気持ち02



ファスト魔道士組合支部がある街まであと少しという所まで来ていた。
街まであと村2つほどという所の街道沿いで、レイはふと足を止めた。

「どうしたの?レイ」
「あ、いえ…」

レイは街道の横に広がる森の中をじっと見る。
考え込むように口元に手をあてて、その森の中の魔力を探る。
小さく何かが引っかかったのだ。

「少し寄り道していくかい?レイ。気になることでもあるんだろう」
「ですが…」
「大丈夫だよ。どうしても急ぐ必要があるようだったら徒歩で支部に向かってないよ」

リーズにそう言われてみればそうである。
報告することはあるし、調べたいこともあるだろうが、何かの期限が迫っているわけでもない。
現状の魔物の大量発生などを考えれば、一刻も早く解決すべきことで急ぐべきだろうが、分かったのはファストの魔道士が関わっていたという事で、魔物の大量発生を止める手段はまだ何も知らないのだ。

「森の奥の方にも村があったはずだよね。そっちに逸れてみる?」
「いえ、大丈夫です。そのまま進んでください」

レイは首を横に振った。
気になったのは本当だが、道を逸れるまでもないだろうと思ったのだ。
強大な魔力を感じるわけでもなく、少し気になっただけのことなのだ。

(後で、禁呪の探査してみよう)

小さく頷き、レイは森の方から目を逸らす。

「さて?いつものお客さんみたいだよ」

くすりっとリーズが呟いたと同時に、サナとガイが剣を抜き放ち構える。
がさりっと草の音と同時に周囲に気配。
現われた魔物はたいした数ではないが、感じる魔力にレイは僅かに顔を顰めた。
普段街道で現われる魔物よりも魔力が大きいように感じたのだ。

「リーズ」

レイはリーズに並ぶように立つ。

「レイも気づいたかい?」
「はい。内包する魔力が普通と違います」

がぁぁぁ!!と吼える魔物にガイとサナが斬りかかる。
魔物の数は全部で8体。
ガイとサナは難なく魔物達を斬っていく。
だが、真っ二つに斬られたと思った魔物達は、斬られたその場所から肉が盛り上がり、肉体を再生していく。

「は?嘘?!」

サナが思わず驚きの声を上げるのが聞こえた。
上と下の真っ二つに切られた魔物は、上半身の方は下半身が生え、下半身のみの方は上半身が生え、1体の魔物から2体へとなる。
2つ以上に分断されている魔物はさらに分裂するように増える。

「塵も残さず消滅させる方がいいようだね」
「分かりました」

同時に杖を出現させるレイとリーズ。

『ジ・ラダ』
『ファル・ジ・サン』

リーズの杖からは黒い球体が出現し、一体の魔物をそれが飲み込む。
球体は凝縮し、魔物ごとしゅるんっと消える。
重力系の魔法で、対象ごと握りつぶす魔法なのだろう。
結構リーズも怖い魔法を使うものだと、横目で見ていたレイは思う。
レイの方は持っていた杖にほんのりと光を纏わせただけだ。
そしてそのまま魔物達の方へと向かい、杖先を魔物にとんっと触れさせる。
杖先の光が魔物へと流れるように魔物を光が覆い、最後は魔物がざらりっと砂になって消える。

「物理攻撃は意味なし、か」
「何、冷静に分析しているのよ、ガイ」
「ただ斬るだけでは駄目かもな」
「…”気”を使えって言うの?」
「出来るか?サナ」
「出来るわよ。出来るけど…」

サナの雰囲気がすぅっと変わる。
両手に持つそれぞれの剣が少し震えたかのように見えた。

「”気”を使った攻撃は疲れるのよっ!」

ざんっと勢い良く魔物に斬りかかる。
ざっくり切り落とした腕からは、今度は何も生えてこない。
切り落とされた腕はぶるりっと少しだけ震え、そしてざらりっと砂になって消えた。
腕を切り落とされた魔物の方はまだ存命である。

「この程度で疲れるなど、日頃の鍛錬が足りないだけだろ」

そう言ったガイは2体の魔物の両腕を一気に切り落とした。
切り落とされた腕は砂に変わる。
これで攻撃も効くには聞くのだが、腕を切り落としただけでは意味がない。
魔物自体が倒れたわけではないのだ。
サナとガイはそうやって魔物の腕や足を切り落として、魔物の攻撃力を削ぐ。
その間にリーズとレイが呪文で消滅させる。
隙がある魔物は魔法を命中させやすいので、あっさりと片がつく。

「変種の魔物でしょうか」
「変種なだけならいいけどね」

小さくため息をつきながら、レイの言葉に答えるリーズ。
レイは先ほど森の中から感じた違和感と何か関係あるのかと、森の方をじっと見る。
ほんの少しの違和感しか感じられない。
この違和感が変わった魔物に何か関係しているのだろうか。
考え込んでいたレイは、後方の空間が揺れたのに気づくのが遅れた。

