気持ち03



近くの村について宿をとり、レイは部屋で禁呪の探査をしていた。
この村は村としては規模が大きいようで宿屋があった。
部屋にも空きがあったので、1人ひと部屋の割り振りだ。

レイの目の前に表示されているのは魔法で表示した簡易地図だ。
周囲の地図のみで、魔力の反応を感知する。
魔力の反応を感知する為、魔力が強い魔道士まで感知してしまう。
レイとリーズがいる地点に明かりが2つある。

「やっぱり、あの魔物が出現した近くに魔力が存在する」

そのあたりに祠か洞窟か屋敷か、何かあるか聞いてみるべきだろう。
何もない場所に禁呪がぽとりっと落ちているということは殆どないのだから。

「この魔力の反応は、禁呪かそれに類するもののはず」

あのあたりで発生する魔物に何らかの影響を与えている為、物理攻撃を加えても分裂してしまうような魔物がいたのか。
しかし、それだけでは空間転移してきた魔物の説明がつかない。
かなり厄介なものがあるのかもしれない。

「でも、行かないと」

レイの目的はそれなのだから。
禁呪を回収する為に旅をしている。
後悔しないために、自分と同じような思いをする人がいなくなるように。



村で一泊した朝、レイはガイ達に別行動をする旨を伝える。
禁呪の回収は自己満足であり、ガイ達をそれに付き合わせる必要など何もないのだ。
リーズはレイが何を目的に旅をしていても何も言わないと言ったし、やりたいことをやってもらって構わないと言っていた。

「何か見つけたのかい?レイ」

レイはリーズの言葉に頷く。

「異種の魔物がいたことを考えると早急に回収か破壊をしたほうがいいと思いますので」
「1人で平気かい?」
「はい。現時点の魔力が休眠状態のものと考えても、破壊するくらいならばなんとかなります」
「それなら、俺達は先に進んでいるよ。予定通り進むつもりだから、遅くても支部のある街で合流しようか?レイ」
「すみません」
「構わないよ。俺の魔力の感知はできる?」
「はい、可能です」
「近くに来たら”伝心”で呼びかけてくれればいいからね」

そう時間は掛からないだろうとレイは思う。
今まで回収してきた禁呪は、探すのに時間がかかっても回収には時間は掛からないのだ。
それが発動してしまっている状態ならば、少し手間どってしまうこともあるだろうが、1日もかからないだろう。

「ねぇ、レイ。それってどれくらいかかりそうなの?」
「用事ですか?」
「そう」
「早ければ次の村に着く頃には追いつけますよ」
「そんなに早く済むの?!」
「モノ次第なのでなんとも言えないのですが、解読に時間がかかるとなると街に着くまでかかってしまうかもしれませんし」

問題は禁呪の解読なのだ。
発動前にしろ、後にしろ、解読なしでは手を出しようがない。
どんな効果を持ちどんな特性があるか分からない魔法に無闇に手を出すという事は、さらにその威力を上げてしまう可能性もあるかもしれないからだ。
発動しているのを無理やり止める事は可能だ。
発動してしまっている禁呪は、大抵強制的に静止させて解読をする。

「今日発つ予定かい?」
「はい、早いほうがいいと思いますし」

今日すぐに空間転移で魔力が発生している場所に飛ぼうと思っている。
最近はずっと歩きだったが、レイの移動はもっぱら魔法である。

「気をつけて行っておいで」
「ありがとうございます、リーズ」

レイはリーズ、サナ、ガイの順に顔を見てぺこりっと小さく頭を下げる。
ガイにも避けられているような節があることだし、少し距離を置くのもいいのかもしれないと思っていたのだ。
嫌われているのならば、側にいないほうがいいだろうから。


朝食を摂った後、レイはすぐに行ってしまった。
残されたガイ達は次の村に向かうべく、その村を発ったわけなのだが…やはりというかレイがいないと空気が重くなってしまう。
ガイが避けているとはいえ、レイがいることでガイの空気が和らぐのだ。

「レイって鈍いのかしら?」

サナがぽつりと呟く。

「人の感情を感じるのはそう鈍くはないとは思うけどね、ただ、経験がないだけなんじゃないのかな?」

苦笑しながらリーズがサナの言葉に答えた。
サナが言いたいのは、ガイの態度にレイが全然気がつかないことだ。
あれだけはっきりした態度をとらられば、少しくらいはガイの思いに気づいてもいいだろう。

「でも、レイって確か15歳って言ってたわよね。そのくらいの年齢ならわかってもいいと思うのよね」
「それは一般的な話で、レイの場合は環境のせいじゃないかな?」
「環境?」

育った環境を詳しく聞いたわけではないが、想像はつく。

「旅に出てかなり経っているということは、随分幼い頃から旅をしていると言えるよね」
「そうよね、今15歳でも1人旅をするには若いほうだもの」
「だから、想像つかないだけなんじゃないかな?」

ずっと禁呪を集める旅をしてきたのならば、誰かを好きになったりとかはなかったのだろう。
好きな相手でも出来たのならば、1人でいるはずもない。
かといって、好きな相手がいたのに自分から離れたという経験があるようにも見えなかった。
そんな経験があるならばガイの気持ちにも気づくはずだ。

