WOT -second- 31
グルド達との食事が終わり、部屋に戻ってからシリンは少し反省する。
魔族である彼らに怯えながらも、シリンの言葉を信じて頑張って待っている少女達がいる。
(朱里の時もそうだったけど、なんか私ばっかり楽しんでてちょっと後ろめたいんだよね)
そんなにお気楽極楽な性格ではないつもりだが、人より少し知っている事が多いからか、状況を少し理解できているからか、シリンは恐怖心というものが今は殆どない。
小さく溜息をつきながらも、今日もインカムを取り出す。
昼間船内を案内してもらった時に甲板で見たものについての相談だ。
『桜、翔太』
インカムをつけて小さな声で呼びかけるシリン。
2人に話しかける時はいつも日本語だ。
シリンが呼びかけて間もなく答えが返ってくる。
『…随分と仲良さそうだったな』
『父上…』
不機嫌そうな翔太の声と、呆れたような桜の声が返ってくる。
こちらの呼びかけに対してその返事はどうなのだろう。
そんな反応が返ってくるという事は、グルド達と仲良く食事をしていたのはばっちり見られていたという事だろう。
『揉め事起こすよりも、仲いい方がいいと思うんだけど?』
『妾もそう思うがの』
『確かに揉め事起こすのはよくねぇが、俺としては、仲良くするくらいなら盛大に揉め事起こせ!と思うぞ!』
『翔太…』
桜も呆れているだろうが、シリンも呆れたような声を出してしまう。
最終的に逃げだすという計画を立てているのに、揉め事を起こして相手を警戒させてしまったら上手くいくものも上手くいかないかもしれない。
『姉さん』
『何?』
『あいつら、味方じゃないんだぞ?』
ふっとシリンは小さく笑みを浮かべる。
恐らく翔太はシリンを心配してくれているのだろう。
いざという時は、シリン自身使える力をすべて使ってでも彼らと戦う事もあり得る。
和やかに会話した事のある相手と、本気で戦う事ができるのか。
『うん、分かってる』
『姉さんが悲しむのは、俺、嫌だからな』
『うん、それも分かってる』
なんだか翔太は再会してから心配性になっている気がする。
姉思いの弟に、シリンはくすくすっと笑ってしまう。
『んでね、今日はちょっと相談』
『船のことかえ?』
相談がくると分かっていたのか、桜が聞いてくる。
『うん。それらしい法術陣を見つけたんだけどね、その法術陣は簡単に崩せない。なんか特殊な素材で覆ってあるみたいでさ』
『特殊ってーと、もしかしてアレか?』
『じゃろうな』
『何?やっぱり心当たりあり?』
大戦の遺産なのだから、大戦時に作られたものという事。
ならば翔太や桜が知っていてもおかしくないのだが、ぱっとアレだとはっきり分かるという事はかなり知られていたものだったのだろうか。
『あの時代は急速に法術に関してのものが発達しての』
『対法術の物質も開発されて、たぶんそれはその1つだ』
『法力を吸収して自然へと還す物質じゃ。目には見えぬが細かく法術陣が刻まれておるものでの』
『細かさで言えば、今姉さんがしてる指輪の比じゃないくらい細かい』
シリンは思わずぎょっとなる。
指輪に刻まれた法術陣も十分細かいのだ。
それ以上細かいとなると、どれだけのものなのか。
だが、あの当時は機械が存在していた。
機械で刻み込んでいければ正確で細かいものを作る事は可能ではあったのだ。
『作り自体は結構単純なモンだったはずだぞ。確かアレの法術陣の記録あったよな?』
『あるはずじゃ。探してすぐに転送するゆえ待っておれ』
『転送って…、そんなに簡単に転送できるもんなの?』
『まぁ、桜の法術使えばな。紙1枚くらいだったら、シールドがあろうがなかろうが、距離がどれだけ離れていようが転送はそう難しくないだろうしな』
物の転送はそう難しくない。
というよりも、失敗しても転送した物が壊れるだけなので失敗しても良いという感覚がある為、試しでやってみようという気にもなる。
ただ、人の転移は違う。
人の転移が失敗して壊れました、では洒落にならないのだ。
