思い出05



レイの旅の間で一番インパクトがあったことは、今回の魔物の活性化の人的介入もそうだが、もう1つある。
それを知ったとき、まさに開いた口が塞がらないという状況に陥ったくらいだ。

レイの両親は魔道士だ。
どこで魔法を学んだのかは知らないが、世間の基準からはかなり高い水準の魔法を使う。
幼い頃のレイはその魔法が高位魔法であることが分からなかったが、今なら分かる。
両親は魔道士として飛びぬけた実力を持つ魔道士だという事だ。

母の名はアイリア、父の名はカスティア。
双方共にかなりの実力を持った魔道士だが、レイの魔法の師匠はどちらかと言えば父である。
古代精霊語を基本として魔法を教え、古代精霊語をある程度使えるようになってから現代精霊語を学んだ。

「お母さんも魔道士なのに、どうしてお母さんは魔法を教えてくれないの?」

生活の中ではぽんぽん魔法を使っているのを見ているので、母が魔法を使えるのは幼い頃から知っていた。
でも、魔法を教えてくれるのはいつも父であるカスティアだった。

「私とカスティアでは使う魔法の基礎が違うのよ。レイのためにはカスティアのやり方の方がいいの」

そのうち母も魔法を教えてくれるのかと思っていたが、母が使う魔法の殆どを父は理解していて、母が手本を見せて父が簡単に解説をするという方法がとられたりしていた。
父の魔法の知識の深さに底が知れないと思ったのはその時だった気がする。
感じたのは恐怖ではなく、”敵わない”という気持ちだった。
果たしてこの父に勝てる魔道士はいるのだろうか?

「レイ、いいかい?精霊語は俺達”人”と精霊達を繋ぐ言葉だ。俺達魔道士は精霊から力を貸してもらう以上、あちらの言葉で呼びかけなければならない。それが、精霊語だ」

古代精霊語は日常の言葉と何の繋がりも持たない。
知らない人が聞けば何を言っているのか分からないだろう。
意味を理解し、言葉に魔力をのせ、そして思いを紡いで言葉を口にする。
それが古代精霊語を使う魔法だ。

「現代精霊語というものもある。それも精霊語の一種だけれどもね、俺がレイに教えた精霊語は一般的には”古代精霊語”と魔道士達は言う、そして古代精霊語をわかりやすくしたものが現代精霊語だよ」

言葉に魔力をのせるのは同じ。
だが、現代精霊語は意識せずとも言葉に魔力をのせ、そして古代精霊語を言葉の端々に混ぜて魔法とする。
レイは父カスティアにそう教わった。
魔法関係のことで知らないことなどないのではないかとすら思える程に、父の知識は深い。
しかし、全てを教えてくれるのではなく、知っているだろうこともレイに考えさせようとしたこともあった。
それだけの知識を持ち、様々な魔法を使うことが出来る父は、名の知れた魔道士なのかもしれないという思いはいつでもあった。
そして、旅に出てファスト魔道士組合の存在を知った。

ファスト外れの小さな村に住んでいるレイだったが、ファスト魔道士組合の存在は旅にでるまで知らなかった。
ファストという国が魔法に対して発達しているということは伝え聞いていたのだが、教育機関や魔道士同士の組合が存在していることはさっぱり知らなかった。
勿論自分の魔道士としての実力もさっぱりだったのだ。
旅に出て、世の中のことを少しずつ知り、魔道士の基準と言うものを少しずつ知った。
そんな矢先のことだった。

「大賢者様?」

小さな村で魔物の討伐の依頼を受けたレイ。
同行した村のおじさんやお兄さん達が、興奮した様子で教えてくれたことだ。

「坊や、魔道士なのに大賢者様の噂を知らないのか?」

この頃すでにレイは”少年”と偽って旅をしていた。
女の子の1人旅では危ないと言われることが多く、男の子でもこの年ならば同じようなものだが、やぱり修行の旅だと言えば”小さいのに偉いね”で済まされてしまう事が多い。
性別の違いは大きなものだと知った頃のことだ。

「ファスト魔道士組合の最高位である大魔道士様とは違うのですか?」
「大賢者ってのは組合の位じゃないんだよ」
「そうそう、ファストの下位の魔道士の誰だかが言い出したことでな」

レイはこくんっと首を傾げる。
公式に認められたわけでもないその名は、かなり有名らしい。
しかしながら、レイはこれまでその名を聞いたこともなかった。

「組合の大魔道士様なんて存在は、俺達みたいな辺境の村人には雲の上の存在さ。けど、大賢者様は違う」
「色んな村で聞いてみな。大賢者様が立ち寄ったって村は結構あるぜ?」
「村…ですか?」

街でなくて村。

「大賢者様は大魔道士様との魔法勝負で勝った後、世界中の小さな村々を回ったんだよ。今はどこにいるかも分からないがね」
「恋人連れて世界の村々の魔法に関わる事件を次々と解決していったってのは有名だぜ?」
「は?恋人?俺が聞いた噂じゃ、大賢者様に弟子入りした組合の魔道士の少年が一緒だったって聞いたぞ?」
「いや、俺が聞いた噂だと、長年の親友と一緒だって話だったが?」

村人たちは自分たちが聞いた噂を言い合うがどれもこれも曖昧だ。
とにかくその”大賢者”が1人ではなく、誰かと一緒に村々を渡り歩いたのは本当のようである。
そんなことよりも気になったのは…。

