるみたいだから、ゼロの考え方は受け入れられないと思うけど?」
「でも、話す機会があれば何か変わると思ったの」
「どうかな…、どっちも頑固っぽいし」
は黒の騎士団の本部がある方を”視る”。
黒の騎士団につれてかれたスザクと、その状況がちょっと気になって好奇心でよく視ている。
今のところ、変化は視られないようだが…。
(スザク、結構勘が鋭いから”あれ?”とは思っているみたいなんだよね)
の目に映る黒の騎士団内部の光景は、いつもよりも少しだけピリピリしているように感じる。
それはスザクがいるからか。
変わらない態度なのは藤堂と四聖剣くらいか。
いや、あと自分のペースを保っていられる大人達の態度は変わらない。
果たしてこの状況が吉と出るのか、それは分からない。
「でも、分かり合ってくれればナナリーが喜ぶから、僕としてはそれを望むけど」
「は、ナナリーがとても大切なのね」
「勿論」
誰に隠すことなく、自信を持ってはそう頷く。
「ナナリーを守りたいって思ったから強くなろうと思ったんだし」
「だから軍に入ったりしたの?」
「あれ?何で知ってるの?」
「お姉様が昔、事を話していたのを思い出したの」
ぐっとは微妙な表情を浮かべる。
の師匠は元軍人でかなりの手柄を上げた人であり、軍の訓練には教える立場として参加していた。
もそれに教わるほうとして参加することも多く、その時にコーネリアとはよく顔を合わせていたのだ。
あの時のコーネリアは武人として今と比べるとまだ未熟な頃だった。
「コーネリア殿下ね…。まぁ、たまに手合わせとかしてたけど」
「お姉様と?」
「うん。最初の頃なんて、もうズタボロにされていたんだけどさ」
「お姉様がを?」
「あの人手加減なんてしないよ?まぁ、お陰で自分の弱さが分かるからすごく有難かったんだけどね」
子供だからと手加減されるのはすごく嫌だった。
ナナリーを守るためには大人相手に対等に戦えなければならないことは分かっていたから。
だから、手加減なしで手合わせをしてくれたコーネリアの存在は有難かった。
「でも、7歳の時に初めて勝ててからは僕の負けなし!」
「がお姉様に勝ったの?」
は頷く。
は身体を鍛えることのみに集中していた。
対するコーネリアは、いずれ指揮官となる為か戦略についても学ばなければならなかった。
がまだ子供で成長が早いというのもあったのだろう。
体術はあっという間に、が抜いていってしまったのだ。
「はすごいのね」
「それだけの努力はしたつもりだから。ユフィだって今から頑張ればいいんだよ」
「私に出来るかしら?」
「それだけの想いがあればね」
何をするにも想いというのはとても重要だ。
想いが強ければ強いほど、諦めるという言葉を思いつかなくなるから。
「あれ?」
「どうしたの?」
「誰か来るみたい」
ここは日本の中にあるユーフェミア専用の場所のようなものであり、日本人は恐れ多くて近づかないし、ブリタニア人はユーフェミアの存在を快く思わないから近づかない。
だから緊急の用でもない限り、誰かが来るということはないのだ。
はこちらに向かってくる気配を感じて、不思議に思った。
急いでいる様子もなく、こちらに向かってくる気配が2つ。
「お姉様だと思うわ」
「コーネリア殿下?」
「警備について助言してくれるって約束してくれたの」
「警備?」
「この間あんなことがあったから、心配してくれているみたいなの」
なるほど、とは納得する。
それならばもう1人は、コーネリアの騎士か誰かだろうか。
「じゃあ、僕はちょっと出かけてくるよ」
「どうして?」
「え、どうしてって、やっぱりなんというか…、あ…れ?」
近づいてくる気配に覚えのある感じがした。
身近な相手の気配ならば誰の気配なのか分かるのだが、が身近であると考えている人はそう多くない。
そしてその身近な人はこんな所に来れるような人ではない人ばかりだ。
「?」
は気配でこちらに近づいてくるのが誰なのか分かってしまった。
ここで逃げても仕方ないだろうと思い、その場で頭を抱えるだけに留める。
ここに繋がる廊下を歩く姿が庭からも見える。
「お姉様…と、シュナイゼルお兄様?!」
(だからなんでよりによって、この2人が来るわけ?)
