思い出04
レストア帝国現王には23人の側室がいる。
正室が1人もいないのは、王には昔からの思い人がいるから、実は男色家である、多くの女性を側に置きたいがために正室を作らない等々、噂は色々だった。
23人の側室のうち、ガイの母親は現王の従姉妹に当たる存在であり、側室の中では身分もそしてそのプライドも誰よりも高かった。
王家の血が最も濃い存在であるガイが王位を継ぐのが当然だと思っていた彼女。
そんな彼女は、ガイに対して望んだのは王になるために相応しい結果だけだった。
「貴方以外の誰も王になる資格などないわ、ガイ。常にトップに立ちなさい。決して負けては駄目よ」
ガイに向けられた母の目は決して暖かいものではなく、野心を含んだ瞳だった。
幼い頃はそれでも、兄弟に剣術で勝つたび母が褒めてくれたのでそれでよかった。
兄弟達に勝ち、母の言葉と笑顔を得る。
そうして生きてきて、蹴落とすものは蹴落とし、利用できるものは利用して来た結果、自分が独りであると気づいたのはいつだろう。
楽しそうに笑っている兄がいる。
他の兄弟達と一緒に勉強をしている弟達がいる。
何の話をしているのか分からないが、楽しそうに笑い合う妹達。
ガイはその中に混じりたいと思ったこともある。
だが、それは全て母に止められた。
「いいこと、ガイ。彼らを兄弟だと思っては駄目よ。彼らは皆貴方の敵なの、負けないで、決して彼らに屈しては駄目よ」
母が望んだのは、ガイが兄弟達よりも常に優位な位置にいること。
「友人が欲しいのならば、わたくしが選んだ者を屋敷に招いておくわ。だから、わたくしが選んだ友人たちだけと付き合いなさい」
誰よりも強く、誰よりも優秀であれ。
母に選ばれた”友”に囲まれ、本音を語り合うことなど許されず、母の望むままにあれ。
剣を握り、無心になれる時だけが唯一の楽しみだった。
剣を握っている時は母の邪魔は入らない。
ガイが剣を握り、兄弟達と模擬試合をすることにだけは母は反対しない。
強い相手と剣を合わせる事が一番好きだった。
真剣に向き合った相手とは、言葉がなくとも分かり合うことが出来る。
それを知ってからは、剣術にさらにのめりこむようになった。
「まるで化け物だな、お前」
からかうような口調でそう言ってきたのは、唯一の兄とも言っていい存在。
レストア帝国王位継承権を持つガイの兄。
彼は普段無表情でいるガイが睨んでも、それを全く気にしない人のうちの一人だ。
「ザス兄上、何か御用ですか」
「いや、将来有望な弟ってのを見に来ただけだよ。ま、お前が優位に立っていられるのも今だけかもしれないけどな」
「どういうことです?」
目上の者には基本的にガイは丁寧な言葉を使うようにしていた。
母がそうしろと言ったこともあるが、年が上の者は敬うべきだろうと自分でも思っていたからだ。
たとえ欠片も尊敬の念を抱いていない兄でも、それを崩すことは無い。
「ガイ、お前、今いくつだっけ?俺より2つ下だから15か?15って言えば、アノ時期だよな?父上にもう連れて行かれたか?」
くすくすっと何が楽しいのかガイの隣で笑うザス。
ザス・レストアという人物を、ガイは大して気にはしていなかった。
剣術の腕も勉学でも優れているわけでもなく、素行もいいとは言えないようなもの。
兄弟の中で一番年長である為か、何が優れているわけでもないというのに、世渡り上手のように見えた。
「下にはまだ才能ある奴らがごろごろいる。そのままじゃ、お前、抜かれるんじゃないか?」
トップだと思っていられるのは今のうちだけだぞ、とでも言いたげな言葉。
それでもガイはその言葉を気にはしていなかった。
才能など何も感じられない兄の言葉だ、気にするまでもない。
そう、思っていたのだ。
ギィンっと剣と剣が交わる音。
ガイが受け止めた剣の力はまだ軽く、振る剣の鋭さもまだまだ甘い。
だが、何故だろう。
ガイは相手の剣に動揺した。
「本気で相手して、ガイ」
真っ直ぐな目で見てくるのは、自分よりも3つ下の妹。
珍しい双剣の使い手という事で、周囲からの期待もあるだろうに本人は至って普通だ。
自分の力を過信することもなく、ただ純粋に真っ直ぐに向かってくる。
「それとも何?女相手には本気になれないってこと?」
剣を交えたのはこれが初めてというわけではない。
だが、久しぶりに剣を交えた時の妹のサナは何かが違っていた。
何かを吹っ切れたのか、それとも心境の変化でもあったのか。
剣術のレベルが一気に上がったわけでもなく、普段のガイならば適当に相手をして終わるはずだった。
それなのに、ガイは本気を出して、サナの言葉が終わったとたんに勝負を一瞬で終わらせた。
怖かった。
サナと向き合った時の気持ちを表現すれば、それが一番適切だろう。
剣術の腕ではない、向けられた真っ直ぐな気持ち。
「オレにないものを持っているからか」
怖いと思ったのは、サナがガイにないものを持っているから。
先を見据えた真っ直ぐな瞳と、迷いの無い気持ち。
ガイは母に言われて今までを生きてきた。
その生き方が何か違うとは感じていても、母に逆らうことはせずにいる。
