旅の目的02
大きなテーブルに世界地図を広げる。
あれからガイはレイにぴったりくっついている。
おっきい子供みたいだとレイは思ったのだが、まさにそのままかもしれない。
ガイの背中に手をまわしてそれを離す時、ガイが寂しそうな表情をした。
なんだか自分が悪いことをしてしまったような気分になってしまった。
(懐かれちゃった…のかな?)
サナとリーズは、ガイがレイのすぐ側から離れないのは全然気にしていないようだ。
特に問題はないのでレイも何も言えない。
そんなことよりも、魔物活性化の原因である。
リーズが地図に魔物が特に大量発生した場所などの印をつけていく。
「リーズ、ここも一応チェックしてください」
レイは西外れの森の位置を示す。
「レイ?ここは別に魔物は出ないし、今まで目撃されたことないはずだけど?」
「それでも、ここは1年ほど前に強い魔力が感知された場所で、幻魔獣の出現したかもしれない場所だと思いますので」
「幻魔獣…?」
1年ほど前、レイは強大な魔力を感知した。
それがここだ。
「幻魔獣というと、魔獣界の強大な魔物のことだよね?」
「はい、そうです」
「その情報は信用できるもの?」
「姿を見たわけではありませんが、あそこまでの強大で独特の魔力は幻魔獣である可能性が高いです」
リーズは顔色を変える。
レイは確実にそうだとは言ってはいないが、自分では幻魔獣の出現は確実だと思っている。
自分も感じたし、父もそう結論を出したのだ。
だが、そうと言い切らないのは突然こんなことを言い出しても信じてもらえないだろうと思うからだ。
「幻魔獣って何なの?」
サナが問う。
魔道士ならともかく一般には知られていないかもしれない。
「魔獣界にいる魔王とも呼べる強大な魔物のことだよ、サナ」
答えたリーズの口調は硬いものだった。
この世界と異なる世界であり、近い世界として魔獣界と聖獣界という2つの異世界がある。
ここの世界は魔法を使うものにとっては人界と称される。
魔獣界はその名の通り、この世界にいる魔物が住まう世界だ。
殺戮と血を好む種族がいる世界。
この世界に溢れている魔物たちは、魔獣界ではかなりの下位の魔物であるらしい。
幻魔獣は魔獣界に住まう魔物中でもかなり強力な魔物である。
聖獣界の存在を知るものは少ない。
今は聖獣界への扉は閉ざされているからだ。
過去の魔道士達が聖獣界に住まう聖獣達を実験などに使い、彼らを裏切った為にその扉は閉ざされてしまったと聞く。
「魔獣界への道は開こうと思えば開ける。でも、力が強力な者程世界を渡ることはとても難しい。だから、この世界に溢れている魔物たちは俺達人でも太刀打ちができる程度の力の魔物なんだ」
「幻魔獣が普段こちらの世界に来ないのはそういう理由からなんですよ。でも、この世界に渡る方法がないわけではないんです」
自然発生する外界へとつなぐ扉というものがある。
その扉をどうにかできるほど、この世界の人々は世界の概要についてつかめているわけでもなく、その扉の発生は規則性が全くない。
それゆえそれをどうにかする事は諦めている節がある。
何よりも、その扉自体はとても小さく、迷い込んでくる魔物は人の力でどうにかできるものばかりだからだ。
「幻魔獣ほどの魔物がこちらに来る場合は、なにかしらの外的要因がないと無理なはずなんだ。理論上はね」
「自然に大きな扉が開いたという可能性も否定できなくはないですが…」
「その可能性は低いって事ね」
サナの言葉にリーズとレイが頷く。
「幻魔獣ほどの魔物を呼び寄せた何か、それがもしかしたらこの魔物の活性化の原因かもしれないね。調べてみる価値はありそうだ」
「まずは魔物が多く出現するポイントを辿っていくのがいいと思いますよ」
「そうだね。となると、一番初めに魔物の大量発生が確認されたポイント…、ここだね」
リーズが地図のある一点を示す。
その場所はここから少し遠い。
徒歩で行くとなると随分かかるだろう。
「随分遠いですね」
「移動方法どうしようか」
「馬は駄目なの?」
「馬でもいいんだけどね、途中魔物の群れに出くわす事を考えると馬は荷物にしかならないよ」
馬に乗って、途中で魔物に襲われたら馬は駄目になってしまう。
かといって馬を守りながら戦うという事ができるかどうか、その時の状況によって違ってきてしまう。
何よりも馬が魔物との戦闘中でも大人しくしてくれているかどうか分からないだろう。
「ファストの移動陣を使ったらどうだ?」
