WOT -second- 06
香苗と翔太は年が1つだけ離れていた。
香苗はブラコンでもなければ、翔太もシスコンでもなかったが、仲は良かった姉弟だったと言えるだろう。
『生きて…たんだね』
シリンは目の前のソファーに座る立体映像の青年、翔太をじっと見る。
その表情は嬉しいのか悲しいのか分からない表情だ。
『それは俺の台詞だ。あの時は俺だけ運よく生き残ってたから…、桜に姉さんの名前を聞いた時はものすげぇ驚いた』
『厳密には私は生まれ変わりで、生きてるって言っても紫藤香苗じゃないけどね』
『けどなんか嬉しいぞ、俺は。会えるだなんて全く思ってなかったしな』
『私だって』
紫藤香苗と関係する人に会える事などないだろうと思っていた。
生まれ変わったばかりの頃は寂しかったりした事もあった。
だが、今はシリンとして生活してシリンとして知り合った人たちがいる。
翔太に会えて話す事ができるのはすごく嬉しいが、シリンは”紫藤香苗”に戻りたいとは思わないのは、少し薄情だろうか。
『あれ?ちょっと待って。翔太がいるってことは、まさか甲斐のご先祖…』
『ああ、俺だよ。ちなみに”始祖”ってのも俺ことらしいぜ。そんな崇められるような事した覚えはないんだけどさ』
さらりっと当然のように肯定する翔太。
甲斐と愛理が”香苗”の苗字と漢字まで全く同じな理由は、偶然でもなんでもなく翔太の子孫だからだ。
『その話は置いておいて、伝えておいた方がいいって思った事があるんだ。実は桜に姉さんがここに来るようにって、俺が頼んだことでさ。桜の本体はなんとか稼働しているけど、俺がこうやって姿を現わして話すのは、あんま長時間は無理なんだよな』
『無理しなくていいよ?』
『長時間話せるようになる為に全ての機器類の自動修復を終わらせるのって、まだ数年かかるんだぜ?そんな後じゃ、何か起こってるかもしれないだろ?』
それはこれから何かが起こる可能性があるという事だろうか。
『この世界には、まだ大戦の遺産が多く残っておるのじゃよ、主よ』
『遺産?』
『遺産と言えば聞こえはいいけどな、兵器みたいなモンさ。使い方を間違えるとこの世界が変わってしまう程のものがな、色々残ってるんだ』
『核兵器とか?』
『そんなんじゃなくて、もっと物騒なモノ』
核兵器よりも物騒なものとは、どんなものなのだろうか。
”香苗”の記憶では、物騒な兵器と言えば核兵器である。
だが、法術を使うようになってからはどうなのだろうか。
『主にその指輪を渡したのも、父上の薦めじゃ。ソレを使わねばならぬ危険な状況など起こらぬのがなによりじゃが…』
『人工知能搭載の機械兵器は世界のあらゆる所に残ってるし、アイツの子孫あたりはまだ絶対に生きてるだろうし』
シリンは指にはめてある指輪を見る。
甲斐はこれは始祖が作ったものだと言っていた。
始祖とは翔太のことであり、シリンはこれを作った人は間違いなく法術の天才だろうと思っていた。
(天才には見えないなぁ…)
”自分”の弟だったからか、とてもではないが天才には思えない。
だが、この指輪を翔太が作ったのは事実だろう。
『これって翔太が作ったんだよね?』
シリンは左手を指輪を翔太に見せるように上げる。
一応本人に確認はしてみる。
『まぁな。俺は別に生まれつき法力が高いわけでもなかったけど、法術に関してはがむしゃらに勉強してさ、いつの間にかそんなのまで作れるようになっちまったわけだ。結構重宝したぜ、それ』
『これって武器なの?』
『使い方によっちゃあ武器にもなるけどな。どっちかっつーと、治癒系とか補助系メインにした。やっぱ、”敵”を倒す事が出来たとしても大切な人を護れないと意味ないだろ?』
それはシリンも分かる。
オリジナルの法術を組み上げる事が出来ても、大切な人を護る時に使えなければそれは意味がない。
『後でそれに刻み込んだ法術陣の拡大した図面渡すから、役に立ててもらえれば俺としては嬉しい』
『使い方は教えてくれないの?』
『だって、俺、使い方分かんねぇもん』
『は?!』
これを作ったのは翔太ではなかったのだろうか。
それとも今の翔太はその記憶まではデータとして残っていないのか。
いや、ならば、どうして”治癒系と補助系メイン”のものである事を知っていたのか。
『法術関係の記憶データは、まだ修復中なのじゃよ』
『別に法術陣を解析すれば使い方は分かるだろうけどさ、姉さんが自分で理解した方が早いだろ?』
確かに、法術陣が読み取れる大きさならば、時間はかかるがシリンは理解できるだろう。
そして自分で解読した方が覚えやすし、いざという時も使いやすい。