「好きだから避ける、という理由が分からないんだと思うよ」

好きだから避ける理由が分からないという事は、避けられているのは好きだからという理由にも思いあたらないだろう。
レイからすれば、何故好きなのに避けるのだろうと疑問が浮かぶ事だろう。
好きならば側にいたい、一緒にいたいという事くらいしか思い浮かばないのではないのだろうか。

「なるほど、それなら納得できるわ」

小さく頷くサナ。

「でも、あれよね…。レイが気づいてくれないことには、全然進展しそうもないのがなんとも言えない所よね」
「それについては、やっぱりガイに動いてもらうのが一番だと思うよ」

リーズはガイに向かってにこりっと笑みを浮かべる。
ガイはむっとしながらリーズを睨む。

「ガイ、レイの様子を見てきてくれないかい?」
「…その必要がどこにある。レイは大丈夫だと言っていただろう」
「そうだね、確かに大丈夫だとは俺も思ってるよ。ただね、今感じる魔力は大したものじゃなくても、禁呪ってのは大抵その中心まで行くのに罠が多くある」

その罠は近づかなければ発動しないものが多く、その場に行って見なければ分からない。
反対に言えば近づきさえしなければなんともないものだ。
その罠に体力や魔力を奪われてしまっては、レイが無傷でいられるかどうか分からない。

「無事に合流できるとは思うよ。ただ、無傷かというとどうだろうね。禁呪ってのはね、ガイ、剣士には分からないかもしれないけど、その気になれば国ひとつ吹き飛ばす事ができる魔法ばかりなんだよ」

ガイのリーズを睨む目が鋭くなる。

「無傷で禁呪を回収できるのは本当にまれだ。あの近くで異種と思われる魔物がいたことも禁呪に関係しているだろうから、恐らく発動しているだろう禁呪を押さえ込んで解読して、そして止めるとなるとかなりの魔力を消費するだろうね。禁呪をどうにかできた後に魔物が出現でもしたら、いくらレイでも…」

リーズの言葉の途中でガイはばっと方向転換して、歩いてきた方向に走り出した。
まさに止める間もなく、先ほど発った村の方向へと走っていくガイ。
その姿はすぐに小さくなり、消えていった。

「素早い行動だね」

ガイの行動にリーズは少し驚き、そしてすぐにくすくすっと笑う。

「笑っている場合じゃないでしょ、リーズ。レイが危険なら先に進まないであたし達も向かうべきでしょ?」
「ん?ああ、もしかして、さっきの説明のせいかな?実際レイなら大丈夫だよ、サナ」
「どうしてそう、言い切れるの?」
「同じ魔道士だからだよ」

禁呪が国ひとつ吹き飛ばすほどの力を秘めたものが多いことは本当である。
しかし、リーズが感じたレイの魔力はそれ以上。
レイがその気になれば禁呪同様国ひとつ吹き飛ばすくらいはできるだろう。
最も、レイはそんなことはしないだろうが。
だから、魔力を使い切る心配はあまりない。
万が一禁呪を囲う罠の解除に魔力を使って、禁呪回収または破壊時に魔力を使い切ったとしても、レイは何らかの対策をしているはずだ。

「サナ、魔道士が装飾類を身につけているのは何故だと思う?」

リーズもレイもそうだが、耳には石または何らかの宝石がついたピアスなどをしているし、首には宝石がはめ込まれた装飾品をつけている。
リーズに比べればレイがつけていたものは質素かもしれないが、一般人の感覚からすれば十分高価なものを身につけているだろう。

「魔道士の一般的な姿がそういうものだからって言うのもあるでしょうけど、装飾類に魔力を……あ」

言葉の途中でサナは気づく。

「そう、魔道士がつけている装飾類にはいざという時のための魔力が溜め込んであるんだ。勿論いざという時の為のものだからそう簡単に使うことはないだろうし、使えば壊れてしまうから補充の必要もある」

めったに使わないのだが、何かあってからでは遅い。
魔力というのは所詮は限りあるものである為、使い切ってしまうことはありえる。
魔力切れは魔道士にとって致命的であり、敵がいる前でそんな状況に陥ることはほぼ死を意味する。

「ま、大丈夫だよ、レイなら。ここでガイを動かさないと状況が変化しそうもなかったから、ちょっとガイを引っ掛けただけだよ」

にっこりとリーズは笑みを浮かべる。
サナはその言葉にはぁと大きなため息を思わずついてしまう。

「ガイの態度をどうにかすべきだとはあたしも思うけれど、これはちょっと強引じゃなかったかしら?リーズ」
「そうかな?」

魔道士というのは一般的に先を考えて動くタイプで、剣士は直感で動くタイプが多い。
その為、魔道士が本気で考えた策を張り巡らされた場合、剣士はいくら直感を使ってもそれに捕らわれてしまう事がある。
剣士の直感すらも視野に入れた策を練ることができる、それが高位魔道士の条件でもある。
そして、魔道士の一般市民が知らない本当に恐ろしいところがそこだ。

「ガイが下手なことをしないと信じて、あたしたちはゆっくり先に進んだ方が良さそうね」
「何かあったら俺が飛ぶよ」
「ええ、お願いするわ」

リーズは魔道士としては若い方だ。
だが、若いながらに周囲に実力を認められた大魔道士なのだ。
大魔道士という位を頂いたのが幼い頃であっても、それだけの実力を持っている。
飾りではなくその”実力”を認められているからこそ、リーズは今でも大魔道士としていられるのだ。


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