黄金の監視者 08
ブリタニア帝国による日本への宣戦布告。
それはが日本に来て数ヶ月後に起こった。
初対面スザクとはあまり良いものではなったのだが、数ヶ月もすれば仲良く話せる程度にはなってくる。
がユーフェミアからもらった花を押し花にしたものを、スザクに渡したことも、スザクがを受け入れる要因のひとつになっただろう。
「ナナリーと義兄上がお世話になっている人にって言ってたから」
そう言ってはスザクにひとつのタンポポの押し花を差し出した。
綺麗な紙に挟まったそれを、スザクはしおりにして持っていてくれているらしい。
本などめったに読まないだろうに、何故しおりにしたのかは不明だ。
押し花といえばしおりというのが定番なのだろうか。
空をブリタニアの戦闘機が飛ぶ。
見覚えのある型。
かつても実戦を経験するために、ここではないエリア8の制圧に参加したことがある。
(でも、今回は少し違う)
降下される兵器は戦闘兵器だが、テストなのかナイトメアフレームが投入されている。
ブリタニアがナイトメアを戦争に投入するのは公式ではこれが初めてのはずだ。
国内やエリアでの災害対策やイベント等で使うことはあっても、戦力して投入されるのは今回が初。
(あのロールパンがっ!)
ナイトメアによって次々と面白いほどに壊されていく日本の平気を見ると、気分が悪くなってくる。
ここまでの圧倒的な戦力差がある以上、日本が降伏しなければならないのも時間の問題だろう。
「、重くありませんか?」
「全然大丈夫だよ、ナナリー」
は背負っているナナリーに笑みを浮かべる。
目の見えないナナリーにの表情は見えないが、声のトーンから分かったのだろう、ほっとしていた。
さくりさくりっと一歩一歩歩く。
ここは街中。
クルルギ首相の家は危険だということで、、ナナリー、ルルーシュ、そしてスザクは移動を余儀なくされていた。
勿論丁寧に車で移動などさせてくれるはずもなく、どこが安全かも分からず、ただ移動をする。
歩く道中には、多くの日本人の遺体が横たわる。
その光景に顔を青ざめているスザク、冷静さを保っているルルーシュ。
はといえば、こんな光景は見慣れていたためルルーシュ同様冷静だった。
「スザク、歩くんだ」
歩いていたはずのスザクの足はいつの間にか止まっていた。
ルルーシュが声を掛けても、スザクはどこか呆然とした様子で前を見ている。
スザクはこんな光景を目にしたのは初めてなのだろう。
「立ち止まったって何も変わらないよ。変えたいなら動かなきゃ駄目だ、スザク」
もスザクに声を掛ける。
見かねたルルーシュがスザクの手をひっぱって歩き出す。
手を引かれるままに歩くスザクが見るのは、すでに意識のない日本人達。
「お兄様、スザクさんがどうかしたのですか?」
「なんでもないよ、ナナリー。スザクは足場が悪くてちょっと歩きにくいのを気にしているだけなんだ」
は複雑そうな表情でスザクを見る。
ナナリーがなついている気に入らないやつという認識は今でもあるが、ルルーシュがスザクを友人だと思っているように、もスザクに対して友人のような認識をしていた。
(日本は敗れる。それがどんな形になるか分からない。でも、奇跡でも起きない限り…)
屍となった多くの日本人。
かつてもこれと同じ事をしたことがある。
覚悟はとうに出来ている。
は、大切なものを守るために何を犠牲にしようと揺るがないと決めたのだから。
*
達は場所を移動した。
だからといって、扱いがよくなる訳ではない。
クルルギ家は忙しいだろうからか、食事が出すことをたまに忘れているようで食事を取れない日もあった。
故意なのかそれとも本当にただ忘れているだけなのか、それは分からない。
小さな部屋で、この脅威が過ぎ去るのを待つしかないのだ。
(このまま待っていても、日本はどうでもいいけど、ナナリーとルルーシュがどうなるかは分からない)
はちらりっと2人を見る。
スザクは今ここにいない。
いつも一緒というわけではないため、いなくても仕方ないだろう。
はすくっと立ち上がる。
(良ければこのまま軟禁、最悪の場合は人質として見せしめに処刑)
父が自分の子供が殺された程度で揺らぐことなど考えられない。
寧ろ好機と考えるだろう。
皇族を殺されたことで、ブリタニア軍人は怒りを覚え、日本に攻め入る事に力を注ぐ。
(冗談じゃない。ロールパンの思い通りになってたまるかっ!)
