黄金の監視者 36



租界の中を歩く第二皇子殿下と
本当にこれでよく学園内では気付かれなかったものだと思う。
租界の中では金髪は珍しいわけではないが、目立つには目立つのだ。

「1人で出歩くなんて、襲ってくださいって言っているようなものですよ」
「そうだね」
「何、笑っているんですか…」

妙に機嫌が良さそうに見えるシュナイゼル。
あの後、普通に帰ると言い出したシュナイゼルをは送ることにしたのだ。
護衛もつけずに租界とはいえ、1人で歩くのは危険だ。
帰り途中でシュナイゼルがどうなっても自業自得なのだが、ゼロの存在が大きくなった今、万が一テロが起きたとして、それがゼロの仕業になってしまうのはゼロ自身不本意だろうとは思ったからだ。
やるなら自分の手で、ルルーシュ自身が描いたシナリオ通りにやりたいはずだ。

「送ってくれるのは、私を心配してくれていると思っていいのかな?」
「ブリタニアの宰相閣下がエリア11で殺されたなんてことになったら、ここがどうなるか分かりませんから」

シュナイゼルはどこのエリアも管理していない、だが全てのエリアを総括しているとも言える。
それはブリタニア帝国の宰相職にあるからであり、ブリタニア皇帝の次に権力と発言権があるのは彼だろう。
その彼がここエリア11で殺されたとなれば、ブリタニア本国が黙ってなどいないはずだ。
全戦力をこのエリア11にぶつけてくる可能性がなくもない。
そうなればここのエリアに安全なところなどなく、全てが戦場になりかねない。
それは駄目だ、ナナリーの安全に繋がらない。

が一緒だととても心強いよ」
「おだてても何もありませんよ。大体、僕は万能じゃないんですから、襲われてもちゃんと自分の身は自分で守るように努力はして下さい」
「このエリアで君に敵う者などいないだろう?」
「あのですね、兄上」

大きなため息をついて、はシュナイゼルを見る。
街中は確かに平和だ。
テロなど起きることもないだろうと思えるほどに。

「銃を持った相手が数人ならともかく十数人以上で襲われれば、僕だって対処は難しいですよ?」
「大丈夫だよ、。流石にそこまで大人数での行動をこの租界で見逃すほどここのブリタニア軍は酷くはないよ」
「だといいんですけどね」

今のは何も武器を持っていない。
学生としてアッシュフォード学園にいたのだから、武器の携帯など出来るはずもない。
だが、身一つでも数人程度相手ならば十分だ。

「兄上にだって騎士はいるでしょう?その騎士はどうしたんですか?」
「彼らはちょっとコーネリアに貸し出し中なんだよ」
「騎士をそうひょいひょいとレンタルしないでください!」
「けれど、コーネリアには無理を言ってしまったからそのくらいの誠意は見せないと」
「せめて1人くらい残そうとは思わなかったんですか…」

絶対全て分かっていてやっていると思っていても、呆れずにはいられない。
がこうして一緒についてきてくれることも、この人は分かっていたのではないだろうか、と思ってしまう。

「ああ、そう言えば。君に言っておくことがあったのを思い出したよ」
「言っておくこと、ですか?」
「君には伝えておいたほうがいいと思ってね。会えたら言おうと思っていたんだ」

まさかそれを伝えるためだけに、たった1人でアッシュフォードの学園祭に来たわけではないだろう、と思いたい所だ。
そう聞けば頷かれそうで怖くて聞けない。
頷いてもそれがそうだとは、限らないのだが…。

「ユフィの行政特区についていち早く知った子がいてね。全く、あの子の情報取得の早さは父上並だね。随分と優秀な騎士を持っているしね」
「皇子殿下か皇女殿下ですか?」

シュナイゼルは肯定するように笑みを深くする。

「ユフィの行政特区宣言は、以前から考えていたことだったのですか?」
「そう前からじゃないよ。私に許可を求めてきたのも数日前の事だったよ。けれど、特に情報規制もしなかったからね、だから簡単に知ることが出来たんだろう」

シュナイゼルがわざわざに言うということは、あまり良くない相手にバレ手しまったということなのか。
にしても、ユフィがこの場で宣言したということは、少なくとも数日のうちにブリタニア本国の方まで簡単にこの情報は出回るだろう。
ユフィは自分の宣言の危険性というのを理解しているのだろうか。

「クルセルスを覚えているかい?」
「第四皇子クルセルス・ジ・ブリタニア殿下ですか?」

クルセルス・ジ・ブリタニアはシュナイゼルよりも年下の、そしてよりも年上の第四皇子である。
しかし母の身分がそう高くない為に、皇位継承権はユーフェミアよりも、そしてよりも下である。
だが、彼の実力はブリタニア本国ではとても評価されている。

「もしかして、あの人が知ったんですか?」
「あの子はナンバーズをとても嫌っているからね。この手の情報には敏感らしい」
「暢気なこと言っている場合ですか?あの人なら、ユフィを暗殺しかねませんよ」
「そうならないためにクルルギ君がいるんだよ、

(そりゃそーだけど…、スザクに守りきれるのかな?)

