思い出02
時間はほんの少し遡る。
レイがリーズに今日起こった事を報告している頃、隣の部屋にはガイとサナが向き合っていた。
頬杖をつきながら目線は床にあるガイ、そんなガイをじぃっと観察するかのように見ているサナ。
サナが何か言いたいだろう事は、ガイでなくても雰囲気で分かるだろう。
「ねぇ、ガイ」
サナの言葉にガイは返事を返さずに視線も動かさない。
「レイのこと、まだ怒っているの?」
サナはガイの反応を待つが、ガイは何も言葉を返してこない。
とんっとガイが肘をついているテーブルに手を置くサナ。
レイとガイが連れ立って帰ってきたので、ガイの怒りはもうとけたのだと思っていたが、ガイの態度はおかしい。
「やっぱりまだ怒っているんでしょ」
ガイがまだレイに対して怒っているとは思えないが、そう言葉を向けてみる。
レイの前では結構話しをするガイだが、基本的にガイは言葉が少ない。
それゆえ誤解されることが多いのだが、サナはガイとは半分しか血が繋がっていないとはいえ妹で、尚且つ付き合いも長い。
話をしたことは公式での挨拶程度なのだが、兄弟の中で剣を交えた回数が一番多いのはガイだろうと思う。
「別に…怒ってはいない」
ぽそっとガイが呟く。
「じゃあ、なんであんな態度とったのよ?レイが気にするわよ」
ガイはぴくりっと反応し、サナを方をちらりっと見る。
サナはどこか呆れたようにガイを見ている。
「レイに嫌われるのは嫌だ」
ガイの言葉にサナは盛大にため息をつく。
「どうしてレイに嫌われるのが嫌だからそんな態度になるのよ?大体、さっきの態度でいたほうが嫌われる確率、絶対に高いわよ」
ガイは何かを言おうとして口を開くが、少し迷った後何も言わずにその口を閉じる。
無口なのは構わないが、そうやって何でもかんでも1人で解決しようとするのは絶対によくない。
ガイの性格はそれなりに把握しているつもりのサナは、ガイへと話を向けてみる。
しつこく話せばたまには返答が返ってくるはずだ。
ガイは何でもかんでも信用できないものを拒否しているわけではないことを、サナは知っている。
「怒ってないならあからさまに目を逸らすのはやめておいた方がいいわ。嫌われたくないなら、さっきの態度は尚更駄目よ」
ガイはふっとサナの方を見る。
「何?言いたい事があるなら聞くわよ」
無表情に見えるガイだが、頭の中では色々なことを考えているのだろう。
レストア王宮では様々な人間関係があるが、そのためか感情が表に出ないようなる人は多い。
サナも王宮ではガイと同様、殆ど無表情でいる。
だから、ガイの表情がないのは別に構わないし、剣士であるサナもガイも互いの感情を気で感じることが出来るので困ることもない。
「オレは…」
ガイの顔が困ったように顰められる。
ひとつだけ小さくため息をつき、ガイは口を開く。
「レイが好きなんだ」
「そんなの見ていれば分かるわよ」
サナの即答に、ガイは小さく首を横に振る。
「違う。友人としてでなくて…」
「だから、見てればそのくらい分かるわよ」
ガイの言葉を遮って、サナは当たり前のように答える。
別にサナに驚いた様子は見られない。
「これまで特に会話っぽい会話してないって言ってもね、ガイとは生まれた時からの付き合いなのよ?ガイを見てればそのくらい分かるわ」
王宮で顔を合わせていたガイは、今のように表情を変えることは決してなかった。
サナは最初の頃はガイに嫌われているのだと思っていたが、今はそうでないことが分かる。
ガイはただ、周囲がどうでもいいと思っているだけなのだ。
どうでもいいから気にもかけずにいる。
そのガイがレイに対しては”普通”に接しているのだ。
これで特別な気持ちがないと分からない方がおかしい。
「オレは男でレイも男だぞ?」
「そこよ!」
びしっとサナは指を一本立てる。
「レイの気配ってどう見ても女の子っぽいのよ」
「それはそうだが、気配で分かるのは大まかな性別なだけであって、必ずしもそれが正解だとは限らないだろう?」
「そうなのよね…。だから、一応胸を触って確かめてみたんだけれども、女の子にしてはみごとにすっぱり何にもない平らだったし」
「サナ、お前…」
どこか呆れたようにサナを見るガイ。
サナは平然とガイを見返す。
「いいじゃない、あたしが女だからできることよ」
レイの胸をベタベタさわりまくったことに、サナは全く反省はない。
男の子が女に胸を触られたとして問題はないだろうし、レイが女の子だとしても女同士なのでさしたる問題はないだろう。
実際ぺたぺた触った時のレイは慌てて困ってはいたが、あからさまに嫌がってはいなかった。
「ガイがレイのことを男の子だって言うなら、本当なんでしょうけど…」
「いや、オレもそれに関しては確実だとは言えない。気配は確かに女の気配で、体つきも比較的柔らかかったし」
