人的介入03



彼女を核とした魔物は、その姿が大きい。
普通の魔物が大人1人と半分くらいの大きさだとしよう、その普通の魔物の大きさの3倍はあるのだ。
魔物の中でも高位の魔物と言っていいだろう。
だが、この類の魔物を見ないわけではない。
めったにいないが、臆するほどの相手ではない。
ただ、倒すのに多少時間がかかるだろう。
これは人工的な魔物だ。

「通常の同じ魔物とは違って、何らかの細工があると見て間違いないね」
「どうしますか、リーズ。ガイとサナの体力も無尽蔵というわけではないですし」

今はガイとサナで相手をしているため、時間が稼げている状態だ。
物理的な攻撃は全く効かないようで、ガイもサナも気を使った攻撃で相手にかすり傷をいくつか負わせている状況だ。

「魔法の組み方が分かれば一番楽なんだけどね」
「私が中に入りましょうか?あの時もそうでしたけど、1度中に入った方が分かりやすそうです」
「中?」
「口の中です。あのくらい大きな口なら、私なら中に入れると思うんですよね。転移で中に入るって手段もありますが、中と外の空間が隔離されていたら空間転移もはじかれてしまうでしょうし」

魔物の口は巨大だ。
確かに小柄なレイならば入ることは可能だろう。
それは理論上でのことだ。

「でも、レイ、かなり危険になる。大丈夫かい?」
「結界張っていきますから。魔法の組み方が分かったら”伝心”で連絡しますよ」
「レイ、連絡はいいから。それ使ってでも無事に帰ってくるほうを優先してくれ」
「分かりました」

レイは笑みを浮かべる。
心配されたのが嬉しいと思う。
仲間がいるのはこんなにも嬉しいことなのだろう。

「ガイ、サナ!腕を塞いでくれ!」

リーズが杖を構え呪文を唱える。
同時にレイが走り出した。

『レン・フィス!』

光の輪が地面から出て、魔物の足枷となる。
魔物の動きが一瞬止まる。
そこにガイとサナが同時にしかけ、魔物の手を塞ぐ。
レイは持っていた杖をふっと消し呪文を唱える。

『ラン・シ・ディス!レ・ラン・フィン!』

自分に防御膜を張り、魔物の口を開かせて固定させる。
口の中に入り込むというのは結構勇気がいるものである。
だが、一瞬のためらいが全てを無駄にしてしまう事だってあるのだ。
レイはローブを体に巻きつけるようにして、躊躇いなく口の中に体を突っ込んだ。

魔物だからと言って、人の体と構造がそう違うわけでもない。
レイは魔物の体の中に入るなど初めてのことで、中はどうなっているのか想像もつかなかったのだが、口の中を通ってぽんっと体が放り出されたのは、狭い部屋くらいの大きさのある空間。
生きている”もの”の中だとは思えないような真っ黒な空間。
そこには現代精霊語がぼぅっと光っており、中心に深紅のこぶし大の石がある。

「魔物の中ってこうなっているんだ…」

レイは思わず呟く。
てっきり、人のように内臓があって、その中で一番大きなところに繋がるだけかと思っていた。
よくよく考えれば、魔物は何かを食したりしない。
物を食べないのならば消化器官も必要ないだろう。

「て、普通の魔物がこうという訳ではないんだろうけどね」

物理攻撃が効く普通の魔物を切れば血が出て、切り口が見える。
そこは何もない空間がぽっかり空いているわけでもなく、肉が見える。

『シィ・ファゥ・ディル』

レイの呪文で現代精霊語が更に輝く。
それをじっと見て解読するレイ。

「やっぱり魔法の組み方の癖が同じだ。複雑だけど、すごい」

これほどまでに複雑に組み込まれた魔法。
すごいと思うが、やはりこんなことに使うのは勿体無いとも思ってしまう。
何のために、どうして、こんなことをしているのだろう。
レイは胸の辺りにある小さな袋をきゅっと握り締める。

― リーズ、聞こえますか?




外で魔物と対峙している3人は何故か険悪ムードになっていた。
いや、ピリピリした雰囲気をしているのはガイ1人だけだ。
相変わらず魔物にはかすり傷程度のダメージしか負わせることは出来ずに苦戦しているように見える。
リーズはリーズで補助魔法しかせずに、レイを待っていた。

― リーズ、聞こえますか?

頭の中に響いてきた声にリーズははっとなる。
魔物から距離をとり、警戒を忘れずにレイの声に応える。

― 聞こえるよ。どうだい?なんとかかりそう?
― なんとかします
― やっぱり普通じゃなかったってことだね
― 複雑な現代精霊語の組み合わせでして、無理やり解除すると暴走する仕組みになっているようです
― どうするつもりだい?

レイが少し考えているのかすぐに返答は来ない。
リーズもあの召喚陣を見て、同じ人物が作り上げたものだろうことは検討がついている。
魔物の大量発生を考えていて、なおかつそれを実行に移せる魔道士が2人以上いてたまるか、というのが正直な所であるのだが…。

― 順に解除していきます。この魔法の解除ができれば、物理攻撃でも倒すことが可能になるはずです
― こっちで出来そうなことはあるかい?
― そうですね。魔力の流れが変わるとちょっと厄介なので、”何も”出来ない状態にしばらくしてもらえると助かります

魔物も魔法が使えないわけではない。
負の魔力からできるもののため、魔力は少なからずある。
人のように呪文を唱えて魔法を使うわけではないため、魔法として認識されていないがそれは確かに魔力をつかったものだ。

― わかった。でも、急かすようで悪いけど早めに頼むよ
― え?はい。勿論そうしますけど…?

