星の扉 26




ニブルヘルムへと任務に来たザックスとクラウド、そして他の神羅兵は暇を持て余していた。
ザックスは任務の内容を知ってはいるだろうが、セフィロスが動かなければ動けないようで、大きなため息をつきながらも、毎日のように神羅屋敷へと向かっていくのを見る。
そう、セフィロスはあの神羅屋敷の書斎に籠っているらしい。
ザックスが屋敷に行っても門前払い、任務は全くと言っていいほど進んでいないのだ。
クラウドは焦りを感じながら、ニブルヘルムから少し離れた森の中で携帯を手に取る。
ピピっと操作し、かける先はルーファウスだ。
協力体制にある以上報告は必要だろう。

『クラウドかい?』
「ああ」

予想以上にあっさりと相手は電話口に出る。

『ツォンに見つかって、今ちょっと缶詰状態なんだよ』
「なにやったんだ?」
『いつも通りちょっと外に出ようとしただけさ。それで今は暇で暇で、する事と言ったらハッキングで情報盗む事くらいでねぇ。何か進展でもあった?』

いつも通りのルーファウスに少しだけほっとするクラウド。
少なくともミッドガルでは予想外の事が起きていないという事だ。
だが、すぐに気を引き締める。

「セフィロスが…書斎にこもった」
『へぇ、そう』

クラウドの言葉に、あっさりとした軽い言葉が返ってくる。
思わずその返答に顔を顰めてしまうクラウド。
セフィロスが書斎にこもった事など、重要な事ではないとでも言いたげなルーファウスの返答なのだから仕方ない。

『まぁ、そのうち真実を話さなきゃならない事になっただろうし、とりあえず暴走しそうだったらどうにか止めてよ』
「分かっている」

その為にクラウドは今動いているのだ。
ここでセフィロスを止める事が出来なければ、セフィロスを救う事が難しくなってしまう。

『最悪殺してもいいと思うよ』
「それは駄目だ!」

間髪いれずに反対するクラウド。
ルーファウスにとっては、強大な力を持ち自分では制御できないセフィロスがいなくなることは悪い事ではないだろう。
だが、クラウドはセフィロスを救いたいのだ。

『駄目なら殺さなくていい方法でどうにか説得する事だね』
「…最善は尽くす」
『そうそう、その調子。こっちもこっちで厄介な事が判明しそうだから、セフィロスはどうにかして欲しいものだよ』
「厄介な事?」
『覚えているかい?地下の…』

はっとなるクラウド。
起こりうるかもしれない未来を経験したクラウドが知らなかった”カダージュ”という存在。
以前は何らかの要因で”カダージュ”は消滅、または行動不能な事態になったのかもしれない。
だが、この先の未来はどうなるか分からない。

「あれがセフィロスと同じものだと?」
『可能性は高いと言えるよ。ただ、セフィロスの存在自体が結構貴重だから、同じような存在を再度作り出せるかどうか分からないとも言えるね』

どちらにしても、最終的にはジェノバをどうにかしなければならない。
その為に、今はセフィロスを暴走させない事だ。

『結果が分かったら連絡してね。多分、クラウドなら大丈夫だよ』
「その根拠のない自信はどこからでてくるんだ?」
『クラウドがクラウドだからだよ』

くくくっと意味ありげな笑いを残してルーファウスに電話を切られた。
本当にどうにかなるものなら教えて欲しいものだと思ってしまう。
しかし、当たって砕けろ精神でいかなければならないかもしれない。
残された手段は恐らく数少ないだろうから。





ルーファウスとの連絡を取り終えて、取りあえず現在一般兵が休むのに使っている場所へと戻るクラウド。
暇そうにしている者、自分なりの訓練をしている者、さまざまだが、ミッションがなくなる可能性は低いので自己鍛錬をしている者が多い。
彼らを横目に、クラウドは神羅屋敷に忍び込む準備の為に自分の荷物のある所へと向かう。

「お、いたいた、クラウド!」

ぱっと笑顔を見せながら、歩いているクラウドを見て駆け寄ってくるのはザックスだ。
どこか困ったような表情を浮かべている。

「ちょっといいか?」
「なんでしょう?サー・ザックス」
「…………立場は分かるが、そのしゃべり方やめてくれ」

他の兵もいるので上官に対する話し方をしたというのに、失礼な反応である。
ソルジャーらしくもないザックスだが、一応は上官だ。
普段はともかく、一般兵の前ではそれなりに敬意を払うフリくらいはするのが普通である。

「いや、マジで。お前のそのしゃべり方、怖いんだよ」
「あんたの日頃の行いが悪いんだろ?」
「…日々反省しております」

ザックスの書類作成の手際があまりにも悪い時は、クラウドはわざと丁寧な口調で脅すようにザックスに話しかける事がある。
逆を言えば、それ以外の時はいつもの口調だ。
クラウドの丁寧語は、脅されていると本能的に認識するようになってしまったのかもしれない。
しかし、それは自業自得と言える。

