黄金の監視者 37




行政区までもう少しという所で、は物騒な気配を感じた。
ぴたりっと足を止める。

「兄上」
「何だい?」
「とりあえず、そこからなるべく動かないでください」

は歩いてきた方向からシュナイゼルを守るように立つ。
刀でもあれば、遠距離攻撃にも多少は対応できるものの、生身ではそれが難しい。
はぁと大きくため息をつき、はすぅっと目を細める。

「全く、ブリタニア軍は何をしているんだか…」
「そう言わないでやってくれないか。彼らだって人である以上、完璧というのは有り得ないんだよ」
「そうでしょうけどね」

は視界を切り替える。
そして、捕らえた気配の主を”視る”。
数は3人、黒の騎士団のメンバーであるかどうかは分からないが、ここではそうであろうがなかろうがは倒すのみだ。

「と言う訳で、ちょっと行ってきます」
「気をつけて行っておいで」

まるで散歩へと送り出すかのような気軽な口調だ。
半ばヤケクソ気味で、は物騒な雰囲気の人たちの元に駆け出す。
こちらを伺っていた彼らは、が近づいたことにぎょっとしたのが分かった。
冷たい雰囲気をまとい、は彼らを見る。
その雰囲気に気圧されたのか、彼らはびくりっとなる。

「さっきからこっち見てたみたいだけど、何か用?しかも随分と物騒なもの持ってるみたいだし」

彼らの手には銃がある。
こんな物騒なものを持った人が果たしてこの租界に何人いるだろうか。
軍人にも見えないし、どう見ても名誉ブリタニア人、元日本人に見える彼らの顔立ち。

「が、ガキが…!お、オレたちは黒の…ぐはっ!」

1人の台詞の途中で思いっきり鳩尾に蹴りを入れてやる
警戒した他の人がへと銃口を向けるが、銃口を向けた時にははすでにその場にいない。
どこへ行ったのかと周囲を見渡せば、は飛んで1人の男の背後へ着地、手刀を一発で相手を気絶させる。
2人をいとも簡単にやられたところを見た、残りの男は反射的にぱんっと弾を撃つ。

「目の付け所は悪くないけどちょっと間が悪いよ。もしかして、出世狙ってた?」

シュナイゼルをしとめて名を上げようなどという浅はかな考えでも持っていたのだろうか。

「ひっ…!お、お前…一体」
「あの人が行政区に帰るまでは、僕、あの人の護衛なんだ」

その言葉に男が答えることはなかった。
答える前にが男の首に軽く手刀を一発。
それだけで、綺麗に気絶してくれる。
殺しをしなかったのは、こんな所で人の命を奪おうものなら絶対に大騒ぎになるからだ。
租界とゲットーでは違うのだ。
ゲットーではテロ活動もあってか、人の命が奪われることが多いのだが、租界ではテロはそうそう起こらない。

(さっき言いかけた台詞からすると、この人たち、黒の騎士団の下っ端かな?それとも入団希望者とか?)

彼らが持っていた銃をひょいっと取り上げる。
型は旧式だが手入れはちゃんとされている。
無謀な行動に出た割にはちゃんとした武器を持っているので、やはり黒の騎士団の下っ端だろうか。

「大丈夫…、なようだね、
「このくらいなら平気です。これ、いります?」

彼らが持っていた銃を見せるがシュナイゼルは首を横に振る。

「しかし、本当にこんな所で私を襲う者がいるとは思わなかったよ」
「自分の立場をもっとご理解ください。シュナイゼル宰相閣下」
、君にそう呼ばれるのはあまり嬉しくないんだけれどね」
「はいはい、すみません、兄上」

行政区に近い場所なので、できればこの呼び方はそろそろやめたい所だ。
ブリタニアに戻るつもりがないは、皇子殿下として行政区に行きたくはない。
しかし、いまかけているサングラスだけで果たしてブリタニア人をごまかすことが出来るものか。

「シュナイゼルお兄様!」

倒れた3人の男達をどうするかと考え始めたの耳に、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
ピンク色の髪をなびかせて、こちらに笑顔で駆けてくる少女が1人。
その後方には特派のトレーラーと思われるものと、そこれから降りてくる学生服を来たスザク。

「ユフィ、どうしたんだい?」
「それは私の台詞です、シュナイゼルお兄様。アッシュフォードの学園祭に来ているだなんて、聞いてビックリしました」
「ロイドから聞いたんだね」
「シュナイゼルお兄様が1人で帰られたということも聞きました。1人で帰られるなんていくら租界でも危険です」
「大丈夫だよ、頼もしい護衛がいたからね」

にこりっと笑みを浮かべながらを見るシュナイゼル。
そこでユーフェミアはの存在に気付いたようだ。
まさか一緒にいるとは思わなかったのだろう、目を開いて驚く。

?どうしてここにいるの?」
「1人でほっつき歩いている宰相閣下の護衛。流石に1人で租界を歩かせるわけにはいないだろうって思ってさ」
がいるのなら、私が慌ててくる必要もなかったのね」
「いや、できればもっと早く気付いて引き取って欲しかったんだけど…」
「どうして?久しぶりにに兄弟で会ったんだから、話したい事も多いでしょう?」
「僕と兄上が話すことなんて殆どないよ」

何を話せというのだ。
10以上も年の離れた兄に振れる話題もはない。
元気にしているかどうかはその姿を見れば分かること。
わざわざ言葉にして聞くほどの事もない。

「私はもっとと話をしたいと思っていたんだけどね、相変わらずつれなくて悲しいよ」
「兄上…」
「でも、たまに会ってくれると約束してくれたからね。しばらくはエリア11に滞在させてもらうよ。勿論、仕事で他のエリアや本国に飛ばなければならないこともあるだろうけどね」
「げ…、いつの間に会うのが約束になっているんですか、兄上」
「駄目かい?」
「〜〜〜っ!」

(兄上、絶対に分かってて言ってるでしょう?!)

