気持ち01
第二の土地を過ぎ、その後どこに向かうかだったのだが、近くのファスト魔道士組合支部へと向かうことになった。
ファスト魔道士組合支部は大きな街でなければ存在しない。
組合の魔道士が派遣されていることはあっても、魔道士組合の支部があるのはそれなりに大きな街のみだ。
「魔物が多いのは相変わらずのようだね」
村から村を渡り歩いて街に歩いて向かっているのだが、道中の魔物を倒していくことは忘れない。
そもそもリーズ達は魔物討伐隊としての役目を担っているのだ。
「それでも大量発生を思えばこのくらいは楽よ」
「そうですね。幸い、次の村までの日数もそうかからなそうですし」
歩いて向かうとやはり日数がかかるものだ。
村と村を上手く渡り歩いていっても、魔道士組合支部がある街に着くにはしばらくかかる。
「もう少し進んだら、今日はここまでにしよう。無理して進んでも村に着きそうもないようだからね」
リーズの提案に3人とも頷く。
さくっと魔物達を倒して、歩き出す。
レイはちらりっとガイの方を見る。
ガイがこの程度の魔物にやられるわけでもなく、傷ひとつ負うこともないのだが…、ぱっと目が合うとガイがふいっと目を逸らす。
ふとした瞬間にガイの視線を感じてガイの方を見るのだが、レイと目を合わせるとガイは目をそらす。
声をかけようとしてもタイミングがつかめず、どうも避けられている節があるので、剣術の稽古も止まったままでレイは自分でただ剣を振るうだけになってしまっている。
もしかして、無意識にガイの気に触ることでもしちゃったのかな…。
村から村へ続く街道から少し離れた所で火を熾す。
火を熾すのは基本的には魔法でだ。
リーズがやってくれる事が多いのだが、勿論レイにもできる。
ぱちぱちっと燃える火を囲みながら、それぞれ腰を下ろして休む。
「レイって魔法を誰に教わったの?」
「え?」
突然サナに話しかけられて、レイは驚く。
「あたしもほんの少しだけ魔法を使えるけど、レイってリーズ並にさらっと魔法を使っているじゃない?」
「リーズ並というのは少し過大評価な気もしますが、私の師匠は父ですよ」
「父親が魔道士なのね」
「母も魔道士ではあるのですが、魔法を教わったのは父なんです」
どんな時でも対応できるように使える魔法を。
そのつもりで教わってきた。
「レイの魔法って呪文の詠唱がものすごく短いけれど、それってやっぱり高位魔法なの?」
「え?あ、いえ…、高位魔法というわけではないとは思うんですけど…」
レイが使う魔法は基本的に古代精霊語の魔法だ。
詠唱呪文が短いのは当たり前だが、古代精霊語の魔法を使う魔道士が殆どいないため、どれが高位魔法にあたるのかは良く分からない。
基準となるものがないのだ。
「レイが使う魔法は古代精霊語って言ってね、使うのが難しい言葉を使っている魔法だよ、サナ。基本的に古代精霊語の魔法はどんなに簡単そうに見えても全て高位魔法に位置しているんだよね」
リーズが説明をする。
「古代精霊語なんてものがあるの?」
「あまり世間には浸透していないけどね、魔法の起源は古代精霊語からだよ。短い詠唱呪文で効果は最大、その代わり理解するのがとても難しいけどね」
サナが古代精霊語の存在を知らないことにレイは少し驚いた。
レイにとって古代精霊語を使った魔法が一番身近で、詠唱呪文が長く面倒な現代精霊語を使う理由が良く分からないのだ。
「理解するのが難しいわりには、レイはすごく気軽に使っているわよね」
「私が父から最初に教わったのは古代精霊語でしたから」
「それは、レイの教わった基礎になる魔法が古代精霊語の魔法ってことかな?」
「はい、そうです。旅に出て他の魔道士の方と話して知ったんですが、ファスト魔道士組合では現代精霊語の魔法から教えるんですね。学び方が違うんだってちょっと吃驚しちゃいました」
レイに現代精霊語の魔法が使えないわけではない。
場合によっては、現代精霊語の魔法の方が魔力の消費量が少ないので使うこともあるが、それは時間に余裕がある時くらいだ。
ファスト魔道士組合が現代精霊語から教えるようにしているのは、魔道士になる人の条件を狭めない為なのだろうという事が、今のレイになら分かる。
古代精霊語は特殊で、使うものを選ぶ傾向がある。
魔力に恵まれず、魔力コントロールが上手くいかない人は扱うことができない。
「俺は現代精霊語から学んだから、古代精霊語を学び始めた頃はかなり大変だったよ」
「大変だって一言で済むリーズがすごいわ。あたしなんて、リーズとレイの使う魔法なんてさっぱりよ」
「現代精霊語の魔法は詠唱呪文を聞けば多少は効果が検討つくけど、古代精霊語はそうもいかないからね」
現代精霊語は普段話している言葉に近い。
だからこそ理解がしやすい。
「レイが旅をしているのって、そういう常識を学ぶ為なのかしら?」
世間一般の魔道士とは基準が違うレイ。
自分の基準が違うと分かったのは旅に出てからのこと。
それを学ばせる為にも、両親が旅に出ることに反対をしなかったのもあるだろう。
でも、大きくはレイの意思にある。
「いえ、昔、助けられなかった人がいたんです。そういう思いはもうしたくないですし、そういう思いを他の誰にもさせたくないと思って、禁呪を集めようと思ったのがきっかけで、そのために旅を始めたんです」
そう言えばレイは自分の旅の目的を話したことはなかったかもしれないと思う。
出会った場所が場所だったので、リーズあたりは感づいているだろうが、サナとガイには分からなかっただろう。
「今まで集めた禁呪はどうしているんだい?」
「発動してしまったものの多くは破壊しなければ止まらないものがあったので、半数以上は破壊しています。発動前のものは保管庫を作ってあるのでそこに全て保管してありますよ」
