旅の目的05
移動陣は巨大な魔法陣である。
移動の手段は巨大な魔法陣の上に、移動対象を置き、魔道士達が魔力を注ぎ込むことによって陣が発動する。
その際、移動に応じて必要な魔力は増える。
レイ達は移動陣の上に立って移動の瞬間を待っていた。
「大丈夫でしょうか…?」
ガイの言う通り、移動陣の準備まで数時間ほどかかった。
その間ぐっすり休んだレイは、今は眠気がなくなってすっきりした気分だ。
だが、移動陣に注ぎ込まれる魔力に少し不安になる。
「大丈夫だよ、レイ。いざとなったら俺の魔力でカバーするから」
レイやリーズの魔力は、普通の魔法使いの持つ魔力と比べるとかなり巨大だ。
普通の魔法使いと呼ばれる人たちがこの移動陣を発動させる為には、1人では不可能。
「発動するみたいだな」
「はい、そうですね」
ガイの言葉にレイが返す。
移動陣が淡い輝きを放つ。
足元に光が照りだされ、移動陣から魔力があふれ出す。
「あれ?もしかしてガイは魔力を感じ取る事ができるんですか?」
普通に言葉を返してしまったが、移動陣の発動に気づいたガイを少し不思議に思った。
ガイが発動すると言ったのは、移動陣の光があふれ出す前だ。
レイやリーズならば、魔道士なので魔力の流れで発動の瞬間は分かる。
「レイ、ガイの感覚を普通だと思わないほうがいいわよ」
「そうだよ。まぁ、サナの感覚も普通の剣士とは思えないほどのものだけどね」
「リーズ、それどういう意味かしら?」
ちらっとサナは半眼でリーズを見る。
リーズは苦笑するだけだ。
そういえば、とレイは思い出す。
レイが今まで旅をしてきた中で合った魔道士や剣士は、ガイやサナ、リーズほどの実力を持った人たちではなかった。
まだ出会って間もないが、彼らが相当の実力を持つことは分かる。
「一流の剣士は空気を”読む”と聞いた事があるのですが、ガイとサナはそれができるのですか?」
それなりに腕のいい剣士にちらっと聞いた事がある。
一流ともなると、空気を読むことができるらしいと。
それがどういうものなのか、魔道士のレイにはさっぱり分からないが…。
「あたしはガイほどじゃないわよ。気配を消している人の存在をなんとなく感じ取れる程度よ」
「サナ、それでも十分すごいと思うのですが…」
「そうかしら?でも、ガイなんて空気で魔力の流れを感じ取るのよ?」
「空気で魔力の流れ…?」
人の気配を捉えることはレイも出来るには出来る。
だが、それは対象が気配を消していなくて尚且つ近くにいれば、の話だ。
ごく普通の一般人に比べれば人の気配に敏感、程度なのだ。
「レイ、俺達魔道士は魔力の流れを感じ取って魔法の発動を知るだろう?」
「はい。強い魔力はそれだけで肌で流れを感じ取る事ができます」
「剣士はそれが出来ない。中には魔法を使える剣士もいるようだけどね、一流の剣士で魔法も使えるなんて、俺はサナくらいしか知らないな」
「あたしが使える魔法なんてリーズとレイにしてみれば簡単なものくらいよ」
くすくすっとサナは笑う。
レイが今まで会った剣士に魔法を使える人は確かにいなかった。
才能がある人でも、剣と魔法、両方扱える者など殆どいないはずだ。
「ガイは魔法の発動を感じ取るけど、それは決して魔力を感じているわけじゃないんだよ」
「そう、なんですか…?」
レイには分からない感覚である。
ちらりっとガイの方を見れば、話に参加せずに移動陣を発動させている魔道士を見ている。
「ガイがどうやって魔力の流れを感じているのかは俺には分からないけどね。魔力が流れると空気の流れも変わるらしいんだよ」
「ガイはそれを読むことが出来るのよ。まったく信じられない感覚しているわ」
確かに、とレイは思わず頷く。
ガイがやっている事は頭では理解できる。
魔法を発動させる時、魔力で空気は確かに動くだろう。
だが、それを人が感じ取る事など本当に出来るのだろうか。
「ガイって本当にすごいんですね」
自分が出来ない事を出来る人は本当にすごいとレイは思う。
剣士という職についているひとは、レイにとっては誰もすごいと思える存在だ。
「そうでもしなければ生きていけない環境だったからな」
ぼそっとガイは呟く。
え?と思ったレイだが、どういう事かと聞こうとは思わなかった。
レストアの王宮事情などレイには分からないが、進んで話したい事ではないだろう。
ちらりっとサナとリーズを見れば、少しだけ困ったような笑みを浮かべていた。
同じような状況にいただろうサナ、似たような状況にいただろうリーズ。
レイの知らない環境で過ごしてきた王家に連なる人達。
(人の家庭事情に首を突っ込むものじゃないよね)
人には踏み込んで欲しくない事情というのが誰しもある。
レイはそれを無闇に暴こうとは思っていない。
「でも、この旅の間は私とリーズがいますから、魔力の探索に関しては任せて下さいね。あ、勿論ガイのその感覚を疑うわけじゃないですよ!」
ぱたぱたっと手を横に振るレイ。
ガイはレイのその様子に苦笑する。
