WOT -second- 30
本日も夕食をグルドと一緒にである。
今日は流石にグルドの膝へ座るのは断固として断り、隣にちょこんっと腰をおろしているシリン。
昨日はほとんど食べる事はなかった食事だったが、今日は遠慮なく目の前の料理に手をつけさせてもらっている。
「手掴みには抵抗ないんだな」
「ん?」
目の前の料理にナイフとフォークなどついていない。
用意された料理はすべて手掴みのもので、パンや果物、野菜も薄くスライスした肉に包まれたものだったり、大きな葉に包まれていたりして、手で食べやすいものばかりだ。
「料理はおいしく、下品じゃなければどうやって食べてもいいと思うけど?」
「貴族ってのは、礼儀作法に結構拘るものだと思っていたんだが」
「じゃあ、オーセイの貴族はそうなの?」
「俺が知る限りはな」
シリンの知るティッシの一般的な貴族もそうだ。
決してシリンの礼儀作法が悪いわけではないのだが、公式以外の場で食事のマナーなど気にする必要もないだろう。
食事は美味しく食べる事が出来ればそれで十分だ。
食事をしながら、昨日と同じ場所のこの室内をシリンは見渡す。
昨日とは顔ぶれが少し違うのと、昨日いた人が何人か見当たらないのは食事が交代制だろう事が原因だろうとしても、あのガルファの姿が見えない事が少し気になった。
指揮官的立場だろう彼がまさか交代制のメンバーに入っているとも考えにくい。
「今日はガルファがいないんだね」
「相当イラついていたからな。訓練室で暴れているんだろ」
「訓練室?」
「腕が鈍らないように多少強力な法術を使っても平気な、比較的大きな部屋がある」
「へぇ〜」
甲板がかなり広かったのと、部屋数も結構あるので、1階だけの構成でなければ空間的には確かに他にそれなりの広さのある部屋があってもおかしくはないだろう。
多少強力な法術が平気な部屋ということは、法術を吸収するのか、それとも無効化するのか、どちらかの効果のある部屋なのだろう。
少し興味深い。
「興味があるなら、明日見てみるか?」
「うん、見てみたい」
法術を吸収する法術というのもないわけではないが、彼ら種族の法術を吸収するとなるとかなりの規模のものが必要だろう。
その構成を見てみたいと思う。
「でも、ガルファは何でイライラしてるの?誘拐うまくいってるでしょ?」
「浚うのは、な。だが、彼女らの態度はあの通りだろ?」
「うーん」
「その上、シリンが平然と俺の側にいるのが気に入らないらしい」
「そんなこと言われても、一応グルドとは面識があったわけだから」
それにシリンはガルファに対して好感を持っていない。
好き嫌いを言えるほどガルファの事を知っているわけではないが、初めて見たガルファの態度があれでは好感など抱けるはずもない。
「初対面で俺は法術ぶっ放したんだが、それはよかったのか?」
「あの時は、ちょっとびっくりしたけど、こそこそ近づいた私も悪かったわけだし」
軽く一戦交えたのだが、シリンはグルドに悪い印象を抱かなかった。
シリンに拘束された事であっさりその場を引いてくれた潔さに好感すら持てたのだ。
翔太も”あの種族にしては物わかりがいい”と言っていた。
「んでも、ゲインはどうしてあの場所にいたの?」
「え?オレっすか?」
突然話をむけられて、きょとんっとするゲイン。
その表情は普通に可愛い。
「別に大した理由じゃないんっすけど…」
「でも、あの辺近づかない方がいいって言われているんじゃないの?」
「言われているんすけど、オレの姿が人に見られない場所でゆっくりできそうな所が、あそこくらしか知らなかったんっすよ。けど、何でそれ知っているんすか?」
きょとんっとするゲイン。
「聞こえてたから」
「何がっすか?」
「あそこにいた時のグルドとゲインの会話」
彼らが何の目的でそこにいるのかを探る為、集中して聞いていたので覚えていたのだ。
ゲインはシリンの言葉に驚くように目を大きく開く。
「シリンさんって、無茶苦茶耳いいんっすね!」
キラキラと目を輝かせながらシリンを見るゲイン。
何か激しく誤解をしているような気がしてならない。
困ったようにグルドを見れば、グルドはくくくっと笑いながら肩を震わせている。
「法術か?」
「そうだよ」
笑いをこらえながらグルドが問うので、シリンは肯定する。
あの時は法術を使って2人の会話を拾っていた。
「グルド様、法術というのはどういうことっすか?」
「そのままの意味だ。遠くの声を拾う法術があるんだろうさ」
「便利な法術があるんっすね」
便利な法術があるのではなく、便利な法術をシリンが作っているだけだ。
無駄なものなど作るはずもなく、シリンが作る法術は実用的なものが多い。
シリンはちらりっとグルドを見る。
グルドはシリンがそういう法術を使える事に全く驚いていないどころか、その法術を使っていたから話が聞こえていたという事が分かっていたように思える。
「その法力で、あれだけの対応をあの場でされればそう思うだろう?」
シリンの考えていたことが分かったのが、グルドはそう言う。
グルドが油断していたとはいえ、シリンが結構あっさりグルドを拘束で来たのは、シリンがそれだけの技量を持っていたとも言える。
