黄金の監視者 29
聞こえたのは風の音と草の匂い。
は自分が森のような場所に立っていることに気づいた。
(移動…した?)
砂漠のような場所で頭上に浮かぶ浮遊艦から攻撃を受けていたはずだった。
それなのに、気づけば自分は森の中。
なんとも非現実的なことが起こったものだ。
(何かが干渉した。それは分かるけど…)
自分の視界が十分非現実的であるから、転移の力を誰かが持っていてそれを発動させたのかもしれないことは信じられる。
すっと気分を静かにし、は周囲の気配を探る。
だが、近くには以外誰もいないようだ。
(にしても、ここはどこだろ?)
式根島ではないだろう。
ここへ飛ばした”誰か”も、同じ島に飛ばすような意味のないことはしないはずだ。
何が目的でどんな理由があってそんなことをしたのかは分からない。
(でも、今は感謝するよ)
よし、とは気を取り直してこの周囲を”視る”ことにした。
こういう場に来た時は、周囲の情報を集めれるだけ集めること。
情報がそれ以上集まらないようなら、その持つ情報で出来ることをすること。
(問題は食料だろうけど、果物も結構あるみたいだし平気かな?)
一度目を閉じ、はすぅっと息を吸って再び目を開く。
そして”視る”。
(島…かな?そう広くはないみたい。…って、この島っ!)
の視界はある1点で止まる。
この島に”視”覚えのある”扉”が見えた。
それは世界中に点在している”扉”であり、その扉が存在する国は例外なくブリタニアの属国となっている。
(よりによってこの島…。いや、もしかしたら、この島にだから移動できたのかもしれない)
誰かが仕組んでいるとしか思えないこの場所。
”扉”の事はさておき、は他に人がいないかを”視る”ことにする。
ざっと目を通せば、見えてきた人影はいくつか。
その人影が全て見覚えのある人物だということに、頭を抱えていいだろうかとは思ってしまう。
(水場の方にはスザクとカレンさん。海岸沿いのほうには義兄上とユーフェミア殿下)
どういう基準で移動する者が選ばれたのかは分からないが、またこれは妙な組み合わせである。
あの場に残っていれば、間違いなくただではすまなかっただろう人たちばかりだ。
は知らないが、ユーフェミアもあの場所のすぐ側まで来ていたのだ。
(やっぱ、義兄上の所に行くのが一番だよね)
は視界を戻し、ルルーシュとユーフェミアがいる方向へと足を向けた。
さくりさくりっと土を踏みしめる音が響く。
黒髪のウィッグはつけたまま、サングラスもつけたまま。
手には新しく愛刀となった日本刀。
(とりあえず、義兄上が無事で良かった)
スザクとルルーシュが鉢合わせをしないことを祈りつつ、はルルーシュとユーフェミアがいる海岸沿いへと向かうのだった。
*
さくりさくりっと土を踏みしめ、潮の匂いがしてきた事で海が近いことが分かった。
風が潮の香りを運んでくる。
気配を消さずには海岸にいる2つの影に近づく。
岩をはさんで何故か離れて座っている2人に疑問を覚えるが、は気にせず近づく。
じゃりっと小石を踏んだ音が響き、2人はっとの存在に気づく。
ユーフェミアははっと顔を上げ、ルルーシュは岩影から移動して無意識の行動か、ユーフェミアを守るように移動した。
「あ…」
は思わずそこで立ち止まってしまう。
ブリタニア皇族であるユーフェミア殿下をゼロであるルルーシュがかばうのは、見ていてちょっと奇妙なものだと思ってしまう。
は2人の状態を見て、どう反応すべきか迷ってしまう。
別にルルーシュがユーフェミアをかばっているのは構わないのだ。
問題は2人の格好である。
(何がどうなって義兄上は仮面をはずしてて、しかもユーフェミア殿下はゼロのマントしか身体に身につけてないの?)
よく見ればユーフェミアの髪はしめっていて、服が濡れたから乾かすその間の為に、ゼロがマントを貸し与えたのだろうと想像はついたのだろう。
だが、予想しなかった光景にはそんなことまで考えつかなかった。
「えっと、えっと…、ごめんなさい。僕、邪魔…みたい?」
くるんっと方向転換して、別の場所に移動しようとする。
「待て」
それを呼び止めるルルーシュの声。
待てと言われれば待つしかない。
動かそうとした足をやめ、は居心地悪そうに2人に視線をやる。
「ルルーシュ…」
「あれは大丈夫だ、ユフィ」
なにやらとっても親しげな雰囲気そうだ。
しかし、”あれ”とは自分の事だろうか、とは思う。
「あの…えっと、ゼロでいいのかな?」
「ルルーシュだ」
「じゃあ、ルルーシュ義兄上」
「何だ?」
「なんで仮面つけてないの?」
ユーフェミアが無理やりゼロの仮面をとったことなどなさそうである。
そんな豪快なことを、このお姫様がしたとは思えない。
となるとルルーシュが自分から仮面をとったということか。
「あまりの暑さに蒸れそうだったとか?」
「馬鹿か?」
「ひ、酷いよ、義兄上…」
は小さく息をつき、ルルーシュとユーフェミアの方に近づく。
ユーフェミアが緊張するのが分かったが気にしない。
「」
「何?」
「それをとれ」
くいっとルルーシュがあごで示したそれというのはウィッグの事かサングラスの事か。
の今の服装は黒の騎士団の団員服。
黒髪のウィッグにサングラスでは、ユーフェミアはがであることに気づいていないのだろう。
ぽりぽりっと頬をかいて、は仕方ないとばかりに黒髪のウィッグをはずしてサングラスを取る。
