黄金の監視者 39



はアッシュフォードのクラブハウスに来ていた。
ルルーシュに聞きたい事があると言われたのだ。
ナナリーにも会えることだし、全然構わないと了承した。
笑顔でにっこりナナリーに挨拶をしてから、ルルーシュの部屋を訪ねる。

「義兄上」

こんこんっとノックをしてから、中からの返事を待って扉を開く。
部屋の中ではルルーシュがゼロとしての表情で、パソコンを眺めている。
その隣に当然のようにC.C.が座っている。

「悪いな」
「ううん、全然構わないよ。でも…」

は思わず部屋の中を見回す。
何度か来た事があるルルーシュの部屋だが、随分と物が少なくなった気がする。

「どうした?」
「うん、ただ、部屋の中が随分と殺風景になったなって思って」
「ここに帰ることも殆ど無くなるだろうからな。物の整理をしておいてはあるだけだ」
「殆どって、義兄上それならナナリーは?」

ルルーシュがこのクラブハウスに帰らなくなるということは、ナナリーが1人になってしまうのではないだろうか。
幼い頃からナナリーにとってルルーシュはとても大切な存在。
がどんなに頑張っても、ナナリーにとってのルルーシュとは同じ存在になることは出来ないというのはずっと前から分かっている事だ。
それだけナナリーにとってルルーシュの存在は大きい。

「咲世子さんが見ていてくれているよ。アッシュフォードにも頼んではあるが、何かあれば連絡が来る手はずにはなっている」

その何かというのは、アッシュフォードでナナリーを匿いきれなくなった時ということだろう。
ナナリーが笑顔でいられる世界を作るために、今はナナリーと離れることを選ぶのだろうか。
一緒にいると危険であることはにも分かる。
けれど、ナナリーに寂しい思いをさせるのは嫌だと思う気持ちもある。

「そういう顔をするな、。出来る限りナナリーには会いに来るつもりだし、お前もナナリーに会いに来てくれるんだろう?」
「いいの?!」

ルルーシュの言葉は、の時間があれば会いたい時に会いに来ても構わないという了承にも聞こえた。

「時間が出来ればな」
「う…、義兄上それってこき使うから時間を取れるものなら取ってみろって意味にも聞こえるんだけど」
「そうとも言うかもしれないな」
「それじゃ今までとあまり変わらないよ、義兄上!」

黒の騎士団の活動はこれからだ。
これから忙しくなるのだから、ルルーシュ同様も忙しくなるだろう。
何しろはゼロ直属部隊、ゼロ番隊所属なのだから。

「当たり前だろう。大切な妹にそうひょいひょいと男を近づけて……っ?!」
「義兄上?!」

ルルーシュが左目を抑えてしゃがみこむ。
左目はギアスが宿る目だ。
ギアスとなると、恐らくC.C.の方が事情が詳しいだろうと思ってはC.C.を見るが、C.C.も同じように痛みを感じたのか頭を抱えている。

「C.C.さん?!義兄上?!」

ルルーシュが抑えたのは左目、それはギアスが何か関係しているということなのか。
ギアスについては、恐らくはルルーシュよりも、C.C.よりも知らないことが多い。
ギアスが原因だとしても、何もできない状況にはおろおろするしかない。
人を呼ぶわけにもいかない、ナナリーに知られるだけだ。
医師を呼んだとしても、果たしてこの症状を理解できるかどうかすらも分からない。

(僕のギアスは使いすぎて疲れることはあるけど、目が痛みを訴えたことなんてなかったのに…)

ルルーシュとC.C.を見比べては2人の痛みが治まるのを待つ。

「もう大丈夫だ」

ルルーシュが抑えていた手を離し、顔を上げる。
その顔を見て、は驚きで思わず目を開く。

「あに、うえ?」

ルルーシュの左目にギアスが宿っていることは知っていた。
でも、がその左目のギアス発動時の時を見たことはない。
いや、ルルーシュが言うにはにギアスをかけたことがあるので、見たことはあるのだろうがそれを覚えていないのだ。
だから、初めて見た。
ルルーシュのギアス発動時の目を。

?」
「義兄上、その目…」
「目がどうか…」

はっとなるルルーシュ。

「C.C.さん、これってまさか…」

軽く頭をふってC.C.は顔を上げる。
痛みがまだ残っているのだろうか。

「ギアスは使うたびにその力を増していくのはお前にも分かるだろう?」

は頷く。
遠くを”視る”機会はそう多くはなかったがはそれを使うことをやめなかった。
いや、オフに出来ない以上使うしかない為、身体の一部であるかのように自然に使ってしまっていたと言うべきか。
その力は年々増していくことを自覚はしていた。

「暴走だ」
「義兄上のギアスも…だね」
「ああ」

のギアスはオフにできなくても困ることはない。
すでに距離のコントロールができるからだ。
だが、ルルーシュのギアスは違う。
絶対遵守の力、それが自分の意思と関係なく発動するのだ。