「その保管庫は安全なのかな?」
「保管場所は周囲との空間を切り離していますし、普段はカシュウ…えっと、知り合いが見ていてくれるので、相当の感知能力と空間を破壊する魔力がないとたどり着くことはできないようになってますよ」
集めた禁呪はかなりの数になる。
そのうちそれがどういうものかを分析して、処分する必要があると思っているが今は回収を優先している。
分析して処分するのは、そう慌てなくてもいいだろう。
保管している場所はそれだけ安全だという確信がレイにはある。
「禁呪集め…ね」
「やっぱり、使う目的ではないにしてもそういう事をしているのは、大魔道士としてあまり快く思えません、よね?」
レイの旅の目的をなんとなくながらも分かっていながら、リーズが何も言わないでいたのは、暗黙の了解というものだったのだろうか。
禁呪というのは禁じられているのだからそれだけ危険なもの。
レイはそれを独断で集めているにすぎない。
「本来なら警告すべきなんだろうけど、最初に言った通り、俺はレイの旅の目的がどんなものでも口を出すつもりはないよ。今は魔物の活性化の件で手一杯だしね」
それでいいのだろうか、と思うほどにリーズの答えはあっさりしたものだ。
腹の中で何を考えているか本当の所は分からないが、魔物の活性化や大量発生の件が片付くまでは口を出すことはないだろう。
この件はそれだけ大きく、重要なことだろうから。
「そう言えば、リーズ。魔道士組合支部に向かっているってことは、やっぱり今回の件にファスト魔道士組合の魔道士が関わっていたかもしれないことを報告するの?」
「いや、今回は故意に発生させられた可能性が高いとだけ報告するよ。詳しいことは、ファストについてから直接説明した方がいいしね」
ファスト魔道士組合の魔道士が関わっていたとなるとかなり重要なことになる。
ファストにいる上の者達に直接報告する必要があるだろう。
支部に報告して余計な混乱を招いてしまってもまずい。
「レイは、あたしとガイがレストアに戻ることになっても、リーズと一緒にいる?」
「サナ?」
「今回の魔物の活性化の件、ファストの責任だって言ってファストに全て押し付けられる可能性が結構高いのよ。だからその場合、あたしとガイはレストアに戻されると思うわ」
サナの言葉に今まで反応がなかったガイがぴくりっと反応する。
ガイとてその可能性を考えていないわけではなかっただろう。
レイはリーズを見る。
リーズはレイに強制はしないだろう。
「そうですね。私の魔法が役に立てるのならばリーズとこのまま同行しようと思っています」
レイのその言葉に一瞬空気がピリっとなり、緊張感を生む。
リーズとサナの視線がちらりっとガイに向けられ、その空気は一瞬のことでレイは何が起こったのか分からず首を傾げるだけだ。
「レイが同行してくれるのは嬉しいけど、ちゃんと本音を言ってもらいたいね、レイ」
「本音?リーズに同行するのはレイの親切心じゃないって言うの?」
「親切心だけじゃないと、俺は思うけどね。ね、レイ?」
にこりっとリーズがレイに笑みを向けてくる。
何か裏がありそうなこの手の笑みがレイは少し苦手だ。
無茶苦茶な要求を突きつけてくる時の父の笑みにとても良く似ているから。
「別に隠すつもりではないですけど、ただ、相手の魔道士が気になるんです」
「相手の魔道士って…この間の墓場での魔道士じゃないわよね」
「巨大な召喚陣と、魔物の大量発生を行う魔法を作り上げた魔道士です。同じ魔道士として、あれだけのものを作る魔道士がどういう人か興味があるんですよ」
「レイ、興味だけで首突っ込めるような簡単な事件じゃないわよ?」
「分かっています。でも、やっぱり自分と違う魔法を組める魔道士には、1度でいいから会ってみたいと思ってしまうのは仕方ないんですよね」
言うなれば好奇心。
ガイとサナが強い剣士を求めるように、レイやリーズも自分とは違う強さを持つ魔道士には興味を持つ。
やっていることは止めるべきことなのだろうが、それを行う魔法には目を見張るものがあるのだ。
「どちらにしろ、ファストに戻って報告して裏を取ってそして各国に通達するまでは時間がかかりそうだけどね」
ファストの魔道士が関わっていました、という事はそうあっさりと報告できることではない。
それが本当であるという裏をとり、それでいてファストに責任があると分かってからになるだろう。
「支部に向かっているのは、その報告することが理由ってわけでもないんだよね」
「何か調べものでもする予定なのですか?リーズ」
「ちょっとね、ファスト魔道士組合所属の魔道士の研究記録を漁ってみようと思うんだ。それなりに大きな支部からなら、研究記録の概要一覧を見れるだろうし、細かいものは本部から取り寄せることも可能だからね」
魔物の活性化が故意である可能性が高いという報告は、リーズにとってはついでのようなものかもしれない。
レイははっとなる。
「召喚陣を作った魔道士探し、ですか?」
「あれだけの独特な魔法の組み方ならば、研究記録を見ればある程度絞込みはできると思うからね。まぁ、見つかれば、の話だけど」
召喚陣を作るのだから魔道士には違いない。
そして多くの魔道士はファスト魔道士組合に所属している。
あの召喚陣を作った魔道士がファスト魔道士組合に全く関わりがないということはないだろう。
あの村の近くの墓場で出会った彼女の口から”ファスト魔道士組合”の名前が出たのだから。
現状をどうにかすることも大事だが、これ以上の大事にならない為にもあの魔法を組み上げた魔道士はどうにかしておくべきだろう。
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