『作り自体が簡単なものってことは、無効化する事も結構簡単?』
『んでも姉さん。そっちを無効化するのはいいけど、シールド絶つのも同時にやるとなるとかなり大変じゃないか?』
『だよね…』
『余裕を持った方がいいぞ。動けるのは姉さんだけなんだからさ。予定外の事があって、他の子供を護る必要性も出てくるかもしれないだろ?』
浚われた子達はシリンを除けばそれなりの法力を持つ子ばかり。
彼女達は転移法術を使えるだろうか。
(シールド無効化して転移で飛んでもらうとしても、それができる精神的余裕があるかな。その前に転移法術は難しい方らしいから、できるかどうかも分からないしな)
彼女達の年齢は10歳前後。
法術は初級から中級あたりを学んでいるくらいの年齢だろう。
シリンの双子の兄であるセルドは、周囲と比べて優秀な為かなり高度なものを学んでいるようだが、セルドを基準に考えてはいけない。
『一番いいのは、”それ”から通過させてこの船の法術陣を無効化させることなんだけど…』
『どこにあったんだよ、その法術陣は』
『多分この船の甲板のがそうだと思う。結構広くてね、そこにでっかく法術陣があったし、使われているみたいだったらそうじゃないかな、と』
『甲板か?ちょっと待ってろ』
『翔太?』
『この間センサと通信類の修復を一気にやったから、空から確認できるかもしれねぇからやってみる』
『やってみるって…』
どうやら桜本体が管理しているものはかなり多数あるようだ。
空から確認という事は、衛星も管理しているのだろうか。
『主、先ほどの物質の法術陣の紙を転送するぞ』
『あ、うん』
シリンが了解の返事を返すと同時に、シリンの前にぱっと1枚の紙が転送された。
紙はそう大きなものではなく、法術陣事態もそう複雑なものではない。
ただ、これ1つだけではあまり意味を成さないと思えるので、これが複数細かく刻まれているという事なのだろう。
(この法術陣を無効化してあの透明の壁を壊すよりも、これを”透して”向こう側の法術陣に影響させる法術を作ったほうがいいかな?それか効果を二重にして…)
じっと紙面を睨みながらシリンは考える。
『壊す案を考えておるならば、それはお勧めできぬぞ、主』
『桜?』
『その物質は硬度も高く法術もほとんど効かぬ。じゃが、意外に脆い』
『脆いって…』
『一度壊れると全てが崩れる代物じゃ。その物質を壊した者が未だかつて父上くらしかいなかった故、諸刃であると自覚しておる者はほとんどいないじゃろうが』
『全てって…、あのまさか』
『それを壊す気でおるなら、船を壊すことになるという事を理解しておればよい』
あれだけ大きな甲板が全て崩れれば、船は沈んでしまうだろう。
もしかしたらその物質は甲板だけではないかもしれない。
そこではっとなるシリン。
『桜、ここって周囲に民家とかは?』
『大分離れた所に村がいくつかある。ここはティッシの北方にある森じゃ。人は滅多に近寄らぬ場所じゃろう』
『そう。けど、だからといって船を沈めていいってことにはならないよね』
『この船が沈めば、確実にこの森は黒こげじゃろうな』
シリンは思わず大きなため息をついてしまう。
船を沈めれば混乱に乗じて脱出は可能だろうが、そんなに派手に逃げるつもりは最初からない。
(船の破壊は駄目だね。となるとやっぱり、コレを”透す”法術を使うしかないか)
不可能ではないが、かなり複雑な法術になる事は確かだ。
『船の動力の法力を奪い取ることはできぬのか?』
『なかなか物騒な事を言うね、桜。んでも、確かにそれはいい考えかも』
シリンは自分の法力を使えない。
この空間を遮断されている船の中で法力をどこからもらってくるかは課題の1つではあるのだが、多くの法力を内包している人たちがこの船には多くいるのでそう問題ではないと思っていたのだ。
人の法力は奪われた人ならば感覚で分かってしまう。
だが、船の動力になっている法力ならば、気づく人は殆どいないのではないだろうか。