ガイが口を挟んできたからか、リーズとサナがとても驚いた表情をする。
「でも、確かファストの移動陣はファスト公国の許可証を持っていないと駄目で、しかも手続きにかなり時間がかかるって聞いたことありますよ」
「大魔道士がいるなら大丈夫だろ」
「そうでしょうか?」
う〜ん、とレイは考え込む。
ファストの大魔道士の影響力がそれなりに大きいだろう事はレイにも分かる。
だからと言って例外というものを作ってしまえば後々とんでもないことになるだろう。
それに他にも移動方法はある。
「馬は駄目ですが、魔法での移動なら私が何とか…」
「いや、大丈夫だよ、レイ。俺が適当に干物達から許可証もぎとってくるよ」
「…干物、たち?」
「2日くらいはかかるだろうけど、馬での移動よりいいと思うよ」
にこりっとリーズが笑みを浮かべる。
そんなに簡単に了承していいのだろうか。
「やっぱり使えるものは使うべきよね、リーズ」
「勿論。怯えて引きこもってる干物達にもちゃんと仕事を与えてやらないとね」
「相変わらず言う事が辛辣ね」
「サナ、それは褒め言葉かな?」
「ええ、勿論よ」
笑顔のリーズに同じく笑顔を返すサナ。
その2人の笑顔が少し怖いと思えるのは何故だろう。
「レイと俺の転移魔法でなんとかしてもいいけどね、万が一ファストに感づかれたらまずいのレイだよ」
「それはそうですが…」
本当にいいのだろうか。
「気にするな、レイ」
「そうよ、権力なんて使えるときに使わないと駄目よ。それに例外がどうのなんて、今の状況じゃ誰も何も言えないわよ」
国の中枢にいる人達の考え方ややり方はレイにはよくわからない。
ガイもサナもリーズも、幼い頃から一国の上層部のやり方というのを見てきたのだろう。
その上で言うのだから平気なのかもしれない。
「とにかく、ここから一番移動陣の所に行こうか」
ばさばさっとリーズが地図をたたむ。
村程度の集落では移動陣があるはずもない。
移動陣はそれを維持するための魔力が少なからず必要な為、1つの移動陣には必ず1人の魔道士がついていなくてはならない。
「ここから一番近い移動陣がある所といえば、カーナリアの街だね」
「北へと歩いておよそ2日って所かしら」
「馬があれば半日でいけるね」
歩けば2日、でも馬を走らせれば半日。
馬での移動になりそうな予感がして、レイは冷や汗をかき始める。
旅に出て結構経つのだが、レイの移動は、徒歩、魔法を使って飛んでいくか、空間を飛んでいくかのどれかだ。
「馬…ですか?」
自分だけ魔法で飛ぶってのは駄目かなぁと考えつつ、聞いてみるレイ。
「もしかして、レイは馬に乗れない?」
「乗れないどころか乗ったことすらありません」
「それならあたしと一緒に乗ればいいわ。レイは小さいから2人乗りでも大丈夫よ」
「小さい…」
確かにレイはこの中じゃ随分小柄な方だろう。
でも標準の体格のつもりだ。
男としては少し小さめかもしれないが…。
レイよりもサナのほうが大きい、サナよりもリーズの方が大きい、リーズよりもガイの方が大きい。
年の差はあるが、この中に入ってしまうとレイはとても小柄に見えてしまうのは仕方ないだろう。
「俺は先に言って許可をもぎ取ってくるよ。サナとガイ、レイは馬で行っていて」
「分かったわ」
「はい、分かりました」
ガイは言葉を出さずに頷くだけだった。
その反応にリーズが特に気にしていないところを見るといつものことなのかもしれない。
「馬…」
「大丈夫よ、落としたりなんかしないから」
レイの不安そうな声にサナが笑みを浮かべる。
魔物の上に乗って操ったり、木の上に座ったり、空を魔法で飛んだりとした事がある為、高さは全然平気なのだが、馬に乗ること自体が初めてのため、不安はどうしても消えない。
サナ達は身分が身分の為か、乗馬や剣術は昔から当たり前らしい。
大魔道士であるリーズも、少しは剣術が出来るらしいとのこと。
魔法ばかりじゃなくて、もう少し他のことも覚えておくべきだったかもしれない。
レイは魔法以外は全然駄目、というわけでもないが、一般人並程度のことしかできない。
剣術も、剣を構える事ができてもふるう事はできない。
気配を少し捉える事が可能でも、一流の剣士の気配を読むことが出来るほどではない。
こんな時ばかりは、便利だと魔法にばかり頼っていた事を少し後悔してしまうのだった。
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