思い出03
サナは眠れずに外にいた。
夜空に浮かぶ星はとても綺麗で、見上げれば空には雲ひとつない。
恐らく明日も晴れだろう。
世の中は魔物の活性化や大量発生などで不安を抱えている人も多いのに、空だけはいつも変わらない。
「人的介入と魔道士…ね」
サナはレイが何も言わなくても分かっていた。
これだけ連続して魔道士が関わっていれば、ファスト魔道士組合となんらかの関係があるとみて間違いないだろう。
そして、それがレストアに知れ渡ればここぞとばかりにレストアはファストに恩を押し付けようとするはずだ。
「ガイは戻されるかしら」
現レストア帝王が後継ぎにと一番期待しているのはガイだ。
サナは王位継承の条件を満たしているとはいえ、性別が女性なのでそう簡単に認められることはないだろうとは分かっている。
指定の大会で優勝したのは決して王位継承が目的ではなく、自分の実力がどこまでのものなのかを確認してみたかったから出場しただけなのだ。
「リーズ、黙っていてくれないかしら」
聡いリーズのことだ、レイの説明がなくてもファスト魔道士組合が関わっていることは分かっているだろう。
「何をだい?」
後ろから聞こえた声に、サナは驚きもせずにゆっくりと振り返る。
少し前から気配は感じていた。
それが誰かは分からなかったが、敵意もないので放っておいただけだ。
「リーズ、起きていたの?」
「色々考えていたら頭が冴えちゃってね。少し涼もうと思って外に来てみたら」
「あたしがいたって事ね」
リーズはゆっくりと歩き、サナの隣に立つ。
2人は並んで前方に見える村の風景を見ている。
「それで、サナは何を黙っていて欲しいのかな?」
サナは呆れたような視線をリーズに向ける。
笑みを浮かべているリーズは、サナが言いたいことなど分かっているだろう。
表情からそれが分かるだけに、わざわざ聞いてくる所がリーズらしいとでも言うべきか。
「分かっているでしょうけど、ファストの魔道士が今回の件に関わっているということよ」
「サナはそれでいいのかい?」
「いいも悪いも、あたしもガイも今のままの方がまだいいと思うのよ」
リーズならば分かっているだろうが、王族というのは今のような特殊な状況にでもならない限りは、基本的に窮屈な生活だ。
制約が多く、自由というものがとても少ない。
一般的に見れば、魔物討伐などを行う方が大変だと思えるかもしれないが、サナやガイにとっては今の方が開放的で自由な生活を送っている。
「窮屈な生活に逆戻りは嫌かい?」
「当たり前よ。こればっかりは、あたし”達”全員が殆どそう思っているでしょうね。部隊の人達と気が合わない人は別でしょうけど」
サナの言う”あたし達”というのは、この魔物討伐に参加している王位継承権を持つ12人の事だ。
「模擬試合じゃ物足りないって感じっている人もいるでしょうし、外に出てはじめて自由を感じた人もいるでしょうね」
「そう言えばレストアは好戦的な人が多いんだっけ?」
「好戦的というよりも、本物の戦いの緊張感が好きで剣術をやっている人が多いのよ。だから王位継承権持ち同士の模擬試合なんかだと、真剣勝負並みの雰囲気になるわ。だからと言って、斬り合うのが好きってわけじゃないのよ」
人を斬るのが好きだから剣術が好きなわけではない。
レストアの王位継承者達は、半ば無理やり剣術を習わされているとは言え、大半の者が剣を握り振るうことを楽しいと感じる。
剣を振るった時の感覚と、強い相手と対峙して勝利を勝ち取った時の満足感、自分の力でそれを成したと感じられるその瞬間が嬉しいと思える。
リーズは苦笑しているところをみると、そういう思いはよく分からないだろう。
剣を扱うことが出来るといっても、リーズは魔道士なのだ。
「でもね、サナ。しばらくはこのままでも構わないだろうけど、いずれファスト魔道士組合が原因だってことはバレるよ」
「分かってるわ」
言われなくてもわかってはいるのだ。
「こんな討伐隊への参加が永遠に続くわけじゃない事は最初から分かっていたわ」