『全部理解するのは時間かかるかもしれないけどさ、基本的な使い方は早めに理解しておいた方がいいぜ』
『何かあるの?』
『いや、そう言うわけじゃねぇんだけど…』
『何かあってからでは遅いと、父上は言いたいのじゃよ。主は2か月前に随分と無茶をしたじゃろう?』
あの時シリンは倒れて、しばらく寝込む羽目になった。
自分の身体に相当の負荷をかけてしまったのと、あの時の自分にはあれが精いっぱいだったので仕方ないと思っている。
この指輪は、身体に負荷をかけないように法術を使う事が出来る機能があるという事なのか。
『とにかく分かった。解読最優先にしてみるよ』
『不明な部分があったら桜に聞いてくれ。桜の法術データの方ならだいぶ修復できてるからさ』
『うん。けど、そう言えば桜は法術陣の解読できないの?』
『無理じゃ、無理。父上の組み上げる法術陣は独特すぎて妾の許容範囲外じゃ』
『それじゃ、私にも難しいんじゃ…』
『主ならば大丈夫じゃろ。主の組み上げる法術も父上のものとよく似ておる。かなり独創的じゃ』
肩をすくめる桜。
シリンは翔太に「そうなの?」と目で問うが、翔太はシリンが組み上げた法術を知らないのか首を傾げるだけ。
『法術の基本的な事や可能な応用方法の知識を提供する事は可能じゃが、妾には父上の法術をすべて解読する事は不可能じゃて』
『相当独創的って事なんだ』
『人の事は言えぬぞ、主よ』
『う…!』
シリンも今までかなり多くのオリジナル法術を組み上げている。
それは自分の頭の中にあるもので、使ったことがない法術も多くあるのだが、オリジナルの法術は自分のひらめき次第だ。
存在する高度な法術を知らない為に、シリンはその現存の法術の在り方に左右されずに自由に考えて組み上げる。
だから独創的なものになってしまっているのかもしれない。
『姉弟だからなぁ〜』
『変なとこ似ちゃうのかな?』
『センスってのは、環境が影響するって言うしな』
『小さい頃の環境の影響って大きいみたいだしね』
幼い精神の時に同じように育った2人が、似たような感覚を持つのはおかしなことではないだろう。
『主と父上の独創的センスは、また時間のある時に互いに満足のいくまで語れば良かろう。今はほかに話す事があるじゃろう?』
『あ、ああ、そーだったな。時間に余裕があるわけでもないしな』
翔太は長時間こうして話すのは無理、そしてシリンも何日もここにいるわけにはいかないだろう。
日が沈む前には屋敷に戻らなければ、家族が心配をする。
『核兵器以上に物騒なものの話だっけ?』
『そう。やっぱ、姉さんには無事でいて欲しいってのがあるから、こういうのが存在するってだけでも知っていれば違うだろうと思ってさ』
『心配、してくれてるんだ?』
『当たり前だろ』
にっと笑う翔太だが、その笑みを浮かべられるようになるまできっと色々な事があったのだろう。
桜から聞きかじっている程度だが、当時の名の知られた国がなくなるほどの酷い戦争と災害あった。
翔太はその中を生き抜いてきたのだ。
両親はどうなったのか、他に無事な人はいたのか、法術の事、朱里の建国の事、そして翔太自身は幸せだったのか。
聞きたい事はそれこそたくさんある。
(心配してくれる翔太の気持ちが嬉しいと思えるから、今はそれで満足にしておかないとね)
根掘り葉掘り聞けることばかりではないというのもある。
それに、今シリンは”シリン・フィリアリナ”であって”紫藤香苗”ではないのだ。
過去に拘る必要はどこにもないのだ。
知る事が出来る時が来たら、翔太が話したいと思う時が来たら聞けばいいだけ。
『桜みたいな人口知能生命体を主とした法術兵器が世界各地にある。俺が覚えているのだけでも4か所、内2か所は潰した…はずだが、自己修復機能が残っているとなると800年も経ってるからどうなっているのか分からん』
『そう言えば、桜から以前ちょっと聞いたことがある。けど、残っていたとしても殆どが埋もれている状態じゃないの?使用方法知っている人がいるわけでもないわけだし』
『そうじゃな、埋もれたままでいてくれればなによりじゃが…』
『実は調べたら、2か所ほど稼働しているものがあったんだ』
びしっと指を立てる翔太。
戦争に作られたものであり、攻撃に使えばその威力は相当なものであろう、桜と似たタイプの機械。
それが2か所は稼働している。
『それって、かなりまずいんじゃ…』
『いや、稼働だけじゃそうまずくないんだけどさ。んでも、ナラシルナの方はともかく、オーセイの方はまずいかもしれん』
『オーセイ?』
今この世界の主な大国は5つ。
