出会い05
リーズとサナがその場に駆けつけた時は、レイとガイはまだほのぼのと会話を続けていた。
勿論レイが出したふわふわぽんぽんの明かりも健在である。
空間転移を使わず、走ってきたリーズとサナが何も言えなくなるほど驚いたのは無理もないかもしれない。
「あ」
リーズとサナに気づいたのはレイが先立った。
ガイの方が気配を捉えるのが上手いのだろうから、先に気づいていたはずなのに、気づいたふりをしなかった。
「サナ!」
にこりっとレイは手を振る。
もう片方のリーズの方は、レイは名前を知らないので笑みを向けるだけ。
「レイ、これなんなの?」
サナがレイの方に歩きながら、ぽわぽわと浮かんでいる明かりを見る。
「ただの明かりです。ちょっと、ガイとお話していたらこんなことになってしまったんです。あ、すぐ消しますよ」
ぱちんっとレイが指を鳴らしただけで、明かりはひとつを残して全てふっと一瞬で消える。
それだけでは暗いので、残ったひとつの明かりを天井に掲げ明かりを強くする。
ここにはヒカリゴケのようなものがある為か、明かりがなくても平気なのかもしれないが、明かりがあって困るものでもないだろう。
「ガイとどう話せばああなるのよ…」
「いろいろですよ、サナ」
レイがガイに話したのは、世界の観光地での風景だけだ。
別になんでもない話である。
「君がレイ?」
レイは名前を呼ばれてその声の主、リーズに視線を移す。
「はい、そうです。私がレイです」
「俺はリーズ。リーズ・ファスト」
その名前にレイは少しだけ驚きを見せる。
ファスト公国の情報ならば少しは知っている。
「ファストの大魔道士、ですか?」
「よく知っているね。それなら、俺が君に言いたいことも分かるかな?」
「言いたいこと…?」
心当たりがないレイは首を傾げる。
「空間転移」
リーズのその言葉にぴくりっと反応するレイ。
すっと目を細めてリーズを見る。
レイが転移したのはリーズ達から見えないところでだ。
転移時の歪みも慎重に探さなければ見つかるはずのない程度まで修復して転移したはずである。
「生憎とこちらには優秀な剣士が2人もいてね。君の気配が急に途切れたのに疑問を抱いたんだよ」
レイはサナとガイを見る。
サナは苦笑しながら、ガイはふいっと顔を背けている。
レイは思わずため息をつく。
剣士の気配の捉え方を完全に失念していた。
「私が高位の許可制魔法である空間転移魔法を使ったからですね」
「そう、あの魔法はファストの許可なく使うことを禁じているはずのものだからね」
「私を裁きますか?ファストの大魔道士様」
レイの口元は笑みをかたどっている。
だが、決してリーズを甘く見ているわけではない。
「俺が君を裁く、と言ったらどうする?」
リーズの問いにレイはにこりっと笑みを浮かべる。
「勿論、逃げます」
すぱっと迷いなく答える。
裁かれるなど冗談じゃない。
「俺から逃げられるとでも?」
「思っていますよ。生憎と師匠が並大抵の実力ではありませんでしたので、逃げることくらいは出来ます」
父も母もズバ抜けた実力の魔道士だった。
彼らを師匠としたレイは彼らに敵わないまでも、彼らから逃げることだけは出来る自信がある。
そんなものは自慢でもなんでもないのだが、強い敵に出会った時には役に立つ。
リーズは右手を伸ばしてレイの頬に手を触れる。
レイはそれに抗うことはしない。
「へぇ、魔力はすごいね」
魔力だけは両親譲りの巨大なものだ。
「リーズ、こんな小さな子を裁くなんて…」
今の様子を見かねたのか、サナが口を出す。
小さな子と言われるほど幼いつもりはないが、レイはこの中では一番年下であることは間違いないだろう。
「あ、別に裁くなんてしないよ」
サナにぱたぱたっと左手を横に振ってみせる。
「でも、リーズ。それって大魔道士の役目なんでしょう?」
「まぁ、そうなんだけどね。表向きはそれらしいことをやるけど、レイなら大丈夫だと思うんだよね。あの使い慣れた様子から暴走なんてさせないだろうし、他にも制限魔法を2つ3つ使ってそうな気もするし」
リーズの言葉にレイは曖昧な笑みを浮かべる。
実際図星だ。
制限魔法どころか禁呪までも使っていたりする。
「リーズ。そうしていただければ私は嬉しいですが、あなたは役目を果たさなかったことで上から何か言われるんじゃないですか?」
「あ〜、言われるだろうね。でも、俺が上の爺婆連中の言い分聞かなきゃならない理由なんてどこにもなんだよ」
レイは一瞬リーズの言葉がよくわからなかった。
綺麗な顔をしていながら口からとんでもない言葉がでなかっただろうか。