「レイ!」

叫んだ声はサナのもので、後方の空間の歪みと魔力を感じ振り向いた時には魔物が1体。
怪我を覚悟で消滅の魔法を放とうとした瞬間、魔物が上下真っ二つに切り裂かれる。
突然現われた魔物が、また突然真っ二つになれば、流石に驚くだろう。
魔物は真っ二つになり、その身体が地に倒れるかどうかの所で、ざらりっと砂になって消滅する。
この魔物も先ほどの魔物と同じようなものだったのだろうか。
だが、その魔物を真っ二つにしたのはレイの目の前にいるガイの剣、物理攻撃だ。

「大丈夫か?」
「え、…はい、大丈夫です。ありがとうございます、ガイ」

レイはガイににこりっと笑みを浮かべる。
考え事をしていて気づかなかった自分が悪いのだが、ガイに助けてもらったのは感謝すべきことだろう。
ガイはレイの言葉にレイの顔をしばらくじっと見た後、ふいっと唐突に顔を逸らした。
返事を貰えず顔を逸らされたことに、レイは少し悲しそうな表情を浮かべる。

ごいんっ!

「っ?!何をする?!」

いきなり後頭部に衝撃と痛みを感じて、ガイはサナに怒鳴る。
ガイの後頭部をサナが剣の柄で思いっきり殴ったのだ。

「”気”を全開にして、レイを傷つけずに魔物を倒したことはすごいと思うわよ。ええ、もう、さすがガイだわって思うくらいにね。でもね、ガイ」

サナは鞘におさまっている剣をガイにびしりっと突きつける。

「あたしの忠告は全然聞いてなかったのかしらね〜、ガイ?」
「そこまで記憶力がないわけがないだろう」
「それならその態度は何よ?」

サナが言いたいのはガイのレイへの態度だ。
あからさまに避けるのはやめておけと忠告したのにも関わらず、この兄はそれを全然分かってない。
それでも少し前までは、レイもあまり気にしないようにしていたのだが、流石にこれだけ避けられるのが続けばレイだって悲しいだろう。

「人の忠告はちゃんと聞くべきよ」
「ちゃんと聞いただろ」
「ガイの聞いたは耳に入れただけよ!あたしとリーズがいる前くらいなら別にいいでしょう?」
「頭と感情は別物だ」
「根性なし」
「お節介」
「甲斐性なし」
「煩い」

レイは険悪なムードになりそうな2人をなんとか止めなければと思った。
原因は良く分からないが、仲違いすべきではない。
こういうのはリーズが止めてくれるかもしれないと、期待してリーズを見てみれば、何故かくすくすっと笑っている。

「あ、あの…!」

レイはガイに剣を突きつけていたサナの腕と、ガイの腕に触れる。

「何が原因かは分かりませんが、ここでの喧嘩はよくないです」

これが街や村の宿屋の中ならば多少は構わないだろう。
だがここは街道で、先ほど空間転移だろうもので、レイの後方に魔物が突然出現したような所だ。
2人とも剣士なので突然の魔物の気配にも対応できるだろうが、万が一ということもある。
サナとガイは止めに入ったレイの方に視線を向ける。
同時にじっと見られて、レイはちょっとひるむがやっぱりここでの喧嘩は良くないと思うのだ。
ガイはレイに触れられていることにやっと気づき、ばっとレイから距離を取る。

「ガイ…?」

ガイの反応にレイは首を傾げる。

「そこまで過剰に反応すると反対にバレバレよ、ガイ」
「煩いって言っているだろ」
「いっそのこと全部言ってみれば?」
「気持ち悪がられる可能性があるのに、そんなこと言えるか」
「当たって砕ければ、案外吹っ切れるかもしれないわよ。あの馬鹿みたいに」
「ああなろうとは思わん」

口喧嘩とでも言うのだろうか。
それよりも兄妹の普通の会話なのかもしれない。
険悪だったのではないのだろうか。
結局サナとガイの言い合いを止めたのはリーズである。

「どうでもいいけどね、レイの言う通りここでの言い合いはやめたほうがいいよ。魔物が突然出現しないという可能性がないわけじゃないからね。それから、ガイ」

リーズは呆れたようなため息をひとつつく。

「レイへの態度はもう少し考えるように。それから、やると決めた以上はレイに剣術を教えるのを中断するのはやめることだね。レイに傷ついて欲しくないなら、頑張って理性を固めること」

先を急ごうとリーズは促す。
サナとガイは互いに一瞬睨んだあと、足を進めた。
レイは首を傾げながらもそれについていく。

(なんか、良く分からないんだけど、ガイとサナのは喧嘩じゃなかったのかな? 兄妹なんだから、口喧嘩くらいはしてもおかしくないんだろうけど…)


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