何が原因か、いつ終わるか分からない魔物の討伐。
終わりが見えないその討伐隊への参加が決まった時に、サナはそう分かっていた。
「リーズだってそうでしょう?」
「そうだね。終わりが見えない魔物討伐ならば、俺もそのうちファストに戻されるだろうってことは想像がついているよ」
今こうして気軽に討伐隊などに参加しているものの、サナもリーズも、そしてガイも本来ならば魔物の討伐などに参加するような身分ではないのだ。
今こうしているのは、民衆の魔物へ恐怖があまりにも大きく、原因不明の魔物の活性化が多すぎるからだ。
ファストとレストアが何か手を打たねば、民衆の恐怖が爆発しかねない。
「今はまだ、もうちょっと待っていて欲しいのよ」
まだこのままでいたい、とサナは思う。
「それにファスト魔道士組合の魔道士だけが関わっているわけではないかもしれないでしょう?」
「確かにそれは言えるけどね」
「レストア出身の魔道士だっているかもしれないわ」
剣術大国と言われるレストアだが、魔道士がいないわけではない。
レストア生まれでファスト魔道士組合の魔道士になろうとする人もいる。
「討伐隊に参加している魔道士は、皆馬鹿じゃないからね。俺が黙っていたからっていつまでこのままでいられるか分からないよ?」
「それまでにガイには動いてもらうわよ」
「ガイ?サナはガイが心配なのかい?」
サナはどこか困ったような笑みを浮かべる。
その言葉では、サナはまるでガイのためにリーズにそう頼んでいるかのように聞こえる。
理由の半分はそうなのかもしれないとサナは自分で思う。
自分が窮屈な生活に戻りたくないというのもあるが、ガイに変わって欲しいと思う気持ちもある。
「リーズはあたしの父の子が、全て母親が違うのは知っているわよね」
「レストア帝国現王の側室が23人いるってのは、かなり有名な話だしね」
サナは頷く。
現在の王継承権を持つ者は12人。
内4人は女で、残り8人が男である。
全て母親が違う兄弟。
サナは自分の母のことを頭に浮かべる。
現レストア帝王に正室はいず、全員側室である。
家柄で選ばれた者、王に見初められた者、側室になったものはそのどちらかである。
サナの母はどちらかといえば後者の方であり、ガイの母は前者の方だった。
「いい、サナ。あの男は父として、夫としては最っっ低よ!ええ、本当に!」
完全に呆れたようにサナにそう言ったのは母だった。
でも、その後に続く言葉はいつも一緒。
母は少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべる。
「でも、剣士としては尊敬にすら値するわ」
その笑みは、相手の強さを認め、そして強い相手がいることに対する喜びがある笑みだ。
サナの母は父である王の相手を出来るほどの剣士だった。
親友のような関係であったと聞く。
「母さんはどうして、あの人を選んだの?」
サナは不思議でたまらなかった。
確かに剣士としての父はすごいと思う。
追いつきたい、目指したい、いつか彼に認められたら…そう思えるほどにすごい剣士だ。
それでも、父親としては最低だとサナは感じていた。
「あたしがあの人を選んだのは、まぁ、成り行きよ。最初は夜通し話し合う程度だけの仲だったのよね」
苦笑しながら母は語った。
親友とも言える仲だった父と母は、同じ部屋で夜を明かしながらも、剣について語り合うだけで触れることも抱き合うこともなかった関係だったらしい。
しかしながら周囲はそう見ず、母は父に望まれていると思われ側室におさまってしまったということだ。
「もちろん最初はあたしも怒ったわよ?だって、どう考えてみても夫としては最低の男だと思うもの。でもね…」
母にとって父は大切な存在だったようだ。
それは恋愛感情ではなく、純粋な友情であって、触れ合いたいとも抱きしめて欲しいとも思わないような関係。
「あの人のためならば命をかけられる。そう、今でも思っているわ」
それは恋愛感情ではないのだろうか?
