WORLD OF TRUTH 19



城までの距離は結構ある。
だが、先ほどの大きな法術によって周囲のティッシ軍はある程度ひいたのか、攻撃はない。
シリンはカイに抱えられながらだが、城の方に全力で飛びながら向かうシリン達。

『にしても、よくあんな法術知ってたな、シリン』
『実際の威力は私も知らなかったんだけどね』
『は?』
『だって、私の法力じゃ発動できないものだからさ。一応理論上ではあそこまで大きくなる予定じゃなかったんだけど、まぁ、大体は予想通りかな』

組み上げた法術はティッシ軍を巻き上げたものの、ティッシ軍を戦闘不能にする程度のものだ。
死者はでないような法術…とは言っても多少の怪我をしてしまうのは仕方ないが…にした。
自分の為に全く知らない人だからといって犠牲にしていいはずはない。

『予想通りって…』
『うん、オリジナルの法術だから』
『おじなる…』
『持ってる法力が少ないからその少ない法力でなんとかできる方法はないものかと思って色々な法術を組み立てているんだけど、さっきのはその延長上のもの。もしかしたら、同じような法術は存在しているかもしれないけどね』

さらっととんでもない事を言っているシリンだが、法術をそうひょいひょい組み上げられるものではないのは法術を学んだものならば分かるだろう。
シリンにはたまたまそれを理解できる基礎学力と、時間がたくさんあっただけだ。
貴族という身分から外へはそうひょいひょい出かけられるわけではない。
屋敷にこもっていて何が出来るかと言えば、本を読んで知識を詰め込みそれを応用するだけだ。

『お前、相変わらず頭いいんだな』
『相変わらずって、…別に普通だってば』

シリンとしては自分は特別優秀でもないと思っている。
法術理論もやってみれば、香苗の頃にはそんな学科は存在していなかったものだからこそ興味を持ち面白いと感じるようになった。
理論を応用し法術を組み上げる事、それは勉強が必要なことだが、法術という魔法のようなものに対してとても興味を持ったシリンにとって、その勉強は楽しかった。

(勉強が楽しいって思えたのは初めてだったし)

理解して組み上げた法術が成功すると楽しくなる。
そうして、今のシリンが作り上げた法術があるのだ。

『んでも、よかったのか?』
『何が?』
『さっきの法術、かなりの威力だったけど、物は壊されても直せばいいが、人はそうじゃないだろ?』

巨大な竜巻に巻き込まれたティッシ軍人がかなりいたはずだ。
カイはそのことを言いたいのだろう。

『大丈夫だよ。さっきのは大げさに見えるけどそんな物騒な呪文じゃないよ。打撲くらいの怪我はあるだろうけど、遠くまで吹き飛ばす効果があるだけだから』
『それじゃあ、あれに巻き込まれた軍人も戻ってくるってことか』
『それはどうかな?あれ、多分巻き込まれた”もの”の法力も全部巻き込むものだから、下手すると巻き込まれた人は殆ど法力吸い取られちゃってると思う』

(”動ける程度”には法力残してると思うけど…)

”全てを飲み込み”という呪文にはそういう意味もあるのだ。
運が良ければ吹き飛ばされるだけで済んでいるだろうという所。

『お前、やっぱ天才なんじゃないか?』
『だから普通だってば。それに、結局私の法力じゃ発動しないものが多いから私が使うとなると役に立たないものばかりだし』

シリンの法術のストックは結構たくさんある。
その中でシリン自身が使えるのは1割もない。
つまり法力がある程度ないと使えないものばかりなのだ。

『にしても…』

カイは腕の中にいるシリンをじっと見る。
シリンはきょとんっとして首を傾げる。

『何?』

何か言いたげなカイの様子に、シリンは促す。

『イディスセラ語話せたんだな』

言われるだろうと思っていた言葉。
ティッシではイディスセラ語など聞いたこともない。
そしてイディスセラ族が共通語以外の言葉を話しているなどとも教わっていない。
カイの反応からも分かるが、恐らくイディスセラ族以外でこの言葉を話せるのはとてもめずらしいのだろう。