「……じじ、ばば?」
「それに何か言ってきて資格なしって言われたら、喜んで大魔道士の資格を返上するよ。とりあえず8年程前にこの資格継いだはいいけど、面倒で面倒で仕方ないんだよね」
旅に出てから聞いた事があるが、ファストの大魔道士は10年ほど空席だったらしい。
なんでも前任者が役目を放り出してどこかにトンズラしたらしいからとのこと。
よくやく大魔道士に相応しい人物がついたのが8年前で、その大魔道士も相当若かった為、当時はすごく話題になったらしい。
「いっくら俺以上の魔力の持ち主が王家や王家縁にいないからって、当時13歳の少年に継がせるか?血にこだわらなければ、魔力が高いやつなんていそうなものなのにね」
綺麗な顔してとんでもないことを言っているリーズを見て、レイはどこかの誰かを思い出す。
なんとなく似ているのだ。
(リーズって、お父さんに似ているかもしれない…)
「ところで、レイ」
「え?はい!」
父に似ていると思ったのがまずかったのか、思わずびしっと姿勢を正してしまう。
「せっかくだから、俺達の仲間に入らない?個々が優秀だからってここだけ人数を激減させられちゃってね。魔道士がもう1人くらい欲しいと思っていたんだ」
「え…?」
「どうかな?」
リーズは問うような言葉を投げかけたが、雰囲気に有無を言わせないようなものがある。
レイがここで断るような返事を返しても、リーズはレイを言いくるめるように何か言って来るに違いないが、少しだけ抵抗を試みる。
「私は一応目的があって旅をしているので…」
「俺達と一緒に行動しながらじゃ、その目的は果たせない?」
「無理ってわけじゃないですけど」
「じゃあ、いいよね」
う…と口ごもりレイは否定できない。
「レイがなにを目的に旅をしていても、俺は口を出さないから。ね?」
にこりっとリーズが笑みを浮かべたのがトドメかもしれない。
この顔をされるとどうも逆らいがたい。
逆らおうものなら、なにを言われるか分からない。
「わ、わかりました」
(さ、逆らえない。これは逆らったら何をされるか分からない笑みだ…)
「そう、よかったよ」
リーズはそれを聞くと、レイからすっと離れる。
高位の魔道士というのはこういうタイプが多いのだろうか、とレイは思ってしまう。
ふぅと小さくため息をつく。
レイの旅の目的は禁呪を集めることである。
それをファストの大魔道士に言えるだろうか。
(禁呪の魔力を近くで感知したら、一時的に別行動を取らせてもらうしかないかな)
禁呪というのは扱ってはいけないから禁呪というのである。
レイが禁呪を集めているのは何かの使命でもなんでもなく、ただの自己満足。
それを成したからといって何があるわけでもなし、寧ろファストに見つかれば、禁呪を集めていると思われ危険視されるだけだ。
「何故断らなかった?」
ガイがレイを見ながらぽつりっとこぼす。
「…断れなかったんです」
レイはため息をつきながらそう答える。
同時に困ったような笑みを浮かべる。
「何故だ?」
「だって、リーズってお父さんに似ているので…」
顔立ちとかではなく雰囲気がとてもよく似ている。
「父親?父親に似ていると断れないのか?」
「父が私の魔法の師匠なので、逆らうと色々怖いんです」
「そんなものか?」
「そんなものかって言いますけどね!うちの父は怒るとすっごく怖いんですよ!」
それこそ洒落にならないくらい。
レイの魔道士としての実力は一般的には高いものだと思う。
だが、父とレイとでは一流と凡人くらいの差がある。
本気で父を怒らせるものではないと何度思ったことか。
「ガイは私の同行には反対ですか?」
そんなことを問うということは、リーズが言い出したレイの同行が嫌なのだろうか。
そう言えば3人を最初に見たとき、ガイだけピリピリした雰囲気だったようで、他人を寄せ付けたくない雰囲気が出ていた。
他人が加わるのが嫌なのだろうか。
「いや、そんなことはない」
ガイはそれに首を横に振る。
「よかったです。せっかく仲間になるんですから、仲良くしましょうね」
「仲間…」
「はい、仲間です」
にこりっとレイは笑みを浮かべた。
レイは誰かと一緒に旅をするのはこれが始めてである。
何かしらの依頼を受け、仕事を一緒にこなす一時的な仲間はいたりしたが、旅の仲間というのは初めでである。
(あ、そう言えば、変化魔法使ったままだったけど、ちゃんと言った方がいいかな…?
……別にいいか)
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