はぎゅっと拳を握る。
刃物などなくてもこの身一つあれば、人を殺めることはたやすい。
それだけは自分を鍛えてきた。
「ナナリー、少し長く移動することになるけどいいかな?」
「お兄様?」
ルルーシュはナナリーに優しそうな笑顔を浮かべながら語りかける。
はその言葉にはっとなり、ルルーシュを見る。
ルルーシュはを見てこくりっと頷く。
今の状況での自分達の安全がかなり危ういものであることを、ルルーシュも感じ取っているのだろう。
「義兄上…」
「、分かっているんだろう?」
「…うん」
ここに居続けることの危険性をだって理解している。
だが、ここを出てどうしようと言うのか。
「でも、義兄上、もう少しだけ待ってて」
はにこりっと笑みを浮かべる。
少なくとも最悪の状況にはしたくない。
その為に今、は動こうとしているから。
「混乱に乗じて動いたほうがいいと思うんだ」
「、何を…」
「ちょこっとだけかく乱してくるよ。大丈夫、これでも僕、鍛えているから」
「?!」
「義兄上はナナリーをお願い」
は部屋を出て、日本の官僚がいるだろう場所へと向かう。
何があったのか分からないが、今日本の上層部はとても混乱している。
ならばそれにさらに混乱を与えてその隙に逃げればいい。
(素手だけじゃ心もとないけど、2・3人くらいならなんとかなるかな)
は凶器となるだろう自分の拳をぎゅっと握り締める。
人を殺す力を秘めている自分の身体は、それだけで凶器となる。
(いっそのこと首相が見つかればそれを殺っちゃうのに)
日本の皇族は象徴のようで発言権があまりないらしい。
どちらかといえば首相の方に発言権がある。
その首相がいなくなれば上層部は混乱し、人質の利用どころではなくなるだろう。
は自分があまり頭が良くないことを理解しているが、こんなことをルルーシュになど相談できない。
自分が考えられる手段で行動するのみだ。
にとって正しいことはナナリーが笑っていられること。
その為にはナナリーとルルーシュ、2人が無事でなければならないのだ。
廊下を走るは先に見える角の向こう側から誰かがゆっくり歩いてくるのが気配で分かった。
速度を緩め、少し早く足音を立てずに歩く。
今のは戦場にいた頃と同じ雰囲気を纏う。
かつて、自分を鍛えるために半年間、戦場で戦った時の。
(邪魔をするなら誰だろうと…)
すぅっと目を細める。
こんな小さな子供がするような表情ではない。
でも、にはそれが必要だった、自分が幸せを感じるために守るべき人を守れるような強さが必要だった。
がその角を曲がって目に入ったのは意外な人物だった。
下を向きながら、果たして相手はの存在に気づいているのかすら分からない。
「スザク…?」
自分よりも1つ年上のクルルギ首相の1人息子。
クルルギ・スザク、多分自分にとってもルルーシュにとっても初めての友人とも言える存在。
スザクは昏い瞳でゆっくりと顔をあげを見る。
「…」
「こんな所で何してんの?」
顔がものすごく暗い。
「騒がしそうだけど、寝不足?」
スザクはゆっくりと首を横に振る。
いつも無駄に元気で騒がしい…もあまり人のことは言えないが…スザクらしくない表情だ。
「はどこに行くつもりなんだ?」
「どこって…」
どうしたものか、と思ってしまう。
「ちょっと物騒なことをしに」
てへっと笑顔では言う。
別にスザクにならば何を言っても構わないという気持ちがあった。
にとってスザクの優先順位は高くはないので、今のナナリーの為の行為はには最優先だ。
「物騒な…こと?」
「うん。閣僚をさくっと消してこようかと。ま、首相がいれば一番いいんだけど」
「け…す?」
スザクの瞳が大きく開かれる。
妨害でもする気かと思って一瞬は警戒する。
しかし、スザクが襲ってくる様子はない。
「えっと、反対しないなら僕行くけど…」
ひらひらっと手を振りながらスザクの横を通り過ぎようとしたが、がしりっと右手を捕まれる。
「どこに?」
「どこって」
「どこに行くんだ?」
鳩尾に一発いれて気絶でもさせてやろうかと思うが、なんだか様子が変だ。
変だといえばこの場所に移ってからどうもスザクの様子は変だった。
「あのさ、スザク。もしかして、何かあった?」
敗戦が決定したとか?
の言葉にびくりっと大げさなまでに反応をするスザク。
「何で消すなんて…」
「え?だってかく乱できたら逃げやすいじゃん」
「それだけの為に?」
「だって、僕にとってはナナリーの安全が第一だもん」
他の人はどうでもいい。
そうやって冷酷に切り捨てていかなければ、守れるものは守れない。
は今の自分にたくさんのものを守りきる力がないと自覚している。
だから、できる事をやるのだ。
「十分混乱してるよ」
「へ?」
「日本の上層部は十分混乱してる。だから、あんなに犠牲が…っ!」
スザクは顔色を変えて口元を手で押さえる。
ここに来るまでに見てきた犠牲になった日本人の屍でも思い出したのだろうか。
はそんなスザクを冷静に見る。
今までエリアのナンバーを与えられた国々も似たようなものだった。
が参加したエリア8の戦争でも、多くの犠牲者が出た。
ブリタニアよりも敗戦国の一般人の犠牲者がだ。
日本の上層部が混乱しているのはだって知っている。
しかしそれが何故なのかを知らない。
だから、は”視る”。
(日本語の読み取りは苦手だから理由なんて調べようとも思わなかったけど…)
”視る”価値があるかもしれないと思ったのだ。
口々に言い合う日本人達、その間も犠牲はいたるところで出続ける。
和平をと、降伏をと、徹底抗戦をと、出る意見は様々。
しかしその場にクルルギ首相の姿は見えない。
何故?そう思ったの疑問はすぐに解消された。
― クルルギ・ゲンブが死んだというにっ!