「力が増すってことは、今までの制限がなくなるって事にもなる?」
「それは私にも分からない事だ」
「C.C.さんが与えた力なのに?」

力を与えた者だからといって、その力について全てを知っているというわけではないのかもしれない。
となると、に力を与えた人もにどんな力を与えたのかを知っているか分からないということになる。

「義兄上…」
「想定範囲内の事だ」

近いうちにそうなると思っていたのか、ルルーシュは思った以上に落ち着いている。
は自分の力を自覚した時は、随分と幼かったからかもしれないが、こんなに落ち着いてはいなかった。
話しても説明しても、幼い子供に表現できることなどたかがしれている。
周囲はの状況を理解しようともせずに、だからは人との壁を作ったのだが、ルルーシュは状況が違う。

「ただ、ここにはいられなくなったな」

ルルーシュは左目を隠すように手をそえる。
絶対遵守のギアスの力をオフに出来ない以上、普通の学生生活など送れるはずもない。

「でも、ナナリーは?」
「咲世子さんとミレイに任せるつもりだった。それが早まっただけだ」
「義兄上…」

ずっとずっとルルーシュがナナリーを大切にしてきたことをは誰よりも知っている。
そのルルーシュがナナリーの側を離れる。
だが、世界を変えるほどの事をするつもりならば、確かにそうしなければならない時がくる。
大切な者の側にいながら、世界を変えるなど都合のいいことなど出来ないのだ。

「僕は義兄上についていくからね」
「当たり前だろう?お前は誰の部下だ?」

浮かべるルルーシュの笑みは支配者の者。
にはない上に立つものとして必要な”何か”をルルーシュは持っている。

「僕はあなたの部下、黒の騎士団ゼロ番隊副隊長だよ」

従うことに迷いなど全くない。
たとえ駒としてでも、役に立てればはそれで嬉しい。
軍人だった時は、常に駒として動いていただけだった。
同じ駒でも、自分のしたことが自分の大切な人達にとって為になることならばこれ以上の事はない。

「しかし、何故お前はそうまでしてルルーシュに従うことが出来る?」
「C.C.さん?」

心底不思議そうに問うC.C.。
C.C.はとルルーシュの関係を表面上のものしか知らないから疑問に思うのだろう。

「大切だからだよ」
「ルルーシュとナナリー以外はどうでもいいとでも言うのか?」
「どうでもいいって訳じゃないけど、僕は2人が最優先だから、2人が笑顔でいられる為なら他の人は別にどうなってもいいかな?」

冷酷だと残忍だと思われても、2人が無事で幸せであることが一番重要なのだ。
価値観の近いだろう。
C.C.には理解できないかもしれないが、はそれでいいと思っている。

「お前の王の力、ルルーシュの為に使うというのか」
「義兄上がそう望むなら、僕は駒として扱ってもらっても構わない」
「駒というのは人としてみなされていないということだぞ?」
「だって、僕の一番はナナリーで、二番はルルーシュ義兄上だから」

どんな意図があってC.C.がにこんな質問をしているのか分からない。
でも、が答えるのはいつも同じものだ。

「多分、C.C.さん貴方にも、義兄上にも、ナナリーにだって、僕がどうしてこんなに2人に尽くすのかは全部分かってもらえないと思う」

生まれてすぐに視た光景が、物心つくまで視た光景が、世界のあらゆる情勢だったことを想像つくだろうか。
人格が形成される前、暖かな愛情を知る前に、は人の醜さと汚さを嫌というほど視てきた。
だから、優しさをくれた、自分に心をくれた2人がとてつもなく大切だと思うのだ。

「でも、僕は決して裏切らない。僕自身に誓って」

信じる神などいない。
だから誓うのは自分自身にだ。
C.C.がふっと笑みを浮かべた。

「随分と頼もしい騎士じゃないか、ルルーシュ」

からかうかのようにルルーシュを見るC.C.。

「ああ、十分に動いてもらうさ」

優しい世界を作る為に。
とルルーシュの目的は共通している。
そしてそれを自覚しているからこそ、ルルーシュはに信用を置いている。
いや、ブリタニア皇族であった場所すら放り出して日本にまで来てくれたからこそ、を信用しているのかもしれない。

「まずは、行政特区への対応だ。当日はついて来い、
「うん、分かった」
「活かす形にはするが、全面的には賛同はできない」

一部区間のみの平等だという特区。
設立はいいが、もっと少しずつでいいから人々の意識を変えてからそれをすべきだった。
ユーフェミアが動いたのは少し早かった。

「何かあった時は、動け」
「了解」

何事もなく無事に終わればいいが、何かがあるかもしれない可能性は残っている。
だからはついてき、ゼロは周囲に人を待機させるだろう。
何かあった時の為に。