WORLD OF TRUTH 20
シリンは目の前のティッシ軍を追い払うだけの法術を、自分で考えた法術の中から選ぶ。
(一度では無理かな。それに防がれる可能性もあるわけだし)
シリンの父やセルド、そしてクルスはカイに匹敵する法力を持っているだろう。
クルスとの話で法力理論を理解している人は相当少ないか、いかないと考えていいだろう。
かといって、シリンのオリジナル法術を防げないわけではないはずだ。
(2つ3つ組み合わせてみるかな。即興だから上手くいくかわからないけど)
防がれることも考えて、シリンは使えそうな法術を選ぶ。
シリンのすぐそばにカイが立ち、カイは少し離れた所で繰り広げられている戦闘をじっと見ている。
そして、その側に愛理が立ち、後方で見守るかのようにA・Iがいる。
『カイ、合図は送れる?』
『合図は送れるけど…』
『けど?』
『オレの合図に従わなそうな人が1人いるんだよな』
盛大に困ったようにシリンを見る。
助けを求めるように見られてもシリンも困るだけである。
『昴ならば巻き込んでもよかろうて、従わぬあやつが悪いのじゃよ』
『エーアイ…』
『この戦もあやつの好戦的な性格が原因じゃ』
『そうは言うけどさ、後で兄さんにぶちぶち文句言われるのオレなんだけど』
『いつものことじゃろう』
A・Iの言葉にカイは、諦めたかのようにはぁと大きなため息をつくだけ。
『それじゃ、私が昴をひっぱるよ』
『愛理?!』
『ティッシ軍を追い払う法術ってお兄ちゃんだけでも大丈夫だよね、シリン』
『うん、まぁ、多分十数回も法術使うことにはならないと思うし』
防がれる可能性を考えて、少なくて2回、多くても4回でどうにかなるだろう。
ティッシの高位の法術がどれだけのものかは分からないが、1度防がれる状況をシリンが見ればそれに応じて第二派の法術を組み替えることが出来る。
応用が出来るという強味がこちらにはあるため、そう時間もかからないだろう。
『お兄ちゃんが合図して他の人を引かせて、昴が残っていても構わず法術使って。タイミング見て、私が転移法術で昴を引っ張るから』
『兄さんは結構なスピードで動いているんだぞ?座標特定できるか?』
うーんと愛理は考える仕草をする。
目の前で繰り広げられている戦いの移動スピードは肉眼では追えるものの、捕まえるとなるとその動きを読まなければ難しいだろう。
『大まかに特定するから平気』
『それだと兄さんに負担が…』
『うん、ばっちりかかるね。でも、ほら、エーアイも言ってたじゃない』
にっこりと愛理は晴れやかな笑みを浮かべる。
『昴の自業自得じゃ』
愛理の言葉に応えるようにA・Iが言う。
カイはやや顔を引きつらせながらも、再び大きなため息。
『シリン、そういうことだから頼めるか?』
『うん』
苦笑しながらシリンは頷く。
万が一巻き込まれても、怪我で済む程度の衝撃しか与えない法術を使うのでカイと愛理がいいならいいのだろう。
(兄妹同士で決めたことなら、それに私が口出す必要もないしね)
カイは手に光球を1つ浮かべる。
その光球はぽぽんっと分裂し、すぐ先で戦っているイディスセラ族の人数分の数になる。
「光よ、伝令となりて我が言霊を伝えよ」
カイがその光球を戦場に向かって投げ込む。
小さな光はひとつひとつ、戦っているイディスセラ族のそばへとひっつく。
「炎と風…ついでに時空間の法術の応用かな?」
「正解じゃ。別に光球でなくてもよいのじゃが、あれの形が一番分かりやすい故あれで定着してしまったようじゃな」
カイの使った法術を冷静に分析するシリンに、カイは目を開き驚く。
「シリン、やっぱお前、天才だよ」
カイの言葉にシリンは小さくため息をつく。
自分は決して頭の回転が速いほうでも、物覚えが良いほうもない。
「そんなことないよ」
「そんなことある。普通見ただけで法術の属性が分かるかよ」
「そうかな?呪文と見た目と効果で大体想像つくと思うけど」
「いや絶対無理」
きっぱり言い切るカイ。
法術を理解していない人たちから見ればそんなものかもしれない。
理解して使うこと、それは何にだって当たり前だと思っていたが、法術だけは例外。