スザクの実力を過小評価しているわけではない。
だが、スザクは正面から攻撃されればユーフェミアを守ることは出来るだろうが、果たして暗殺などの手段に対抗できるものか。
あれでも過去はクルルギ首相の1人息子として色々あっただろうから、そのあたりは大丈夫か。

「クルセルス殿下なんて最悪ですよ、兄上」
「エリア11の総督がコーネリアである以上、そう勝手なこともしないとは思うけどね」
「だといいですけど…、あの人なら、ユフィを暗殺してなおかつそれを日本人…イレブンがやったのだと平気で罪を擦り付けるくらいしそうですよ」

義兄妹を暗殺しておいて、ナンバーズがやったと公表し、ナンバーズを殲滅する大儀を得る。
そのくらいしそうな性格であることをは知っている。
クルセルスのやり方は身にしみている。

「エリア8の制圧の時はそんなに酷かったかい?」
「この間ゼロが起こした成田連山の犠牲数を考えても、ナリタの事件の方が可愛いと思えるほどには」

シュナイゼルがエリア8の制圧についてに聞いてきたことに、は驚かなかった。
第十四皇子である・エル・ブリタニアがエリア8の完全制圧に参加していたことは、隠してはいなかったので調べれば簡単に分かることだ。
シュナイゼルが知っていてもおかしくはないことだ。

「けれど、そのお陰でエリア8は最もテロの数が少ないからね」
「そりゃ、あれだけ虐殺を目の当たりにされれば、テロなんて起こす気なくなるでしょうね」
「銀の騎士と金の戦神のお陰だね」

その言葉には一瞬きょとんっとする。
銀の騎士はルルーシュから聞いたことがあるから、と共にエリア8の制圧戦争に参加した師匠フィディールの事だろう。

「金の戦神ってなんですか?」
「自分の噂を知らないのかい?」
「へ?僕…ですか?」

くすりっとシュナイゼルが笑う。

は意外と自分の事には疎いんだね」
「そんなこと…ないと思いますけど」
「ブリタニアではとても有名だよ。銀の騎士と金の戦神の名前はね」
「何でそんな大層な二つ名がついたんですか…」

ここまで言われればそれが自分の二つ名であり、ブリタニアでは有名であるということは分かる。
にはナナリーとルルーシュが大切だったので、それ以外はどうでもよかった。
だから、彼らに関わらない情報は耳に入らないようになっていた…というより聞こうとしなかっただけかもしれない。

「若干7歳にして戦争に参加するブリタニア皇族、それだけでも十分話題なのに、さらに予想以上に成果をあげる上、共に戦った軍人は皆褒め称えていたからね。クルセルスもの事はとても気に入っていたようだしね」
「そう言えば、あの人に皇族の騎士になる気はあるかどうかって聞かれた覚えもあったようななかったような…」

皇族が他の皇族に仕えることは殆どない。
しかもは当時、クルセルスよりも上位の皇位継承権を持っていた。
だからこそクルセルスはそれを考えてそんなことを聞いてきたのだろうが、自分はあの時一体、なんて答えただろうか。
適当に答えただろう事は分かるが、何を言ったのかはさっぱり思い出せない。

「もしかして、クルセルス殿下がここに来るんですか?」
「来るだろうね」
「エリア8の総督やっていたんじゃなかったんですか?」
「エリア8はとても平和だからつまらないようで、今はエリア3の総督と兼任しているよ」
「だったら尚更忙しいでしょうに…」
「それでも来るんじゃないかな?誰にでも平等な行政特区という存在が出来るのだからね」

シュナイゼルが命じれば、しぶしぶながらも従うだろうにそれをしないのは何か意味があるのか。

「ユフィも皇帝の座を狙うというのならば、皇族同士のこういうことも知らないと困るだろうから、よい経験になるだろうね」
「皇帝の座…?」
「ブリタニアの国是に反することをしようというのだから、そういうことだよ、
「でも、流石にクルセルス殿下の相手は大変だろうと思いますけどね」
「皇帝になりたいのならば、クルセルスのようなやり方は必ずどこかでぶつかるよ。早めに経験しておいたほうがいいからね」

