黄金の監視者 34
学園祭当日、かなりの賑わいを見せるアッシュフォード学園内。
テレビ中継もされ、生徒達も学園祭を楽しんでいる。
アッシュフォードはスザクがいるためか、イレブンにも比較的オープンだ。
3分の1はイレブンの客ではないだろうか。
いや、イレブンというよりも名誉ブリタニア人だろうか。
はルルーシュに言われた仕事をなんとか片付けて、一息ついていた所だった。
「あ、義兄上…、人使い荒すぎ」
生徒が出している出店の影で座り込みながら、は休憩する。
丁度人目につかない所であり、水分をとりながら学園祭の様子を眺める。
本当に色々な人が来ているものだと思う。
(サングラスもとっちゃいたいんだけど、流石にテレビ中継がある以上そうもいかないし)
どんなことが災いするか分からない以上、最低限の対処はしておくべきだろう。
生徒会の仕事はひと段落ついただろう。
目玉の巨大ピザのイベントが始まっている。
(にしても、巨大ピザ作るのに旧式とは言っても、ナイトメアを持ち出すなんてミレイさんらしいというか…)
ナイトメアで巨大ピザの生地を作り上げるという発想は、普通ならば浮かばないだろう。
のんびりしているのいる所に、誰かが近づいてくる。
薄手のコートにサングラス、ブリタニア人だろう青年だ。
(日陰で休憩でもしたいのかな…?)
そんな暢気なことを考えていたのだが、近づいてくる人の顔立ちが見えてきたところで、は手に持っていた飲み物のボトルを地面に落とす。
自分と同じ質と色を持った髪、変装のつもりの服装もサングラスさえもには意味のないものに見えた。
なぜなら、その姿はつい先日”視た”ばかりだからだ。
この場にいるはずのないその人物に、目を大きく開いたままは固まる。
「落としてしまうなんて勿体無いよ、」
笑みを浮かながら、膝を突いてが落としたボトルを拾い上げる彼。
丁寧に汚れた場所を持っていたハンカチでふき取ってから差し出してくれる。
だが、中身は半分以上零れてしまっているので少ない。
「なん…で…?」
「弟に会いたいと思って会いに来るのは、そんなにおかしなことかな」
を弟と言う人物。
それはこんな所に来るはずがない人物で、本当ならば今租界か、他のエリアへと行っているだろうはずの人物。
ブリタニア皇帝の座に最も近いといわれる、ブリタニア帝国第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニア。
「ロイドが丁度ここの学園祭に行くと言っていたから、ついでに連れて来てもらったんだよ」
「…何を、考えているんですか?兄上」
は気持ちを落ち着かせるために小さく息をつく。
居場所が分かってしまっただろうことは分かるが、まさかシュナイゼル本人がアッシュフォードに来るとは思っていなかった。
仮にも第二皇子、ブリタニア帝国内の学園ならばともかく、エリア11の一般の学園にそうひょいひょい来るはずがない。
「護衛はどうしました?」
「個人的なことだからね」
「そんな理由で護衛もつけなかったんですか?」
「大げさに会いに来られるのが嫌だろうと思ったからね」
気を遣ったとでも言いたいのか。
にしても、第二皇子殿下ともあろう人が無防備なことだ。
「大げさでなくても、こっそりでも、会いに来られるのは大迷惑です」
「けれど、私が来なければはまたここから逃げてしまうだろう?」
「当たり前です。どうして好き好んで貴方に会わなきゃならないんですか」
「それでは寂しいじゃないか、」
頭を抱えてもいいだろうか。
は心底そう思った。
何を考えているのかさっぱり分からない。
「何しに来たんですか?」
「弟に会いに来ただけだよ」
「だったら会えたんですから、とっととお帰りください」
「酷いな。もう追い返すのかい?」
「迷惑だから帰れって言っているんですよ、僕は」
は大きなため息をつきながら立ち上がる。
びしりっと帰れと示すように門の方を指差す。
「連れに来たわけではないならとっととお帰りください、殿下」
「連れて帰るつもりならば、いてもいいのかな?」
「ブリタニア軍を内側からぶっ壊してもいいのなら、連れて帰っていただいても構いませんが?」
がずっとブリタニアから隠れていたのは、ナナリーのためだ。
ナナリーとルルーシュを外交の道具とさせないために、その為には隠れていた。
自分だけが見つかって自分だけが連れ戻されたとしても、特に何が嫌なわけでもない。
嫌なのはナナリーの側にいられないことだけだ。
は、巨大ピザイベントに集中していない数少ない客がちらちらこちらを見ているのに気づく。
サングラスをかけていても、目立たないように意識していても、やはりシュナイゼルは目立つ。
はぐいっとシュナイゼルの腕をひっぱり歩き出す。
「、どうかしたのかい?」
「どうかしたじゃないですよ。貴方が目立ちすぎるんで移動するだけです」
「やっぱり目立つかな?」
「…分かっていて言っていますね、兄上」
この人が自分の影響を分からないでいるはずがない。
周囲の視線を気にしていないのか、何かを企んでいるから目立つことを気にしないのか。
とにかく、人目から隠れる為に店番がいなくなった出店の中に隠れる。
出店といってもそこそこ本格的なキッチンが並んでいるので、棚の影に隠れることが出来れば、周囲からは見えないだろう。
(周りが落ち着いたら、とっとと帰ってもらわなきゃ)
再び巨大なため息をつく。
「今更…」
は少しだけ見える外へと視線を向けながら呟く。