気になるだろうに詳しいことを聞いてこないレイの気遣いを有り難いと感じる。
「分かっている」
「よかったです。リーズという大魔道士がいる前でなんですけれども、魔法関係については自信があるので、何かあれば私にいつでも頼ってくださいね」
にこりっとレイは笑顔を浮かべる。
魔道士としてかなり優秀だろう両親に、知識も魔力の使い方も、昔から嫌というほど叩き込まれた。
魔法関係にはかなり自信がある。
レイがそう言い終えた瞬間、移動陣の魔力が満ちた。
淡い光だった移動陣が、眩しいほどの輝きを帯びる。
しかし、そこに込められた魔力の量にレイは少し焦った。
ちらりっとリーズの方を見れば、リーズはレイに頷く。
移動陣が発動して周りの空間がぐにゃりっと歪み始める。
(この魔力じゃ4人分の移動は少し厳しい。移動用の魔力の負担を減らす必要がある、ね)
レイは小さく呪文を唱えて自分を淡い光の膜で覆う。
移動陣の魔力の方向だけを利用して、転移は自分で行う魔法だ。
ふとリーズを見れば、リーズも同じ考えだったようで同じ事をしている。
レイとリーズが使っている魔法は、転移魔法の応用だ。
(この魔法もそんな簡単じゃない方だと思うんだけど、流石大魔道士)
どんっと大きな音を立ててカーナリア魔道士組合にあった移動陣が発動し、陣内にいた4人の姿が掻き消える。
後に残された魔道士達は、ほっとしたため息つき、面倒ごとが去って安心したような表情を浮かべていた。
自分達が移動陣に注ぎ込んだ魔力が足りなかったなど、移動陣の仕組みを理解してない彼らでは判断は出来ない。
移動先は東方の森にある小さな村の近くだ。
その近くに移動陣がひとつある。
その移動陣は普段は森で収穫される果物を大量に運ぶ時に使用するのみで、長距離での使用はめったにない。
しかも、使用頻度も低い。
移動陣は小さな神殿の中にあり、その小さな神殿には魔道士が1人きりである。
魔道士は使用される予定がない移動陣のある部屋から魔力を感じて慌てて移動陣の部屋に駆けつける。
駆けつけた部屋には2人の剣士と、2人魔道士がいた。
「なんとか無事成功、ですね」
「でも、魔力が2人分しかなかったからね。俺とレイが魔道士じゃなきゃどこかとんでもない所に飛ばされていたかもよ?」
「上手くいったからいいじゃないですか?」
呆れたようなため息をつくリーズに対して、レイは苦笑する。
移動陣に注がれた魔力は予想以上に少なかった。
1人分足りないくらいかと思っていたが、レイとリーズが自分の魔力で移動しなければどうなっていたかわからないほどのものだった。
「本当、最近は魔道士のレベルが落ちてきて嫌だね。筆記試験なんて廃止して魔力測定を強化した方がいいかもね」
「ですが、リーズ。正しい知識を得ていなければどんなに強大な魔力があっても意味がないですよ」
レイはそれを身を持って知っている。
昔から自分には強大な魔力があった。
しかしそれを持っていても、知識がなく使いこなせない時の無力感はかなりのものだ。
「魔道士の難しい話はどうでもいいわよ。それよりここが目的の場所なの?」
「恐らくそうだと思うよ」
そこでリーズ達は移動陣のある部屋の扉にいる魔道士に気づく。
かなり驚いた表情でこちらを見ている。
まとっているローブで階級がある程度分かるものだが、この魔道士はそうレベルの高い魔道士ではないだろう。
「君はこちらの神殿を管理している魔道士かな?」
にりっとリーズが笑みを浮かべて尋ねる。
レイは少しの間一緒にいて思ったのだが、こういう交渉は殆どリーズが行っているようだ。
「は、はい!ファスト魔道士組合、第五級魔道士のルカナと申します!」
ファストの魔道士組合には魔道士の階級がちゃんと存在する。
レイはそんなに詳しくはないのだが、筆頭が大魔道士、そして魔道士長、副魔道士長、第一級魔道士から第八級、そして見習い魔道士。
第一級魔道士とは世界で数えても数人くらいしかいないほどの階級であり、上に行けば行くほど人数が減り、試験も難しいものとなってくるらしい。
「ルカナだね。ファスト魔道士組合の魔道士ならば通達がいっていると思うけど、魔物討伐隊が結成されて、俺達はその隊のひとつなんだ。この先の森に調査に来たんだけれども、とりあえず近くの村の様子を教えてもらっていいかい?」
「はい!勿論です!どうぞ、こちらへ!」
魔物討伐隊に組み込まれている魔道士は、かなりの高位の魔道士ばかりらしい。
その為か、リーズに対してかなり緊張しているこのルカナという青年魔道士。
その様子にリーズは苦笑する。
大魔道士という地位についている以上、こういう対応は慣れているのかもしれない。
魔物が一番最初に大量発生した場所がこの近くである。
まずはこの場所の調査と、実際魔物の大量発生した場所の調査。
(魔物ならば何かしらの魔力の痕跡が残っているはず。だからその場所に行けばきっと何かは分かると思う)
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