その言葉の形になるほどっとすんなり納得する。
「スザクのお父さん、死んだんだ?自殺?他殺?」
スザクのの腕を掴む手の力が強くなる。
父親を尊敬していたと言っていた。
言い方がまずかっただろうか。
しかし、には父親を尊敬するというのが良く分からないので仕方ない。
「俺が殺した」
「へ?」
「…父さんは俺が殺した」
すぅっと顔を上げたスザクの顔は暗い瞳をたたえたものだった。
反して表情は悲壮なもの。
後悔するくらいならば、やらなければよかったものを…。
「そっか…。んじゃ、僕急ぐから」
別に誰がクルルギ首相を殺そうがはどうでも良かった。
だが首相がもう存在しないとならば、残された時間は少ない。
この混乱を期に逃げ出さなければ、逃れるすべはない。
幸い運がいいというべきか、はブリタニアからマリアンヌの後見をしていたアッシュフォード家が日本に入っているとの情報を知っている。
たまたまブリタニア方面を見たら、アッシュフォード家の人間が移動するところだったというだけなだが、それを知っているのは運がいい。
「」
「何?」
「何で何も言わないんだ?」
「何もって…、何で?褒めて欲しいの?」
「違うっ!だって、俺は父さんを…っ!」
「君が殺していなければ僕が殺してたよ」
は静かにそう言う。
ナナリーの安全に関わることだったから、は遅かれ早かれ、スザクが何もしなくてもクルルギ・ゲンブを殺していた。
「スザクは何でクルルギ首相を殺したの?」
「…父さんがっ!父さんがいなければ、これ以上の犠牲が出ないと思ってっ!」
「うん、そうだね。これで戦争は終結するよ、日本の敗戦という結果でね」
「…っ!!」
「日本は他の敗戦国と同様、名を奪われ、エリアの名を授けられる。多分、エリア11になるのかな」
エリア10まではあったはずだ。
どこまで続けるのか分からない、ブリタニアの侵略行為。
全ての世界を征服したら何が待っているのか、国で内乱でも起きるんじゃないだろうか。
「スザクの行動はきっとこの先犠牲になるかもしれなかった多くの日本人を救った。でも同時に、日本の敗戦を決定付け日本という国から敗戦以外の選択肢を奪った」
「…俺はっ!」
「スザク」
どちらにしろ、日本の敗戦は決定されていただろうが、はそんなのはどうでも良かった。
どの国が勝ち、どの国が負けても、には関係ない。
大切な人が笑顔でいることができればそれでいいのだ。
「僕にとっては君は、ナナリーと義兄上を救ってくれた存在だよ。それだけが僕の評価。日本がどうなっても日本人がどうなっても僕は君に感謝する、スザク」
「…?」
「んじゃ、そう言うことで行くから」
ぱっと右手を上げる。
「どこに…?!」
「ナナリーと義兄上の所にだよ」
の居場所はナナリーが笑顔でいられる場所で、ナナリーとルルーシュがいる所。
「ねぇ、スザク。敗戦国の人間に囲まれてしまった勝利した国の人間は果たして無事でいられるかな?」
スザクははっとなる。
日本は負ける、それはおそらく決定事項だろう。
だからこの場合、敗戦国側の人間は日本人で、囲まれた人間は達のことを示す。
敗戦国の者は勝利したブリタニア国の人間を憎まずにいられるだろうか。
「だから、僕達は行くよ」
「けどっ!君だけならともかく、ルルーシュは全然力が弱いしナナリーは…!」
「じゃあ、祈っていてよ、スザク」
「え?」
「日本人の君に手を貸してくれなんて言わないよ。君にはきっとしなければならないことがあるはずだから。だから、せめて祈っててよ」
スザクは3人だけじゃ無理だと言いたいのだろう。
だから、は祈っていてと言う。
「僕とナナリー、そして義兄上と再び会えることを」
それがいつになるかは分からないけれど、無事ならば会える可能性はゼロではないから。
達も、そしてスザクも無事でいられる保障などどこにもない。
だから祈りだけが唯一の救い。
(いつか会おうよ、笑顔を浮かべることが出来る世界で)
はスザクを背に走る。
向かう先はナナリーとルルーシュがいる所。
3人で達は、このエリア11となる日本で隠れながら生き続ける。
いつか、笑える優しい世界を見るために。