ティッシと朱里はその中に入っており、他に3つの大国がある。
ナラシルナとオーセイも5大国の内の2つだ。
シリンも国名だけは知っているし、最近その国々の特色を綴った本を読んだりもしている。
『稼働が確認された場所がナラシルナとオーセイじゃった。オーセイは厄介なヤツがおる場所での』
『アイツがあの辺にいるはずだから、同類はほとんどその辺にいるだろうし』
『アイツ?』
きょとんっと首を傾げるシリン。
『実はな、そのA・I搭載兵器ともう一つ姉さんに知っていてほしいことってのがそれなんだ。どっちかっつーと、こっちの方がメインなんだけどな』
『数は少なかろうが、強大な力を持つ者たち故な』
『危険な人がいるってこと?』
イディスセラ族のように恐れられているような存在がいるという事なのだろうか。
だが、翔太が知っているという事は、大戦時に存在していた人達であり、強大な力を持っているというのならば、その存在の噂くらいはシリンだって耳にしているはずだ。
『今現在、隠れ住んでるのかアイツの子孫が生きているのか、その変はさっぱりわからねぇんだけどさ。イディスセラ族って遺伝子操作されて強大な法力を無理やり持たされた人間がいるように、もっとひでぇことされた奴もいたんだよ』
『もっと酷いことって…』
その酷いことを想像し、シリンは顔色を変える。
翔太は詳しい事は言わずに、問うようなシリンの視線に頷くだけだ。
遺伝子を操作し法力を高く持つようにされ、さらに余計な事はさせまいと法力の理解力を奪われたのが、今現在法力が高いとされる者たちの先祖であり、彼らの中にもその遺伝子はなくなることなく残っている。
それよりも酷い扱いをされた者がいたのだという。
『髪や瞳の色だけならば良いが、姿もすでに人とは異なるものとされた哀れな者たちじゃ』
『決して感情がないわけじゃねぇんだが…、まぁ、扱いが酷かったらしいからな。人の姿をしている相手をどう思っているのか分からねぇし』
『その人たちがオーセイにいるってこと?』
頷く桜と翔太。
『比較的好戦的な奴らばっかりだった。だから、稼働している兵器のマスターがその種族…って言えばいいのか?だとしたら、かなり厄介な事になる』
『現時点で何か問題が起こっておるわけじゃないゆえ、今はまだ平気とみるか、善良な者がマスターとなってくれたのか…どちらなのかは分からぬ』
桜のような機械類の殆どは恐らく誰かが主となって、初めて本来の能力を使うことができるように作れているのだろう。
だから、似たような機械兵器もマスターとなる人物がいるはずなのだ。
そのマスターが善良な人ならよし、しかし変な欲を持っていたりするととんでもない事になる。
『今のこの世界じゃ、あの兵器の力があれば国ひとつ変えることくらい不可能じゃない。別の国で目覚めたとしても他国に影響を与えないはずもない』
『だから、場合によってはかなり危険?』
『ああ』
シリンは左指にはまった指輪をそっとなぞる。
この指輪でどんな事が出来るのか、シリンには分からない。
けれど、のんびりとではなく、早々に自分は誰かを護る手段を多く持つ必要があるのかもしれない。
『今の俺じゃ姉さんを助けるなんて出来ないけどさ…』
『気持ちだけで十分。それに、”弟”に助けてもらうなんて格好悪いし』
『なんだよ、今は俺の方が年上だぞ?』
『それでも翔太は私にとっては”弟”だよ』
シリンよりもつらい経験をして頼れる存在だとしても、今のシリンは翔太に頼るつもりはない。
姉としてのプライドとかそういうのではなく、とても大変な思いをして来ただろう翔太にこれ以上の重荷を背負わせるわけにはいかないと思ったのだ。
『けど、何か困ったこととかあったら言ってくれよ』
『長時間話をする事って無理じゃなかったっけ?』
『そ、それでもだっ!…せっかく会えたのに、姉さんに何かあったら、俺、絶対にすごく後悔する』
どこか縋るような表情をされて、シリンは頼れないとは言えなかった。
紫藤香苗は翔太を置いて逝ってしまった。
翔太のこの反応から、きっと周囲の人たちで生き残ったのはほんの僅かの人たちだったのだろう。
『うん、そうだね』
やっぱり翔太は、香苗にとってもシリンにとっても”弟”だ。
紫藤翔太という人間は、もうこの世にいない事は分かっている。
けれど、この時に会えた奇跡にシリンは感謝しようと思う。
過去に戻れない事は分かっているけれど、会えた事は純粋に嬉しいと思えるから。
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