『父上がその手の船を壊す時によく使っていた手段での』
コロコロ楽しそうに笑う桜。
当時何があったのか分からないが、翔太の事だ、無茶な事を結構したのだろう。
『どうした?桜?』
『いや、少し昔話をしておっただけじゃよ』
翔太が戻ってきた…という言い方もおかしいが…ようで会話に加わってくる。
『姉さん、その甲板の法術陣だが解析はできた。かなり綺麗に型に嵌ったやつみたいで今の俺でも十分どうなってるか理解できるもんだったんだが…』
『今の翔太でもって、法術の知識のデータだっけ?も回復できたの?』
『法術理論の基礎データだけ桜にもらっておいたんだ。つまり、そんな基礎データだけで解析できる程度の代物ってことだ。流石に姉さんが作った複雑怪奇な法術までは無理だぞ』
『人の法術を複雑怪奇って…、翔太も五十歩百歩のもの作ってたんでしょうが』
『いや、けど、基本的な事だかしか知らない状態で見ると、姉さんがふいに使ってる法術とかすっげぇ複雑怪奇に見えるんだぜ?』
シリンは法術の基本理論など知らないので、使いやすいように組み上げている。
中級も高度なものもさっぱり分からないので、入り混じってはいるのだろう。
『じゃなくてだな。その甲板の法術陣なんだが、詳細はともかく、アレで全部じゃねぇみたいだぜ?』
『全部じゃない?』
『基礎的な法術をいくつか細かく、これでもかってくらいに使ってるが、あれだけじゃ意味を成さないんじゃねぇかと思う。その辺りは姉さんが直接見た方がいいだろ。桜、映像とか送れるか?』
『可能じゃ。Bシステムオン』
『へ、わっ?!』
しゅんっと音をたてた瞬間、シリンの視界が少し暗くなる。
インカムから透明なバイザーがシリンの目を覆うように出てきたのだ。
(すご…、こんな機能まであるんだ)
視界を覆っているバイザーにぱっと映像が映る。
室内にいるのに見える光景が違うというのは奇妙なものだが、シリンは見えた光景に集中することにした。
『見えるか?姉さん。上から見た方がよく分かるだろ?』
『成程。確かに簡単な法術を並べてあるだけみたいだね』
翔太が基礎的な法術と言った理由がシリンでもなんとなく分かった。
ぱっと見て、単純な効果のある法術陣が属性ごとに綺麗に並んでいるだけなのだ。
これだけではこの大きな船を動かせるはずがない。
『どこかにこれをまとめているものがある、ってことだね』
『多分な。この近くには流石にないだろうが、それを探す時間はあるか?』
『難しいと思う』
『ってことは、船の破壊か?』
『一応どんな法術陣かをこの状況から推測して、部分的に無効化はやってみるけど、仕掛けは2つ3つしておいた方が無難だよね』
『指輪の中に色々入ってるはずだから、それを使って仕掛けておけばいいんじゃないか?』
『ん、そのつもり』
翔太の作ったこの指輪には本当に色々なものが入っている。
法術を先に込めておき、後で発動させることができるような便利アイテムもある。
『あと3日で本当に大丈夫なのか?』
『なんとかするしかないよ。だってそれ以上は、きっとあの子達が持たない』
3日後にどうにかできるか、今の段階では何とも言えない状態だ。
それでもエルグに3日と言い切った以上、どうにかするしかない。
何よりも、この部屋で眠っている彼女達。
最初に浚われた子など、精神的にはもう限界のはずだ。
『最悪の時は頼むね、桜、翔太』
『勿論じゃ』
『任せておけ』
シリンは小さくため息をつく。
殆どが行き当たりばったりのような状態だが、これをどうにか上手くいかせるしかない。
決して戦って勝たなければならないわけではないのだ。
(睡眠時間削らないとやってられないな…)
シリンはまだ9歳だ。
この身体はそれなりに長い睡眠時間を必要としているはずだ。
フィリアリナの屋敷に帰ったら、飽きるほど寝るつもりで今はできることをやるしかない。
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