「今更、会いに来られても迷惑ですよ、兄上」
何が目的で、何の為に会いに来たのか。
目的があるにしても、今更来られても迷惑でしかない。
がこう思うことすらも、シュナイゼルにとっては分かっていたことかもしれない。
全てを計算尽くして、私情など挟まず最良の結果を求めて動くシュナイゼル。
「」
シュナイゼルがサングラスをとるのが横目で見て分かった。
「君が無事で良かった」
「そう思うなら、もっと昔に探せば良かったでしょう?」
「そうだね」
「兄上は僕を探していなかった。たまたま見つかったから会いに来たに過ぎないでしょう?」
シュナイゼルは笑みを浮かべるだけ。
だが、はブリタニアを”視て”来たから知っている。
目の前のこの兄は、何もしなかった。
ブリタニアが日本に攻め込む時も、日本が敗戦を認めてからも。
「僕は、貴方がルルーシュ義兄上の事をとても気にかけているのだと思っていました」
ルルーシュのチェスの才能に目を見張り、他の義兄弟達よりもルルーシュに目をかけていたことをは”視て”知っている。
頭の回転の速さに、作戦を立てる能力に、最善を選ぶその天性のものに。
「だから、義兄上とナナリーが日本に行った時も、何か手を打ってくれるんじゃないかって、少し期待していました」
だが、シュナイゼルは何もしなかった。
それどころか、ブリタニアが日本に攻め込む時にブリタニア軍の指揮に一役買っていた。
憎しみはない、ただ”ああ、そうなんだ”と納得してしまったのをは覚えている。
「ルルーシュには確かに目をかけていたよ。あの子はとても優秀な子だ。あの優秀さが欲しいと今でも思うよ」
「今でも…ですか」
「あの子がその気になれば、コーネリアを凌ぐからね」
コーネリアを凌ぐ。
確かに、条件が同じならばルルーシュがコーネリアに勝つだろう。
短期間で脆いつながりとはいえ、あれだけ大きな組織を立ち上げたのだ。
「父上を出し抜く為には、優秀な人材はいくらあっても足りないくらいだよ」
シュナイゼルが笑みを深くする。
そう言えばこの人は皇帝の座を狙っていたのだと、は思い出す。
「それならば…」
無理なことだとは分かっている。
ルルーシュがいくら優秀で、シュナイゼルにとって有益な人材になりうるとしても、あの時シュナイゼルが動くことは危険なことだということは頭では分かっているのだ。
それでも、にとってはナナリーとルルーシュの方が大切なのだ。
「気にかけているのならば、ほんの少しでも何かして欲しかった…です」
何もでいい、くだらない事でもいい、ほんの少しでも何かをして欲しかったとは思う。
「悪かったと思っているよ」
「言葉ではどうとでも言えます」
「私も、ルルーシュとナナリーには幸せになって欲しいと思っていたんだよ」
「そう思っているならば、アリエスの離宮に進入した”テロ”をどうにかして欲しかったです」
「流石の私もいつ起こるかわからないテロを防ぐことなどは無理だよ、」
いつもの穏やかな笑みを浮かべたままで、シュナイゼルはそう言う。
はその言葉に苦笑する。
「嘘でしょう、兄上?」
「何がだい?」
「知らなかったなんて嘘でしょう?貴方は知っていたはずですよ、マリアンヌ義母様の暗殺計画の事を」
「どうしてそう言えるのかな?」
「勘ですよ。知らなかったにしても、兄上。貴方が何かを知っていたことは確かでしょう?」
マリアンヌが亡くなった事をシュナイゼルの口から聞いた時、直感的に思ったのだ。
この人は何か知っているという事を。
言葉に巧みに隠された”何か”を感じ取ることは得意なほうだ。
それが何かを推理することは苦手なのだが、直感的なことはとても鋭い。
「流石フィディール殿の弟子になっただけの事はあるね、。確かに私は知っているよ」
何をとは言わない。
「そうですか」
はそう短く答えただけだった。
シュナイゼルにそれ以上の答えは望まない。
「何を知っているのかは聞かないんだね」
「過ぎたことを言っても、過去は戻ってきません」
ルルーシュは原因を知りたがるだろうが、は過去起きたことは別にいいのだ。
今の幸せを築き上げ、それで余裕が出来たならば調べればいい。
過去は変えることが出来ない。
だから、まず未来を変えてから過去を顧みればいい。
この今の空気を壊すかのように、突然周囲がわっと騒がしくなるのがここにいても分かった。
は思わず中から外を”視る”。
(巨大ピザが完成でもしたとか?)
だがそんな様子は無く、それどころか巨大ピザの生地が飛び上がり、学園の木にひっかかるのが見えた。
「ユフィの存在が気付かれたのかな?」
「は?!兄上、ユフィって…」
「今日ここにお忍びで来ている事を聞いてはいたんだ。変装に気付かれてしまったんだろうね」
「だろうねって…」
(そんな悠長な…)
そこではっとなる。
ユーフェミアの存在が気付かれたということは、そこにテレビ中継が集中するだろう。
その近くに万が一ルルーシュとナナリーがいたら?
まずいっと思い2人を探そうと周囲を”視”ようとしたが、その必要はなくなる。
かたりっと音がして、この出店の中に誰かが入ってくる。
その姿を見て、ぎょっとする。
「ああ、やっぱり無事だったんだね。ルルーシュ、ナナリー」
聞こえたシュナイゼルの声に、はざっと一気に血の気が引いた。
偶然としても、こんな偶然を仕組んだ人がもしいるのならば、その人を恨まずにはいられないかもしれない。
今この瞬間の状況は、そこまで悪いと思えるものだった。