人的介入05



レイはまず最後に残っていた魔物の中で解読した魔法について説明していた。
現代精霊語で複雑に組まれたそれは、癖が召喚陣や第一の土地でのものと同じで、恐らく同じ魔道士が作ったものだろうということ。

「師匠と弟子の関係ならば、魔法の組み方の癖が同じでもおかしくはありませんが…」
「この独特の組み方は学んだ所で得ることができるようなものじゃないよね」

紙面に描かれた現代精霊語の魔法。
それはレイが覚えている限りを書き記したものであり、おぼろげな部分は知識で補って描きリーズへと見せたものだ。

「同じことをするならば、俺はこんな回りくどい方法は使わないな。…となると、相手の魔道士は天性の素質はあっても魔力に恵まれていない魔道士とも考えられる」
「ええ、そうですね。この方法ですと、確かに回りくどく複雑ですが魔力はそう多く必要ない」

第一の土地の魔法も、そして幻魔獣の召喚陣も、あの墓場での魔法も、全て”何か”を利用したものだ。
自分の持つ魔力を必要とするのは魔法発動のほんの一瞬だけ。
これだけ複雑で少ない魔力でここまで大きな魔法を発動させることはとても難しい。
これを考えた魔道士は、魔法を作り出すという点では天才と言ってもいいだろう。

「一番最初に魔物の大量発生が起こったのが3年前。全ての魔物の大量発生がこの類の魔法だとすると…」
「あの召喚陣に使われた地点は合計で38、ですが今もまだ魔物の活性化や大量発生は続いていますよね」
「問題はそこだよ。幻魔獣の召喚陣に使われた箇所以外の場所が何の意味を持つのかが分からない。それに…」
「これだけ多くの魔法の組み合わせを作れるなんて…、信じられないです」
「俺もだよ。何年か前から準備をしていたにしろ、ここまで見事な魔法を少なくとも今まで魔物の大量発生が起こった地域分は作り上げたってことだろう?感嘆するほどの才能だね」

レイとリーズは同時にため息をつく。
2人も自分達は決して魔法に関して才能がないわけではないと自覚している。
才能があるからこそ、古代精霊語を扱うこともできるし、現代精霊語もかなり高度なものまで使用できる。
なによりも魔力に恵まれているのが大きい。
だが、この魔法を作り上げた魔道士は、レイやリーズとは別の才能を持っている。

「魔力に恵まれていなかった天才魔道士、か」

リーズの言葉にレイは”彼女”の言葉を頭に浮かべる。
聞き返したかったことが多かったのに、何も聞くことができなかった。
彼女の言葉からは疑問が残り、でも新たな事実も分かった。

「背後に誰かがいるのは間違いないです。彼女も言っていました」

あの墓場で自らが魔物の核となった彼女。
墓場に眠る人々をためらいもなく魔物とした。

― あの人が消せとおっしゃっただけの実力があるようね

その彼女が言った”あの人”。
それが恐らくこれらの魔法を創り上げた人なのだろうと思う。
レイはその場にいなかったリーズに彼女が言った言葉を説明する。
彼女にとって”あの人”と呼ばれる人がいること、彼女を含めた”私たち”は何かをされて世界がどうでもいいと思えっているかもしれない事、魔物の大量発生に関わっていたことを否定しなかったこと、ファストの魔道士組合のことを言っていた事。

「リーズ、ファスト魔道士組合は…」

レイはその事を話しているうちにリーズの表情がこわばっていくのが分かった。
リーズは疲れたように大きなため息をつく。

「ファスト魔道士組合がどこかで関わっているんじゃないかってのは薄々分かってはいたよ。魔物の活性化、大量発生に人の手が加わるならば必ず魔道士が関わるはずだろうからね」

魔法が関わるならば、ファストの魔道士組合が関わらないという事は少ない。
レイのように高度な魔法を扱えるのに魔道士組合に属していないというのは、とても珍しいことなのだ。
才能がある魔道士ならば、どこからかスカウトされることが多い。
レイの場合は両親が、それを望まなかったか、察知されないような魔法をかけていたかのどちらかだろう。

「彼女はまるで、ファスト魔道士組合には優しい魔道士がいないかように話していました」
「まあ、それは半分当たりかな?高位の魔道士は少なからず出世欲ってのがあるだろうから、人を蹴落としてでもって考える人は多いよ。それに身分と魔力が恵まれていない限りは、才能だけじゃ第三級以上にはなれない」