巨大なため息をつく。
「行政特区日本の設立おめでとう、ユフィ」
「いえ、シュナイゼルお兄様が協力してくださったお陰です」
「大丈夫だったか?ユフィ」
「はい、あの後特に問題はありません、お姉様」
小さなテーブルには4つ椅子があったので、空いている所に座るコーネリアとシュナイゼル。
ユーフェミアの隣にコーネリアが、の隣にシュナイゼル。
最初からユーフェミアとは隣り合って座っていたので、席は自然とと言うべきか、そうなってしまう。
「しかし、何も兄上が行政特区にまで来ることなかったでしょうに」
コーネリアが苦笑しながらシュナイゼルを見る。
全くだとな内心強く頷く。
「ユフィから手紙をもらってね、一時的にだけれどがこちらにいると聞いたから来ないわけにはいかないだろう?」
コーネリアが驚いた表情をしたが、は顔を盛大に引きつらせてユーフェミアを見る。
だが、にこりっと笑みを返されてしまう。
「宰相閣下ともあろうお方が、随分とお暇なんですね」
「酷いな、。私はせっかく時間を作って会いに来たのに」
「そんな時間作らなくて結構です」
こんな会話をしてしまえば、コーネリアに確信させてしまうことは分かっているが、言わずにはいられなかった。
以前もそうだが、どうしてそうひょいひょい出歩くことが出来るのだろうか。
アッシュフォード学園に来ることを思えば、確かにここの方が安全だ。
しかし、シュナイゼルはブリタニアの宰相なのだ。
「兄上、彼は…」
「分かっているんだろう?コーネリア」
「ですが、彼は黒の騎士団の…」
うむ、とシュナイゼルは少し考えるそぶりを見せて、すっとの髪に手を入れて、本人の許可なく黒髪のウィッグを取る。
ぱらりっとこぼれるのはシュナイゼルと同じ髪の色。
「うわ?!何するんですか?!」
「そんなものをしていたら、コーネリアが混乱するだろう?」
「だからってですね!大体黙っていてくれるって言ったのは嘘だったんですか?!」
「私は何も言っていないだろう?」
「そういうのは屁理屈って言わないんですか?!」
「大丈夫だよ、コーネリアも迂闊に口にする事はない。そうだろう?コーネリア」
にこりっと穏やかな笑みを浮かべているが、シュナイゼルのその言い方は有無を言わせない響きを帯びている。
だが、ブリタニア皇族であるが黒の騎士団に所属していると知られると、ブリタニア帝国への不信が広がりかねない。
迂闊に口に出来ない事であるのは確かだ。
「兄上がそうおっしゃるのなら」
反射的にコーネリアはそう答えていた。
シュナイゼルは自分の影響力というものを理解して言っているに違いない。
分かっていて言葉にしているのがタチが悪すぎる。
「大体、僕が黒の騎士団にいるのにどうして平然としているんですか?」
「そうだね…、が父上を良く思っていないことは知っていたからかな?不思議とすんなり受け入れられたんだよ」
「…そうですか」
もはや突っ込む気すら失せてきたである。
何かを言うだけ、無駄なような気がしてきた。
(義兄上、僕の存在色々バレちゃってるけど、これって想定内でいいの?)
ゼロが命じたからはここに残っている。
コーネリアが来ることも、もしかしたらシュナイゼルが来ることすらもゼロには分かっていたのではないのだろうか。
となれば迂闊なことを口にしてしまいかねない、とユーフェミアの組み合わせがコーネリアとシュナイゼル相手に隠し事など出来るはずもなく、バレることは分かっていたのかもしれない。
ということは、これは何か考えがあっての事だろうか。
そう思いたいであった。