定められた道を行き、先には何も見えない。
「オレはサナが羨ましいのか…?」
心から楽しそうに笑うことなど知らない。
信念など、目指すべき道など、自ら選んだ未来など知らない。
そんなことは、ガイは教わっていないのだ。
「いいこと、ガイ。あの女の子供、サナ・レストアにだけは負けることは許さないわ!」
ガイとサナが成長するにつれて、ガイの母はサナの存在を完全に敵対視するようになってきた。
サナの剣術の腕の成長速度ははやい。
何度かガイは剣を合わせているが、それでも今はまだ追いつかなくてもいずれいい勝負が出来るようになる。
強い相手と手合わせできるのは嬉しいはずなのに、ガイはそれが嬉しいとは思えなかった。
笑い合える環境がある。
思いっきり剣を振るえる自由がある。
進むべき道を真っ直ぐに見据えることが出来る。
何よりも…。
(憎らしいと思うほどに羨ましいと思う。だが、オレは”ここ”から動こうと思う勇気がないのか)
サナの環境が羨ましいと、憎らしいと思った。
自分だって母に逆らい、自分が望む通りの道を歩めばいい。
そうすれば変わることが出来るはず、サナのようになることが出来るはずだ。
「どうやって…?」
(心から信用のおける友人をどうやって作ればいい?誰が信じられる?この王宮という環境の中で、信じられる者などいるのか?)
友の作り方を、相手を信用する事を、どうすればいいのか分からない。
誰かに頼るにはガイは成長しすぎて、周囲には期待ばかりがある。
決められた道を歩み、周囲の期待を背負い、王宮で暮らしていく生活は変わることはなかった。
現状を打破する方法をガイは知らない。
だから、退屈だと思えるほどの日常が過ぎていくのを、ただ待っているような状態になる。
成長していくにつれ、サナを羨む気持ちは薄れていき、王位継承権がどうのと言う母の声もどうでもよくなり、定められた道を行くことが当たり前になりつつあり、世界の”色”が見えなくなっていた。
周囲に流されるまま、剣を振るうときだけ無心になる。
父に言われた仕事で魔物を斬るのも、人を斬るのも、何も感じなくなってきていた。
― 当然貴方だって無事ですまないんです!そこの所わかっているんですか?!
レイに惹かれたのは、何がきっかけだったのかは今では曖昧だ。
向けられた言葉そのものが、レストア帝国第二王位継承者ガイ・レストアにではなく、ガイという個人に向けられた言葉であることを実感し、それが嬉しかったからなのかもしれない。
周囲に流されてきた退屈でどうでもいいと感じる日々。
それから抜け出すのは意外と簡単なことだったのではないかと、今では思う。
ガイは村で借りた部屋の窓から外を見る。
真っ暗な夜空には無数の星が輝き、その星が僅かな明かりとなっている。
外には気配が2つ。
ガイが良く知る、サナとリーズの気配だ。
何を話しているのかまでは分からないが、そう真剣な内容でもないだろうとガイは思う。
今は別の意味で、サナが羨ましいと思ってしまう。
初対面でも何の躊躇いもなくレイに話しかけていったサナ。
レイも楽しそうにサナと話をしている。
それでも、昔のように憎む気持ちが出てこないのは、レイがガイの視線に気づいてくれるからだろう。
― どうしました?ガイ?
ガイがじっとレイを見ていると、レイは気づいて声をかけて来る。
それがどんなに嬉しいことなのか、レイは知らないだろう。
ガイという存在を認識してくれる。
身分という付属なしのガイそのままの存在を。
― あまりあからさまにレイを避けるのはやめておきなさいね
かつては憎いとすら思った妹に忠告されたこと。
確かにその忠告は正しい。
正しいのはガイにだって分かる。
「オレだってレイを傷つけたいわけじゃない」
あからさまに避けることでレイが悲しそうな表情をすることが分かる。
それでも、レイに触れてしまって抱きしめたいと思う気持ちを止める事ができるだろうか。
身体を腕の中に抱き込み、髪に触れ、頬をなで、唇を味わいたいと思う気持ちを。
「はぁ……」
ガイは自分の思考を振り払うかのように大きなため息をつく。
こんな気持ちは初めてで、止める事が出来るか自分に自信が全くない。
同性に迫られる気持ち悪さというのを理解させてくれた相手に感謝すべきか、それとも憎むべきか。
それを理解しているから自分の気持ちを止めようと思っているわけで、それを理解していなければ知らずに迫って徹底的に嫌われてしまうかもしれないわけで。
「…今あれと遭遇したら、絶対に殴るだろうな」
ガイに同性に迫られる気持ち悪さというのを教えてくれた相手。
ついでに言えば、妹であるサナにも迫ったらしいと今日発覚した新たな事実。
節操がない人だとは思っていたが、ここまでとは流石のガイも思っていなかった。
ザス・レストアというガイとサナの兄。
レストアではかなり有名なのだが、彼は男女関係では節操なしの第一王位継承者である。
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