人的介入02
からんっと彼女の手から短剣がこぼれ落ちる音がした。
彼女から噴出した闇は広がり、凝縮し、形となる。
これが魔物が創られていく光景である。
本来、魔物は魔獣界にある宝石やまたはこちらの世界にある宝石を核として、負の魔力を取り込み魔物となる。
だが、人を核にして魔物を創り出すことも可能だ。
人を宝石へと変え、核とする方法だ。
生きた人間をそんなものへ変えれば、勿論その人間の意志は消えてしまう。
彼女を核として形を成していく負の魔力を感じ、レイは杖をぎゅっと握る。
丁度胸あたりにあるリーズからもらった小さな袋に、左手で触れる。
大魔道士ほどの魔力は感じ取りやすい。
―リーズ
リーズを呼ぶ。
事情の説明なんかしている余裕はなかった。
魔物達はあふれ出し、あふれ出る魔物とはまた別の魔物が作り出されようとしている。
彼女を核とした魔物は、恐らくあふれ出る魔物とは比べ物にならないほど強力なものだろう。
リーズならば、一言でも呼びかければこちらを気にしてくれるはずだ。
今ここの魔力はきっと異常なものと感じられる。
レイはとんっと地を蹴って、ガイの後ろに空間転移する。
普通の剣士の後ろに突然現われば、斬られてしまいそうになるかもしれないが、ガイなら大丈夫だと思った。
「ガイ」
「何か策はあるか?」
ガイは後ろに突然現われたレイに気づきながらも、背をレイに預けるようにして、目の前の魔物を切り伏せていく。
気配でレイがここに来ることが分かったのだろう。
一流の剣士相手で相手を信用でもしていなければ、剣士の背後に出現することなど怖くて出来ない。
「1度あれらを消します。切り伏せるだけじゃ駄目だと思うんです」
「消滅させなければ、斬った欠片からまた新たな魔物が創られる、か」
「恐らく」
ガイが何体の魔物達を切り伏せても、魔物の数は変わることなく増え続ける。
遺体を核として魔物を作り出しているとしても、その創りだす元の魔法が何なのか、どこにあるのかが分からない。
それを止めるか、核となるものを消滅させていくかしない限りは増え続けるだけだ。
こちらの体力と魔力が奪われるだけ。
「消すのはいいが、でかいのはどうする?」
ガイが目だけで示したのは、彼女が生み出したいまだ完全に形を成していない魔物。
「お願いします、ガイ」
ぎゅっと杖を握るレイ。
ガイにならば安心して任せることが出来る。
それだけの実力が彼にはある。
「わかった。だが、アレも同じものだとすると倒すのには時間がかかるぞ」
「とりあえずは時間稼ぎだけで構いません。この魔物と同じだなんて、そんな簡単な相手にはならなそうですから」
「そのようだな」
背後のガイの雰囲気と、形を成し始めた魔物の気配が変わる。
ガイは対峙する者へ鋭い殺気を向け、魔物は魔力を凝縮しはっきりとした形を成していく。
魔物の雰囲気を感じ取ってガイはそう言ったのだろう。
レイは肌でビリっとしたものを感じた。
何かは分からないが、背後から感じた圧迫感。
「ガイ?」
「気にするな。ただ、久々に…」
後ろに立ってるだけで分かる、その存在感。
「本気を出せそうだ」
ガイが笑みを浮かべた気がした。
恐怖でなく、強い相手と戦えることが嬉しいと感じるならば、ガイは大丈夫だろう。
レイは向かってくる魔物に杖をすっと向ける。
『ディ・ディ・ラン』
これを一掃しても、恐らく魔物はまだ溢れてくるだろう。
全て消滅を繰り返していればいつかは終わるはずだ。
核となるものが無限にあるわけではないだろうから。
『ソウ・ティ』
レイは銀の杖の先を左に向け、そしてそこから右へと真っ直ぐ線を引くように動かす。
何も見えぬ空間に対して杖を振っただけに見えるかもしれない。
だが、レイが呪文を紡ぐごとに魔力が細かく組み込まれ、魔法という形になる。
杖はただの合図のようなものだ。
杖を振ることで、魔法を開放する。
―ツキィン
魔力に空気が震える。
空間がズレるような音と共に、レイの前にいた”全て”の魔物が上下真っ二つに切り裂かれる。
そして、真っ二つに切り裂かれた魔物達は一瞬にして砂と化す。
だが、それで終わりではない。
大地から生み出される魔物は止まらない。
魔物を生み出す何かがどこかにあるはずだ。
「…あった」
レイは小さく呟き、口元に笑みを浮かべる。
「ガイ、頼みます」
「ああ、任せろ」
レイはだっと駆け出す。
魔物達を1度一掃して、レイは魔力が濃い部分を感じ取った。
魔物が溢れている状態では、その場所を特定するのは難しいからだ。
溢れ出てくる魔物達の間を駆け抜けるレイ。
ザンッ!
