旅の目的03



ファストの魔道士組合の支部は世界中にある。
その魔法組合の支部の中に移動用の魔法陣というものがある。
転移魔法というのはかなり高位の魔法に位置され、魔力の消費量云々の問題でなく、とてもコントロールが難しいものなのだ。
それでも移動の魔法というものはとても重宝される。
高位の魔道士達がコントロールを担う陣を開発し、その陣があれば、後は魔力さえあれば移動は可能になる。
ただ、移動は陣のある場所にしか移動できない。
魔法陣の開発にも相当の金がかかり、その陣は常に魔力を注ぎ込まなければ維持できないという代物でもある。
その為、使用するためにはファストの魔道士組合の許可が必要なのだ。
一般市民で使えるものはめったにいない。
大抵が貴族や王族、そしてそれに連なる者達が使えるだけの特別なものにすぎない。


レイ達が向かったカーナリアの街は、ファレルドという小さな公国の首都に近いそれなりに大きな街だ。
この国はファストに近く、魔道士になるものが比較的多いといわれている。
その賑やかなはずの大きな街は、レイ達がついたときは、活気が殆ど感じられない状態だった。

「随分と静かな街になってしまったのね」
「魔獣の活性化のせいだろ」
「少し瘴気も感じられます」

レイはすっと手を前にかざしてさっと何かを払うように動かす。
さぁっと何かが開けていくような感覚が広がる。

「レイ?何をしたの…?」
「こもっていた瘴気を浄化しただけです」

魔物の活性化があるからだろう。
それに影響されているのか、大きな街には瘴気がこもることがある。
それなりに大きな街には魔道士が配備されている。
その魔道士が気付いて浄化魔法をかけてくれればいいが、浄化しないままでは酷くなっていく一方だ。
それはいずれ街の衰退に繋がってしまう。

「浄化って、ただ手を振っただけよね?呪文とか杖とか必要ないの?」
「簡単な魔法ならば杖や呪文は必要ないですよ。魔法というのはそもそも意思を言葉として世界に呼びかけその力を発動させるものですから、力の流れを理解できていれば呪文という言葉はなくても平気なんです」
「そうなの?」
「リーズもこのくらいならば呪文なしで出来ると思いますよ」

レイの両親は簡単なものだけでなく、中級レベルの魔法程度なら平気でひょいひょい使っていた。
それが当たり前だったレイにとって、簡単な魔法など呪文要らずなのは当たり前だという感覚がある。

「レイ、貴方の魔法の感覚、少し違うと思うわ」
「そう、でしょうか?」
「リーズに聞いてみたほうがいいわよ。下手すると魔力に恵まれていない人の反感買うわよ?」

一応頷いておくレイ。
自分がそれなりに高位の魔道士レベルだとして、それならば両親はどうなるのだろう。
あの両親にはとてもではないが敵う気がしない。

「レストアにも魔道士はいるが、呪文なしで魔法使える魔道士は聞いた事がないな」
「あたしもないわ。お父様のお抱えの魔道士だってそれなりにレベルが高い魔道士のはずだけれども、呪文なしなんて無理よ」
「でも、私が出来るのは簡単なものだけですよ」

難しい魔法ならば呪文は必要だろう。
だが簡単な魔法ならば呪文要らずでも発動できるはずである。
例えばランプに火を灯すことや、一杯の飲み水をよぶことなど。


「俺はレイの簡単の認識レベルが一般の魔道士とは違うんだと思うよ」


リーズの声が後方から聞こえてきて、少し驚くレイ。
驚いたのはどうやらレイだけのようで、ガイとサナは気配を捉えていたらしい。

「移動陣は使えそうだったか?」
「ん、まぁ、明日まで待てばだけどね」
「その様子じゃあ少し面倒があったのかしら?」
「頭の固い上の連中相手にする時はいつものことだよ」

肩をすくめるリーズ。
ひと悶着あったのだろうか。
スムーズに事が運んだわけではないのは分かる。

「この街で一泊はしないとならなくなってね」
「宿を取れという事か?」
「そういうこと、になるね。魔道士組合も部屋を貸してくれるような心の広い人ばかりでなかったしね」
「それって、精一杯の嫌がらせのつもりかしらね」
「多分そうだと思うよ」

組織には良くある、下らないやっかみからくるものなのだろう。
リーズの持つ大魔道士という称号は特権のようなものがある。
世界で最高の魔道士の称号なのだから、魔道士組合での無理がかなり利く。
それを良く思わない人達もいるのだろう。
だが、大魔道士というのは決して名だけではない、実力がなければその名を名乗る事は出来ない称号なのだから、表立って反論する事は出来ないだろう。
リーズがその気になれば、この街、いやこの国ごと消し去る事ぐらいは可能なのだから。


街の宿はこじんまりとしたものだった。
今は旅の人が極端に少ないからなのか、宿の数も減っているようだ。
その為か、空いている部屋が3部屋しかないとのこと。

「困ったね、ひとつの部屋にもうひとつ寝具を追加することは可能だって言っているけど、どうする?」
「リーズ、それなら私は外で…」
「何言っているのよ、レイ。同行する事になった以上は遠慮なんて必要ないのよ」
「ですが…」
「それは俺も同意。誰か2人、相部屋にするのが一番いい方法だよ。旅をしていればこういうことなんて結構あるんだから」
「そうよ、あたしなんてガイやリーズと相部屋だったこともあるもの」

サナは明るい笑顔で言うが、彼らはどう考えても年頃。
サナとガイの組み合わせならば、腹違いとはいえ兄妹なのだから構わないだろうが、サナとリーズの組み合わせは、サナは平気だったのだろうか。