あれだけ見事に法術を使いこなしていれば、盗聴できる法術も使えるだろうという事だ。
「グルドって鋭い」
「長く生きてれば、鋭くもなるさ」
「ガルファはそうは見えなかったけど…」
確かに長く生きていれば、それだけさとくなるものだろうとは思う。
それでも、その長く生きた経験を活かせない人もいるものだ。
「あまり油断するなよ。アレが暴れでもしたら、とんでもない事になる実力は持っているからな」
「危害を加えられるかもしれないって事?」
「可能性としてな」
「大丈夫、危害加えられる前にぶっ飛ばすようにするから」
うんうんと頷きながらシリンはいくつか対策の法術をぽぽんっと頭の中に浮かべる。
(なんとかなるだろうけど、一応自動防御の法術をいくつか先に作っておこう)
一応簡易の自動防御の法術が発動するようにはなっているのだが、本格的なものをいくつか備えておく方がいいかもしれない。
シリンの言葉にグルドは小さくため息をつく。
「お前、案外物騒だな」
「そうかな?」
浚われた立場としては、これくらい過激な事をしても構わないだろうとシリンは思うのだ。
「力がないから、先手必勝じゃないと自分が不利になるだけだし」
「確かにな」
「身体抑えつけられでもしたら、それこそ抵抗しようもないだろうしさ」
まだまだ9歳の子供では、大人にすら抵抗も出来ないのだ。
グルドはじっとシリンの身体を見る。
「力込めて抱きしめたら折れそうだな」
「そこまで脆くないと思うんだけど…」
そう言うシリンの腕をひょいっと掴見上げるグルド。
「振りほどけるか?」
つまり、捕まれた腕を振りほどいてみろという事なのだろう。
軽く腕を振ってみるが勿論びくともしない。
ぐっと力を入れて腕を動かそうとするが、やっぱりびくともしない。
(まぁ、腕力で敵わないのは当然だろうけどさ)
シリンは特別な訓練をしているわけでもない、普通の9歳の子供だ。
城下町にいる一般市民のよく町中をはしゃいでまわっている子供よりも体力はないかもしれない。
「無理だって。大体私くらいの年齢の子供が、大の大人、しかも男の力に敵うわけなんてないってば」
「そういう解釈か」
「は?」
グルドが何を言いたいのか分からず、こくりっと首を傾げる。
解釈というのはなんの解釈なのか。
「普通ならば、魔族だからってことで怖がるんっすけどね」
ぽそっと呟くのはゲイン。
イディスセラ族同様、どうも今のこの世界は見た目や力での差別が顕著だ。
勿論シリンのように種族が違うからといって差別などしない人もいるだろう。
だが、普通はイディスセラ族を恐れ、魔族を恐れる。
「うーん…、別に見た目が違うからって怖がる必要なんてないと、私は思うんだけどね。ゲインは普通に可愛いし」
「へ?ええ?!」
盛大に驚くゲイン。
そんな反応も可愛いのだ。
「ゲインはお前より年上だぞ」
「分かってるよ」
これでシリンより年下というのならば、彼ら種族の成長速度はどうなっているのか聞きたくなってくる。
年上という事は承知だが、やっぱり所々のしぐさが可愛いと思えるのだ。
ちょっぴり傷ついたような表情をしているゲインはやっぱり可愛い。
「オレ、25なんすけど…、シリンさん」
(あ、同じ年だ)
自分の精神年齢と全く同じだと親近感が沸いてくるシリン。
だが、ふと疑問が思い浮かぶ。
「ゲインが25歳ってことは、肉体の成長速度は普通の人と変わらないってこと?」
「成人までの成長は人とそう変わらん。俺達は、肉体の最盛期と言えばいいのか?その辺りを維持しながらもかなりゆっくりとだが衰えていく」
成長速度は同じだが、衰え方が違うのだろう。
人もゆっくりと衰えていくのだが、その衰退のスピードがとてつもなく遅いという事だ。
内包する法力によって常に細胞を活性化させているようなものだろうか。
翔太も実年齢は60代の頃でも、見た目は20代くらいだったらしいのだ。
「へぇ」
じっとゲインを見る。
25歳にしては、少し精神的に幼いと思えてしまうのは彼らが長寿の一族で精神面での成長はゆっくりということなのだろうか。
「な、なんっすか?」
「ううん。グルドよりはゲインの方が私と年が近いんだなぁって思っただけ」
「そ、そうっすか」
「だから外見も可愛く見えるのかな?」
「なんでそこで”だから”になるんすか?!」
「えっと、年が近いから?」
「理由になってないっす!」
そのやりとりにグルドがくくくっと笑う。
「ゲインでそう遊ぶな、シリン」
「別に遊んでるつもりじゃないんだけど」
「からかってはいるだろう?」
シリンは少し考える様子を見せる。
可愛いと思っている時点でからかっているようなものかもしれない。
「まぁ、多少は」
「シリンさん?!」
酷いっす!とゲインが叫ぶのを聞きながらシリンは笑う。
無理して笑っているわけでもなく、シリンはこの会話が純粋に楽しかった。
けれど、自分は誘拐された立場であって、彼らは決して味方ではないのだ。
こうして楽しく会話ができるのは、あとほんの少しの間であるのかどうあっても変わらない事だ。
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