ファスト魔道士組合の内情をレイは知らない。
レイの魔法の知識は全て両親から得たものであり、使う魔法は旅の間に独自で組み込んだものばかりだ。
ちゃんとした学校に行って学んだこともないので、魔道士の上下関係はさっぱりだ。
リーズはレイがファスト魔道士組合を知らないことで困惑しているのが分かったのか、くすりっと笑う。

「ファスト魔道士組合。魔道士の為の組合でどんな身分の人でも望めば門戸を開き、魔道士の教育機関としては最高峰で、優秀な魔道士を育て出すって言われているけどね」

そんなに綺麗な組織ではない。
組織というものはでかければでかいほど、汚い事もやり、信じられない体制がとられていることもある。

「レイは大賢者の存在を知っているかい?」
「へ?!え…と、まぁ、一応」

レイは一瞬ぎくりっとなるが一応頷く。
大賢者の存在は噂でも知っているし、それが誰かも知ってはいるのだ。
世間では正体不明と言われているが、レイはとある事情で大賢者と呼ばれる魔道士が誰なのかを知っていたりする。
リーズはレイの反応に気にしなかったようで話をそのまま続けた。

「実際はね、大賢者の存在は大魔道士よりも民衆に支持されているんだよ。身分も実力も分かっている大魔道士よりも、名前も顔も、その実力さえも不明確な大賢者の方が民衆は期待するんだ」
「どうしてですか?」

大賢者は確かにすごい魔道士であることもレイは分かっている。
それでも、世間での大賢者は、名も姿も性別さえも分からないはずだ。

「そんな不明確な存在にどうして期待するんでしょう?」
「それは簡単だよ。ファスト魔道士組合が頼りにならないから」
「頼りにならない?」

リーズは頷く。
ファスト魔道士組合は大きい組織だ。
それが頼りにならないとはどういう事なのだろうか。

「旅の間思わなかった?ファスト魔道士組合という魔道士の組織がありながら、魔道士への依頼あっただろう?しかも、田舎の方では特に」
「あ…」

そう言われて気づく。
田舎の方で切羽詰っているのかレイのような子供の魔道士でも、ありがたいと仕事を任せてくれたことが多かった。
特に禁呪まがいの危険なことは田舎の方に多く、賑やかな街での禁呪の発動は殆どないし、あれば魔道士組合でどうにかしていただろう。

「田舎と言われる村人の数を全て合わせると世界人口の半数以上にはなるんじゃないかな?でもファスト魔道士組合はそんな田舎に人員を割く事はないんだよ」
「でも、それは仕方ないと思いますし…!」
「そうだね、仕方ない。でも、それで納得する人ばかりじゃないんだよ。何よりも、ファスト魔道士組合は身分差別も酷いしね」
「え?」

ファスト魔道士組合の魔道士教育機関は基本的に身分差別なく人を受け入れると聞いている。
ただ、授業料というものが発生するのでそれを支払うことが出来ない経済的に厳しい家庭の子は通うことが出来ないのが難点だ。
授業料はそれなりの家庭ならばなんとかなるものであり、援助もあるはずなのだ。

「身分関係なく教育機関の門戸は開いている。受験は出来るし入学も可能だよ。但し、その中での扱いが同じかと言えばそんなことはないんだ。ファスト魔道士組合への不満は実際多いよ。ファストという大国が後ろにいるから表だって訴える人は少ないけどね」

レイの知らないファスト魔道士組合の一面。
組織というのはこういう事が結構あるものなのだ。
特にファストという強大な国の元にある組織ならば尚更。

「だから…不明確でも、ファスト魔道士組合に属していない大賢者に期待する人がいるんですね」

期待というよりも、何かあった時の神頼みのようなものだろう。
人は実際存在するものが頼れないとなると、不明確なものの方が神がかっているように思えて、それに縋りつくことがある。
宗教のようなものだ。
今のこの状況は、誰かに縋りたいと思えるほどに魔物の活性化が酷いのだから仕方ないのかもしれない。