サナはそう問うのだが、母は違うと首を振る。
なぜならば、母は父がどんな女性と一緒にいても全然なんとも思わないらしい。
いい子が父の側にいてくれれば嬉しいと思うし、身分だけの顔だけの女が側にいれば騙されて馬鹿だな、と思うと言う。
「カスミを知っているでしょう?ええ、そうよ、4番目の子を産んだ側室よ。あの子、とてもいい子だったのよ。だから、あの子を側室なんかにした時は、即効でぶん殴ってやったわ!あの馬鹿!あんないい子を側室なんかにするなんて…あ〜、もう腹立つわ!」
母が父のことを語る時の表情は、まるで馬鹿な友人を持った人のように見えた。
馬鹿だ馬鹿だと言いながらも背中を預けることが出来る友人のことが心配なのだろう。
サナには父のどこにそんな魅力があるのかさっぱり分からないが、母は父のことが大切なんだということは分かった。
「あたしにとって、あの人は馬鹿な親友で、一生で一度しか得られないような命をかけられる友人であり、君主でもあるのよ」
母がそんな感じだったからか、サナは比較的に自由に育ったと言えるだろう。
王位継承に固執することもなく、ただ純粋に剣術にのめり込む。
父は好きではなかったが、母がたくさんの愛情を注いでくれたからこそ今のサナがある。
王位に固執しない母でよかったとサナは思う。
だが、ガイは違うのだ。
サナは小さなため息をつく。
「物心つく前から、ガイとガイの母親を見てきたわ」
兄弟たちとその母の姿は嫌でも目に入る。
王宮は広いとは言え、その姿を見ないということは殆どあり得ないのだ。
「多分、子を持つ側室の中では、一番王位に固執しているのがガイの母親なのよ。王になるための相応しい友人、王になるための相応しい剣の腕」
サナはぎゅっと手を握る。
「あれじゃ人形だわ」
決められたことに従い、決められた道を歩んでいくガイ。
剣術の腕はガイの母が望むかのように、レストアでは敵うものなどいないだろうと言われるほど。
決められた友人たちと一緒にいて、決められた道をこれからも歩んでいく。
「あたしだって、こんなおせっかいしようだなんて全然思ってなかったわよ。ガイが何も言わないから、それでいいんだって思ったのよ。でも、レイと話しているガイを見たらやっぱり、どうにかしてやりたいって思っちゃったのよ」
今ガイとレイが離れてしまったら、ガイはきっと何も変わらない。
レストアでのガイは、無表情で感情など本当にあるのだろうかと言われていることがあった。
何度も剣を交えたサナだから、ガイは感情を表現していないだけで、怒りも悲しみも喜びもあることは知っていた。
「それは妹して?」
「そうね…、妹というよりも、好敵手として、かしら?なんだかんだ言っても、ガイと剣を交えるのが一番楽しいのよね」
「サナが、自分の母親がレストア王を思うにようにガイを思っているってことかな?」
サナは一瞬ぴたりっと表情を止める。
だが、すぐに盛大に顔を顰めた。
「リーズ…。母さんがあのクソ親父をそう思ってても、あたしがガイを同じように思うなんてあり得ないわ。あたしはガイをなんとかしてあげたいとは思っても、命をかけようとまでは思わないもの」
はぁ〜と大きなため息をつくサナ。
母は父に命をかけてもいいとすら思っている。
サナはガイに対してそこまでの思いは全くない。
笑えることができるのならば、そのほうがいいと思うだけだ。
レストア王宮でのガイの生活はあまりにも窮屈すぎるから。
「それとも、リーズはガイとレイが一緒にいるのは反対?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
「それなら少しくらいは協力して欲しいわ」
リーズはくすりっと笑う。
「そうだね。レイと一緒にいるガイの方が俺としても接しやすいし、出来る限りの協力はするよ、サナ」
リーズが積極的に協力してくれることをサナはあまり期待していない。
けれど、この返答から考えるに、邪魔をすることはないだろう。
リーズもレイの存在は気に入っているとサナは感じていたが、それはガイと違い、魔道士としてという意味だったのだろうか。
どちらでも構わない、とサナは思う。
無表情で感情が無いようにすら思える、兄であるガイが笑ってくれるようになるならば。
人に羨まれるほどの剣の腕があっても、笑うことが出来ないのは悲しすぎる。
サナの父でさえ、1人でなく母のような友人がいるのだ。
ガイにだって心を許せる人が1人くらいいてもいいだろう。
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