人的介入04



肩から腕を回されて、体をぎゅっと抱きしめられ、ガイの頭は丁度レイの頭の横あたりにある。
抱きしめられているというよりも、抱きかかられているような上体で、レイは丁度背伸びさせられていた。
レイとガイの身長さを考えれば、そうなるのは必然だろう。

「全く、レイったら、突然魔物の口の中に入っちゃうんだもの!」

少し怒ったような口調のサナの声が横から聞こえてくる。

「ですが、サナ。魔法で結界も張っていましたし…」
「結界張っていても魔物の口の中はいって無事な人なんて普通いないわよ!」
「え、まぁ、そうですが…」

提案したのは自分だが、考えてみればかなり無謀な考えだったかもしれないと思う。
口の中に入り込む時は確かに勇気が必要だったが、いざとなれば空間転移で飛ぶことが出来ると思っていた。
空間というのは入ることは無理でも、出ることというのは意外と簡単なのだ。
無謀な考えかもしれないが、大丈夫と思ってやったことだ。

「あの、ガイ…?少し力を緩めてもらえませんか?」

ガイはレイを無言で抱きしめたままだ。
レイからはガイの顔が見えないので、ガイがどんな表情をしているのかも分からない。
くいっとガイの服をひっぱってみるが、ガイの腕の力は緩むどころか強くなった。

「っ…!あの、ガイ?ちょっと痛いので、力をもう少し…」

抱きしめられるというよりも、気分は締め付けられる、だ。
相手が剣士なだけに力は一般人より強いからというのもあるかもしれない。
これ以上力を込められたら骨がミシミシ言いそうである。
レイは小さくため息をつき、サナに助けを求めるように視線を送る。

「心配かけた罰よ。当分ガイに締め付けられてなさい!」
「さ、サナ?」
「リーズと先に村に戻っているから、ガイが落ち着いたら一緒に戻ってくるといいわ」

にっこりとサナは笑みを浮かべてリーズに行こうと促す。
リーズは苦笑しただけで特に何も言わない。

「行きましょう、リーズ」
「そうだね。レイ、あまり遅くならないようにね」
「え?え?あの…」

ガイに身体を固定されているレイが動けるはずもなく、かといって空間転移でガイの腕の中から抜け出すのはなんだかとても悪い気がしてくる。
心配かけたのは自分だ。
それなのに、ガイをこのまま放っておくことはできない。
サナとリーズはさっさと村の方に歩き出すのが見えた。
ガイのことはレイに任せるつもりらしい。

(どうしよう…)

取り残されてしまったレイはものすごく困惑する。
こういう場合の対処方法をレイは知らない。
村にいた頃はまだ幼く、自分が思うままに多少我侭でも、自分がしたいことを行動してきたことが多い。
旅に出てからは一時的な仲間というのはいたのだが、長い付き合いでもなく表面上だけ仲良くしていれば良かっただけだった。

「ガイ?」

くいっとガイの服を引っ張ってみる。
だがガイは反応しない。
レイは思わずため息をつく。
しばらくこのままでいれば、ガイの気が済むのだろうと思って大人しくするレイ。
こんな時に思い浮かぶのは、変化の魔法を使っていて良かったということである。
顔立ちを魔法で変えては自分の姿に違和感を覚えて、鋭い人には分かってしまうだろうから、変えているのは胸だけだ。
胸を突然触ってくるような変わった人は殆どいないだろうが、念のために変えていた。
サナが突然平然と触ってきた時は、かなり驚いたものだ。
何もしていなければ、こうして抱きしめられている状態では、いくら発育が良いとは言えない体つきでも女であることはバレてしまうだろう。
女であることを否定すれば、レイくらいの年頃の子ならば女の子っぽい男の子であると周囲は思ってくれるのがありがたい。

(でも、これで誤魔化せるのもあと1年くらいだろうけど)

1年経てばレイは16歳。
16歳になっても女らしさのカケラもなかったりするのは、ちょっと悲しい。
人にはその人に合った成長速度というものがあるだろうから、16になって変わらなくても仕方ないのかもしれないが…。

「レイ」

丁度耳元でガイの声が響く。
レイを締め付けている腕の力が少しだけ緩んで、レイはほっとする。

「ガイ?大丈夫ですか?」

呼びかけてみるが、ガイは力を少し緩めただけでレイを離そうとはしなかった。

「それはオレの台詞だ」

声が心配していたと言っているのが分かる。
自分がすごく悪いことをしてしまったような気になってくるレイである。
あの時はあれが一番確実で的確な方法だと思っていた。
別の方法を取るならば、もっと時間がかかってしまっただろうし、何かしらの被害が出てしまったかもしれない。

「私には怪我はひとつもありませんよ、ガイ。それに多少の怪我ならば魔法で治療が可能です」
「だが、魔物の中に入るなど…」

ガイはレイから少しだけ身体を離し、レイと目を合わせるように顔を上げる。

「確かに通常の大きさの魔物ならば無理でしょうが、あれは人1人飲み込めるほどの大きさでしたから、大丈夫だと思っていたんですよ」

防御膜を張って中に入れば、魔法を無効にするような効果がない限りは平気だろう。
禁呪と対峙した時はもっとすごいものもあったのだ。
レイとて実戦を何度も経験している。