「そんなこといつ確かめたのよ」
その言葉に思わずふいっと視線を逸らすガイ。
あの時レイの無事を確認して抱きついた時のことだろう。
その時の感覚を覚えているガイは、案外ちゃっかりしているのかもしれない。
「でも、レイが男の子だとしても何の問題があるのよ?別にガイが王位を継ぐって決まったわけじゃないから、後継ぎがどうして必要ってわけでもないでしょう?」
レストアでは同性婚が認められているわけではないが、そういう性癖の人がいないわけではない。
王宮というのは色々な人がいる。
性癖が普通と違うだけで差別しているようでは王宮ではやっていけないのである。
サナもガイも基本的にはそういう事で差別はしないのだが…。
「サナお前、男が男に迫られる気持ち悪さが分かるか?」
ものすごく嫌そうにガイが顔を顰めてサナを見る。
サナは首を横に振る。
「あたしは女なんだから、そんなの分かるわけないじゃない」
サナとて同性に迫られたら困るには困るが、気持ち悪いと思うほどではないと思う。
かといって受け入れられるかというのとは別だろうが。
ガイのその言葉にふっと思い浮かぶ。
「もしかして、同性に迫られたことあるの?」
ガイの視線に僅かに殺気が宿る。
その反応からするとあるのだろう。
「どこの誰よ?大体、ガイに迫るなんて無謀とも言えるほどの勇気とそれなりの身分がなきゃ無理よ」
レストアでガイの剣術レベルが相当高いことは有名である。
それはガイが幼い頃から言われ続けていたことで、レストアでは誰もが知っている。
そのガイに迫ろうとすれば、剣で切り伏せられるかもしれないという恐れがある。
なによりもレストア帝王の第二子であるゆえ、下手な手出しをすれば王家から訴えられかねない。
「いるだろ。それなりの身分があって男も女も来る者拒まずの馬鹿が」
サナはその言葉にはっと気づく。
盛大に顔をひきつらせて、頭を抱えそうになる。
「………そういえば、いたわね。そんな馬鹿が」
ふぅっと互いに大きなため息をつく。
「あの人、ガイにも迫ったのね…」
「サナにもあったのか?」
「急所蹴りつけて、剣先つきつけてやったら二度と構ってこなくなったわ」
「オレは首皮一枚綺麗に切ってやったら、近づいてくることもなくなったな」
2人にとっては思い出したくもない出来事かもしれない。
兄妹の嫌な共通点がひとつ発見されてしまったようだ。
こんな共通点は欲しくないと、サナもガイも同時に思う。
「あの人のことなんてどうでもいいのよ。ガイならあの人のように相手の気持ちを無視して襲ったりなんてしないでしょう?」
ガイはサナのその言葉に、少しだけ眉を寄せる。
「側にいて…理性を抑えきれる自信はない」
だから先ほどの態度なのかもしれない。
レイが男であったら、男に迫られるのは嫌だろうということがガイは分かっている。
嫌われたくないから近づかないでいる。
自分を抑えきれる自信がないから。
「どこかで発散すれば?」
「化粧臭い女を抱くのは絶対に嫌だ」
サナが一瞬顔を顰める。
「ガイって、もしかして女の人抱いた経験あるの?」
ガイの言葉はまるで経験でもあるかのような言い方だった。
基本的に王位継承権を持つ兄弟達はガイを含め、剣術まみれの生活だ。
ガイの場合は特に母親が厳しいので女遊びなどを許すようには思えない。
「ああ、そうか、サナは女だから知らないんだな」
「何をよ?」
「オレもあの人も弟達も、王継承権を持つ男子は、15歳の誕生日に3日ほどかけて娼婦にそれを教え込まれるんだ」
「……は?」
「男が下手なのは将来女が出来た時に困るだろってのが、父の言い分だ」
「んなっ!」
サナは思わず、ばきっとテーブルはしっこを折ってしまう。
「あ、あ、あんのクソ親父…!」
サナは父親に良い感情は抱いていない。
父も子を子供として愛してはいないだろうことは、兄弟全員が分かっていることだ。
だが、ここまでとんでもないことをしているとは思っていなかった。
「下手に知識も経験もなければ、そんなことをしたいとも思わないかもしれないんだろうな」
したいと思わないというよりも、その感情が何なのかが分からないから、下手に行動にでることはなかったかもしれないという程度だろう。
「分かったわ。ガイがレイを襲いそうになったら、あたしが全力で止めてあげる」
「そうしてくれ」
「その代わり、あまりあからさまにレイを避けるのはやめておきなさいね」
「………善処はする」
「善処だけじゃレイに嫌われても知らないわよ」
ガイはその言葉に黙ってしまう。
過去”あの人”に襲われたのがそんなに嫌だったのだろうか。
そのあたりは、サナは知らないことなので深く突っ込むべきではないだろう。
しかしながら、問題は色々な意味で山積みのようである。
Back
Top
Next