(変なの。何かが邪魔して理論を覚えないようにしてるみたい)
カイだって頭の出来が悪いわけでもないし、シリンが自ら教えているクルスについては頭の回転が良すぎるほどだ。
それなのに基礎的な算数が分からないだけで、こうも理解できないものなのだろうか。
「準備はできたぜ。あとは法術で追い払うだけだ」
「うん。ただ、1回じゃ無理かもしれないし防がれる可能性も考えて、第2派以降もあるから1度目に合図した時にまたその場所に戻らないようにって言って」
「了解!」
1度で片付くとは思っていないシリンは、一度使った法術と似たようなもので大丈夫だろう。
相手の出方を見て2度目でそれに合わせた法術にした方が早い。
ティッシ軍になるべく怪我をさせないように引かせる為には、炎の属性は向いていない。
(やっぱり風と水が一番か…)
シリンはカイに目をやる。
カイはいつでも良いとばかりにこくりっと小さく頷く。
「全てに漂う青き水」
「全てに漂う青き水」
「大地を流れし、生命の龍」
「大地を流れし、生命の龍」
シリンが口にする呪文をカイは何も言わずに復唱する。
「吹き荒れ、なぎ倒し、全てを巻き込み」
「吹き荒れ、なぎ倒し、全てを巻き込み」
「今その力を示せ」
「今その力を示せ!」
ごぅっと大きな音ともに風が舞い上がり、水滴で風が輝いているように見える。
法術が発動した瞬間、1人を除きシュリの人たちが引く。
愛理は転移法術を発動させ、残っている1人、昴をその法術で引っ張り込む。
がらんっごろんっ…どしゃっ
桶のようなものが転がった音と、誰かが放り投げられるような音。
『あ、ごめんね、昴…』
愛理の法術で巻き上げられかけた周囲の残骸と共に転移してきた昴。
思いっきり地面に放り投げられた昴に謝る愛理だが、あまり気持ちはこもっていないように聞こえる。
シリンは昴に1度だけ会った事がある。
このシュリに連れてこられた時に会った、あのちょっと感じがあまりよくなさそうな青年だ。
昴はがばりっと起き上がり、ぎんっと音がするかのようにカイを睨みつける。
『甲斐!てめぇ、オレがいるの分かってて法術ぶっぱなしたな!』
『悪い、兄さん!』
一瞬びくりっとなり反射的に謝るカイ。
『カイ、次行くよ』
『ああ』
口を挟んできたシリンを見て昴があからさまに顔を顰めたが、今は気にしている場合じゃない。
カイが法術を放った先を見れば、予想通りと言うべきか数人には防がれている。
その中に父とクルスらしき姿が見えた。
(さすが父様とクルス殿下)
シリンはティッシの法術レベルもシュリの法術レベルも分からない。
どれだけの法術を使えば、父に勝てるのかすらも知らない。
だが、ここで駄目だと自分が決め付けてしまうわけにはいかない。
シリンは頭の中でざっと今ある法術を改良して組み直す。
上手くいけば1回で追い払うこともできただろうと思っていたのだが、自分の父とクルスを甘く見すぎた。
名門フィリアリナ家当主と王弟殿下というだけあるのだろう。
(意表をついて、更に強力な法術でないと駄目だ)
シリンは”知らない”から全力を持って法術で追い払おうとすることが出来る。
カイに発動してもらう法術は、決して命を奪い去らないように組み上げたもの、シリンの大切だと思う人たちが大きな怪我をすることなくこの場を収める、”シリンにとって”の最良。
傷つかないこと、犠牲を少なくすること。
シリンはそれだけを考えているから気付かない。
今大きな壁となっている父グレンとクルスが、シリンを心配しているからこそ決して引こうとしないでいるのを。
『おい、甲斐。そのガキは…、…っ?!』
昴がシリンに対して何か言いかけて言葉を止め、彼はとっさに右腕を突き出し早口で呪文を唱える。
「風よ、舞い上がりて我らを守る盾となれ!」
風が舞ったと思った瞬間…ごぅんっと大きな音が響き渡る。
ぶわっと舞うのは爆風。
どうやらティッシ軍の方からの攻撃を受けたらしい。
『セルド・フィリアリナか!おもしれぇ!…”炎よ、我願いし先にてその力を示せ!”』
シリンがセルドの姿を確かめようとしたが、すぐそばから炎が舞い上がる。
ごうっと音を立てて舞い上がった炎はある一点へと向かう。
(兄様がいる?)