「その、大魔道士様に勝ったというのは本当なのですか?」

ファスト魔道士組合の大魔道士の存在はレイだって知っているし、その実力もかなりのものだろう。
噂はあてにならないが、噂だと古代精霊語も使いこなせると言われている。
一般の魔道士からすると、古代精霊語というのはとても使いにくいものらしい。
古代精霊語から教わったレイには何が難しいのかがさっぱり分からないのだが、それが世間の基準というものだろう。

「お!よく聞いてくれたな!大魔道士様を初めとする高位魔道士様方はな、数年に1度その力を周囲に示す為に模擬試合を行うんだ。一般の魔道士を相手にな。一応名目上は魔道士の実力を民衆に示し、その力を持って魔物などを一層できるという安心を民衆に示すためとかなんとからしいがな…」
「どうせ組合の力を誇示したいだけだろ?他の国への牽制と合わせてさ」

大賢者とはその模擬試合に参加した魔道士であり、ファスト魔道士組合には所属していない魔道士であったらしい。
名もなき魔道士が大魔道士に勝ったのだ。
それに民衆は不安になるどころか、”大賢者”の存在を歓迎した。

「その大賢者様は大魔道士様に勝った後、色々な村を渡り歩いたのですね」
「ああ、この村もそうだが、この辺じゃリアシールスの神殿跡近くの村とか、虹の滝の村とかあたりか」
「リアシールスと虹の滝…」

その場所にレイはふっと1つの可能性を思い浮かべる。

「もしかして、他にもヴィラの祠の近くの村とか、ロウス山の麓とかあたりにも寄ったという噂はありますか?」
「おお、あるぜ。なんだ、やっぱ同じ魔道士だとまわる村も魔力とかなんとかの関係で分かるもんなのか?」

冗談交じりのその男の言葉に、レイはさらに考え込んだ。
リアシールスの神殿や虹の滝はレイも通ってきたばかりの場所だ。
そこにわざわざ行ったのは、禁呪の反応を僅かながら感じたから。
そしてヴィラの祠やロウス山も同様に禁呪の反応が僅かに感じたところだった。
それらの場所にはすでに禁呪はなく、破壊されたか、持ち出された後だったため、感じた魔力は残り香だったことが分かった。

「あの」

大賢者という魔道士は禁呪を集めていた?

「その大賢者様の名前はわかりますか?」

レイがまわった場所だけの禁呪を全て持っているのならば、その魔道士は危険だ。
しかしながら、それを使った形跡がこのあたりにはない。
禁呪を使えば何かしらの被害が出るはずだ。
正確に発動できたとしても、禁呪というのはそう小さな魔法ではない為、発動した際の反応の噂くらいは残るはずなのだ。
禁呪を使わずに回収のみする魔道士。
その魔道士に心当たりがある。

― 私達はもう諦めてしまったの
― 俺達はもう諦めてしまったんだ

「大賢者様の名前?えっと、なんだったか?」
「確か、カス…なんとかって名前だったはずだぜ」
「カスティア様だろ?それだけ褒めるなら名前くらいちゃんと覚えておけよな」

レイはその言葉に思わずぴしりっと固まってしまう。
カスティア。
その名を良く知っている。

「坊や、大賢者様を探すつもりかい?」
「難しいと思うぜ。茶色の髪に黒い目で結構どこにでもいそうな色だったしな〜」
「特徴といえば、大賢者様を近くで見た魔道士が言ってた事が特徴になるかもな」
「何を言ってたんだ?」
「あ〜っと、確か……コダ精霊語を使ったとかなんとか」
「はあ?コダ精霊語って何だよ?精霊語は精霊語だろ?」

レイは自分の顔がひきつりそうになるのをなんとか堪える。
茶色の髪に黒い目、そして村人が魔道士から聞いたというのは古代精霊語を使ったということだろう。
間違いない。
レイの瞳の色は父譲りで、髪の色は母譲りである。

(……お父さん、大魔道士様に勝つほどすごかったんだね)

道理で色々なことを知っているはずである。
あれだけの知識と魔力があれば、大魔道士に勝つことができるだろう。
父の強さを納得してしまった。


ぱちりっとレイは目を覚ます。
目に入ったのはあまり覚えのない天井のように見える。
ひょいっと身体を起こして部屋の中を見回してみれば、同室のはずのリーズの姿は見えない。
窓から漏れる明かりは、すでに日が昇り始めていることを意味している。

「…そっか、ここ村で借りた部屋」

夢を見ていたようだ。
昔、1人で旅をしていた頃のこと。
ここまで鮮明な夢を見たのはとても久しぶりだ。

「リーズが大賢者のことを言ったから、だよね」

レイは小さなため息をつく。
ファストの大魔道士と並ぶと言われる存在の大賢者。
公式の位は何もないが、民衆の殆どに認められるほどの実力を持った魔道士。
それが自分の父のことであると言ったほうが良かっただろうか?

「でも、言ったところで、お父さんと同じようなことを期待されても困るし」

レイは未だに自分は父に追いついているとは思えない。
経験も魔法の使い方も、まだまだだ。
大賢者と同じことができると期待されても、自分はまだその期待に確実に応えられる実力を持っているわけではない。

「それにしても…、お父さんってなんで大魔道士と模擬試合なんてやることになったんだろ?」

地位や名声などに執着があるように見えない父だったから、大魔道士に勝つなどいうことをやらかした理由が分からない。
聞こうにも、やはり親の過去とはなんとなく聞きにくいもので、レイの頭の中ではずっとそれが小さな疑問として残っている。
いつか分かるだろうか。


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