”中”にいるだろうレイには外の状況は分からないだろうから、きょとんっとした声が返ってくる。
リーズはガイとサナを見る。
ガイもサナもどこか焦りがある。
それは僅かな焦りで、リーズだから分かるものなのだが、やはりレイが魔物の中に入ってしまったことが原因だろう。
魔物に”食われて”無事でいた人間が今までいただろうか。
レイが自ら”食われた”とリーズは知っているし、こうして伝心も使えるのでレイが無事なのは分かるのだが、ガイとサナはそれを知らない。

― レイが突然その中に入ってしまったから、ガイとサナが心配しているみたいだからね
― あ、そうですよね。すみません、できるかぎり急ぎます
― 焦らなくていいからね
― はい、分かっています

苦笑するようなレイの声を最後に伝心が終わる。
リーズはすぅっと杖を構え、杖を魔物に向ける。

『ジル・ラ・カル・カル・サン』

カシンっという音と共に魔物に透明の膜のようなものが張られる。
この呪文は古代精霊語を使った魔力を外部と遮断する魔法だ。
魔力による外部への干渉を断つことによって、魔力の変動を失くす。

「古代精霊語は難しいはずなんだけどね」

リーズは魔力を遮断した魔物をじっと見ながら呟く。
ファスト魔道士組合に属している魔道士は、全てファスト魔道士組合関係の魔法を学ぶ学校を卒業している。
中には直接魔道士の弟子となりファスト魔道士組合の魔道士資格試験を受けるものもいるのだが、それはほんの一握りの魔道士でありとても少ない。
一般的な魔道士は現代精霊語を使い、古代精霊語を使える魔道士はとても少ない。
だからこそ、この魔物を作り出す魔法を生み出したものが現代精霊語であることは納得できるのだが、リーズはレイの古代精霊語の魔法に感心した。

「現代精霊語も使えるようだから、ファストの魔道士資格受けさせたら面白いことになりそうだね」

ふっとリーズは笑みを浮かべる。
現代精霊語を主としたファスト魔道士組合の方針は、今も昔も変わらない。
魔法を覚える為に現代精霊語から学ぶ為、ファスト魔道士組合の魔道士たちは古代精霊語を殆ど使えない。
魔力の保有量の問題もあるだろうが、理解ができないことが多いのだ。
リーズとて、大魔道士になってから本格的に学ぶようになっただけで、大魔道士になる前は現代精霊語を主として使っていた。

ふっと魔物の雰囲気が変わる。
ざぁっと魔力が魔物を中心に広がり…ぱぁんっとはじける。

「リーズ!解除をお願いします!」

ふっとレイがリーズのすぐ横に転移してくる。
リーズはゆっくりと杖を振り、先ほど魔物に対してかけた魔法を解く。
魔力を遮断した魔法だ。

『シリ・ン』

カシンっと音がして何かが外れる。
そして、一気にあふれ出す魔力。
ごうっと魔力が風を起こす。
風と共に魔物の力が一気に弱まったのが分かった。
周囲を圧する雰囲気が弱まっている。

「サナ!ガイ!」

リーズは剣士2人の名を呼ぶ。
その声で何が起こったのか分かったのか、サナとガイは同時に剣を構え、魔物に斬りつけた。
それは気を込めた一撃。

ざんっ!

物理攻撃が効かなかったはずの魔物が、サナとガイの剣で3つに切り裂かれる。
切り裂かれたところから魔物の体は砂のように崩れだした。
血はでない。
きっとこの魔物の肉体は普通の魔物と違うものなのだろう。
さらさらっと崩れだす魔物の身体の砂が風で舞う。
さらっと崩れた魔物中から小さな宝石が零れ出る。
それは、大地にぽとりっと落ちる。
深紅に輝く宝石は、今ほんのりと輝いている。

「創りだすことはできても、元に戻すというのはとても難しいことなんですよね」
「レイ…」

レイが大地に落ちた深紅の宝石を遠目にみて呟く。
この石は元は人だったものだ。
人が魔物の核となり宝石となる。

「魔法は決して万能じゃないからね」
「分かっています」

魔法がどれだけ使えても、不可能なことはある。
万能なものなど存在しない。
だからこそ人は頑張れるのだ。

「とりあえずは一段落のようだね。後で詳しいことを聞くから、とりあえずは、レイ」
「はい」
「ガイとサナに怒られておいで」
「…はい?」

きょとんっと首を傾げたレイだが、横からものすごい力で引っ張られて、突然ぬくもりに包まれる。
一瞬何が起こったのかさっぱり分からなかった。
肩から背中に回っているのは腕だ。
くいっと顔を上げてみれば、目に入ったのは漆黒の髪。
ガイに、ぎゅっと少しきついくらいに抱きしめられていた。


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