セルドの姿を探そうと思う自分の思いを振り切るように、シリンは首を横に振る。
今は兄の姿を探すよりも、シュリに再び結界を張るのが先だ。
シュリに結界を張った後で、セルドには会いに行けばいい。
「カイ、復唱お願い」
「分かった」
組み上げる法術に使うのは、風、水、光…そして闇。
相反する光と闇を使うのには理由がある。
無茶苦茶な法術だとはシリン自身も思うが、これくらい無茶な組み方をしなければとてもじゃないが、グレンとクルスには通じそうもない。
「風は大地を巻き上げ、水は癒しを施す壁となる」
「風は大地を巻き上げ、水は癒しを施す壁となる」
ごうっと先ほどよりも強大な風が舞い上がる。
それにあわせて舞い上がるのは水滴、それは巻き上げた生ある者への癒しの力、守りの壁。
「光は支えとなりて、闇は枝分かれの道しるべとなる」
「光は支えとなりて、闇は枝分かれの道しるべとなる」
巻き上げられた風は5つに分かれる。
しかしその威力は先ほどのものと全て衰えてはいない。
小さな光の粒が5つに分かれた風を包み込む。
「全てを巻き上げ、光で包み込め」
「全てを巻き上げ、光で包み込め」
全てを巻き上げるのは風、癒すのは水、安定させるのは光、そして行き先を示すのは闇。
闇で3つの属性を安定させる。
「全てを包み上げ、闇で分かれよ」
「全てを包み上げ、闇で分かれよ!」
4属性を組み上げた法術など無茶もいいところだ。
一般的に使われる法術が使う属性は1つ。
高位法術になっても、属性は2つまでが殆どだろう。
それを、シリンは無理やり4つの属性を組み上げた。
4属性を使った法術、それをグレンもクルスも防ぎきることなどできず、我が身を守りきることだけを考えるだろう。
守りの法術だけの発動ならば、このカイの発動した法術で引かせることができるはず。
音でなく風が揺らす大気の震えが体に伝わる。
それほどまでに衝撃が大きい法術。
ティッシ軍のほとんどは巻き上げられる。
自分の身を守るだけの法力が残っている者が果たしているのか。
上手くいけばこの第2派でどうにかなるとシリンは思っていた。
しかし、現実はそう甘くないということなのか。
『…嘘、だろ』
驚愕のカイの言葉。
シリンが再度組み上げた法術は、防がれた対策をしてのものだった。
しかし、それを防いだ者がいる。
傷つきながらも引かない気持ちを持つ者。
シリンはカイの放った法術でも引かずにその場に立っている父とクルスの姿をはっきりと見た。
昴の言葉からセルドも近くにいることは確かだろう。
どくりっと何故か心臓が嫌な音を立てる。
(私のしてることって…、本当に正しい?)
皆が一番傷つかずに済む一番の方法をシリン自身は選んで今ここに立っているつもりだった。
だが、それが本当に正しいことなのか今更迷いが出てくる。
今、遠目に見える父とクルス殿下は傷ついている。
それはシリンが組み上げた法術によるものなのだ。
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