ぱらりっとこぼれる金髪に深紅の瞳。
「…?」
ユーフェミアが驚いたように目を開く。
「うん、お久しぶりです。ユーフェミア殿下」
直接会うのは本当に久しぶりだ。
懐かしさにユーフェミアは嬉しそうに笑みを浮かべるが、はそれほどユーフェミアと接点があったわけではないので、懐かしい気持ちはあまりなかったりする。
「えっと、でもなんでゼロのマント1枚なんですか?」
「服が濡れてしまっていて、それを乾かしている間、ルルーシュのマントを借りているんです」
「服?」
少し離れたところに、ユーフェミアが着ていたらしいドレスが干してある。
は自分の上着を脱いで、ユーフェミアに差し出す。
今のルルーシュではマントを差し出すのが精一杯だろうが、流石にマント1枚では寒いだろう。
「黒の騎士団の団員服だけど、それでよければこれもかけていて下さい」
「ありがとう、」
の上着をひざにかけるようにするユーフェミア。
「義兄上、これからどうすればいいのかな?」
「救援を待つしかないだろうな」
「救援…」
果たして黒の騎士団の救援が来るだろうか。
救援を出さないだろうという考えではなく、この状況で救援が出そうと決断できるかという事だ。
ここは式根島からそう遠くない場所だ。
(ま、考えても仕方ないか)
臨機応変、それがのやり方である。
ルルーシュのように策略を巡らせて動くやり方はには出来ないのだから。
「とりあえず、僕は何か食料探してくるよ。義兄上はユーフェミア殿下の側にいてね」
は黒髪のウィッグをつけなおし、サングラスもかける。
「あまり遠くに行くなよ」
「大丈夫だよ、この島の事は大体把握したから」
のその言葉でルルーシュならば理解したはずだ。
この島の概要を”視た”事に。
どこに何があるのかを大体分かってるから大丈夫だ。
「義兄上もユーフェミア殿下もちょっと待っててね」
かちゃりっと刀を手に持ち、は再び森の方へと行こうとする。
「」
今度はユーフェミアに名を呼ばれて一度止まる。
何?と首を傾げて問う。
「ユーフェミア殿下?」
「いえ、何でもありません。気をつけて」
「うん、ありがとうございます」
ひらひらっと手を振る。
そのままは森の中へと消えていく。
刀もあり、体術もかなりの実力を持つがどうこうされることはないだろう。
ユーフェミアは複雑な表情でが消えていった方向を見ている。
ルルーシュはそんなユーフェミアの表情に気づく。
「ルルーシュ、は…」
「ユフィ?」
ユーフェミアはその顔を上げて、ルルーシュを見る。
迷ったように視線を少しだけ動かし、そして俯く。
ユーフェミアとは同じ年代で、ユーフェミアの方が生まれたのが少しだけ早い。
だから、ユーフェミアの方が義姉にあたるのだが、同じ年代だというのに、とユーフェミアはそう接点がなく親しいとは言えない関係だった。
「私はに避けられていたのでしょうか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「だって…」
きゅっと自分の手を握り締めるユーフェミア。
「私は昔アリエスの離宮に何度も遊びに行っていたのに、同じようにアリエスの離宮に来ていたはずのに会うことが1度もなかったの。今も…ルルーシュには普通に話していたのに私にはまるで他人に話すみたいに…」
アリエスの離宮はかつてルルーシュとナナリーが子供頃暮らしていた離宮の事だ。
確かには他の皇族がアリエス宮に来る時は来ることはなかった。
まるで分かっているかのように、鉢合わせすることなど1度もなかった。
昔はルルーシュも不思議に思っていたものだ。
だが、今ならその理由もなぜそうできたのかもわかる。
「はただ邪魔をされたくなかっただけだと思うよ」
「邪魔?」
「ナナリーと一言でも多く話をして、1秒でも長く自分を気にかけて欲しいってそう思ってただけだよ」
今はそうでもないが、何かを求めるようにナナリーとルルーシュ、そしてマリアンヌの側にいることを望んでいた。
鉢合わせをすることがなかったのは、状況を”視て”いたからだろう。
子供らしい、可愛い理由でユーフェミアに会わなかっただけなのだ。
「でも、あの話し方は…」
「は、俺とナナリー以外には皆ああだったらしいよ。実の兄にもね」
「シュナイゼルお兄様にも?」
アリエスの離宮で、1度だけシュナイゼルとが鉢合わせする機会があった。
その時のはシュナイゼルに対して警戒するかのように緊張していた。
あの頃のルルーシュはシュナイゼルを慕っていたので、どうしてがシュナイゼルに対してそんな緊張するのかが分からなかった。
仲が悪いのだろう、そう思っていただけだった。
「には、悪意なく自然に強引に接するのがいいよ」
「自然に強引に?」
「屁理屈でも、口で圧されるのに弱いからな」
本能で行動しているは、理論攻めに弱い。
屁理屈だろうがこうだろうと言い切られると、そうかも?と思ってしまうことが多いのだ。
ただ、それが自分の信念に反しない限りは、と注釈がつくが。
「そろそろ服が乾きそうかな?」
「そうですね」
日によく照らされた服はすぐに乾く。
ユーフェミアの桃色の髪も風にさらりっと揺れるまでに水分はとんでいた。
風は優しく日は暖かい。
この時間はいつまで続くのだろう。
そう長く続かないことを、恐らく2人共分かってはいるだろう。