「まぁ、ともかく、だ。…旦那をどうしたもんかと思ってさ」
「ミッションを始める様子はないのか?」
「というより、俺も門前払いで追い出される状態」

肩をすくめるザックス。
クラウドにこうして相談じみた事を言ってくるあたり、本当に手詰まりなのだろう。
仕事でここに来たのに、仕事に取り掛からない上司。
ミッションの内容が内容だけに放置していていいはずもない。

「魔物の方は平気なのか?」
「ミッションのか?とりあえずざっと周辺回ってみたけど、旦那が出るほどの魔物は見当たらなかったな」
「調査隊の調査ミス?」
「もしくは、ざっと見ただけじゃわからない強大な魔物が潜んでいるか、だな。その可能性が高い気がするから、下手に動けないしよ」

宝条がセフィロスとジェノバを会わせようとしてここニブルヘルムに派遣するにしても、英雄と言われるセフィロスを派遣するだけの理由は必要だろう。
セフィロス程の力を必要とする魔物が出れば、ニブルヘルムにセフィロスを派遣できる。
宝条ならばその魔物を作り出すくらいはしそうだ。
だが、ジェノバにもっとも近いこのニブルヘルムは、自然発生の強大な魔物が現れる可能性も否定できない。

「強い魔物が出て、俺だけじゃ止められなくて村人に怪我人死人が出ました、じゃ洒落にならないからな。魔物系のミッションで、人里に近い場所の場合は、ぱぱっと片付けるのが一番いいのは旦那もわかってるはずなんだけどな」

小さなため息をつきながら、ザックスはここから屋根だけがちらりっと見える神羅屋敷の方向に視線を向ける。

「やっぱ、ショックだったのかね」

ぽつりっと小さな声で呟くザックス。
無意識にこぼれた言葉なのかもしれない。
だが、その言葉にクラウドは反応する。

「何か、見たのか?」

クラウドがそう聞けば、ザックスは自分の言葉が失言だった事に気づき、はっとしてから顔を盛大に顰める。
どこか困ったように視線をさまよわせて、大きなため息をひとつ。
ぽんっとクラウドの頭に右手をのせて、少し乱暴にクラウドの頭を撫でる。

「お前はまだ知らない方がいい事だ」

完全に子供扱いされているようで、少しむっとする。
確かに今の自分はまだ子供の部類に入る年齢かもしれない。
だが、子供だからと何も教えられないのはやはりむっとする。

(何かを見たと言うとやはり魔晄炉の中。あの中には魔物にされる”人間”が入っているポッドのようなものがあったはずだ)

それを見て何かに気付いたのか。
確信を得るために、書斎に籠って資料を読み漁っているのか。
頭によぎるのは狂ってしまったセフィロスの姿。
クラウドはぎゅっと自分の手を握り締める。

「クラウド?」

黙り込んだクラウドを不思議そうに見るザックス。
クラウドはすっと顔を上げてザックスをまっすぐに見る。

「サー・セフィロスの説得は俺がどうにかしてくる」
「は?」
「ミッション停滞はまずいだろ?今後の評価にも響くだろうしな」
「いや、そりゃそーだけど、旦那には今会うの難しいと思うぞ?」
「あの屋敷に忍び込むルートなら知ってる」
「は?」

一般兵しか見張りのついていない神羅屋敷に忍び込む事なら、簡単な事である。
どんな警備にだって死角というものはある。
そこをついて、ささっと侵入すれば簡単だ。
一般兵相手なら、自分の気配を気付かれないようにする所まで消す事はできる。

「サー・セフィロスがいるのは、屋敷の書斎なんだろ?」
「多分な」

少し前にルーファウスと行ったばかりだ。
場所はきっちり覚えている。

「神羅所有の屋敷だから、後で始末書モンだぞ?」
「紙1枚で済むなら別にいいだろ」
「いやでもな………、そーいや、お前副社長のお気に入りで俺のトコにいるんだよな。なら、忍び込むくらいは大丈夫か?」

ぶつぶつ言いながら考え込むザックス。
恐らく自分を心配してくれているのだろう年上の友人に、クラウドは自然と小さく笑みを浮かべる。
そして改めて思うのだ。
ザックスにも同じ未来を歩ませないためにも、どうにかしてここでセフィロスを止めなければならない事を。

「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「は?今からか?!」
「早い方がいいだろ?」

戸惑うザックスに、当たり前のように返すクラウド。
ザックスに言われずとも、すぐに神羅屋敷の方には忍び込むつもりだったのだ。
恐らく、セフィロスと話をつけるのは早い方がいい。

「クラウド、気をつけろよ」

妙に真剣な表情でザックスは警告じみた言葉をクラウドに言う。
もしかしたら、ザックスも言わないだけで気づいているのかもしれない。
今のセフィロスが普段のセフィロスと何か違ってしまっている事を。

「分かってる」

軽く手を挙げ、小さく笑みを浮かべてクラウドは神羅屋敷の方へと走り出す。
セフィロスを止める手段はある。
手段を選ばなければ。
ただ、力づくでなく、話し合いに応じてくれる状況であれば良い。
そう願わずにはいられなかった。




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