レイの横にいた魔物が切り裂かれるのが見えた。
そして目の前にいた魔物が一瞬にして塵と化す。
レイは何もしてない。
「驚いた。随分と物騒なことになっているようだね、レイ」
「これだけの大群は珍しいわよ」
レイの横にすっと現われたのはリーズ。
魔物を切り裂いたのはサナ。
レイの呼びかけでリーズが、サナと一緒に空間転移をしてきたのだろう。
「リーズ、サナ」
「リーズが急いだ方がいいって言っていたから、一緒に来たのよ」
「事情は良く分からないけど、詳しいことはあとで聞くよ、レイ」
「はい」
レイは再び駆け出す。
大地から現われる魔物達の相手はサナとリーズがしてくれる。
レイはこの魔物達が溢れる原因であるものを何とかするだけだ。
『大地駆け巡る負の魔力、その道標を示せ、源を、流れを!』
ふっとレイの杖に精霊語が光となって浮かび上がる。
先ほど魔物を一掃した時に感じた違和感のある場所、そこで立ち止まり、そこに杖を刺す。
杖を中心にして光が流れ出る。
『我、逆らわず、流れず、源をそのままに示せ』
ばっと大地に現代精霊語の光が描かれる。
この大地に刻まれた魔法の術式、そして組み込まれた魔法。
そこに描かれるのものは、第一の土地でみた現代精霊語による複雑な魔法と同じような組み方。
魔法の組み方というのは、複雑になればなるほどその魔法を組み上げた魔道士の癖というものが出てくる。
多分、これもあの召喚陣や禁呪まがいのものを作った人と同じ。
あの女の人じゃない、多分、あの女の人が言っていた”あの人”と関係があって、聞こえた声とも関係がある人。
『シィ』
レイはすっと杖を右に向け、そこに魔力を置く。
『ファゥ』
今度は左に向け、そこに魔力を置く。
ここに組み込まれた魔法は強制解除しても問題はないはずだ。
ただ、問題は魔物とされる負の魔力をどうするか。
それは簡単。
無理やり呼び出されたものならば、還してしまえばいい。
現代精霊語でこれだけのことを成すのはすごいと思う。
同じ魔道士として尊敬にすら値する。
ただ、これがこのようなことに使われていなければ、の話だ。
あるべき負の魔力はあるべき所へ。
魔物と化した死した肉体は、大地へ。
『ディル!』
―キィン
空気が震えた。
見えない波が周囲にざあっと広がり、風となり、魔力となり、組み込まれた魔法を一気に解除していく。
大地から生まれ出ようとしていた魔物はその場で動きを止め、すでに大地にいた魔物達も動きをぴたりと止め、ざあっと砂に還っていく。
大地は浄化され、凝り固まった負の魔力は元あった魔獣界へと還る。
本来この世界に負の魔力が大量にあることはおかしいことなのだ。
だから、本来あるべき世界に還ろうとするのを、レイは魔法で促しただけ。
残るは彼女が核となった、すでに形を成した強大な魔物一体のみ。
今はガイが相手をしている。
レイの今の魔法に何の影響も受けなかったということは、あれだけはきっと独立した、また違う魔法なのだろう。
「リーズ」
「ご苦労様、レイ。だけど、あともうひと仕事あるよ」
「はい、分かってます」
「サナ、ガイの援護を頼むよ」
「ええ!行ってくるわ」
サナはだっと駆け出す。
「レイ、あれは…」
「人の身体を核として魔物を呼び出す、いわば召喚系の魔法、だと思います」
「やっぱり現代精霊語かい?」
「……はい」
リーズはすぅっと虚空より自分の杖を取り出す。
魔道士というのは普段から杖を持ち歩いているものなのだが、レイもリーズも空間系の魔法を使えるため、杖は別の場所に保管して必要な時に取り出すようにしている。
「こちらは古代精霊語で対処するのが一番だね」
「はい。現代精霊語の使い方は、恐らく”あちら”の方が上です」
あそこまでの複雑な組み合わせの魔法。
第一の土地でみたアレとはまた違うものであり、地図を見て発見した召喚陣とはまた違うものでもある。
あのような複雑な組み合わせを成した魔法をいくつも作ることが出来る魔道士、恐らくそれが今回の魔物の大量発生に関係している。
「厄介な相手だ」
リーズが軽く息をつく。
レイは心の中でその意見に同意するだけに留めておく。
そして、ガイとサナが相手をしている魔物へと向かうのだった。
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