黄金の監視者 20



アッシュフォード学園の中、はクラブハウスへとご機嫌な様子で向かっている。
ナナリーに会うことができるのは、いつだって嬉しいことなのだ。
サングラスをしたまま、金髪をふわりっと揺らしてはのんびりと、クラブハウスへと向かう。
今日はルルーシュは恐らくキョウトからの呼び出しでそちらに行っているはずだ。
黒の騎士団にキョウトからの招待状が届いたことは聞いていた。
ゼロと幹部が招かれたようだが、にはそれは関係ないことだった。

(義兄上がナナリーに会ってもいいって言ってくれたのが、僕には一番大切なことなのさ)

キョウトなんかどうでもいい。
の今日の一番はナナリーに会えることだ。

「そんなに大切かい?」

横からかけられた声には足を止めてそちらを見る。
気配は感じていたが、自分はその相手を知らなかったので声をかけられるとは思っていなかった。
目をやれば、バイザーをした奇妙な格好をした銀髪の男。

「僕が誰かって?そうだね、君とは初対面だ」

は相手の言葉に思わずきょとんっとなる。
まるでこちらの言いたいことを理解して答えたような言葉。

「僕が不思議かい?あれ?どうでもいい?変わってるねぇ」

はこんな相手には関わっているのは無駄だと思い、足を踏み出そうとする。

「ナナリーが大切、ルルーシュが大切。君の心はとっても分かりやすい。大切なもののためならなんでもする?人殺しでも?」

は静かに男へと向き直る。
自分の思っている事は、表情を見れば読み取る事ができるだろう。
別に不思議なことじゃない。
は思ったことが比較的に顔に出やすいので、思ったことを言い当てられることも多いのだから。

「君はたくさんの人を殺したね。君の大切な人はそれを嬉しいと思うかな?犠牲の上に成り立った幸せを拒否しない?だって、ナナリーは優しいから」

は顔を顰める。

「否定されたら悲しいよね?君があんなにナナリーを大切に思っているのに、ナナリーは君の行動を受け入れないかもしれないなんてね」

ナナリーは心優しい少女だ。
人の命を大切に思い、優しい世界を望む子。
とはきっと命への価値観が違うのだろう事は自覚している。

「ナナリーの為に手を血で真っ赤に染めてきたのに、それを受け入れられないかもしれないねぇ。それは嫌だね、悲しいね」

は顔を顰めたまま、相手をじっと見る。

「あなた、何?」
「何?さあ?何なんだろうね」

楽しそうに笑う。
その笑いが妙にカンにさわる。

「分からない?可能性すら思い浮かばない?何だ、ルルーシュと違ってつまらない思考だねぇ」
「僕は義兄上ほど…」
「頭が良くないから?似なくて良かったね。あんなに頭がいいとごちゃごちゃだよ」

まるでの言おうとしている言葉が分かるかのような返答。
これではまるで…

(心を読む?まさか…)

「そう、そのまさかだよ」

相手の笑みが深くなる。

・エル・ブリタニア」

その言葉に、きんっとの周囲の空気が一気に冷える。
その名前はには禁句だ。
それを言うことで、ナナリーへの危険に繋がりかねないから。

「わあ、すごい殺気だねぇ。そんなに大切かい?君のお姫様、盲目のお姫様、君が…」
「うるさい」
「怒った?怒ってるね」

はすぅっと目を細める。

「あれ?…わ、すごいねぇ。君の声がすごく小さくなったよ。他の雑音で聞こえないくらいだ」

心底関心しているとでも言うような声。
相手は人の心を読めるというのは確実だろう。
感情も言葉も全て読むことができる。
それが怖いことだとはは思わない。
戦場では、自分の心を読んでいるのではないかと思うほど、先を読むことに長けた敵もいた。
それを思えば命の奪い合いではない今の状況など大したことではない。
それでも、が雰囲気を変える理由は1つだけ。

(ナナリーと義兄上を危険にさらす可能性があるものは…)

「僕を排除する気なの?意味がないよ、君がしようとしていることは分かるんだから」
「分かっていても対応できないと、意味がないって僕は思うんだよね」

(心を読むならそれを逆手に取ればいいだけ)

知っていても対応できない方法を取ればいいかもしれない。
だが、面白半分でナナリーとルルーシュに手を出そうとしている雰囲気を、相手から感じる。
面白半分で今の脆いこの小さな世界を壊そうとするなど、にとっては許せないことだ。

「心が読めるって大したことじゃないよね」
「大したことじゃない?周囲の全てが分かるのに?君の考えも、思い出も、ぜんぶ…?!」
「全部見てみる?」

が幼い頃、狂ってしまえば楽なのにと思ったほどの映像で感じた事を。
人の醜い部分を映像で脳裏に焼き付けられるほど見せ付けられた事を。

(身近な周囲だけが分かるってのは幸せなことだよ。ねぇ、そう思わない?)

