旅の目的04



魔道士組合の一室で移動陣の説明をレイたちは受けていた。
くどくど説明する老魔道士はこの街では高位の魔道士なのだろうが、説明がくどすぎる。
移動陣の構成が分かっているレイは退屈で、そしてとても眠かった。
ちらりっとサナの方を見てみれば、興味なさそうに説明を聞いてはいるものの、決して眠そうではなかった。

(なんであれだけ夜遅くまで話していたのに、サナの方は眠くないんだろう)

魔道士と剣士の体力の違いだろうか、それともレイの方が年が下なので体力の差なのだろうか。
いや、両方かもしれない。
結局昨日はあれから夜中まで延々とサナとの話が続き、ついつい付き合ってしまったレイは寝不足である。
あくびが出そうになるのを堪えて、眠気が襲ってきそうになるのをなんとか誤魔化している。

「もう説明は必要ない」

老魔法使いの長ったらしい説明を遮ったのはガイの声だった。

「移動陣の構成など説明されてもオレには分からん。リーズが分かっているならば十分だろう。これ以上の説明はただの時間の浪費にすぎない」
「ですが、ガイ・レストア様。万が一のことがあった時の為に…」
「万が一?この国の移動陣は万が一があるような管理の仕方でもしているのか、管理が徹底しているならば万が一などありえないだろう」
「その通りでもありますが…」
「例え何かが不備があってもリーズがどうにかするだろう。リーズがどうにも出来ない事態になったとして、それでオレ達がその説明を聞いていたとしても何の役にも立てん」

移動陣の説明を聞いたところでそれは無駄だとガイは言い切る。
ガイの言っている事は確かに正しい。
ただ、老魔法使いが説明をするのは万が一の時の言い訳のようなものだ。
説明をしてあったのだからそれでなんとか出来たかもしれないのだ、と。

「ガイ・レストア様がそうおっしゃるならば、説明はこれにて切り上げさせて頂きますが、万が一のことがあってもこちらで責任はおえませんのでそれをご了承下さい」

老魔道士は頭を下げて退出していった。
その姿が見えなくなって、ほっとしてしまったのか思わずレイはあくびが出てしまう。
レイの頭にぽんっとガイの手が置かれる。

「眠いならしばらく寝てろ」
「ですが…」
「どうせ移動陣を使用できるようになるまであと数時間はかかるはずだ」

次の日使用できる許可が出ただけでも十分なのだ。
移動陣の使用というのは、それだけ使える者が制限されるという事。

「だから無理をするなと言っただろう?」
「う、すみません。少しくらいならってそう思っているうちに…」
「日が昇るまで続けたって事か」

呆れたようなガイの口調に何も言い返せない。

「あら、日が昇る前にはちゃんとベッドに入ったわよ」
「だが、明け方には違いなかったんじゃないか」
「そうかもしれないわね」

ガイはすっとサナを睨みつけるように見るが、サナはそれをさらっと受け流す。
普通の人ならばびくついてしまうようなガイの視線なのだろうが、サナは慣れたものだ。

「ですが、サナのお話はとても面白かったですよ」
「そう?」
「剣一本でサーペントドラゴンと対峙するのにあんな手段を使うなんて、とても面白い発想です」
「剣士は魔道士と違って広範囲に攻撃する事は難しいのよね。魔法剣でもあれば別だけれども、普通の剣を使って図体がでかいのを相手にするには発想の転換が結構重要なのよ」

魔法剣があれば魔法と似たような事象を起こす事も可能だ。
だが、何の変哲もない剣一本でドラゴンのように大きなものを相手にする場合は、頭を使わなければならない。
サナは剣の腕でなくその考え方も一流の剣士だ。

「私は剣術とかまったく駄目なので、いつも魔法で片付けてしまうんですよね。父にもそれでは駄目だと言われて旅にでたのはいいんですが、剣術を身につけることなんて出来なくて困っているんです」
「体術はどうなの?」
「それも駄目なんです。魔物との戦いの経験の中でほんの少しだけ気配を捉える事はできるようになりましたけれど、物理攻撃はもう全然駄目です」

レイは魔法には自信があるが、物理攻撃関係は全く駄目だ。
勘は比較的働く方だが、剣で戦うとなったら一番弱い魔物を倒すのがやっとだろう。

「体術だけでも覚えた方がいいわよ?どんなに高位の魔道士でも、魔道士って杖がないと初級魔法しか使えないんでしょう?」
「そうですね…」

苦笑するレイ。
一般的な高位魔道士はそうだろう。
だが、それは恐らくレイとリーズには当てはまらない。
ついでに言えば、レイの両親にも当てはまらないだろう。

「サナ、それは一般的な常識範囲での事だよ。俺やレイみたいな膨大な魔力の持ち主には杖はあまり関係ないよ」
「そうなの?」
「まぁ、それでも、体術を覚えるのに越した事はないね。俺は覚えざるを得ない環境にいたからサナやガイほどじゃないけど、それなりに出来る自信はあるし」
「リーズって剣も使えるのよね」