『あ、うん』
『しかもかなり綺麗な発音だし。オレなんて共通語話せるようになるのにすっごい苦労したんだぞ』
『私だって苦労したよ』

(共通語を覚えるのに)

と心の中でのみ述べておく。
カイの苦労はシリンにも分かる。
英語に似ている共通語と日本語と同じイディスセラ語は文法が全く違う。
そして発音も違うのだ。
成長が遅いのでは?と思われるほどに、シリンは言葉の習得が遅かったのから分かるように、綺麗に話せるようになるまで随分かかるのだ。

『共通語って覚えるの大変だから、私はまだ全然話せないんだよ』

ひょっこり愛理が話しに加わってくる。

『聞き取りはできるじゃないか、愛理』
『できるけど、早口で言われると全然分からないよ』
『こればっかりは、実際話せる人とたくさん話をすることが一番いいかな?文法と単語を覚えて実際話せるようになるかって言うと、それは難しいだろうし』

言葉というのは、その言葉を使っている現地で話そうとして徐々に覚えていくほうが吸収は早い。
現地で1年で言葉を習得したとして、1年その土地の言葉を勉強して話すことができるようになるかと問われれば、それは否だろう。
知識のみと経験した場合の違いである。

『ティッシと朱里の戦争がなくなったら、たくさんのティッシの人と話すことが出来るようになるのかな?』
『そうだな』

カイは優しい瞳で愛理を見る。
そう、この戦争がなくなり、ティッシとシュリの人たちで友好的な関係を築くことができれば、互いに行き来もできるようになるだろう。
だが、きっとそれはとても時間がかかること。

『その為に今は、自分でできる精一杯の事をするのが一番だと思うよ、愛理』
『シリン…』
『私も、できることは協力するから』

大切な人たちが幸せと感じられるために、シリンは今はカイと愛理が無事でいられる一番の方法を選ぶ。

『とりあえずは、この国に入ったティッシ軍を追い出せるだけ追い出す事…かな?』
『ティッシの人間の言葉とは思えないな、シリン』
『そうかな?けど、誰だってやっぱり戦争は嫌いだと思う』

父もセルドも、そしてクルスも決して戦争を好んではいなかった。
戦争の切欠がシュリの一部の人たちが好戦的だったからとしても、ティッシにいくつか被害を被った村や町があっても、戦争は歓迎すべきものではない。

(被害を受けた人たちからすれば、シュリへ攻め込むことは当然だと思うことかもしれないけど…)

安穏と暮らしていたシリンが戦争が嫌だと主張するのは、単なるわがままかもしれない。
それでもシリンは嫌なのだ。

『城に向かいながらティッシ軍を法術で追い出して、城を中心にもう一度結果を張るってのが一番だと思う』

元の状態に戻すこと。
それは問題を先送りにしているだけに過ぎないかもしれない。

『結界は一度破られておる。同じものを張った所でそれは意味を成すのかえ?』

じっとシリンを見つめながらA・Iは問う。
その視線はまるでシリンをどこか試しているかのようなものにも思える。
確かにこのシュリを覆っていた結界と同じものを張れば、同じように結界を壊されてしまう可能性は高いだろう。

『同じ結界ならば、でしょう?法術で強化しますよ』
『お主がか?』
『勿論、私の法力じゃ無理ですからカイと愛理のを借りますけどね』

カイと愛理がきょとんっとする。
シリンのやろうとしていることが良く分からないのだろう。
しかし、A・Iはそれが分かったようで、ころころと楽しそうに笑い出す。

『ようもそれだけのことを思いつくの。そうじゃの、甲斐と愛理の法力なら確かに十分じゃろうて。城に着き次第、妾が再度結界を張ろう』
『はい、助かります』
『なんの、元は妾達が住まう国の問題じゃ。逆に、協力してくれるお主に妾の方から礼を言うのが普通じゃろう』

シリンに使える法術は少ない。
だがそれは、シリン自身の法力を使っての事だ。
シリンは自然にあふれている法力を使っての法術を使うことが出来る。
ただ、その場合身体に強大な法力を受け入れる器がないため、身体に相当の負担を強いることとなる。
シリンがやろうとしていることは、大自然からではなくカイと愛理から法力を借りる方法だ。
身体に相当の負担はかかるだろうが、シリンにとってそうまでしてやる意味があると思っている。

