WORLD OF TRUTH 21




時間を置かずに第3派を放たなければならない。
それは頭のどこかで分かっている。
そう、これで全てのティッシ軍を追い払うことが出来れば、死者はでないだろう。

『これでも、全部引かないのかよ?!』

吐き捨てるようなカイの声。

(4属性を使って駄目なら、土と炎を織り交ぜて多少乱暴にでも法術を組み上げればできないことはない…けど)

頭の中ではそう考える。
それでもシリンは法術を組み上げるための思考を止めてしまっている。
カイが大切で、愛理も大事、そしてセルド、父、クルスも大切な人だ。
守りたいって思っているのは本当の気持ち。

『しかし、残りが2人だけならば、場合によっては結界で押し返すことが可能じゃよ』
『は?結界をもう1回張るつもりなのかよ?』

ぱさりっと手に持っている扇を広げて、A・Iが残っている父とクルスを見る。
そう、ティッシ軍で残っているのはあの2人だけ。
見えない場所にセルドがいるのか、カイが放った第2派に巻き込まれたのか分からない。

『1回破られた結界をもう1回張ってどうすんだよ?』

呆れたような言葉は昴から。

『以前よりも強力なものにする予定じゃよ』
『はあ?!そんなことできるなら最初っからやれよな』
『お主のその暴走が今回の事を招いたのじゃぞ、昴。元を正せばお主が何もせずにおればこんな戦の必要もなかったろうに』
『それじゃあオレ達は永遠にこの……っ?!』

昴がA・Iに怒鳴りつけようとしたその瞬間、昴、カイ、愛理が反応する。
A・Iがシリンをかばう様に袖で包み込み、カイと愛理はシールドを張る法術を口にする。
どんっと大きな音と舞う風と共に、何かの法術がカイと愛理のシールドに防がれる。

『セルド・フィリアリナ!!』

昴のどこか楽しそうな声にシリンははっと顔を上げる。
衝撃で起こった風が舞い上げた土ぼこりが少しずつ収まり、そこに見えたのはティッシ軍の軍服を着たセルドの姿。

(兄様…)

シリンはセルドの姿とその表情に驚く。
怒っているのだ。
昴達を見るセルドの目は怒りに満ちており、こぶしは握りながらも法術の陣を展開している。
感情をあらわにすることが少ないこの優秀な兄が、ここまで怒っているのを見るのはシリンは初めてだ。

「僕の妹を返してもらう!」

セルドがちらりっとこちらを見たような気がした。
その瞬間に見えた心配そうにこちらを見る瞳。

『何言ってんのかわからねぇよっ!』

昴が問答無用でセルドに法術を放つ。
セルドが使った言葉は共通語で、昴はイディスセラ語を使う。
恐らく昴は共通語が理解できないのだろう、いや、もしかしたら普段から理解しようとしていないだけかもしれない。
赤き炎がセルドを包み込む。

「兄様っ!」

シリンは思わず叫ぶ。
その声にカイと愛理がはっとなる。
目の前の少年、セルドがシリンの兄であるとはっきりと分かったのだろう。
昴がセルドを”セルド・フィリアリナ”と呼んだ時点で分かってはいたのだろうが、シリンが反応して確信したという所か。

『兄さん、その子はシリンの…!』
『オレには関係ねぇよ!』

戦うことが楽しいとでも言うように、昴は炎に包まれたセルドへさらなる法術を放とうとするが、その瞬間セルドを包んでいた炎が収束する。
しゅるんっと音を立てて収束した炎は消え、セルドも法術を放つ構えをしていた。
勿論、昴の背後にいるシリンに影響が及ばない法術を使うのだろう。

(駄目だ、この状況じゃ私が兄様の足手まといになる…!)