「その”彼女たち”は恐らく、ファスト魔道士組合上層部に不満がある人達なんだろう」

リーズは再び大きなため息をつく。
ファスト魔道士組合のことを口にしたということはそうなのだろう。
組織の体制に原因があって彼女のような人が出来てしまった。

「ファスト魔道士組合がこの事態の発端になっているならば、早急に上に報告して対処する必要があるし、レストアとの協力体制もどうなるか分からないね」
「レストア…、サナとガイはこれ以上魔物討伐に関わらないかもしれないという事ですか?」
「今まで原因が分からなかったから、レストアとファストという2つの大国で対処するようにしていたんだけど、原因がファストにあるならばレストアが好んで手を貸すことなんてないかもしれないだろう?それでなくても大切な王位継承者達なんだ」

レストアが魔物討伐に王位継承者を出していたのは、剣士としての実力もそうだが、なによりも王族が出たほうが民衆受けがいいからだ。
王族自らが、民衆のために魔物を退治してくれている。
そう受け取ってもらえば、王族への支持が増えるだろう。
ファストも同様の考えで大魔道士たるリーズを魔物討伐に出しているのだろう。

「今日に明日にという事にはならないだろうけどね。ファストの干物爺共も確実な証拠でもなければもみ消そうとするだろうし」
「リーズ」

ファスト魔道士組合での表向きのトップは大魔道士だ。
だが、実権を握っているのはリーズではないのだろう。
ファスト魔道士組合という巨大組織を全てまとめるには、リーズの21歳という年齢は若すぎる。

「こんなことならば、悠長に眺めてないで強引でも腐った爺婆共を一層すればよかったよ」

リーズは疲れたような大きなため息をつく。

「姉さんがどうして逃げたのが分かる気がする」

リーズはふっと笑みを浮かべてぽつりとそんなことを呟く。
その目はレイを見ているようで、別のどこかを見ているようだった。

「リーズにはお姉さんがいるんですか?」
「正確には”いた”かな?」
「いた?それじゃあ、そのお姉さんは…」
「いや、亡くなってるわけじゃないよ。どこかで生きているだろうことは分かっているんだ。ただ、俺が3歳の時ファストを飛び出していったからどこにいるのか俺は知らないんだ」

リーズに姉がいるとは初めて聞いた。
そう言えば、リーズのことは大魔道士であること意外は殆ど知らない。
リーズだけじゃない、ガイやサナのこともレイは殆ど知らないのだ。

「ところで、レイ。ものは相談なんだけどね」
「はい」
「この魔物の大量発生云々の件が終わってからでいいから、俺の推薦でファスト魔道士組合試験を受けてみないかい?」
「………………はい?」

レイは思わず聞き返してしまう。
リーズは先ほどとはうってかわって、にっこりと何かを考えているような笑みを浮かべている。
レイはこんな笑みを見たことがある。
そう、父がたまにこんな笑みを見せることがあるのだ。
その時の父は決まって何かを企んでいた。

「あの、リーズ、別に私はファスト魔道士組合の資格がなくても…」
「資格持っていると色々便利だよ。別に何かをしろって強制はないんだ。資格試験の費用も俺が出すし、試験期間中の住まいも快適な場所を提供するし、必要ならファストにある古書も見せるよ」
「それは大変魅力的なんですが…」

その笑みの裏で何を考えているのか分からないので怖い、とは口に出せないレイである。
至れり尽くせり過ぎるのは後で何を求められるか分からないので怖いものだ。

「頭の固い干物爺共なら、後ろ盾がないレイの資格取得を妨害すると思うんだけど、レイほどの圧倒的実力がある魔道士をどこまで妨害できるものかなって、思うんだよね」
「は、はあ…」
「身分だけで得る資格なんて無意味なものだと、無能爺共に教えてあげないと。これ以上、レイが会った”彼女”のような人を作らないためにもね」
「なるほど、そういうことですか」

ファスト魔道士組合教育機関で身分差別をされ、高位の魔道士となることが出来なかった人達がいたとして、その体制を壊す為には今の体制が無意味であることを示す必要がある。
一般人でも才能のある人はいて、それを潰すのは世界のためにならないと示さなければならない。
ちょっとくらい才能があるだけという人では駄目なのだろう。

「今すぐってわけじゃないから、考えておいてくれるかな?」
「か、考えておくだけなら…」
「うん、頼むよ」

にこりっと笑みを浮かべているリーズを見て、レイは資格を取るだけではすまないような気がしてくる。
確かに資格は便利だ、とても便利ではあるのだ。
第八級魔道士資格を持っているだけでも、旅での仕事を請ける時に印象が違うものだ。
しかし、レイが何故か素直に頷けなかったのである。


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