『随分と無茶な方法じゃろうが、もつのかえ?』
『ま、なんとかなりますよ』

さらりっとシリンは明るく答える。
なんとか”なる”というより、この場合はなんとか”する”と言う方が正しいだろう。
確かにシリンの持つ法力は少ない。
だが、自分は確かに名門フィリアリナの血を引くものだ。
生まれる血族全てにおいて、シリン以外の例外はなく、皆法力の高い者ばかり。
だから、その血を引いている自分の”器”にかけてみる。
生まれ持った法力が少なくとも、器はそう小さくないかもしれない。

(実際器も小さかったら、その分時間がかかるだけなんだけどね)

身体への負担の時間が長くなるだけである。
負担のかかる時間が長くなるということは、2〜3日は身体が動かせなくなる覚悟くらいはしておいたほうがいいだろう。

『じゃがの、お主次第では、その無茶な方法は不要になるかもしれぬぞ』
『それはどういう…?』
『城が見えてきたようじゃな』

A・Iの言葉にシリンははっと城の方を見る。
人だかりが見えるが、その集まっている人は皆黒髪。
老人から幼い子供までいる。

(そう言えば、普通に同じように避難してきちゃったけど、大丈夫なのかな?)

今攻め込んできているのはティッシ軍。
そのティッシの住人、しかもシリンは一応名家の人間である。

『大丈夫だよ、シリン。好戦的なのって一部の人たちだけだから。皆ティッシの人たちに悪意はないよ』

愛理がシリンの心配を悟ったのか、そう声をかけてくる。
カイ達が近づいていけば、イディスセラ族の人たちはこちらに目を向けたもののシリンには特に反応を示さなかった。
その様子に内心ほっとする。
自分がどうにかしたいと思っていても、背後から刺されてしまうような雰囲気ではやりにくいだけだ。

『甲斐、やっと来おったか』
『悪い、遅れた、じいちゃん』
『そちらのお嬢さんも無事かね?』
『ああ』

人垣からゆっくりと1人の老人が歩み寄りカイに声をかけてきた。
カイも親しい相手かのように受け答えている。

『とりあえず、ティッシ軍を追い払うから、皆に城に入るように言ってくれないか』
『どうやって追い払うのかね?』
『法術で』
『あの大軍をか?!』

カイはシリンをすとんっと地面に下ろす。
城から少し離れた場所でティッシ軍と数人のイディスセラ族が交戦しているのが見える。

『シリン、できそうか?』
『残っているのが今見えている数だけなら。ただ、建物への被害は避けられないよ』
『建物は構わなくていい』
『あとは、今交戦中のシュリの人たちをタイミングよく引かせればいいわけだから…、一番の問題はタイミングかな』

シュリの人間を巻き込んで後で文句を言われるのはカイ達だ。
カイだってそんなことをしたくはないだろう。

『って訳だ、じいちゃん』
『しかし…』
『大丈夫だって』

どこか疑うような目をシリンに向けてくる老人。
これが普通の反応なのだろう。
シリンは思わず苦笑するが、ここは信じてもらうしかない。

『柊殿、妾からもお願いをする。恐らく、これが最良の手段なのじゃ』
『エーアイ殿…』

この老人はシュリの中で権力を持つほうなのだろうか。
それとも、シリンが知らないだけで、カイは偉い人の子供だったりするのだろうか。
今更疑問に思うなど遅すぎるかもしれないが、シュリの内部というのはティッシには知られていない。
シリンが知らないだけで、ティッシの上層部は知っているのかもしれないが、少なくともシリンは聞いたことがない。
王政であるのか、民主制であるのか、貴族はいるのかいないのか。

(ま、それより今は目の前の戦争が先かな)

シュリの中で誰に大きな権力あっても、誰の発言権が強くても、シリンのすることに変わりはない。
大切だと思う存在を守ることだ。
自分にできる最大限の”力”を使って後悔しない為に。


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