ユーフェミアの前で断りでもすれば、ユーフェミアが絶対に説得してくる。
それでもが断ればコーネリアに頼んででも、その場を作ることくらいユーフェミアはしそうである。
兄弟が仲良くするのを見るのは、ユーフェミアの望むところだろうから。

「…ったく、別に会うのはいいです。いいですけど、とりあえず今日はここでお別れです」
「どうしてかな?」
「特派のトレーラがあるでしょう?」

は少し離れたところにある特派のトレーラーを目で示す。

「彼らは技術部で護衛には向かないよ」
「それでも僕よりもちゃんとした訓練は受けているはずです」
ほどの腕がある人はいないんだよ。唯一そうだろうクルルギ君はユフィの騎士なのだし」
「僕に行政区まで同行しろってことですか?僕は一応いちブリタニア人です。軍人でもなんでもないただの学生なんですよ?」

学生を行政区などという場所に招いてどうする!とは言いたいのだ。
だが、この兄相手に口で勝ったためしなどない。
言うだけ無駄だと分かっているのだが、言わずにはいられないのだ。

「けど、僕と同じくらいの動きはできるわけだし、護衛としては問題ないと思うけど」
「そこ!余計なこと言わない!」

いつの間にか近くまで来てさらっと助言してくるスザクをびしりっと指す。

、クルルギ君が可哀想だよ」
「いいんです!ナナリーに気に入られている男なんて鬱陶しいだけですから!」

のきっぱりとした言葉にくすくすっとシュナイゼルは笑う。
スザクはまたそれなんだ…と小さくため息をつく。
ナナリー関連でがスザクを目の敵のようにするのは昔からのことである。

「もう、とにかく1人ではなくなったんですから、ここからはユフィと一緒に行動して帰ってください」
「そんなに私と一緒にいるのが嫌なのかい?」
「僕は今の生活が結構好きなんです。それをみすみす壊すようなことはしたくないだけなんですよ、宰相閣下」
…」

困ったような笑みを浮かべるシュナイゼル。
その表情には乗らない。
何と言おうとも、は最初から行政区までは同行するつもりなどなかったのだから。

「ユフィ、この人連れてって」
「え?いいの?」
「いいから。どうせ仕事も忙しいだろうし、コーネリア殿下もこの人がいなくなって困ってるんじゃない?」
がそう言うなら…。シュナイゼルお兄様」
「ああ、仕方ないね」

が行政区まで同行しないことなど、最初から分かっていただろうに。
シュナイゼルが、が皇族に戻りたくないから黙っていてくれと言った事を忘れているとは思えない。

「それにしても、。随分とユフィとは親しそうだね?昔はそう親しくなかったはずだけれど?」
「人の交友関係全部知っているわけじゃないでしょう?兄上は。だから、余計なことは突っ込まないでください」

は隠すと決めたことはとことん隠す。
動揺すらも、その気配すらも表に出さない。
感情を奥へと封じ込めるというのは、軍にいた頃学んだことだった。
さっさと特派のトレーラーへ行く!とばかりには特派のトレーラーの方を示す。
シュナイゼルは仕方ないと苦笑しながらもユーフェミアにつれられてそちらの方へと向かっていった。
はほっと息を吐く。

(なんというか、やっぱり緊張感は無くならないんだよね)

昔もそうだったが、今も変わらない。
実兄シュナイゼルと対峙する時は、少なからず緊張感を持ってしまう。

「ねぇ、
「スザク、まだいたの?ユフィの騎士なんだから行かなくていいの?」
「いや、そうしたいのは山々なんだけどね」
「けど?」

スザクは倒れ伏している3人の男を見る。
すっかり忘れていたが、はシュナイゼルを襲おうとしていた彼らを倒したのだ。
実害もなかったので、気にしていなかった。

「放っておいて構わないよ。どうせ黒の騎士団だとしても下っ端だろうし、考え方が浅はかだから放置しても害はないだろうし」
「え?黒の騎士団?!」
「”黒の…”って言いかけてたから、多分そうじゃないかな?」
「それなら尚更拘束しないとならないよ」
「やめておきなよ、そんなの拘置する場所が勿体無いだけだよ。下っ端ってのはどうせ捕まえても無駄、トカゲの尻尾きりみたいに切り捨てられて得られる情報は殆どないだろうからさ」
「けど…」
「兄上が放置したんだから、いいんだよ」

が彼らを倒したのをシュナイゼルは見ていた。
襲われそうだった本人が、彼らを放置しているのだからきっとそれでいいのだ。
いまいち納得のいかなそうな表情をしているスザクだが、シュナイゼルが放置しているのだから自分が何かするわけにもいかないと思ったのだろう。

「じゃあ、スザク。ユフィに行政特区頑張ってって伝えておいて」
「え?」
「学園祭での宣言聞いてたから。あと、スザクはユフィの周囲に気をつけてあげてね」
?」
「ナンバーズとブリタニア人を区別するというブリタニアの国是と、正反対の事をしようとしたユフィを快く思わないブリタニア人も多分結構いると思うからさ」

きゅっとスザクが真剣な表情になって頷く。
スザクにとってユーフェミアは守るべき主なのだろう。
騎士としてなのか、それとも別の意味でなのかは分からないが、ユーフェミアを体を張ってまで守ってくれるのはきっとスザク1人だけなのだ。
はそのまま手を軽く振って、アッシュフォード学園の方へと足を向けた。
数週間後、行政特区日本がユーフェミアの宣言通りに開設される。