「レイは相部屋は嫌かしら?」
「いえ、構いませんよ」
「それなら、あたしとレイが同じ部屋でいいわ」
「そうだね、それがいいね。宿の主にそう言ってくるよ」

話はさくさくと進んでいく。
これが彼らのいつものことなのだろうと思うと、レイは口を挟む必要を感じなかったので何も言わなかった。

結局部屋は3部屋。
一番奥がリーズ、真ん中がサナとレイ、一番手前がガイ。

「レイ」

部屋に入る前にガイに呼び止められる。

「ガイ?」
「無理してサナに付き合うことはない」
「無理?いえ、別に無理は…」
「部屋のことじゃない。サナは話すのが好きなようだからな、真夜中までおしゃべりに付き合う必要はない。必要だと感じたらとっとと睡眠時間を確保しておけ」

レイはその言葉に驚いたような表情を浮かべたが、すぐにふっと笑みを浮かべる。
サナになにかしらの質問はされるだろうとは思っている。
レイは自分のことをあまり話してはないのだから。

「大丈夫ですよ、ガイ。ありがとうございます」

ガイの気遣いに嬉しいと思いながら、レイはサナとの部屋へと入っていった。
その後ガイが小さなため息をついたことは知らない。
仲が良いとはいえなかった関係だとは言え、ガイとサナは一応兄妹。
サナのやりたそうな事など、ガイにはある程度想像がついていたのである。


部屋に入ってサナが一番最初にした事は、レイの胸にぺたりっと手を当てる事だった。
魔法で形を変えているので、勿論そこをさすっても探っても平らな胸なだけである。

「あ、あの…?サナ…?」
「レイってやっぱり男の子なのね」

何かを納得するかのようにサナは頷く。
どうもサナは性別をどちらか考えていたらしい。
レイはこの姿は魔法で変えてあるものだと言おうとしたがやめる。

「女の子だったらお父様が煩そうなのよ、ごめんね」
「サナのお父上というとレストア国王様ですか?」
「そうよ。あのクソ親父、子供のことを愛してもなにもいないくせに、干渉だけはしてくるのよね」

忌々しげに父のことを話すサナ。
余程嫌いらしい。

「レストアではガイが王位に一番近い候補って言われているのよ」
「え?でも、確かレストアでは王位継承には国が指定している剣術大会での優勝という条件が…」
「あるわ。今の所それを満たしているのはあたしだけ。それでも剣の腕はガイの方が上なのよ。誰に聞いてもそう言うわ、ガイが剣術大会に出れば優勝するのは確実だろうって」

レイはそれを知らなかったが、ガイの剣の腕はレストア国の誰もが認めていると言っていいほどなのである。
それは決して形だけのものではなく、実践レベルでのこと。
もし戦争が起こったとして、ガイを戦場に立たせれば誰よりも活躍するだろうとも言われているようだ。

「だからお父様も、そしてガイの母親も、神官達も、ガイにそんじょそこらの馬の骨の女が近づく事を許していないの」
「結婚相手を決められているんですか?」
「婚約者候補は何人かいるわ。あたしもその1人だもの」
「え?ちょっと待って下さい、サナってガイとは」
「ええ、異母兄妹よ」

母親は違が兄妹、それなのに婚約者候補。
この世界では近親婚はあまり好まれていないのだが、血を守ろうとする頑固な王家や貴族などはそれを繰り返す。
その為滅びてしまった国もあるというのに、それを止めようとしない。

「ガイの剣術の才能は昔から突出したものだったの。ガイに近づく人ってね、何かしらの打算があった人ばっかりだったのよ。だからだと思うの、ガイがあんな風になってしまったのは…」
「人を、周囲を信用していないって事ですか?」

サナは頷く。
始終ピリピリしていて、決して友好関係を築こうとしない態度。
それはレイにも分かっていた。

「でも、レイとは普通に会話していたでしょう?とても驚いたのよ」

(あれが普通…?結構そっけなかったと思うんだけど)

「ですが、サナもリーズもガイに打算があって近づいたわけではないんでしょう?」

ガイに対して打算があって近づく人というのは、恐らくガイが継承するかもしれない王位の権力のおこぼれにあずかりたい事なのだろう。
サナもリーズも権力に固執しているようには見えないし、現時点での2人の立場はガイとそう変わらないものだ。

「あたしもリーズも駄目なのよ。あたしはガイの婚約者候補ってことで最初から駄目なの。リーズだけれど、リーズは結構打算だらけよ?」
「そうですか?」
「ガイの持つ権力に期待しているわけではないし、王位につくことを期待しているわけじゃないけれどね、ガイの剣術をこの魔物退治に利用しているってリーズが言っていたわ」
「それはリーズがガイに対してそう接しないと、ガイが仲間にならなかったからとかって理由ではないんですか?」
「そうかもしれないわ。でも、ガイは少しでも打算的なところを見つけてしまうとすぐに壁を作ってしまう。だから、レイとは何の壁もなく接しているところを見て、レイにはできればガイの側にいて欲しいって思ったのよ。レイが男の子なら遠慮なくお願いできるわ」

にこりっと笑みを見せるサナに、レイは表情には出さないが少し焦った。
男だからここの仲間に入れる。
女だと言ってしまったら離れなければならない。
彼らの仲間でなければならない理由など、レイにはない。
それでも、レイは女と言ってしまうことを躊躇い、言い出せなかった。
ガイの顔がふっと浮かんでしまった為に…。


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