昴はシリンと面識がある程度で、相手がシリンの兄だろうが手加減というものをするつもりなど全くないようだ。
カイと愛理が説得したところで、昴は耳も貸さないように感じる。

「迷い…、かの?」

そんなシリンにA・Iが静かに言葉をかける。
彼女はどんな状況でも変わらない。
静かに側に立ち、何の影響も受けないかのように扇を広げ笑みを浮かべる。

「のお、シリン。お主は”答え”を知っておるかもしれぬ」

こんな時に何を言っているのだろう。
シリンはそう思った。
だが、何故かまっすぐシリンを見る彼女の瞳から目をそらすことが出来なかった。
心のどこかで期待をしているのかもしれない。

「何を…言って…」
「お主が正しい答えを知っておれば、妾1人で以前よりも強力な結界を張ることが出来る。妾1人で結界を張ることが出来るならば、今度はお主が”あちら”を守ればよいじゃろう?」

”お主次第では、その無茶な方法は不要になるかもしれぬ”とA・Iは言っていた。
それはシリンがその答えを知っているという確信があるのか。
恐らくカイや愛理、そして昴が知っているならばすでにA・Iにその答えを言っているだろう。
それは、シリンが知っていてカイ達が知らない事。

「で…も、例えば私がその”答え”を知っていたとして、貴方が強力な結界を1人で張れたとしても私の法力じゃ…」
「先ほどまでの強気な様子はどうしたのじゃ、シリン。法力ならば昴のを使うが良かろう。此度の原因の一端はあやつにもある、しばらく法力を吸い取られて大人しくしておればよいわ」

セルドに向かって法力を放っている昴をちらりっと見るシリン。

「お主はどちらも守りたいのじゃろう?」

昴と戦っているセルドも、そして法術で引かせようとした父とクルスも、今側にいるカイと愛理も。
欲張りで都合のいいことかもしれないが、シリンは皆守りたいのだ。

「ならば妾の問いに答えよ」

彼女が扇をシリンに向ける。
どんな問いがくるのか、それが本当にシリンに答えられるものなのか分からない。
どうして彼女がシリンにならば答えられると言うのかも分からない。

「問い…」
「そうじゃ。本来ならば理解することすら難しいはずの、外の国でここまで流暢にこの国の言葉を話せるものはおらん。だから、そなたに問う」

A・Iの言葉にどくりっと心臓が響く。
シリンにとってイディスセラ語は日本語だ。
流暢に話せるのは当たり前なのだが、彼女は言う。
外の国でシリンほどに流暢に話せる者はいないのだと。

「シリン・フィリアリナ、妾が主となるキー開放の問いに答えよ」

A・Iの言葉がやけにシリンの耳に響く。
この瞬間だけは、近くで戦う音も耳に届かないかのように、その空間だけが隔離されているような感覚になる。
彼女の黒い瞳と、シリンの青い瞳が合う。

『”日本”の首都はどこじゃ?』

A・Iからの問いに含まれた言葉に、シリンは一瞬聞き間違いかと思う。
その言葉は決してこの世界では耳にすることがないだろうと思っていた言葉。
同じ発音の言葉があったとしても、同じ意味を含むことはないだろうと思っていた言葉。

(日本…って)

知らないはずがない。
シリンは紫藤香苗としてその国に16年間生きていた。
何が起こったのかわからずに、今シリンは”シリン・フィリアリナ”として生きている。

「A・Iさん、日本って、それじゃあここは…!」

シリンが香苗として生きていた世界と何か関係があるのだろうか。
日本の昔に良く似たこのシュリは、日本と何か関係があるのだろうか。
だが、A・Iはシリンのその問いには今は答えられないと、首を横に振る。
シリンはぎゅっと拳を握り締める。

(聞きたい、知りたい。だって、きっとそれは生まれてから心のどこかでずっと求めていた疑問の答えかもしれないから。でも…!)

シリンはすっと真剣な表情でA・Iを見る。
朱里と日本の関係、イディスセラ語と日本語。
聞きたいことはたくさんで、今はそれを説明できるほど時間があるわけではない。
だから、シリンは自分の知っている”日本”の首都を答えるために口を開く。

『東京都。私が知っている日本の首都は”東京都”です』

かつて紫藤香苗として生きていた世界、そしてその国日本の首都は東京。
それは、あの世界のあの国に住んでいるものならば当たり前に知っていること。
シリンのその答えに、彼女は満足そうにふわりっと笑みを浮かべた。

『正解じゃ』

シリンの立っている場所が淡い光に包まれる。
何事かと足元を見るが、光はそれ以上は強くならないようだ。

― キー認証完了、マスター登録完了、…CEIX-SA01起動

機械音声のような声がシリンの頭上で響く。
突然の状況に驚くが、頭のどこかでこの状況に納得する。
シリンが知っている日本をA・Iが知っているのならば、”科学”という力がかつてどこかで存在していたのは確実のはずだ。
科学力を使えば、この声が響くことは可能かもしれない。

