出会い04



魔力を大量に消費してしまったレイだが、これからどうするべきかと思う。
転移する程度の魔力なら残っている。
大量に消費したといっても、宿で2日程休めば問題ないだろう。
となれば、休む為の宿確保に向かうのみである。

「よし!」

すくっと立ち上がったレイだが、くらっと眩暈がする。
もう少し休んでからの方が良かったかもしれない。
倒れそうだ…と思った瞬間、誰かの手に受け止められた。

「馬鹿か?」

頭上からふってきた声にカチンっとなる。
睨もうと思い見上げようとしたが、その前に杖を渡される。
床にめり込ませて結界代わりに立てた杖だ。

「余計なお世話だったが、礼を言うべきか?」
「なんですか、その言い方は」

手を出さない方が良かったとでも言いたいのか。
青年を睨むレイ。

「そちらが勝手に追いかけてきたんでしょう」
「オレじゃない。勝手に放り込まれただけだ」
「だったら、放っておけばよかったじゃないですか。大体見たところ、貴方は剣士でしょう?」
「だからなんだ?」
「剣士が禁呪を抑えようなんて無謀なんです!」
「オレならどうにかできた」

むかっとなるレイ。
魔法も知らない相手にどうにかできるほど禁呪は甘くない。
この人は禁呪に対して甘い考えなんじゃないのだろうか。

「そりゃ、どうにかできたかもしれないですけどね、魔法関係にはやり方ってものがあるんです。ひとつ間違えばこのあたり一帯が焼け野原になる可能性だってあり得るんですよ?!そんな巨大な被害が出るような結果になれば、当然貴方だって無事ですまないんです!そこの所わかっているんですか?!」

レイの勢いに驚いたように目を開いている青年。
だが、青年に支えられている状態では、そんなことを言っても迫力は全くない。

「聞いてます?」

驚いた表情のまま、じっとレイの方を見る青年に、レイは首を傾げる。

「あ、…ああ」

ふっと表情を和らげて、僅かに笑みを浮かべる青年。
青年の表情に今度はレイが驚く。
こんな表情もできるんだ、と。

「とにかく、私はもう行きますので…」
「歩けるのか?」
「……う」

今でも青年に支えられているような状態である。
もう少し休まないと歩くことすら怪しい。

「ここにもう危険がないなら、もうしばらく休んでいろ。オレの連れが聞きたいこともあるようだしな」
「連れ…って、わっ?!」

青年はレイを横抱きで抱き上げる。

「ちょ、ちょっと何するんですか?!」
「床に座っているよりも、何か台の上の方がいいだろう?」
「それはそうですけど、別に自分で…!」
「歩けないから休むんだろ?」
「うく…」

言い返せない。
大人しく抱かれて、禁呪の置いてあった台に座らされる。
体力的に問題があるわけではなく、一気に大量の魔力を放出した為に体がそれについていかなかっただけだろうと思う。

「そう言えば、連れって…さっきのサナとあともう1人の魔道士の方のことですか?」
「ああ」

青年もレイの隣に腰掛ける。
並ぶと分かるが、レイの体は随分と小柄だ。

「オレはガイ。ガイ……レストアだ」
「私はレイです。ガイはレストアの剣士なのですね」

それもレストアを名乗るという事はレストア王家の剣士なのだろう。
サナもレストアを名乗っていた。
兄弟かそれとも親戚かは分からないが、血縁者であることは確かなのだろう。

「オレを知らないのか?」
「え…?」

きょとんっとするレイ。
レイは旅の間、魔法関係の知識や情報を中心に集めていた為、世間一般的な噂やゴシップ的なことはさっぱり知らない。
それでもファスト公国については、その国が魔道大国であり魔法関係にある為か、多少なりとも情報を知っている。

「もしかして、王位継承者か何かなんですか?」
「知らないならいい…」
「はあ…」

(別に私も知らなくても構わないし。 サナが言っていた言葉からすれば、王位継承者には間違いないんだろうけど…ガイの口ぶりからすると、結構王位に近い立場とかなのかな?)

「レイは旅をしているのか?」
「はい、そうですよ」
「何の為に?」
「何の……というか、結局は自己満足の為、なんですよね、多分」

犠牲者が出ないためという偽善的な理由でないことは確かだ。

「自己満足?」
「はい、自己満足なんです。ガイは?」

問われてガイは考える。
レストアの王位継承権を持つものは全て魔物討伐の隊のどれかに属している。
父である帝王に命じられてここにいるだけなのだ。

「オレも…自己満足、か?」

レイはガイがどういう環境でどういう理由があってここにいるのか知らない。

「魔物の討伐が自己満足ですか?」

レイの問いは純粋な疑問だった。
サナが魔物退治に借り出されていると言っていたから、ガイもそうなのだろうと思う。
魔物退治がどうすれば自己満足になるのだろうか。

「いや、自己満足というよりも、自分を納得させるための何かがあるはずだと思っていた」
「納得?」
「この退屈でつまらない日常が仕方ないと納得できる何かだ」
「ガイは、日常が退屈ですか?」

世界の状況はいつも移り変わっていく。
退屈と呼べるほど世界に変化がないわけではない。

「世界中を回ってみると分かりますよ。退屈なことが仕方ないでなくて、楽しいことを知らなかっただけだってことが」
「知らなかっただけ?」
「感動できるものってたくさんありますよ?北の精霊山にある朝日とか、南の果ての島で見る夕焼けとか。レストアの虹の滝は知ってますか?」
「ああ」

レイは人差し指を口元につけて、にこりっと笑う。

「これは内緒なんですけどね。虹の滝の由来というのは、昔とある魔道士が夜滝で明かりの魔法を流したんですが、それを見た人がいて、その光がキラキラ輝いて虹が流れているようだったからというのなんですよ」
「明かりを…流す?」

剣士であるガイにはレイの言う明りを流すという意味がよくわからないようだ。
普通の人が聞けば同じ疑問が返って来るだろう。
レイは両手の平を目の前で包み込むような形にし、魔力を込める。
すると、ぽぅっと小さな明りがともる。
それひとつだけでなく、ぽつぽつっとレイとガイのまわりに小さな明りがともっていく。
暗がりの中、白く小さな明りが浮かび上がるのは一種幻想的だ。

「これだけでも十分綺麗でしょう?ちょっと魔力があって、魔法をかじったことがある人ならこれくらいできるんですよ」
「そんなものか…?」
「ガイにも魔力はありますから、魔法の知識さえあればできるはずですよ」

レイが作り出した明りはその場にじっと存在しているだけでなく、ふらふらっと揺れる。

「この明りを滝に流すんです。そうするとすごく綺麗なんですよ。特に満月の晩ですと、月の光が反射するので、自然の綺麗さを実感できます」

レストアの滝のことを聞いて、レイも試したことがあった。
目を見張るほどの綺麗さなのだ。
滝の迫力と明りの幻想的な雰囲気で、その瞬間時を忘れてしまうほどに…。

「世界は全然退屈じゃないですよ」

人は欲深く汚いかもしれないけれども、綺麗なものもたくさんある。

「…そう、かもな」

にこりっとレイが笑みを浮かべれば、ガイも笑みを浮かべる。
その瞳に冷めた感情はなく、少しだけ戸惑った感情が浮かんでいた。
レイは知らないだろうが、ガイが人前でそんな表情を見せるのは初めてである。

レストア帝国第二王位継承者、ガイ・レストア。
レストア一の剣士でありながら、残酷で冷酷。
レイにはその先入観がないからこそ、ガイに普通に接することができる。
最もレイの性格からすれば、その事を聞いても同じようにしか接しないだろうが…。


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