余裕があるようにシュナイゼルは言うが、それでいいのだろうか。
皇帝の座に一番近いと言われているのはシュナイゼルである。
ユーフェミアが皇帝の座を狙うということは、シュナイゼルにとって彼女が敵になることを意味するのではないのだろうか。
それとも今のユーフェミアは敵と値しないと思っているのか、もしくは何かに利用するためにも強くなって欲しいと思っているのか。

「兄上の考えていることは、僕にはさっぱり分かりませんよ」

ルルーシュならばそれが分かるだろうか。
聡明な兄であるシュナイゼルが考えていることは、昔からにはさっぱり分からない。

「私も同じことを何度も思ったことがあるよ、
「兄上?」
の考えていることは、私には分からないよ」
「そうですか?僕の思考なんて単純明快で、ルルーシュ義兄上にはいっつも心の中を読まれまくってましたけど…」

ナナリー大好き、ナナリー第一、ルルーシュ大好き、ルルーシュは二番目に大切。
にとってはそれが全てであり、自分の事はその次だ。
こんなにも分かりやすいのに、何故分からないとシュナイゼルは言うのだろう。

「ルルーシュは付き合いが長いからかな?は時々とても聡明だと思える時もあれば、直感で動くこともある。だから私にはその行動が全て読めるわけでもないし、何を考えているのかがとても分かりにくいと思えるんだよ」

聡明だと思えるのは、きっとが”視て”得た情報から動いているときだろう。
離れたところの情報を瞬時に得ることが出来る人などいるはずもなく、だから先を読んで行動したと思われる。
直感で動く時は何も情報がなく、本当にただの勘で動いている時の事だろう。

(ギアスの事を知らなければ、確かに僕の行動は分かりにくいといえば分かりにくいかもしれないけど)

シュナイゼルならばそれも踏まえての行動くらい予測しそうに思えたが、そこまではできないのだろうか。

「案外僕が考えていることなんて単純ですよ。兄上とは一緒にいることが少なかったから、分からないだけですよ。一緒にいることが多ければ、僕の考えなんて兄上にはきっと筒抜けになります」
「それは、これからたまに会ってくれるということかな?」
「は?」

思わずきょとんっとなってしまう。
どうしてそういう話の流れになるのだろう。
昔もっと一緒にいる時間が多ければ、という仮定の話をしたつもりだったのだが、シュナイゼルにはそう伝わらなかっただろうか。

(いや、兄上のことだから、わざとそう解釈したのかも…)

「ブリタニア帝国の宰相閣下がいちブリタニア人に過ぎない僕に会いに来れるんですか?」
「時間は作ろうと思えば作るよ」
「……来るなら護衛の1人も連れてきてくださいね」
を招くのは駄目かい?」
「どこにですか?」
「そうだね、それならそれ専用にエリア11に別荘でも作ろうか」
「たかが人1人に会うために、別荘を作ろうとしないでください…」

は考える。
シュナイゼルはこんなに自分に会いたがるような人だっただろうか、と。
ナナリーが言っていたが、本当にの事が好きなのだろうか。
確かにブリタニア皇族の両親共に同じ兄弟というのは、とても仲がいい。
コーネリアとユーフェミア、ルルーシュとナナリーというように。
はそれについては、自分とシュナイゼルは当てはまらないと思っていたのだ。

「護衛さえつれてきてくれれば、租界のどこかの喫茶店でもいいでしょう?」
の住んでいる所でも構わないよ」
「僕の住まいはゲットーです。兄上が来れば確実に襲われますよ」

ブリタニア人であれば恐らく誰であろうと構わず襲ってくるのではないだろうか。
特に金髪というのは黒髪が多いゲットーの中では目立つ。
しかし、この答えではこの先も会うことを承諾してしまったようなものである。
多分、ナナリーの言っていたことは正しいのだろう。
シュナイゼルはに甘い。
そして、も殆ど自覚はないがシュナイゼルには甘いほうだ。

(多分、ナナリーと義兄上の邪魔をするつもりなら殺すことは出来るだろうけど…、その後、僕は泣くんだろうな)

後悔しないとは言い切れないし、シュナイゼルが死んでしまえば悲しいだろう。
実兄であるシュナイゼル・エル・ブリタニア。
その存在は、にとって少しだけ特別なものであることは間違いないのだろう。