「無茶は、するな」
「大丈夫です。出来ると思ったことしかやっていませんから」
「それでも…」

すっとガイの右手がレイの左頬に添えられる。

「オレが無茶だと思うことはするな」

レイは一瞬きょとんっとした。
ガイが無茶だと思うことをするな、とはちょっと難しいのではないのだろうか。
そんなこと無理だ、と返したいところだが、ガイの表情は真剣だ。
つまり、ガイに心配をかけさせるようなことをするなという事なのだろう。
事前に説明して大丈夫だと理解してもらえれば、この先も同じようなことがあっても平気かもしれない。
レイはそう結論付けた。

「はい、そうします」

にこりっとレイは笑みを浮かべた。
ここまで自分のことを思って心配してくれるのは嬉しい。
ちょっと過保護っぽい気もするが、こういう存在というのがレイには今まで両親以外にはいなかったので、くすぐったいような気分だ。
レイの笑顔を見て、ガイが何かぴくりっと反応した。

「…ガイ?」

レイは周囲に他の魔物の気配でもあったのだろうかと気配をそれとなくさぐり、引っかかる魔力がないかを感じ取ってみるが、特に異変は感じない。
レイの左頬に添えられていたガイの右手がすっと離れる。
1度レイの頬から離れたところでぴたりっと止まるが、そのままゆっくりとその手は下ろされる。

「ガイ?どうしました?」

少し様子がおかしいガイの顔を、レイはひょっこりと覗き込むように見る。
レイの顔を目にいれたガイは、何かに驚いたように目を開きふいっとレイから目を逸らした。
こくりっと首を傾げるレイ。
何がなにやらさっぱりである。

「なんでも…ない」

呟いたようなガイの言葉は、小さかった。
本人がなんでもないというのならば、なんでもないのだろうと思い、レイは深くは聞こうとは思わなかった。

「それじゃあ、村に戻りましょう」
「ああ、そうだな」

レイとガイはゆっくりと歩いて村に向かう。
1度だけレイは振り返る。
かつて墓が綺麗にならんでいた場所。
負の魔力は浄化されたが、墓は全て滅茶苦茶である。
レイは悲しそうな笑みを浮かべて、すぅっと小さく手を振る。

『トゥ・レ・ラン』

小さな声で呪文を唱え、魔力を広げる。
魔力を大量に使う魔法でなければ、杖は基本的に必要ない。
レイが呪文を唱えた後は、特に何も変わらない元墓場が広がるだけ。

「レイ?」
「あ、すみません」

立ち止まったレイをガイが呼びかける。
レイは荒れてしまった墓に魔法をかけた。
その魔法は一瞬で効果がでてくるものではなく、効果が出るのは恐らく3日くらい後だろう。
ここをこのままにしておくのは悲しいと思った。
ほんの少しでも、ここに眠る人達が安らかに眠れることを祈って、レイは魔法をかけたのだった。
白い綺麗な花が咲き乱れるような魔法を。



村には宿がない。
そのため、レイ達は比較的大きな家の部屋を2つ借りていた。
流石に1人1部屋などと贅沢なことは言っていられず、かといって4人で1部屋は狭すぎる。
宿がある町でも2人で1部屋というのはよくあることで、2部屋借りることが出来れば十分だろう。

「オレとサナで同じ部屋を使う」
「へ?」

ガイが言い出したことに、吃驚したのはサナだ。

「リーズも魔道士同士で話すことがあるだろう?」
「まぁ、そうだね。なるべく早く事情を聞いて整理したいしね」
「ならばこの部屋割りが適当だろう」
「確かにね」

リーズは苦笑しながら了承する。
昨日はレイとサナが同じ部屋だった。
基本的にサナはリーズとは同室にはあまりならない。
血の繋がるガイとサナならば問題ないだろうが、よほどのことがない限りはリーズとサナは同室にしないようにはしているらしい。
ただ、過去何度か同室で過ごしたことはあるらしいのだが…。
ガイとサナ、別にこの組み合わせがまずいわけではないが、レイはほんの少しだけガイの態度に違和感を覚えた。

「レイ、事情の説明を頼むよ。あと、”中”でみた魔法の原理も覚えている限りを教えて欲しい」

レイはこくりっと頷く。
魔物の大量発生に人的介入があると分かったのだ。
確かに早めに対処する必要があるかもしれない。
そして何よりも、彼女が言っていた言葉。

「かなり長くなるかもしれませんよ、リーズ」
「分かっているよ」

リーズはガイとサナに手を振って片方の部屋へ入っていく。
レイもそれに続く。
部屋に入る前に、ちらりっとガイとサナの方を見るが、サナは呆れたようにガイを見ていて、ガイは一瞬目が合ったがすぐにそらされてしまう。

(もしかして、まだ怒ってる…?)

心配させたことを怒っているのだろうか。
だが、なんとなくガイの雰囲気を見る限り聞けない。
何よりも、今はそれよりリーズへの説明を優先した方がいいだろう。
レイはガイから視線を外して、部屋に入っていった。

ぱたんっと閉じられる扉。
残されているのはガイとサナだが、サナは大きなため息をつく。

「ガイ…。何やってるのよ」
「何のことだ?」
「とぼけないで。もしかして、レイが無茶したのまだ怒ってるわけ?」
「別に怒ってない」

ガイはがちゃりっともう片方の部屋の扉を開く。
そしてずんずんっと勝手に入っていった。
サナもため息をつきながらだが、ガイの入っていった部屋に入っていった。


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