サナがどこか納得いかないような表情をする。
レイは知らないが、リーズはそれなりに剣を扱える。
だが、ガイとサナは剣一本のみだ。
魔力はあるが魔法が使えるわけではない。

「覚えた方がいい、ですよね」

彼らの旅に同行すると決めた以上、足手まといにはなりたくない。

「そうね、覚えた方がいいわね」
「ガイに教えてもらうといいよ。レストアでは剣の指南もやっていたみたいだからね」
「え…?」

レイはガイを見上げる。
ガイはリーズの言葉に大きくため息をついていた。

「リーズ…」
「余計な事だったかな?でも、君も気になっていたはずだと思うけど?」
「…確かにそうだがな」

むっとした表情をしながらリーズの言葉を認めるガイ。
リーズのからかうような口調が気に入らないのだろう。
あまり相性がよくないのか、ガイにとってリーズが苦手な存在なのか、それはレイにはよく分からない。
ただ、ガイはリーズを認めてはいるように見える。

「そのうち指導してやるから、今は寝てろ、レイ」

再びぽんっと、レイの頭にガイの手が置かれる。
そのままガイの手はぐいっとレイの頭を引き寄せて、自分に寄りかからせる。

「すみません。お言葉に甘えさせていただきます…」

レイはガイに寄りかかったまま、目を閉じる。
よほど眠かったのか、レイは目を閉じてすぐに寝息をたて始めた。
こてっとガイを完全に信用したように寄りかかってる。
そんなレイを見て、ガイはほんの少しだけ表情を緩める。

「ねぇ、リーズ」
「なにかな?」
「レイって魔道士だけれどもどれだけの実力があるのか分かる?」

サナはすやすや眠っているレイをじっと見る。
こうしているのを見ると、どこにでもいる普通の少年にしか見えない。
少年にしては少し線が細い気がするからか、頼りなさげにも見えてしまう。

「そうだね、空間転移の魔法をあれだけあっさり使ったところを見る限り、魔力のコントロールはかなり細かいところまでできるんだろうね。まったく、こういう子がいるから身分問わずにちゃんと受け入れるべきだって言っているのに、爺どもは耳をかさないんだからね。困ったものだよ」

リーズは大きくため息をつく。
ファストの魔道士組合の上層部は高位魔道士で成り立つ。
但し、その高位魔道士は身元がしっかりして、尚且つそこそこの後ろ盾のある魔道士達に限るのだ。
一般市民出の魔道士は、上に行く前に大抵潰される。

「一般市民の出でも高位魔道士レベルの魔法を使える魔法使いがいるかもしれないんだよね」
「”大賢者”がいい例、か?」

ガイの言葉にリーズは頷く。
国が支援する組織というのはどうあっても権力が関わってきてしまう。
そして血をもって差別してしまう傾向が出てしまうのだ。

「大賢者のことならレストアでも随分有名だわ。リーズの前の大魔道士に勝ったんでしょう?」
「そう言われているね」

魔道士組合で認められた最強の魔道士の称号が大魔道士。
大賢者というのは正式な称号でもなんでもない。
一般市民たちが、かの魔道士の実力を見てそう呼ぶようになったのである。
ファストの大魔道士を超える存在、大賢者。

「レイがもしその大賢者と匹敵するほどの力があったらすごいわね」
「そうだね、とても心強いよ」

状況が変わらない今、それが何かの起点になるかもしれない。

「だが、体術も何もできないようでは、それは危うい強さになる」

どんなに魔道士として優れていても、一流の剣士に勝つことは出来ない。
魔道士は一流の剣士のスピードについていけないからだ。
魔道士組合の高位魔道士は、それなりに体術を学ぶ。
何かあった時、その対処ができるようにする為だ。

「全くできないというわけじゃなさそうだけど、もし、レストアかファストに行かなければならない時には、最低限の護身は出来るようになっていて欲しいね」

リーズの表情がふっと暗いものへと変わる。
サナもガイもそのことを思っているのか、表情が変わる。
レストアもファストも、王宮は過ごしやすい場所ではない。
普通の一般市民であるレイを王宮などに連れて行きたくないとは思っているが、その機会がないとも限らない。

「王家の存在は相変わらず忌々しい…」

低い声でガイはぽつりっと呟く。
ガイとサナ、そしてリーズ。
レストアとファスト中でも実力が抜きん出た彼ら。
共通の想いがひとつだけある。

王家という名の鎖が、どこまでも忌々しいという事だ。


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