は口元だけ笑みを浮かべる。
それに相手は何を感じたのか分からないが、息を引きつらせる。

「き、み……」
「声だけと映像だけって、どっちが苦しいと思う?」
「うそだっ!」
「何が?」

は相手を”視る”。
そこで初めて気づいた。
相手の目は自分と同じものであることに。

「あれ?もしかして同じ?」
「違う!冗談じゃないよ…!君、なんなんだ?」
「何って、あなたと同じ…」
「同じじゃないよ!だって、君の中にはC.C.がいない!」
「しーつー?」

初めて聞く、それは人の名前なのだろうか。
この相手はよりもこの目について知っていることがあるというのか。
それなら、”契約”が何なのかを知っているのだろうか。

「何、しーつーって?人の名前?その人なら”契約”を知っているの?」
「僕と君は違う!君のことは何も知らない、分からないよ!」
「何で?一緒じゃないの?」
「君はC.C.を知らないから違う!」

が顔を顰めて相手を見れば、彼はどこか慌てたようにに背を向けて走り出した。
あえて追おうとは思わなかった。
けれど、自分のこの目について父以外にも何かを知っている人がいるということが分かった。

「C.C.…って名前なのかな?」

この目についての情報を得る為に、は慌てようとは思わない。
生まれてきてからずっとずっと疑問だったことだが、今まで知らずに過ごしてきたのだ。
知りたいという気持ちは強いけれども、には生きる目的がある。
だからそちらのほうが大切。

(でも、似たような人、本当にいたんだ)

もしかしたらゼロ…ルルーシュも似たような力を持っているのかもしれないとは思っている。
人を従わせることができる何かをゼロは持っているはずだ。
でも、その考えは違うかもしれないし、の全くの勘違いかもしれない。
思わずふっと笑みを浮かべてしまう

(でも、あの人はコントロールできないんだ)

生まれた時からはこの力と付き合ってきた。
付き合いの長さの違いかもしれないが、力を発動させたままでもは距離のコントロールが可能だ。
力の発動のコントロールはもできない。
この瞳が赤いのは力が発動しっぱなしを意味している。
が普通の視界を維持できるのは、コントロールができているからだ。
意識して普通の視界を維持している。

― 否定されたら悲しいよね?

彼が言った言葉。
はそれに動揺はしなかった。
もう、とうに覚悟はできているから。

(多分、僕はナナリーが笑顔でいてくれればそれでいいんだと思う。欲を言えば、その側に自分がいたいと思うけど…)

たくさんの人を犠牲にしても、大切だと思えるごく一部の人たちが幸せを感じてくれればいい。
たとえその幸せが多くの人の犠牲の上に成り立ったものだとしても。
それがの考え方であり、のやり方である。
甘い考えでは、今のブリタニアからナナリーとルルーシュを守ることなどできない。

(僕は自覚しているんだ、ずっと前から。自分の考え方ややっている事が、結局は自己満足なことなんだってことを)

だから何を言われてもは揺るがないし、迷わない。
揺らぎや迷いは、最悪の結果を招きかねないことを”視て”知っているから。

?」

いつの間にかクラブハウスのすぐ側まで来ていたようだ。
珍しく外にいるナナリーに呼び止められて、はにこっと笑みを浮かべる。

「珍しいね、ナナリー。もしかして、散歩?」
「はい。少しは動かないと、ぷにぷにになってしまうので」
「ぷにぷに?」

こくりっと首をかしげる
ナナリーはくすくすっと笑う。

「食べるだけ食べているだけでは、腕の辺りがぷにぷにのお肉になってしまうんです」
「そうかな?ナナリーはもうちょっと食べる量増やすくらいが丁度いいと、僕は思うけど…」
「そんなことありませんよ」

おっとりとした雰囲気のナナリーは細い方だとは思う。
ルルーシュも細いほうだが、基準が違うのだろうか。
そういうもよく動いているのでぱっと見は細身だ。

「でも、散歩はいいことだよ」
「自分で風を感じることができるのはとても楽しいです」
「うん」

走ることは出来ない、目を開いてもナナリーの目は何も映す事がない。
それでも、少しだけでも歩くことができるほどに回復できてよかったと思う。
光を見ることすら出来ないナナリーの目。
それは、守れなかった自分の愚かさの結果。

(笑顔でいてね、ナナリー)

それがの望みである。
大好きな人たちが笑顔でいてくれるならば、はどこまでも走り続けるつもりでいる。