『我が主よ、妾に名をもらえるか?』
『A・Iさん?』
『もう分かっておるじゃろう?A・Iは名ではない』
『人工知能の略、貴方は立体映像ということですね』

彼女は頷く。
決して彼女の後ろが透けて見えるわけでも、物に触れられないわけでもない。
かなり高性能な立体映像である。
シリンが知る限り、香苗が生きていた時代にはそこまで高性能なものはなかったはずだが、科学というのは日々進歩するものなのだ。

『桜』

シリンは呟く。
考えている時間がないことを分かっている。
だから、一番最初にひらめいた名を口にする。

『姓が必要なら私の姓を名乗ればいい。紫藤桜、それが貴方の名前』
『承知した』

A・I…桜は、何か懐かしいことでも思い出したかのような笑みを浮かべ、シリンに了解の意を伝える。
桜はシリンの言った”紫藤”という名に何も問い返さなかった。
今の状況だからか、それとも横文字でない苗字を持っている事を予想していたことなのかは分からない。

(予想、していたんだと思う。でなければ、私が日本の首都を知っているだなんて思わないだろうし)

シリンの頭の中はまだ半分混乱している。

『主よ。合図を』

ばっと広げた扇を掲げる桜。
立体映像という存在なのに、その姿に法力が集まる。

(すごい、私が使える自然の法力の集め方とは違う。これは、もっと高度なものだ)

桜が法術を使えるのは、きっと大自然にあふれる法力を使うからなのだろう。
その法力の集め方も、きっと自然に無理をさせないように有り余るかのようにあふれ出るところから集めるやり方。
シリンには…きっと人にはできないやり方。
桜がシリンに対して頷く。
シリンはセルドと交戦している昴を見る。

(随分と好戦的みたいだし、この戦争の一端を作った人みたいだし、この際とことんその有り余る法力、使わせてもらおうかな)

桜が使おうとしている法力はほんの少しだけ周囲にあふれ出る。
シリンはそれをかき集め、昴のところへとと風をまとって飛ぶ。

「シリン?!」

セルドに対して手を出すか出さないかを迷っているカイが、シリンの突然の行動に声をあげる。
愛理も心配そうにシリンを見る。
シリンがここでセルド達を守りに”戻れ”ば、当分の間カイに会うこともできなくなるだろう。

「ごめんね、カイ、愛理」
「シリン…?」

襲ってきたのがシリンの兄だから、カイと愛理はずっと昴とセルドが戦っているのを見ているだけだった。
手を出したくても、シリンの兄を傷つけるわけにはいかないと思う優しさがあったから。
その気持ちを嬉しく思う。

「カイ…」

シリンは悲しそうにだが笑みを浮かべる。

「ありがとう」

(大好きだよ)

告白は心の中だけで。
こぼれそうになる涙を流さないために、シリンは一気に飛ぶ。
初めての空間転移法術だが、なんとかコントロールする。

(多分、私、浮かれてた。カイに会えて嬉しかったから…)

セルドや父、そしてクルスの気持ちをシリンは考えていなかった。
シリンが浚われれば心配をかけるだろうことは、少し考えれば分かった事だ。
それを考えずに行動をした事は後悔している。
だが、朱里に結界を張る提案をしたことに後悔はしていない。

(守りたいものを全て守る為に、もう少し頑張らないとね)

― 無茶と頑張るは意味が違う事を理解して行動すのじゃぞ、主よ

法術を使ってか、桜の声が聞こえてきた。
シリンの周囲にだけ小さく聞こえる声なのだろう。
思わず小さく笑みを浮かべるシリン。

(うん、分かってるよ)

シリンが転移する先は、今戦っているセルドと昴のいる所。
昴の目の前だ。
下手をすればセルドの攻撃が当たりかねない。
だが、桜からこぼれる法力で何とか防ぐことも出来るだろう。
今は、浮かぶ疑問も、別れる悲しさも、浮かれていた自分への後悔も全てしまいこむ。
自分の力で出来ることを、シリンはする。


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